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子供がダンボールに入りたがるのはなぜ? 現代人にもプログラムされている神話的思考

子供がダンボールに入りたがるのはなぜ? 現代人にもプログラムされている神話的思考

『月と蛇と縄文人―シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観』の著者である大島直行氏が登壇。同氏は「月」「水」「蛇」「子宮」をキーワードに、現代社会に根付く縄文人の神話的世界観を紹介。科学にもとづいた合理的思考と、非科学的な神話的思考のバランスの大切さについて語りました。(TEDxSapporo 2014より)

スピーカー
伊達市噴火湾文化研究所長 大島直行 氏
参照動画
What can we learn from Jomon Culture

縄文人の神話的世界観

大島直行氏 私は皆様方に何を話すのかなとちょっと思われるかも知れないですけど、「縄文人の神話的世界観」という話をさせていただきます。 gazou01 会場の皆様方もそうですけど、私たちは別に意識することなく、普段は合理的に、科学的に、経済的にものを考えているはずです。今日、私がお話をするのは神話的世界です。言うなれば、非合理的で、非科学的で、非経済的なものの考え方ということです。 これの天才が、まさに私たちの祖先である縄文人だということです。ただ、誤解しないでください! 縄文人のものの考え方は現代の私たちにとっては何の役にも立たない、それは縄文人が原始的な人たちで遅れたものの考え方だと思ったら大間違いです。実は昔、人類というのは10万年前から脳は何も進化していません。 ですから、私たちは最初にホモ・サピエンスになった時から、合理的にものを考える方法と、私の言う神話的世界観に基づいた神話的にものを考える方法と、両方ものの考え方をできる能力を持っているということです。 今日の(話の)結論はおそらく、私たちは合理的なものの考え方だけではなくて神話的世界観とのバランスを取ることが大事なんだっていう話にうまくいけばなると思います。 だから、今日は縄文人に登場いただきます。私の話は一切しません。すべて縄文人の話で置き換えたいと思っております。 それで、早速ですけども、今日は三つのエピソード、三つのキーワードを使って、皆様方が既に忘れてしまっている神話的世界観が、現代の私たちにも実はあるんだっていうことを気付いていただこうと思っています。

「月と水」は死なないものの象徴

まず、最初のキーワードは「月と水」です。 gazou02 皆様方、マジメに考えないでください! 月は私たちの地球に水をもたらしているんです。(この場に)科学者がたくさんいたとしたら「嘘言いなさい、そんなことはない」と言われるかも知れませんけど、あくまでも神話的にものを考えるとそうなるんです。それは不思議でも何でもないです。 (では)私たちの生活の中に、月が水をもたらすという、そうした感覚があるかどうかちょっと見てみましょう。 私の大好きなエピソードがあります。今日は時間の関係から一つだけ紹介しますけれども。神奈川県の足柄(上)郡の山北町というところで、おそらく今もやられていると思います。 今日は何の日かご存じですか? 昨日は満月だったんです。今日は満月から一日過ぎた十六夜ですよね。民族芸といってしまえばそれで終わりですけど、あそこでは11月の二十三夜、下弦の月の日に町の若いカップルが屋根の上に上がります。 お盆にお茶碗を乗っけてそれを頭に乗っけて屋根の上に上がるんです。そんな危険なことって、そんな話じゃないんです。月の水を欲しいから(屋根に)上がります。でも、科学的に考えちゃダメですよ! 実際にやってるんですから、これは神話的に考えて下さい。 カップルには「赤ちゃんが生まれますように。赤ちゃんが授かりますように」って月の水をいただくという俗信だってことですよね。こういうことが現代でも行われているということです。これはたった一つの例ですけども、こんな例は本州に行くとたくさんあります。北海道はちょっと特殊ですよね。 明治政府が150年前にここを開拓してからの歴史ですから、なかなかそういったものにお目にかかることはできないです。そうして考えた時に、もう一つ、私たちは月が水をもたらすということだけでなくて、その満ち欠けも見ることができますよね。 先ほど満月の話をしましたけども、月というのは新月を通って二日月、三日月、上弦の月になって満月を経て、また今度は下弦の月になって最後に晦日月になって、本当に消えゆくような光を出してまた新月になり、闇の世界を作るわけですよね。 そうした時に、現代の私たちは何も恩恵に被らないと思っていますけど、そうではないです。神話的世界の中では、非常に重要なことなんです。それは私たち人間が唯一生物界の中で死を予見できる存在だということです。 死を予見できると同時に、私たち(の中に)は誰一人として死にたいと思う人はいないんです。死なないように、脳はちゃんとそれ(生存本能)をプログラムしてます。ですから、私たちは死にたくないためにあらゆることをやるわけですよね。 それは何かというと、死なないものにすがるということ。そして神話的世界観の中で、世界の誰もがすがったのが月なのです。闇から光、光から闇というふうにして、29.5日間で月は循環するからです。私たちはそれを「死なないものの存在」としたということですよね。

