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「ママが死にたいなら死んでもいいよ」車椅子の母が娘の言葉で気づいた障害との向き合い方

「ママが死にたいなら死んでもいいよ」車椅子の母が娘の言葉で気づいた障害との向き合い方

大動脈解離という病気によって胸から下が麻痺し、車椅子の生活を強いられることになった岸田ひろ実氏。日常で当たり前にできていたことができなくなり、絶望と向き合う日々を過ごしていましたが、娘からのある一言がきっかけで前向きな気持ちを取り戻します。障害を持っている自分だからこそできることがあると気付いた彼女は、障害者の方への接し方を伝えるユニバーサルマナーの職に従事。「歩いていたときよりも今のほうが幸せ」と今の思いを語りました。(TEDxYouth@Kobe2014 より)

スピーカー
株式会社ミライロ 講師 岸田ひろ実 氏
参照動画
The key to have a wonderful life -- Make your barrier your value! Hiromi Kishida TEDxYouth@Kobe

当たり前のことができなくなり、絶望と向き合った日々

岸田ひろ実氏(以下、岸田) 改めまして、皆さんこんにちは! 会場 こんにちは! 岸田 岸田ひろ実と申します。早速なんですけれども、皆さんに質問です。今、車椅子で私がここに登ってきました。皆さん車椅子の私を見て、どのような印象を持たれるでしょうか? もしかしたら「あ、かわいそうだな」「大変そうだな」。もしかしたら、「何かしてあげないといけないかな」そんなふうに思われたのではないでしょうか? 実は私、車椅子歴今年でもうすぐ7年になります。ということは、7年前は普通に歩いていました。歩いていたときの私も、きっとそういうふうに思っていたと思います。「かわいそうだな」とか、「不幸せそうだな」とか、マイナスのイメージがありました。 しかし今ここにいる私は、実は今までの人生の中で一番幸せだと思っています。歩いていたときより、今のほうが楽しいです。幸せです。夢もたくさんあります。希望もたくさんあります、毎日ワクワクして生きています。 それでは、どうしてそんなふうに思えるようになったのか、私のアイデアを今からお話していきたいと思います。 実は、なぜ私がこのように車椅子の生活になったかといいますと、ちょうど7年前のある日です。突然です。大動脈解離という病気に襲われました。 心臓から出る大きな血管が裂けていく病気です。これが裂け切ったらもう即死という状態でした。緊急搬送された病院で宣告されたのは、9割の確率で命を落とすでしょうということでした。 そして、緊急オペに入りました。10時間のオペを経験したあと、幸いにも一命を取りとめることができました。そして麻酔から覚めた私は、まったく足が動かなくなっていました。胸から下が麻痺をしてしまったのです。 その日から、私は日常普通にできていること、当たり前のこと、すべてを失ってしまいました。絶望と向き合う日が始まってしまいました。 私には家族がいます。 gazou1 写真に写っているように、長女と、そしてダウン症という知的障害がある長男。3人家族です。夫は10年前に病気で亡くなってしまいました。 私にとって頼れる存在であるのは、たった1人の長女でした。そんな長女は歩けなくなった私を毎日毎日励ましてくれました。 「ママ、大丈夫だから。何とかなるから、一緒に頑張ろう」一生懸命励ましてくれました。しかし、そんな励ましは私にとってまったく響かなかったです。心に届かなかったです。 それはどうしてかというと、今まで普通にできていたことがまったくできなくなったからです。 たとえば、寝返りをうつことも1人でできません。ベッドから起き上がることもできません。もちろん車椅子に乗り移ることも無理でした。お風呂も1人では無理。トイレも1人では無理。無理なことばっかりです。 そんな私に「大丈夫だよ」って言われても、何が大丈夫なのか。 毎日毎日ベッドで泣いていました。しかし娘がくると、娘にはこれ以上苦労をかけたくない、落ち込んでいる私の姿を見せたくないという私の意地があったので、いつもいつも笑ってやり過ごしていました。 大丈夫、大丈夫、私は大丈夫だよ。そういうふうにやり過ごしていました。

