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「20歳で借金60億、あれはラッキーだった」 借金地獄を乗りこえた経営者のエピソード

「20歳で借金60億、あれはラッキーだった」 借金地獄を乗りこえた経営者のエピソード

逆境こそチャンス。20歳にして借金60億円を背負ったヤフー・小澤隆生氏、事業の失敗で400億円もの損失を被ったGMOインターネット・熊谷正寿氏、自社に1900億円もの赤字があることを知った日本交通の三代目社長・川鍋一朗氏が壮絶な人生体験を告白します。億単位の借金を背負った経験をもつ経営者3名がいかにして苦難に向き合い、乗り越えてきたか、そしてその過程で培った成功哲学を紹介しました。

スピーカー
ヤフー株式会社 執行役員 ショッピングカンパニー長/YJキャピタル株式会社 代表取締役 小澤隆生 氏
GMOインターネット株式会社 代表取締役会長兼社長・グループ代表 熊谷正寿 氏
日本交通株式会社 代表取締役社長 川鍋一朗 氏

「20歳で借金60億、今思えばラッキーだった」

th_スクリーンショット 2015-06-26 20.25.36 20歳にして、事業に失敗した父の借金60億円を背負ったヤフー執行役員・小澤隆生氏。当時を「ラッキーだった」と振り返る同氏はその後、他者に渡った会社を自らの資金で買い戻すほどの成功を収めます。

大学時代はアホですね。バブル経済っていうのがありまして、見てわかる通り私が上品なのは、父親が裕福でしたから、何不自由なく高校・中学と暮らしてきて、大学も入るわけです。家業を継ぎなさいということで後継ぎ息子として育てられたわけで、ずーっとふざけてましたね。 趣味はゴルフ、乗ってる車は外車、夏は別荘に行くというのが大学2年まで続きまして、バブル崩壊を迎えます。ある日父親に呼び出されて「話がある」と。「お前が継ぐ会社はなくなるぞ、ついでに60億借金があるから返せ」と。まだ20歳だか21歳のときでございますね。皆様方と同じくらいに私は60億の借金を背負ってましたね。それが学生時代です。 そこからは苦しいですよ。皆さん60億の借金背負ったら何します? ある日父親に告げられるわけです。ずっと金持ちだと思ってた父親から「60億借金あるんだよ、お前が返すんだ」と言われるわけですね。今思えばこんなにラッキーなことはない。あのまま育っていたら今でもアホ。今はちょっとアホ(笑)。 (中略) 私はITを見つけて、ITで会社を作って、結局自己破産して取られた父親の会社を僕のお金で買い戻して、お父さんお母さんこの金で暮らしなさいと言って、なんとかそれで小澤家を守ることに成功した。 あなたたちにとっての、そういう生活の変化ってなんなんだと。人間ってのは怠惰な生き物で、ものすごく高い志がある人ってそれで頑張れるけど、そうじゃない方ってのは何かのきっかけが必要です。私にとっての大学時代の一番大きなきっかけはその60億の借金とバブル経済の崩壊。非常に今でも感謝しております。
引用元 ボンボンから借金60億円へ–ヤフー小澤氏、「あれはラッキーだった」と人生の岐路を振り返る
http://logmi.jp/30212

2年で400億円もの損失「自殺する夢を見た」

th_スクリーンショット 2015-06-26 20.33.15 GMOインターネット会長兼社長の熊谷正寿氏が、過去に事業の失敗で400億円もの損失を被り練炭自殺する夢を見たという壮絶なエピソードを語ります。大きな苦難にあった熊谷氏を支えたものとは一体?