古来より崇められてきた「蛇」

さあ、二つ目のキーワードは、今度は「蛇」です。 gazou03 月は確かに先ほどの(話に出た)若いカップルが実践していたように、生きるための水をもたらす存在です。だとしたら、その水を運ぶ人が必要なんです。それが誰かというと蛇なんです。皆様方は蛇嫌いですよね? 多分、蛇好きな人なんかいませんよね。 私、今日ね、ちゃんと蛇のお守り持ってきたんです。これ、後で紹介しますけども、井の頭池の隣の弁天様で売ってたんです。それは全然関係ないですけども。蛇はなぜ月の水を運ぶ存在かというと、蛇は死なない存在だからです。月も死なないんです。 蛇はなぜ死なないかというと脱皮と冬眠を繰り返すから。古来、世界中の人は蛇を死なないものの存在として崇めたてたわけですよね。そうしたことから、現代の私たちの生活の中でも、死なない蛇の恩恵にあずかろうとしていろんな不思議なことをやっているんですよ。 まずは神社。神社の中で、水神様とか弁天様に皆様お世話になったことありますかね? 最近は鎌倉弁天か何かに行ってお金をザルに入れて洗うとお金持ちになるんだそうですね。 最近、若い人はキャッシュカード洗ってるそうです。多分、私御利益はないと思いますよ、あったらごめんなさいね。でも、それは要するに水の神様なんです、お金の神様ではないんですよ。 「弁財天」で財を成してるからお金の神様であるのかも分かんないけど、それは現代的で合理的なものの考え方です。もともと、古来、水を祭るために神様を置いたわけですよね。その中で、私は今年、一つ面白いところに行ってきました。 先ほどもちょっと出しましたけど、このお守りを買ったところは、東京杉並区の井の頭池です。皆さんご存知ですか、井の頭池は神田川の水源なんです。あそこに行くと、神社が三つ祭ってありました。一つはこのお守りを買った弁財天様でした。その弁財天様の横に宇賀神様がありました。 gazou04 北海道で宇賀神様を見ることはまずありません。でも本州に行くと、宇賀神様はまだまだたくさんあります。宇賀神様ってすごいんですよ。顔は翁で、身体はぐるぐる巻きにした蛇なんです。 立派な宇賀神様が置いてありまして、私が写真撮っていたら、するするっと若い女性が来て手を合わせ、お賽銭を出していました。 つまり、私たちの中では、まだまだ蛇は月の水を持ってくる(存在なんです)。月の水って特別で、飲んで生きるためのものでもありますけど、子供を授かるためのものでもありますよね。 とにかく、私たちは意識していなけれども、そうしたものにあやかりたいとして手を合わせるということは、自然にそういう行為が行われているということですよね。

神社のしめ縄は「蛇」を表している

もう一つ、神社といえばしめ縄ですよね。 gazou05 皆様はあまり気にしたことがないと思いますが、神社の入り口には必ず鳥居があって、そこにしめ縄が飾られていますよね。今、どこに行っても、しめ縄はただの縄です。ただし、古い神社に行くと、これが蛇(姿をしているん)です。私の知る限り、秋田が一番多いです。 秋田の古い神社に行くと、ことごとく蛇の(姿をした)縄がかけられ、ちゃんと蛇の顔が付けられ、そこに赤いベロまで付けられているものもあります。 これも今年になって、ある人に誘われて行ってきました。それは世田谷区、(東急)東横線の自由が丘駅から歩いてすぐのところです。そこに奥澤神社というものがありますけど、あそこの鳥居にかかっているしめ縄は最高です!  長さが5m20cmだそうで、こんな大きな(蛇の)顔が付いていて。私が感動したのは目で、ちゃんと二重丸付いているんですよ。古来、日本では二重丸のことを「蛇の目」と言っているんです。お酒の好きな人なら分かりますよね? 蛇の目茶碗ってのは、中に青い線で二重(丸)を描いています。蛇の目傘もそうでしょ? あれも二重の丸が付いているんです。ああいうものは全部水に関係しているんです。要するに、雨の日に蛇の目傘を差すのは月の水をもらうためなんです。 お酒を呑む時にこうやって蛇の目茶碗を使うのもちゃんと月の生きるための水を(もらうためなんですよ)。でも、それを理由にして奥さんを騙してはダメですよ。それは止めてください。今度は神社から皆さんのご自宅に入っていきましょう。