「死にたいなら死んでもいいよ」と言った娘

しかしある日、大きな転機がやってきました。何となく自分で動けるようになってきた頃、病院から外出許可が出ました。 娘は私に言いました。「ママ、三宮の街に行こう。歩いてるときと一緒のように、また三宮に買い物に行ってご飯食べに行こうよ」と言ってくれました。そうか、私もそういえば入院生活長い。もう半年以上あったので、久しぶりに外出できるのがとてもうれしかったです。 たとえ車椅子でも、また前みたいに楽しめるかもしれない。そんな思いを持って、娘と2人で三宮の街に出かけました。少しワクワクしました。しかし、そんな気持ちもたったの1時間も経たないうちに崩れ落ちていきました。 いつもなら、ここからそこに行くのに数10秒です。しかしそこには越えられない段差がありました。階段がありました。 行けない、どうやって行けるんだろう? 誰も教えてくれませんでした。お手洗いに行きたいっていっても、普通のトイレには行けません。車椅子トイレどこにあるんだろう、探さないといけないです。 いちいち何をするにも大変です。そして混雑している道路を通るには、車椅子には幅があります。なので「すいません、ごめんなさい、通らせてください」謝ってばかりいました。 そうして、落ち込んだ気持ちを持ったままようやくたどり着いた夕食のお店。パスタを食べようということになって、パスタ屋さんに入りました。やっと入れるお店を見つけました。 そしてそのお店、通路が狭かったです。「ごめんなさい、ごめんなさい」と言いながらやっと通らせてもらって、テーブルに着くことができました。 そのときです、私のどうしようもない落ち込んだ気持ち。「もう無理じゃん、車椅子でも大丈夫って言われたけど、結局車椅子でも外に出るとこんなにつらいことがいっぱいある。もう無理だ」その気持ちは限界になっていました。 そしてとうとう娘に言ってしまいました。「もう、なんでママ生きてるんだろう。死んだほうがましだった、死にたい」そんなふうに言ってしまいました。私は娘の顔を見ることができませんでした。きっと泣いて「ママ死なないで、何でそんなこと言うの?」というと思っていたんですね。 恐る恐る娘の顔を覗いてみました。「しまった、言ってしまった」と思いながらです。そうすると娘は……パスタをパクパク食べていました(笑)。そして私に言いました。 「うん、知ってるよ。きっとそう思ってると思ってた。だから死にたいなら死んでもいいよ」と言いました。 「きっと死んだほうが楽なくらい、ママが苦労してしんどいの知ってるから、死んでもいいよ。でも私にとってママはママだから。歩いてても歩いてなくてもママはママで、変わらず私を支えてくれてるから、私にとったら何にも変わらない。だから大丈夫。大丈夫大丈夫、2億%大丈夫だから」と言ってくれました。 言ってくれた私のほうがびっくりしてしまいました。「え? 死んでもいい? そこは死なないでって言うところじゃないのかな?」と思ったんですが、死んでもいいという選択肢を与えてもらったら、私は一体何にこんなに落ち込んでるんだろう(と思いました)。 そして、2億%大丈夫というような、聞いたこともない大丈夫という確率に「じゃあ、娘を1回信じてみよう」と思いました。もう、歩けてても歩けてなくてもどうでもいいやと思いました。そして、娘に本当の気持ちを話したということだけで、私はすごく気持ちが楽になりました。

障害はマイナスばかりではない

歩けてても歩けてなくても、生きてるだけで娘の役に立ってることがあるかもしれない。そうすれば私もこれからまた何かできるかもしれない。歩けないことばっかり悔やんでても、落ち込んでるばっかりでも何も楽しくない。 そしたら「歩けなくてもできること、車椅子の私しかできないこと何だ? 何かないかな?」そんなことを思い始めるようになりました。 そうすると不思議です。なんだか外に出たくなります。何かやってみようと思いました。そして何とかリハビリ生活を乗り越えて、私はある程度自分で動けるようになって、病院を退院することになりました。 そうしているうちにも、どんどん外に出るようになりました。たくさんの人と知り合うようになりました。街へ出ると、今まで気づかなかったことにたくさん気づくようになりました。どうしてここからそこに行くのに行けないんだろう、どうしてこの物を使いたいのに使えないんだろう。 そうしたら「行けないところを行けるようにしたらいいんじゃないか? 使えないものを使えるようにしたらいいんじゃないか?」そんなことをいつもいつも考えるようになりました。 そして私は今、障害のある私の立場から皆さんに「ユニバーサルマナー」っていう、実際に障害のある方がいらした場合、その向き合い方、接し方についてお教えするお仕事をしています。 私の障害は私に仕事を与えてくれました。 gazou2 「障害=マイナス」でしかなかった「歩けない=不幸」でしかなかった。それが今、障害はマイナスばかりではない、不幸ばっかりではない。そんなふうに思えるようになりました。

