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子供を傷つける親も苦しんでいる–アダルトチルドレンの正しい理解と克服方法

子供を傷つける親も苦しんでいる–アダルトチルドレンの正しい理解と克服方法

相次ぐ児童虐待や高齢者虐待、障害者虐待は深刻な社会問題になっています。TVや新聞で虐待(ネグレクト)に関するニュースを聞いたとき、あなたはどんな気持ちになりますか? 恐らく多くの人が「虐待なんてありえない」「親失格だ」など、加害者に対する怒りの感情を抱くのではないでしょうか。登壇者の菊川恵さんは、幼少期の家庭環境から「命の大切さ」を心の底から理解することができなかったと告白します。機能不全の家庭で育ったことにより、心にトラウマを抱える「アダルトチルドレン」の問題は依然として増え続けています。同氏は、加害者が虐待に至るまでの背景を想像すること、子供を傷つけてしまう親の苦しみやトラウマを受け入れることの必要性を語ります。(TEDxYouth@Kobe2014 より)

スピーカー
菊川恵 氏
参照動画
Children in need. What about adults? | Megumi Kikukawa | TEDxYouth@Kobe

命の大切さを心の底から理解できなかった

菊川恵氏 みなさん、はじめまして。菊川恵です。突然ですが、今から約9ヵ月前、こんなニュースがあったことを覚えていますか? 2014年2月25日、ある父親が逮捕されました。自分の3歳の息子を首輪で窓に繋いでいたそうです。 首輪の長さは約1メートル。鍵の高さは子どもの身長よりも高い位置にあったそうです。男の子は身動きをとることができませんでした。このニュースを聞いて、みなさんどのように思いますか? テレビではこんな声がたくさん流れていました。「子どもを愛せないんだったら、最初から産むんじゃない」「父親失格だ」。 私は心が痛くなりました。傷ついている子どもを知ったことはもちろんですが、それより、過ちを犯した親に対しての社会の目はこんなにも厳しいんだ、と思ったからです。そして、自分自身が加害者になってしまう可能性もある。その思いが私の心を苦しめました。 自分の将来に思いを馳せたとき、「私はこんな社会で生きていくことはできない」そう思いました。 私の中学時代の話をさせてください。「親は子どもを愛するものなんだよ」「お父さんとお母さんに感謝をしましょう」「命はとっても大切なものなんだよ」。優しい顔をして近づいてくる大人は、そう言いました。 そして、みんな口を揃えて、こう言いました。「今はわからなくてもね、大人になったらわかるよ」。頭ではちゃんと理解できました。でも、心の底から理解することはできませんでした。 中学生のとき、家に帰ると、いつも同じような光景が広がっていました。床の至る所に物が散乱した部屋。カビだらけのお風呂。洗っても洗っても山のように溜まる食器たち。おいしそうなご飯は親と兄弟のもの。 いつも私のご飯はありませんでした。ため息をつきながら掃除をしました。よく見てみると、死んでいた状態で生まれてきた、兄の遺灰がガラクタの中に紛れていました。

アダルト・チルドレンという概念との出会い

中学2年生のとき、ある朝、起きたら、母は亡くなっていました。その母の遺骨も箱に入ったまま、長いあいだ部屋の隅に放置されたままでした。私の家では、命は粗末なものだったんじゃないか。 そう思いながら、中学時代を過ごしてきました。命は大切なものだって、ひとつだって無駄な命はないって、頭ではわかっていました。けれども、大人たちが言うその言葉は、全部、口先だけの言葉に聞こえてしまいました。 そして、心を閉ざすようになりました。自分の感情を殺し、自分の話をしなくなりました。痛みも悲しみもわからなくなりました。自分が今何を考えているかさえ、わからなくなりました。 そして、抑え込んでいた思いは、自分の中で留めることができず、行動に出始めました。中学校を卒業し、だんだんと大人に年齢が近づいていったにも関わらず、恋人との距離のとり方がわからず、クッションで叩きつけてしまったこともあります。 動物が大好きだったはずなのに、構ってほしそうに近づいてくる猫を足で蹴散らしてしまったこともあります。本当は人と仲良くしたいのに、近づいてこようとされると、連絡を取ることを急にやめてしまったり、目を合わせることすらやめてしまったこともあります。 全部大好きなはずなのに、どうして大切にできないんだろう。どうして自分の思いと矛盾した行動をとってしまうんだろう。 あるとき、はっとしました。私は大人に近づくにつれ、だんだんと親と似た行動をとっていたんです。親を反面教師にしようとして、ずっと生きてきたはずなのに、親と似てきてしまっている自分がいたんです。自分が怖くなりました。 もし自分が将来、親になったとき、子どもを苦しめる親になってしまうんじゃないか。そう思ったからです。そんな悶々とした思いを抱えながら、20歳になりました。大人の仲間入りをしました。 「子どもの頃、辛い経験をした分、人に優しくなれるよ。だからがんばってね」と言われてきました。でも、私は優しい大人にはなれませんでした。そのとき、こう思いました。もしかしたら、大人も痛みを抱えているんじゃないか。悲しみを抱えているんじゃないか。そう思ったんです。 ある日、アダルト・チルドレンという概念に私は出会いました。アダルト・チルドレンとは、子どもの頃の家庭での経験や親子関係が大人になってからも精神面や生き方にあまり良くない影響を及ぼしていることを指します。 私はその概念を知ったとき、ホッとしました。ずっと自分を責めてきていたけれど、大人だって完璧ではないんだ、ということを知ることができたからです。そして、こうも思いました。 もしかしたら、私の親だって完璧ではなかったのかもしれない。はっとしました。私は、自分の親に理想の親を押し付けて、親を親としてしか見ることができていなかった。そう思いました。もしかしたら、親だって痛みを抱えているのかもしれない。 親だって悲しみを抱えていたのかもしれない。そう思うことができました。でもやはり、私自身が親になったとき、子どもを傷つけてしまうんじゃないかという不安がありました。子どもの頃はたくさん同情されたり優しくされたりしてきました。 でも、もしも私が子どもを傷つける親になってしまったら、その瞬間に立場は逆転してしまうんだろう。そう思いました。たとえ、子どもに愛情を注ぎたいと思っていたとしても、親と違う子育てを選択したいと思っていたとしても、そんなことなんてお構いなしに、批判をされてしまうんだろう。そう思っていました。