日本特有の「蛇」信仰

家庭の中で水道(のある場所)に行った時に、皆さんはまず気付いてないと思うんですよ。普段水を出す時に、(正面の客席に向かって)あそこ何と言ってますか? (客席の答えを聞いて)なんで蛇口なんですか? そんな気持ち悪い。 (「蛇口」って)蛇の口から水が出るって書くんですよ。あれ。じゃあ、なぜ、そういうふうに言っているのかということを考えた方がいいです。古来、日本では蛇信仰がやっぱり根強く残ってたわけです。 gazou06 gazou07 gazou08 ですから、私の知る限り、明治6年ぐらいにヨーロッパから水道システムが入ってきたはずです。その時、もしドイツから入ってきたら“Wasserhahn”で、イギリスから入ってきたら“tap”ですよね。 みんな「蛇」なんてそういう名前を付けてません。日本だけが「蛇の口」と書いて、「蛇口」といって、水と蛇の関係をちゃんと家の中にまで持ち込んでいるということですよね。 そうしたことを考えた時に、さらに(時代を)さかのぼって、縄文時代の人たちがどう考えていたかってことも重要です。縄文時代といえば、縄文土器です。 gazou09 縄文土器というからには、(模様として)縄文が付いているんです。縄文は「縄の文」って書きます。ところがね、おかしなことに、私も含めて、縄文土器の「縄」が何を意味しているのかってのは未だに分かっていません。考古学の教科書を開いてみても書いていません。 ただ、私はたまたま去年出した本の中にそのことを書いてしまったら、考古学者から完全に無視されています。(本には)蛇だと書いたんです、蛇に決まっています。 一万年間もの長きにわたって、縄文人は土器にあの縄の模様を付け続けたんです。ファッションだ、やれデザインだと言う人がいますけども、ファッションやデザインで同じ模様が1万年間続いたなんて例は世界にありません。それは違います。 これは明らかに、月の水を呼び込む容器の中に蛇の模様を付け、水を溜めたんです。だとしたら、容器はもう分かりましたね。容器は子宮だということです。 gazou10 月の水を運んできた蛇がその水を入れる入れ物がまさに子宮だということです。さっきの若いカップルが屋根の上にまで上がって月の水をもらおうとしたもの、ちゃんと身ごもるようにというおまじないだったわけですよね。

器としての「子宮」

そうして考えた時に、三つ目のキーワードは「子宮」だということです。皆様方、今日は、コイツは怪しいんじゃないかとだんだん思い始めたと思うんですけども、決して怪しくはありません。確かに、私は日本の考古学界から無視されています。でも、きっと、あと20年経ったら私の時代が来るはずです。 (会場笑、拍手) すみません。それで、皆様方が納得する話を一つ、エピソードとして入れたいと思います。「かまくら」です。 gazou11 かまくらは、まさにあの「いざ鎌倉」の名前の由来になっています。ですから、少なくとも、秋田県なんかだと、一番古いかまくらは700年ほど前の記録が残っているんだそうですね。一般的には400年くらい前に、かまくらの行事が始まったともいいますけども。 じゃあ、あのかまくらはなぜ旧正月の2月15日、満月の日にやってるかを考えた方がいいです。真っ白い雪でもって、あのドームを作るわけですが、まさにあれはお母さんの子宮なわけです。(雪を)くり抜いて、奥に何を入れると思いますか? 水神様です。必ず水神様を祭っています。 gazou12 水神様といっても、ただの水ではないんです。お母さんが子供を育むために月からもらった水ですから、それは羊水に決まっています。 そして今はね、この間もちょっと横手市のかまくらを見てきましたけど、もうすごく観光資源になってしまったので、かなりいい加減でした。秋田の人いたらごめんなさいね。中に七輪を置いて、いい大人がビールを飲みながらあそこで焼肉なんかを焼いているんですよ。 あれ、ダメです! かまくらっていうのは元々あそこに子供を入れたんです。子供が戯れる場としてかまくらを作ったんです。羊水と子供を入れて、あそこから新しい子供が生まれるようにという神事だったわけですよね。 gazou13 そして今は横手市でも、かまくらの次の日に実は梵天祭りをやっています。私の考えるところ、恐らく梵天祭りは昔、(かまくらと)同じ2月15日の満月の日にやっていたはずです。 月の水を運ぶ主役(となる日)が次の日じゃダメなんですよ。その日に、かまくらの水神様に(月の)水を運んでこなければいけないということです。 今は観光の都合で、(祭の期間が)長い方がいいだろうということでかまくらと梵天祭りを分けたんでしょう。梵天は虫おろしの時に使う長い棒に雪洞(ぼんぼり)を付けたものです。間違いなく、あれは蛇だということですよね。 そう考えた時に、今日はそんな話をするつもりはなかったですけども、江戸の火消しが使っている纏(まとい)も恐らく梵天と同じ意味を持っているんだろうと思います。 ものの本には長屋の延焼を防ぐためにあれで頑張っているなんて書いてあるものもありましたけど、それは嘘です、多分。間違いなく、月の水をもたらしてもらって火を消すという意味があって、火消しが纏の上で梵天を盛んに振ってたんだと思います。

