経営戦略としての産休・育休

川島高之氏(以下、川島):それでは、簡単にご自身の紹介と、今日の「マタハラNet」、あるいは女性の活躍に関係するようなことをお話していただければと思いますが。じゃあ、青野さんから。

青野慶久氏(以下、青野):サイボウズの青野といいます。今日はお集まりいただきましてありがとうございます。サイボウズは「グループウェア」という、まさに会社が多様な働き方をするための情報共有インフラにあたるソフトを作っている会社になります。

元々サイボウズはITベンチャーで土日出勤当たり前「終電がある時間に帰るなんて」といって、朝会社に来ると会議室で誰か寝てるみたいなのが普通の会社だったんですけど、2005年に離職率が28%という非常に高い値となってしまいました。

4人に1人は辞めるので「これはさすがに効率よくないね」と。また採用して教育しないといけない。ということで働き方をもっと見直していこうと施策に取り組み始めました。

なので、みんなのためにとかそんなことでは決してなくて、経済合理性として、この働き方をやってたら会社が立ちいかなくなるということで始めたわけです。

その後、いろんな制度を社員と相談しながら入れていきました。例えば、育児休暇が6年間取れる、妊娠がわかったらすぐに産休に入れる、在宅勤務ができる、時間をずらして働ける、週3日勤務というのがあるなど、制度がいっぱいできて、離職率は今5%切るところまできています。

これぐらいまで下がってくると、正直効率がいい経営ができてるなぁと思います。それから、社内で女性の比率が高まってきまして、今4割ぐらいです。

役員も10人中2名が女性で、(会場の後方を指して)後ろの席にいる彼女は今2人の子どもを育てるワーキングマザーでサイボウズ史上初の女性の執行役員です。夕方5時半には帰宅する人が管理部門の長をしていたりします。

私自身も今、5歳、3歳、生まれて2ヵ月の子どもがおり、育児期間中で4時に帰るということなので、すみませんがあと1時間くらいで保育園に迎えにいかないといけないということをご理解いただければと思います。

繰り返しになりますけど「優しい会社ですね」ってよく言われるんですけど、そんなつもりは全然なくて正直(競争に)勝つためにやってます。

こうしたほうが人が採れるんです。人気が集まるんです。今、サイボウズなんてエントリー者の1%も入社できないくらい人気の会社なんですよ。入社希望者がバンバン入ってくる。しかも入ってきた後、長く働いてもらいますから、教育コストも低い。

しかもダイバーシティがありますから、イノベーションが起こる。いろんな考えの人が集まってきて、おもしろいソフトや新しい売り方を思いついて、それがまた事業の拡大につながっていくということです。

あくまでも経営戦略としてやっているということをご理解いただければと思います。以上です。

ブラック企業には負ける気がしない

川島:はい、ありがとうございます。まさに経営戦略ということですよね。私自身も会社経営してて思うのは、女性を活用することは必須というか、当たり前っていうような。経営を進めていく上で、もはや選択するような類のものではないって感じですかね。

青野:そうですね。正直、今までのような日本企業の経営をやっている会社は多分生き残れないんじゃないかと思います。去年ぐらいから流れが変わりましたよね。

自分が長く働ける会社かどうか、若者が働き先を見極め始めていて。「働けないな」と思ったら平気で去っていくと。労働力が減っていく中、当然その確保が経営戦略の一番の根幹になり、それができない会社は滅んでいく。そういうことが起きつつあるんだと思っています。

この間『日経ビジネス』さんで書いてましたけど、私たちのIT業界なんてまさにブラックの巣窟みたいなところがあるんですよ。正直、そういう会社とは負ける気しないですよね。

大変ですし、働いている人たちも青い顔して働いていますからね。死ぬよねとか、ブチ切れるよねとか、こんな感じを受けています。

川島:転職してサイボウズさんに来るっていう人も逆にいますよね?

青野:いっぱいいますよ。当たり前の話ですけど、病気になって働けなくなったら、もうその人の人生は大変なことになるんですね。

自分の健康管理をしながら働きたいっていうと、どんな会社であろうとヘルシーに働ける場所が当然人気になりますよね。それは女性だけではなくて、男性も見ていますよね。そういう時代かなと思います。

川島:ありがとうございます。東証一部で育休を取っているフロントランナーの青野さんでした。ありがとうございます! では、同じ業界におりますファザーリング・ジャパン代表の安藤さんお願いします。

