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なぜ退役軍人は戦争が恋しくなるのか? その理由は「人殺し」とは真逆の感情だった

なぜ退役軍人は戦争が恋しくなるのか? その理由は「人殺し」とは真逆の感情だった

「戦争から帰還した兵士の多くが戦場を懐かしむ」と語る、ジャーナリストのSebastian Junger(セバスティアン・ジャンガー)氏。深いトラウマを抱えているはずの兵士たちが戦場を懐かしむ意外な理由とは?(TEDSalon NY2014より)

スピーカー
ジャーナリスト Sebastian Junger(セバスティアン・ジャンガー) 氏
参照動画
Sebastian Junger: Why veterans miss war

戦場から帰還した多くの兵士が、戦地を懐かしんでいる

セバスティアン・ジャンガー氏 これから1つの疑問を提示し、それに答えていきます。少々不快な疑問かもしれません。 戦争で苦しむのは、一般市民と兵士の双方です。戦争に巻き込まれた一般市民が戦争を懐かしむことは、まずありません。しかしこの20年来、戦争を取材して非常に驚いたことは、兵士の多くが戦場を懐かしむことでした。 想像しうる最悪の経験を経た上で、自分の家、家族の元、祖国へと帰りつき、なおかつ戦場を恋しく思う、などという事態はなぜ起こるのでしょうか? それはどのようにして発生するのでしょうか? 何を意味するのでしょうか? 我々は、この疑問に答えなくてはなりません。このメカニズムを解明しなければ、兵士たちを、社会の中で彼らが暮らしていた元の居場所に戻すことができません。同時に、戦争をなくすことも不可能です。

戦争映画を観たくなることはあるか

問題は、戦争の正体はシンプルで明快なものではない、ということです。1つの単純明快な解はありません。まともな人であれば、戦争は嫌いなはずです。戦争のことを考えるだけでも嫌で、関わりたいとも思いません。知りたいと思うこともありません。これは戦争に対する正常な反応です。 しかし会場にいる皆さんに「お金を払ってハリウッドの戦争映画を観に行き、楽しんだことはありますか?」と尋ねれば、きっとほとんどの人が手を挙げるでしょう。そこが戦争の複雑怪奇な所です。 会場一杯の平和主義者が、戦争に対して抗いがたい魅力を感じるとすれば、戦場で戦闘訓練を受けた20歳の若い兵士にも、まさに同じことが言えます。間違いありません。理解すべき点は、まさにそこです。

戦うだけの生活を続けるうち、徐々に戦闘を好むようになる

すでに申し上げたように、私は20年来戦争を取材していますが、もっとも熾烈な戦闘はアフガニスタンでアメリカ軍と共に体験しました。取材の経験はこれまでに、アフリカ、中東、90年代アフガニスタンでありましたが、2007年から2008年にかけて、米軍と共に極めて激しい戦闘に直面しました。 私は、東アフガニスタンのコレンガル渓谷という、全長18kmの小さな谷にいました。この谷には150名から成るバトルカンパニーという部隊がおり、私が滞在している間だけでも、全アフガンの20パーセントの戦闘がこの18km圏内で展開していました。 NATO軍がアフガン全土で展開する戦闘のうちの5分の1を、この150名が、2カ月の間担っていたのです。それは本当に熾烈な戦いでした。 私は、大部分の時間をレストレポと呼ばれる、小さな前哨地点で過ごしました。この名は戦地配置後2カ月で全滅した、衛生小隊から付けられました。山の斜面にしがみつくように建つべニヤ合板の小さなバラック群で、土嚢や塹壕、銃座が設けられ、バトルカンパニーの20名の第2小隊が配備されていました。 私はほとんどの時間をこの山で過ごしました。水道はなく、水浴びする手段はありません。兵士たちはぶっ続けで1カ月、山籠りします。その間、一切着替えることはありません。兵士たちは戦い、作業し、同じ服を着たまま眠ります。 服を脱ぐことがないため、1カ月後にカンパニーの司令部へ戻る頃には、戦闘服はボロボロで、着られない状態になります。これらの服は焼却処分され、兵士たちには新しい一式が支給されます。 インターネットも電話もありません。山には、外界とのコミュニケーションを取る手段が、一切ないのです。温かい食事も摂れません。普通の若い男が好む物は、何1つとしてありません。車はなく、女性もおらず、テレビもありません。戦闘以外には何もないのです。そして兵士たちは、徐々に戦闘を好むようになります。 私がよく覚えているのは、あるとても暑い春の日のことです。その2週間、戦闘はありませんでした。通常は前哨地には攻撃が仕掛けられるものですが、その2週間は戦闘が行われず、皆退屈さと暑さとにすっかり参ってしまっていました。 1人の大尉が、腰まで裸の状態で私のそばを歩いていました。その日は強烈に暑い日でした。大尉は、上半身裸で私のそばを歩き過ぎながら「ああ神様。どうか今日は攻撃がありますように」とつぶやきました。兵士たちが退屈するということは、つまりこういうことなのです。これも戦争だと大尉は言いました。 「何か起きてくれ。気が狂いそうだ」