相手が本当にしてほしいことをするのが、正しいおもてなし

1つ、私が皆さんにお伝えしている、普段お話しているユニバーサルマナーについてお話をさせてください。 どんなことを伝えているか? またちょっとここで、皆さん一緒に考えてみてください。 たとえば私が、食事をしにレストランに行ったとします。そうすると、お店の方は車椅子の私に気がついて、テーブルの椅子を1つ外して「こちらへどうぞ」と案内してくれます。 さて皆さん、これって正しいおもてなしでしょうか? 実は、これは違うんですね。車椅子に乗っているからといって、車椅子のままお食事をする。それが正しい答えではないんです。 私もソファの種類によったり、その場所、椅子の種類によったりしては、車椅子から椅子に座りたいと思うこともあります。車椅子にずっと座っていると固いですし、リラックスできないので椅子に座りたいっていうこともあるんですね。 ですので、そういったときは何も聞かずに「車椅子だから椅子を抜こう」ではなくって、まず選択肢を与えてください。 その選択肢を与えるために「どうしたらいいですか? 何かお手伝いしましょうか?」っていうふうに、お声がけをしてください。そして、本当にしてほしいこと、その方が何をしてほしいかっていうことを聞いてください。 これが正しいおもてなしなんですよ、素敵なおもてなしなんですよっていうようなことを、私は皆さんにお伝えしているお仕事をしています。 これって、実際私が車椅子に乗って初めてわかったことです。私が車椅子に座っている目線の高さは1メートルです。 この1メートルの目線だから見えること、気づくこと、たくさんあります。これは私でしか気づかない、伝えられないことだと思っています。 ですので「障害、マイナス=不幸」ではありません。障害は私に価値を気づかせてくれます。私に夢を与えてくれます。そして仕事も与えてくれました。 もし皆さんが落ち込んでどうしようもないとき、どうしたらいいかわからない、もうダメだって思うとき、ぜひ皆さんの近くにいる大切な方に一言、言ってみてください。 もう無理かもしれない、もうダメだ、死にたい。そんな気持ちを一言話してみてください。 もしかしたらその方は、何かアイデアをくれるかもしれません。もしかしたら「うんうん、そうかそうか」聞いてくれてるだけかもしれません。 でも、その人に話せたっていうことだけで、あなたの何かが変わります。ダメだ、もうダメだって思ってる気持ちが、そうじゃないふうに変わります。マイナスがプラスに変わるきっかけになります。 ぜひ皆さん、落ち込んだときに、そういうアイデアを1つ、覚えておいてください。 私の障害がくれたものにもう1つ、夢があります。夢を私に与えてくれました。その夢は皆さんの前で、私の障害をプラスに変えて、価値に変えて、私でしか気づかないことを皆さんの前でアイデアとしてたくさんお話をするということが私の夢でした。 そして今、この場所で、私の夢はまさに叶っています。こんなチャンスをいただきました。 皆さんにたくさん聞いていただいています。本当にうれしいです。本当に楽しい。今このスピーチの時間をいただきました。本当にありがとうございました。 では、ご清聴ありがとうございました。

  
※ログミーでは、TED Talksおよび各TEDxの定めるCCライセンスを遵守し、自社で作成したオリジナルの書き起こし・翻訳テキストを非営利目的のページにて掲載しています。
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「ママが死にたいなら死んでもいいよ」車椅子の母が娘の言葉で気づいた障害との向き合い方

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