「イクメン」という言葉をなくすのが目標

安藤哲也氏(以下、安藤):ファザーリング・ジャパン代表理事の安藤です。今から9年前にこのNPOを立ち上げました。当時、小さな子どもを2人、共働きの妻と一緒に文京区で育てていました。仕事は当時、楽天という会社で管理職をやっていまして。ご存じのようにあの会社は長時間労働は当たり前という、非常に軍隊式の会社です。

ただ、あそこで有名な週1の朝会に出たことがなくて、特例として認められていたわけですね。なぜかというと朝、保育園に送りにいくと出社時間に間に合わないんですね。

「それは時間外労働だし、僕には保育園の送り迎えという家のホームワークがあるのでそっちを優先したい」ということを会社にしっかり言いました。

そしたら、特例として認めてくれたという。未だに、その後の特例が続いていないそうですけど。僕は別にあの会社になんの恩義もないので、自分の事業のミッションを達成したらさっさと辞めてしまったんですけども。

その時にやはり、今日は「マタハラ」がテーマですけど、いろんなプレッシャーや「長時間労働で休みづらい」という企業風土・文化みたいなものが「育児をしたい」「楽しみたい」という男性たちを阻害してるなと。

男性も育児をしなきゃいけない時代なのに、子どもから父親を引き離してしまって。それによって、父親と子ども、あるいは家庭環境、親子の絆とか夫婦の問題などに発展しているんだと。

職場にも夫婦関係に問題を抱えていたり、子どもとの愛着がうまくできないという同僚や上司、部下を職場の中でたくさん見てきました。

その時に、僕はこのファザーリング・ジャパンの企画を考え、NPOを立ち上げたわけです。会社も含め、(最初)15人くらいで始めたものが、今400人くらいになっていまして、全国に支部もあります。ファザーリング・ジャパンは400人中の育休取得率が多分50%を超えていると思いますし、それも長期で取っています。

今日も1人最後列に某大手企業に勤めている育休中のパパが赤ちゃん連れてきてますけど、あれが普通なんですね。逆に、ファザーリング・ジャパンに入って育休取らないと「育休取らないとお前、ヘンなんじゃないの? おかしいんじゃないか?」って言われる。

(会場笑)

その中で、成澤(廣修)文京区長に出会って、育休取ってもらって。その後、青野社長にも出会い、僕と成澤区長と3人で、今「文京区イクメン三羽烏」と言われてますけども。「イクメン」という言葉をなくすのもファザーリング・ジャパンの目標です。

こうした状態が当たり前になり「イクメン」も「マタハラ」も言葉として無くなるのが理想と考えてやってきました。そうは言っても、イクメンは増えたんだけれども、聞けば「帰りづらい」「育休制度は立派だけど取りづらい」という声がすごくあって。

一方で、自分のパートナーたるママは職場復帰後に孤独に陥ったりとか、負荷がかかったりして。現在、産後うつの妻を抱えているパパも何人か会員にいるような状況になっています。

正しい情報とロールモデルを伝えることが必要

安藤:さっき、青野さんが言ったように「働き方改革」っていうことをやっていくことが(必要ではないかなと)。マタニティ・ハラスメントや働く人の健康問題にかかわるメンタルヘルスの被害に遭い、過労によるうつ病になったメンバーもウチには実際に何人かいます。あるいは、夫が過労でうつになって自殺をしてしまった人にも僕は会っています。

この活動を9年間やってきて、働いたり育児をしたりということが人間の基本的な人権であるはずなのに、実に非人間的なことが日本にまだ根深く残っているなぁと思ってます。

いろいろ考えた末、組織の管理職を変えなくてはと思って、昨年の3月に「イクボス」事業っていうのを立ち上げました。1年経って、言葉もだいぶ定着してきているんですけども、まだまだ自分のこととして考えられない上司もたくさんいますので、今後こういった「イクボス」のロールモデルをどんどん可視化して正しい情報を提供していければなと。

正しい情報っていうのはプライバシー・マネジメントができることのメリットですよね、やっぱり会社の経営も良くなったりとか、さっき言った育児と仕事の両立、介護の点でもそうです。

そういったものを当たり前にできるような社会にしていかないといけないし、女性活躍推進法がまさに国会を通ろうとしている時に「マタハラ」なんて逆行していることが未だ行われていること自体がアンビリーバブルな世界なので。

ここにいる仲間たちと一緒にこれからも推進していきたいなと思っています。僕も3人子どもがいてようやく小学校に上がったんですね。

送り迎えがなくなったかと思ったら、今度は親が倒れまして。今度はイクメンではなく「ケアメン」にならないといけないなと。その辺また渥美さんにもいろいろ教えをうかがってやっていきたいなと思ってます。以上です。