若い男性の死亡率は、女性の6倍

このことを理解するにあたって私たちは、戦闘を道徳的な面から考えることを、しばらくやめなくてはいけません。戦闘の道徳的考察は大切ですが、さしあたりは道徳についてではなく、神経学的な見地から考察してみましょう。戦闘中には、脳がどのように働くかを考えてみましょう。 まず、この経験は異常事態です。私にはまったく予想がつきませんでした。恐怖は大抵の場合、感じませんでした。戦闘に巻き込まれた時は大変な恐怖を感じましたが、戦地にいる時は怖くありません。戦闘の前には恐怖を感じ、戦闘の終わった後も凄まじい恐怖を味わい続けました。 そして戦闘後の恐怖は、何年も続きました。この6年間で撃たれたことは1度もありませんが、戦闘から6年経った今朝も、戦闘機による機銃掃射を受けた悪夢を見て飛び起きました。実際に戦闘機による機銃掃射を受けた経験はありませんが、私はこの悪夢を何度も見ています。 時間がゆっくりと流れ、奇妙なトンネルビジョンが発生します。細部を極めて詳細に記憶していますが、他のことはぽっかりと抜け落ちています。精神の状態がわずかながら変化してしまっているのです。 脳内には、血流により膨大な量のアドレナリンが送り込まれます。若い男性の場合、相当長い間この状態が続きます。これは私たちの中に深く打ち込まれる、ホルモンによって起こる現象です。 社会においては、暴力や事故による若い男性の死亡率は、若い女性のそれに比べ6倍も多いです。飛び降りてはいけない場所から飛び降りる、火をつけてはいけない所に放火するなど、若い男がやりがちな、ばかばかしいことをしでかすためです。 私が言いたいことがわかりますか? 若い男性は若い女性に比べ、6倍も多い割合で死ぬのです。あくまで統計上の話ですが、アメリカの多くの都市の消防士や警察官ののほうが、郷里の街をあてもなくぶらぶら歩くティーンエイジの少年よりも安全である、と言うことになります。戦闘においてこれがどのように影響するのか想像がつきますね。

全員が味わった、死にかける経験

レストレポでは、私や後にリビアで戦死した良き友ティム・ヘザリントンを含む全員に、死にかけた経験があります。多くの人間が、銃弾の丸い穴が開いている戦闘服を着て歩いています。銃弾は布を貫通しても体には触れなかったのです。 私はある朝、土嚢によりかかりぼーっとしていました。その時、砂がぱっと私の頬を打ちました。私の顔のそばに何かがぶつかったのですが、何かはわかりませんでした。 銃弾は音よりずっと早く進みます。数百メートル先から撃たれた場合、傍に着弾するか、命中した半秒後に銃声が聞こえます。さて私の顔に砂が飛び散りました。0.5秒後、ダダダダダという音が聞こえました。マシンガンで狙撃されたのです。それは1時間に及ぶ銃撃戦の、第1ラウンドの始まりでした。 つまり、私の頭の9cmから12cm先に銃弾が着弾したのです。想像してみてください。考えてみてください。私は実際に、命拾いをした弾道の角度のズレを計算してみました。400m先からの狙撃で外したのはわずか9cmです。 生き延びたのは、とんでもない確率でした。そこにいる全員に似たような経験があり、それは複数回とまでは言わなくとも、少なくとも1回はありました。 兵士たちは、1年間の山籠りの後に帰還しました。除隊し、帰国後に凄まじい精神異常を患う者もいました。軍に残っても、何とか精神の健康を維持できた者もいました。

