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なぜ民主化運動は必ず失敗するのか? 宗教でも文化でもないその原因と、唯一の解決策とは

なぜ民主化運動は必ず失敗するのか? 宗教でも文化でもないその原因と、唯一の解決策とは

民主化運動が必ず難航するのはなぜか? コロンビア大学政治学教授Sheri Berman(シェリー・バーマン)氏は、民主化の難しさを指摘した上で、「今日の失敗は明日の成功の妨げにはならない」と語ります。民主化の歴史を紐ときながら、民主主義が確立するための必要条件について解説します。(TEDxNewYork2014より)

スピーカー
コロンビア大学政治学教授 Sheri Berman(シェリー・バーマン) 氏
参照動画
Why democracies fail -- and why that’s okay | Sheri Berman

低迷する民主化の動き

シェリー・バーマン氏 今日、世界にはたくさんの新しい民主主義国家が誕生していますが、ご存知の通りそれらの国々はあまり機能していません。今日はこれらの民主化の動きについてどう考えたらよいのかお話しします。また、一般的に民主主義国家ができる過程について具体的にご説明します。 さて、多くの人たちは「アラブの春」の理解に苦しんでいます。現在アラブ諸国の民主化は「アラブの冬」となってしまいました。ほんの数年前、エジプトやチュニジア、リビアなどの中東で大きな反政府運動が起こりました。 gazou02 しかしその直後それらの動きは低迷し、エジプトのシシ政権に見られるように、独裁者の支配に陥ってしまいました。過去、民主化構築に問題があったのは中東だけではありません。民主主義の後戻りはヨーロッパでも起こりました。 例えばハンガリーは、早期に民主化に成功した国と言われていました。市民的自由の浸食、政治的自由の崩壊、ヨッビク党によるネオナチ運動の高まりなどが起こりました。 gazou03 ロシアでは選挙があったにも関わらず、現在では半独裁政権が存在しています。 gazou04 そしてウクライナでは、広範囲にわたる政治混乱が起きています。多くの人たちはこれらの状況を見て、「あの国々は民主化には適していないのだ」と判断してしまうかもしれません。または、それらの国の歴史や文化、宗教に問題があると考えるかもしれません。これから10分間、こういう悲観論には根拠がないことを証明したいと思います。

歴史に見る民主化の難しさ

これらの国々が直面している問題は、個々の歴史や文化、宗教が問題なのではなく、安定した民主主義国家を実際に構築すること自体が非常に難しいからなのです。それを証明するには、民主化の歴史を見ることが1番だと思います。歴史には何が書かれていると思いますか?  歴史上初の近代民主国家は、フランス革命から始まりました。皆さんも高校や大学の歴史のクラスで学習した記憶があると思います。当時、フランス革命は世界中で「新しい政治的自由の時代の幕開け」と歓迎されました。その動きは、世界で最も強力な独裁政権を倒しました。 gazou05 しかし実際には、人々が期待したこととは全く違うことが起こりました。 gazou06 フランスおよびヨーロッパ大陸の人々が気づいたのは、新しい民主主義体制を構築することは、古い体制を倒すことよりもずっと難しいということです。

フランスの「恐怖政治」

フランスは旧体制が崩壊するとすぐに、混沌と暴力渦に飲み込まれました。そしてフランスの民主化移行の1年以内に、さらに別の体制へ移行することになりました。「恐怖政治」として知られていますが、文字通りかなり恐ろしい体制でした。その主なシンボルとなったのがギロチンです。それは決して、望ましい政治体制のシンボルとはいえないものでした。 1年未満のうちに、2~4万人のフランス人がこのギロチンで命を失いましたが、これは他の革命で失われた何十万人もの犠牲者の数に比べると非常に少ないと言えます。しかし、もちろんこれはアンシャン・レジームが崩れたときに、フランスの人々が望んだ結果でありませんでした。 そしてその後10年間で、今度は新しいタイプの独裁政権が始まります。その指導者となったのが、ナポレオン・ボナパルトです。ナポレオンは彼の知識と素晴らしい性質にもかかわらず、フランスに安定をもたらすことはできませんでした。19世紀を通して、フランスは政治的に不安定な時期が続きます。 そして、1830年に新たな移行があります。 gazou07 この絵から見て取れるように、これらの移行は決して平和なものではありませんでした。たくさんの血が流れました。

繰り返される民主化の動き

次の移行は1848年に訪れます。この移行は歴史的にとても重要です。このフランスの新体制への移行を皮切りに、ヨーロッパ中で同様の動きが始まったからです。実際およそ1年以内に、ヨーロッパ全域で新体制への移行が始まります。ツイッターやソーシャルメディアのない時代に、次々と連鎖反応が起こったのです。独裁国家はいたる所で陥落しました。 しかし、この移行の興味深いところは、新しい体制もすぐに倒れてしまったところにあります。これらの政治的な移行範囲が広かったため、1848年は「諸国民の春」として知られるようになります。「アラブの春」にも見ることができますが、多くの人々が立ち上がり、民族自決を要求したことから「春」と呼ばれました。 しかしほぼすべての国々の民主化移行は、数か月以内に文字通り逆戻りし、ヨーロッパの国々は再び独裁体制となりました。 しかしフランスの民主化運動は止まらず、1870年にもう一度移行します。 gazou08 これも内戦を伴う混沌として暴力的な結果となり、何万ものフランス人が命を失います。この時までに、フランスではあまりにも多くの政治移行が起こったため、当時フランスの国立図書館では、憲法を定期刊行書物の棚に保管していると冗談で言われていたほどです。