川島:9年間、マタハラをなくすためにずっと「イクボス」を広めてこられたんだと思うんですけど、どうですか? その広がり具合とか、感触とか、今後の「イクボス」についての展望とか。

安藤:先ほど、青野さんが言ったように、(ITは)人材不足になってくることを先んじて何とかしたいと思っている業種ですよね。流通とか、銀行なんかも今入ってきてますけども。

「イクボス企業同盟」というのを作ってみると、本当に危機感を持って「ダイバーシティなき成長はないんだ」と考えているところはかなり反応がいいし、積極的にセミナーや研修等を開催してますね。

ただ一方で、男会社的な古い体質の業界っていうのは、女性も妊娠後に辞めてしまうところも結構あるので結構温度差を感じます。

やっぱりイクメンの時と同じように正しい情報とロールモデルをしばらくは見せつけていくというか、伝えていくことが必要だなと思います。

川島:ありがとうございます。では、続いて、同じ「マタハラNet」で活躍されています弁護士の圷さんの方からお願いします。

産休・育休は長い目で見ればプラス

圷由美子氏(以下、圷):ビッグネームの中、スモールネームで失礼いたします。圷(あくつ)といいます。弁護士になって15年目になります。今日ぜひメディアさんに取り上げていただきたいのは「被害者の方と企業の経営者が手を取り合うっていうのはおそらく初めてだ」という点です。

自己紹介代わりに担当事件を1つご案内するとすれば、日本マクドナルド「名ばかり管理職」(管理監督者)訴訟があります。原告代理人として訴状を書きましたが、長男出産直前のことでした。

どうしても「労働者側の弁護士」というと企業を攻撃する立場と思われがちです。しかし、私はやっぱり日本を変えるには、いろんな立場の人々が「働くこと」について真剣に考え、立場を超えて手を取り合っていかなければいけないと長年思ってきました。

マクドナルドの時は、記者会見の席で「人間らしい働き方を取り戻す」ための訴訟であると訴えて、そのように報道していただいたんですが、残念ながらその後に起きたのは「残業代請求訴訟が相次ぐ」のみで、核心となる長時間労働の抜本的な見直しというところにはつながらずにきました。

したがって、私にとっては「人間らしい働き方を取り戻す」というアクションについて積み残しの宿題があったということになります。

私自身のことや小酒部さんとの出会いなどをご案内しますと、小学校3年生の長男と1歳の次男がおります。次男については今も夜中2回授乳しているという状況です。

次男育休中、地元のママたちがマタハラで雇用を切られた(辞めざるをえなかった)ということをかなり聞いたんですね。全然法律が届いていないと。法律はちゃんとあるんだから「名ばかり管理職」の時と同様、世論喚起し、波を起こして、企業側の意識を変えなければいけないと思いつつ2013年4月に復帰したところ、同年6月に小酒部さんに出会ったという流れになっています。

既に別の弁護士が代理人として事件を進めている当事者3名が、それぞれ他の当事者と会いたいということでしたので、当事務所にて皆さんをお引合せしたのですが、その中に小酒部さんがいました。

彼女たちはそれぞれとても優秀で、実にもったいないことだと思いました。その中でも、小酒部さんはお顔出しをされメディアに訴えていくという決意を示され、「輝く原石」だと思いました。

彼女とだったら気持ちよく一緒に大きなことがやっていけると思いました。マタハラNetをきっかけとして、世の中の意識を変え、国はもとより、企業側の方々との連携し、波を起こしていくというポリシーのもとにやってまいりました。

マタハラについて、労使でなぜ手を取り合えるかというと、もう皆さん指摘されていますけども、お互いwin-winなんですよね。労働者側にとっても、企業側にとっても。

目先しか見ないと、労働者が休んで穴が空くことを「マイナスなんじゃないか」とどうしても思ってしまいます。ところが長い目で見れば、新たに新人を雇用するよりもコストパフォーマンスが良い、しかも出産育児を経ると、とにかく動ける時間が限られますから、これまでの実務経験に加え、それらの経験も糧になって確実にパフォーマンスが上がります。

私も特に次男の育休明けからは、食洗器への食器の入れ方1つにも1分1秒削るようにこだわるなど、あらゆることに工夫を重ね、おかげで同じ時間で今までの150%は動けるよう効率アップしたと自負しています(笑)。

【いま1記事目を読んでいます】 2.長時間働きたい人もいれば、バランスを取りたい人もいる–「幸せな働き方」とは価値観を押し付けないこと 3.男性上司は「イクボス」になったほうが絶対得–会社が変わるためには経営者から変わること