2年間でリアルにキャッシュを339億9,500万円失うという大失敗をしました。それこそ会社が持っているお金では全く足りなくて外部から増資をしていただいたり、私が上場してから売却をした株の自分の資産をだいたい140億円投入して、さらにお金が足りなくて私個人が30億円の借り入れを起こして、合計170億円自分で会社に投入しました。 (中略) 私も、会社が東証一部にいって2年後に会社の存続そのものが危ういという状況になるとは、まさに夢にも思っておりませんで、一度は自殺をする夢まで見まして、目が覚めたら全身汗がビッショリで、練炭自殺をした夢を1回だけ見ましてね。その日はシャワーを浴びながら、気絶するってこういうことを言うのかなと思ったんです。 僕は朝シャワーを浴びるんですけれど、目がくらくらして倒れそうになるという、そういう経験を今から7、8年前にいたしました。そういう失敗をまずいたしました。これが私の失敗です。 (中略) 乗り越えたマインドなんですけれども、経営者にとって会社って自分の人生そのものを捧げてきたものなので、それがなくなるということは、過去の自分の人生の総否定というような状況でございまして。 本当に心が折れそうになったんですけれど、私は手帳に、毎日のスケジュールをいまだに手書きで書いたりしているんですが、そこに自分の気持ちを、弱い部分とかを書いて自分を強くするという習慣を持っていまして、その約2年間の時期は、弱気にならない、諦めない、弱気にならない、諦めないと毎日のように手帳に書いていました。 書き写すたびに、自分の気持ちをそれで支えようと思って、その手帳に書いていたことを今でも覚えております。
引用元 2年で400億円もの損失「自殺する夢を見た」 GMO熊谷社長が失敗力カンファレンスで振り返った崖っぷちの苦難
http://logmi.jp/34727

1900億円の借金が発覚

th_スクリーンショット 2015-06-26 20.34.45 日本交通の三代目社長・川鍋一朗氏はマッキンゼーで勤めた後、日本交通へ入社。その際、自社に1900億円もの赤字があることを知り、会社の建て直しを図るべく立ち上がります。1900億円返済の過程で得た成功哲学とは?

2000年に、29歳の時に、日本交通に入りました。ちょっと思い違いだったのは、入ったとたんにですね、借金がたくさんあるってことに気づいたんですね、1900億円(笑)。まぁ、100億円超えるとあんまりわかんないですからね。 (会場笑) 何か実感がないんですね。でも、借金を返す方法って、2つしかないんです。ひとつは、とにかく持ってるものを売る。売りまくりました。本社とかね。家とか。ホテルとか。ゴルフ場とかね。私もそこでやっていたスキー場とかね。ピザ屋とかも全部。 まぁ、売るのはいいんです、そんな実は難しくない。難しいのはもうひとつの借金を返す方法、その2。やっぱり会社をうまく回して、利益で返す。会社をうまく回すには、取締役会ってのが大事なんですね。その会社の中の最高意思決定機関ですから。 私も日本交通の取締役会に出るんです。取締役会って、ビジネススクールでは戦略的に激論をかわすところだと……、どんな議論をしてるのかと楽しみに行ったら、経理部長が「今月の売上げはこうでございますので」シーン……。社長である、私の父が「今月は売上げが悪いな、何でだ」「はい、雨でございました」 (会場笑) これちょっと、キツいなって思ったんですよね。この会社を変えるのは難しい。だから自分は新しいノアの箱船を作って、そっちを大きくして、そしてこの、沈み行く泥舟を救ってやろうと。そう思って、子会社を作りました。 (中略) ビジネススクール、マッキンゼー、何代目とか、関係ないです。今あなたがいる場で、これから皆さんが入る場で、どれだけの結果がちゃんと出せるか、人はそこしか見てないですね。結果だけしか、あなたを守ってくれない。だから何とか結果を出しましょうと。 そのためにいきなり大事なことをやると真面目過ぎてダメなんです。大事かよりも、結果が出やすいかどうかってことをやってく。しかも、たくさんやってください。どれか当たります。当たったものを、キチンと言うんです。アピール。当たらなかったらね、黙ってればいいんですよ。 (会場笑) たまに蒸し返す人がいるんです。あれ、ダメだったじゃんって。そういう時は嘘ついちゃうんです。あ、おっしゃる通り、上手くいかなかった。それ以上、人は突っ込んで来ません。 皆さんも是非とも結果を出してください。エンジョイですね、人生を楽しく生きたいと思います。
引用元 「重要なことよりも、結果が出ることをやれ」 日本交通・三代目社長が、1900億円返済の過程で得た経営哲学とは?
http://logmi.jp/23351
趣味はゴルフ、夏は別荘という裕福な学生時代から、突如60億円の借金を背負ったヤフー小澤氏。そして、人生を振り返ったとき「あれはラッキーだった」のひと言。事実は小説よりも奇なり、ですね。

  
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