トラウマに苦しみつつも戦場を懐かしむのは、同胞愛ゆえ

私はブレンダン・オバーンという人物と親しい付き合いがありました。彼とは今でも非常に良い友達です。ブレンダンは帰国し、除隊しました。 ある晩私はパーティを開きました。ブレンダンを招待し、彼は私の友人の女性と会話を始めました。彼女は、アフガニスタンでの悲惨さをよく知っていたので、彼に聞きました。 「ブレンダン、あなたはアフガニスタンでの戦争を、懐かしいなどと思うことはあるのでしょうか?」 ブレンダンはしばらくじっと考え込んでいましたが、ようやく口を開きました。 「はい。僕はアフガニスタンのほぼすべてが懐かしいです」 しかしブレンダンは、私が見た中でも、この戦争による特に重篤なトラウマに苦しむ1人なのです。 「はい。ほぼすべてが懐かしいのです」 ブレンダンはなぜそのようなことを言うのでしょうか? 彼は精神異常者ではありません。彼は殺人を懐かしんでいるわけではないのです。彼は狂人ではありません。彼が懐かしむのは、絶えず狙撃され、友人たちが次々殺されて行く光景ではないのです。 ブレンダンは、一体何をそんなに懐かしんでいるのでしょう? 私たちは、この疑問に答えなくてはなりません。もし本当に戦争をなくしたいと願うなら、この疑問の答えを見つけなくてはならないのです。 私が思うに、ブレンダンが懐かしんでいたのは、同胞愛なのではないでしょうか? それは、殺人とはある意味で正反対のものです。彼は一緒にいた仲間たちとの絆を懐かしんでいたのです。

友情と同胞愛の大きな違い

さて、同胞愛は友情とは異なります。友情は、社会で発生するものです。友人を好きになればなるほど、貢献してあげたいと思う気持ちが強まります。 同胞愛は、人に対する感情とは何の関係もありません。同胞愛とは、1つのグループにおいて、そのグループに各員が利益をもたらすことへの、互いの合意を指します。そして各員は、自分自身の安全より、グループ全員の安全を優先します。結果として「私は私自身より、仲間を愛している」と思うようになるのです。 ブレンダンは、3人から成る部隊の隊長でした。そしてアフガニスタンで最も悲惨だったある日のことです。その日ブレンダンは何度も死にかけましたが、彼はそんなことは歯牙にもかけませんでした。彼にとってアフガニスタンで最も悲惨だった出来事、それは彼の部隊の1人が頭のヘルメットを撃たれ、倒れたことでした。 誰もが彼は死んだと思いました。それは大規模な銃撃戦の最中でした。誰も彼を救出に行くことができませんでしたが、その直後、死んだと思われた兵士カイル・シュタイナーは、死の淵から蘇ったかのように起き上がりました。こん睡状態から目覚めたのです。彼は被弾して意識を失い、弾はヘルメットで弾かれたのでした。 彼には半分意識があったようで「シュタイナーが頭を撃たれた。シュタイナーが死んだ」という、皆の声が聞こえたことを覚えているそうです。彼は「僕は死んではいない」と頭の中で考え、起きあがったのでした。 ブレンダンはその後、部下を守れなかった自分に気づきました。彼がアフガニスタンで泣いたのは、そのことを自覚した、まさにその時1回だけでした。これが同胞愛です。

戦地より恐ろしい、他人がひしめく社会

同胞愛は古来より存在しました。皆さんは『イーリアス』を読んだことがありますよね? アキレウスは、友パトロクロスを救うためであれば、自らの命を喜んで犠牲にしたことでしょう。 第二次世界大戦中は、負傷して野戦病院に担ぎ込まれた兵士たちが、窓やドアから無断で脱走し、傷を負いながらも、同胞たちがなおも戦う前線へ戻った逸話が数多く伝えられています。 ここでブレンダンの話を思い出してみましょう。同じような経験をして来た兵士たち、小さなグループにおいて似たような絆で固く結ばれた兵士たち、自分自身よりも20人の仲間をより深く愛している兵士たちのことを思い出してください。 それはさぞかし、素晴らしい感覚であったことでしょう。想像してみてください。1年間、そのような素晴らしい経験を享受した後、彼らは祖国に帰って来ます。頼れる者も、愛し愛される者もいない、困っても助けてくれる者もいない、私たちのような他人がひしめく、元の社会に戻るのです。 戦慄すべき事態です。その疎外感に比べれば、戦地にはある種の精神的な安らぎすらあるのです。 彼らが懐かしむのは、まさにその同胞愛なのです。私たちはそれを理解し、この社会をなんとかして変えていくべきです。ありがとうございました。

  
※ログミーでは、TED Talksおよび各TEDxの定めるCCライセンスを遵守し、自社で作成したオリジナルの書き起こし・翻訳テキストを非営利目的のページにて掲載しています。
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