民主主義確立には長い期間を要する

フランス第三共和政はかなりの間続きました。その理由の一部に、過去の民主化移行は成功しなかったにしろ、非常に重要な遺産を残していました。フランスの社会は劇的に変わりました。フランスの経済も劇的に変わりました。たとえ完璧なものでなかったにしろ、民主主義を稼働させるのに必要な政治機関や社会が長年にわたって成長してきたからです。 gazou09 そして、ドゴール下の第五共和制でようやく安定して強化された民主主義が誕生します。 年数を数えていた方はお分かりでしょうが、フランスの最初の民主化運動から、安定した民主主義が確立されるまでおよそ165年かかったのです。これは非常に長い期間です。 そして、フランスは例外でありません。実際、他のヨーロッパ諸国の歴史を見ると、フランスは標準といえます。例えばイタリアの初の民主主義への試みは、完全な混乱を呼びました。

民主化運動がもたらした悲劇

イタリア民主主義への短い移行期間は、過激主義と局所的な暴力、そしてあらゆる腐敗を含む不安定な政治を生み出し、失敗に終わりました。そして、ムッソリーニと彼のファシズム体制へと移行しました。ご存知の通り、ドイツにおいては更に悲劇的な結果をもたらしました。 gazou10 ドイツは1871年に統一され、1918年以降生まれた初の民主主義化の試みは、大きな混乱を呼びました。ほぼ初日から激しい反乱に支配され、過激主義、不安定な政治、暗殺が政治全体で起こったのです。 ドイツにおける民主主義賛成派と、反民主主義派の支持率から見て取れるように、ワイマール共和国が終わる以前に、大多数のドイツ市民が民主主義をすでに諦めていたことがわかります。 gazou11 ふたつの世界大戦の間の時期には、多くの民主主義の崩壊が起こりました。「犠牲者(国)」のリストを見るとわかりますが、陥落した国々は初めて民主国家へ移行をした国々です。民主主義の初めての試みは、失敗する傾向があったと言えます。

各国に起こる民主化の波

そして、ヨーロッパにおいて安定した民主主義が根付いたのは1945年以後です。これを可能にするために、あらゆる変化が必要でした。ヨーロッパでは第二次世界大戦を経て、右翼の過激主義を排除することが必要でした。 また、アメリカの役割にも大きな変化がありました。ヨーロッパで最も問題の国であったドイツを、長期にわたって占領しただけでなく、西ヨーロッパで民主主義を安定させるために、NATOやブレットン・ウッズを含む多数の国際機関を設立しました。 そして西ヨーロッパの人々は、過去の失敗から学びました。彼らが憲法を立て直し、政治経済や国際関係を築き上げる過程で、民主主義国家を成功させるためには、以前とは異なる方向で再建する必要があることを意識していました。 さらに重要な点として、1945年以降はゼロから出発する必要がなかったことがあげられます。民主主義を築くために必要な機関、政党、市民社会、地域政府はすでに存在していました。したがって、改善する必要はあったものの、ゼロからスタートする必要はなかったのです。 南ヨーロッパや東ヨーロッパでは、20世紀の終わりまで民主主義を達成することができませんでした。これらの国々も、幾度も民主化を試みた後に成功しています。 gazou12 スペインではフランコが1975年に亡くなった後、民主化の第3の巨大な波がヨーロッパ、ソビエト連邦、ラテンアメリカなどに起こります。 ヨーロッパの外に目を向けると、民主化への移行に成功したいくつかの国があります。例えば韓国は、アジアにおける民主主義の成功例のひとつと言えるでしょう。独立直後は内戦を含めてとても困難な時期を経験しましたが、後に安定した民主主義国家となりました。 gazou13 ラテンアメリカでは、20世紀の後半を通して軍事クーデターが続きます。1933年にピノチェトがチリの民主主義体制を倒しました。 gazou14 ブラジルでは、民主主義体制を倒して軍事独裁政権が始まりました。しかしご存知の通り、20世紀末までにこれらの国は再び民主主義へと移行しました。そして、これらの民主主義の試みは、正常に機能しています。

失敗は成功の妨げにはならない

さて、ここでご紹介した歴史から学ぶべきことは何でしょうか? まず、民主主義への道はひとつだけではないということです。そして、それらの多くは速くも簡単でもありません。 アメリカやイギリスの民主化でさえ、我々が考えているように簡単に達成されたわけではありません。アメリカでは、奴隷制度を廃止するために内戦が必要でした。そして、実際に市民全員に民主主義の権利を与えるまでに更に100年もかかったのです。 イギリスでは、17世紀の内戦と名誉革命を経て立憲君主制度が構築され、更に230年後の20世紀にようやく完全な民主主義へ移行することができたのです。 次に学ぶべき点は、民主主義の後戻りは、将来の民主主義化への成功を阻止するものではないということです。会場の皆さんの中には起業家の方々もいると思いますが、今日の失敗が将来の成功の妨げにはならないことをご存知だと思います。 そして最後にお伝えしたいのが、「今日新しい民主主義国家が抱える問題の多くは、さほど特殊な問題でない」ということです。問題は、これらの国々独自の文化や宗教などではなく、安定して機能する民主主義国家を築くことは、とても難しいということなのです。どうもありがとうございました。

  
※ログミーでは、TED Talksおよび各TEDxの定めるCCライセンスを遵守し、自社で作成したオリジナルの書き起こし・翻訳テキストを非営利目的のページにて掲載しています。
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