家庭での経験を話せる場所「はじめの一歩」を提供

アダルト・チルドレンという概念を調べていくうちに、自分自身の抱えている痛みを緩和することができること。親と違う子育てを選択できるということを知りました。そして私は、アダルト・チルドレンの克服方法を探し続けました。 カウンセリングやワークショップをたくさん見つけました。でも、どれも高額で、私の手には届きませんでした。自助グループというものも見つけました。自助グループというのは、同じ痛みを抱えた者同士が集まって、自分自身を経験をシェアすることによって、心の傷を癒していく、という集団です。 でも、私が見つけたものは、神様や自分を超えた大きな力に頼るものが多くて、難しくて、なかなか足を運ぶことができませんでした。そして、途方に暮れてしまったんです。 どうして、家族という、こんなに身近な問題のはずなのに、身近な場所で問題を解決できないんだろう。疑問に思いました。もっと身近に、自分の問題を解決できる場所があってほしい。 そう願って、私はもっと気軽に、自分自身の経験をシェアできる場所をつくろうと思い「はじめの一歩」という場所をつくりました。それがちょうど1年前の今日です。1年間、活動を続けてきて、気づいたことがあります。 実は、その場所に足を運ぶこと自体がハードルになってしまっている、ということです。私がつくった場所に足を運べる人というのは、どこにでも行ける人だ。そう思ったんです。 ワークショップやカウンセリングのような専門的なものは社会には必要です。でも、それが専門的であるがゆえに、ハードルが上がってしまっているという現実があると思います。 専門性は時に、人とは違う、という抵抗を生んでしまうんです。だからこそ、どれだけ人に寄り添ったすばらしい制度をつくっても、そこから取りこぼされてしまう人が必ず出てきてしまうのではないか。私はそう思いました。 途方に暮れている人や痛みを抱えている人が求めているものは、専門的な治療法でしょうか。それとも、自分を救ってくれる制度でしょうか。もちろん、それらは社会に必要です。 でも、私はこう思うんです。本当に苦しんでいる当事者が求めているものは、ただ受け止めてもらえること。ただ理解してもらえること。それだけではないか。そう思っています。 身近な所にそういうものが無いからこそ、専門的なものに頼るしかない現実があるんだと思います。そして、専門的なものにハードルを感じた瞬間、途方に暮れてしまうのは、身近に人に理解してくれる人なんていない。そんな前提があるからだと思うんです。

痛みを抱える大人がいることを知ってほしい

だからこそ、私は今、この場を通じて、痛みを抱える大人がいるということを知ってほしいんです。そして、子どもを傷つける親を見たときに、少しだけ想像力を働かせてほしいんです。 もしかしたら、この大人も痛みを抱えているんじゃないか。悲しみを抱えているんじゃないか。そう思って、批判することを少しだけ躊躇してほしいんです。ただ知ること。躊躇すること。 それだけでは何も変えることはできない。そう思うかもしれません。でも、私はそうじゃないと思います。知ること。そして、想像力を持って相手と向き合うこと。ただそれだけで、苦しんでいる当事者は、あなたに理解してもらえている、と感じることができます。それだけで救われる人がいます。 ここにいるあなたも、誰かの居場所になれるかもしれないんです。知ろうとすること。想像力を持つこと。それが当たり前になれば、どんな社会になるでしょう。きっと、今よりもカウンセリングにも行きやすくなるし、身近な人に相談もしやすくなるんじゃないかと思います。 そして、自分が思うような居場所を選択することができるんじゃないかと思います。居場所の選択肢が多い社会の実現が、結果として巡り巡って、悲しい思いをする子どもや痛みを抱える大人を減らすことにつながるのではないでしょうか。 私は自分を受け入れてくれる人たちに出会い、少しだけ居場所ができました。私には実家はないけれど、立ち寄ることができる場所ができました。帰る場所はつくれること。頼れる人は自分で選ぶことができることを知りました。そのことが、今の私を生かしてくれました。 ここにいるあなたも、私を生かしてくれた中のひとりです。今まで私を生かしてくれた皆さん、ありがとうございました。これからも誰かの居場所になってください。 ご清聴ありがとうございました。

  
※ログミーでは、TED Talksおよび各TEDxの定めるCCライセンスを遵守し、自社で作成したオリジナルの書き起こし・翻訳テキストを非営利目的のページにて掲載しています。
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