子供がダンボール箱に入りたがる理由

もう一つ、皆さんには私がいい加減なことを言っていないという決定的な話をしたいと思います。それは「ダンボール箱」です。 gazou14 どうですか? (客席に向かって)若いお嬢さんもいらっしゃいますけど、あなたはついこの間までダンボール箱に入っていませんでしたか? どうですか、入っていたでしょう? 恐らく、今日会場にいらっしゃる皆様方もみんなダンボール箱に入りましたでしょ? ちょっと年配の方もそちらにいらっしゃいましたので、どうですか、ダンボールに入りましたか? なぜですか、なぜダンボールに入りました? いや、答えは分からないんです。分からなくっていいんです。私たちは無意識のうちにダンボールに入っているんです。別にお母さんに入れって言われたわけじゃないでしょ。 お父さんに教えられたわけでもないんですよ。子供はダンボール、押入れ、そして隅っこ、ああいうところを見つけたらとにかく入りたがるんです。それは(ダンボール箱のイメージが)子宮だからです。私たちは脳の中にちゃんとそれがプログラミングされているんだと思います。 ですから、子供のうちは、誰かに何かを馬鹿にされる環境がないから、やっぱり誰でも積極的にダンボールの中に入ることで、お母さんの子宮で私は安らぐんだという気持ちを満たしてるんだということですよね。 そう考えれば、これだけ科学的で合理的な生活をして、経済的にも豊かだといっても、結局私たちの脳の中にはまだまだ神話的思考がなくならないでちゃんと残っているということですよね。さらにさかのぼって、縄文時代のことで一つお話をします。それはお墓です。 gazou15 お墓も結局皆様方も分かりましたでしょ。縄文人は約1万年間にわたって死者を墓穴の中に埋めてきたんです。未だに世界的にみても死者を墓穴の中に埋めることは多いんです。 地面に穴を掘って、そこに死者を埋めるんです。ある意味、それは全て墓穴ではなくて、死者を再生するための子宮を造っているんだと私は考えています。 時間がちょっとだんだんなくなってきましたので最後になりますけど、実は日本だけじゃなくって外国にもまだまだこういったものの考え方、神話的世界観はあるんだということです。 世界の歴史を考えた時、ヨーロッパはいち早く合理的で科学的なものの考え方に突入した地域です。けれども、そうしたヨーロッパやアメリカでも医科大学のエンブレムにはみんな蛇を使っているではないですか。 gazou16 こんな近代医療が発達しても、人を救うお医者さんだとか製薬会社といったところのマークにはほぼ100%と言ってもいいほど、蛇が使われています。 日本の医科大学も調べましたけど、ほぼことごとく蛇のマークを使っています。それは蛇が死なないものの存在だからです。これだけ科学が発達したとしても、私たちは最後に月、水、あるいは蛇といった死なないものに頼っているんだということを知るべきだと思います。 時間がないんですけども、ここまできたらもうやるしかないですよね? (会場笑、拍手)

神話的世界観は遺伝的にプログラミングされている

もう一つ。私はホントこの話を聞いて泣きましたよ。(話の舞台は)コロンビアです。タイミング悪いですよね。日本、コロンビアに(2014年のワールドカップで)負けちゃいましたよね。まぁ、割り引いて聞いてください。 コロンビアのホビ族という人たちが1965年に、16歳のある少女が亡くなった時のお葬式の模様が記録されています。それを見て、私はもう驚く以上に感動してしまいました! そこではお父さんと彼にまつわる若い人たちが集まってきて、16歳で亡くなったお嬢さんのために墓穴を掘ってくれるんです。 そして、シャーマンがうやうやしく現れて、お嬢さんの遺体を持ち上げて、そしてなんと9回墓の上で(遺体を持ち上げて上下させる動作を繰り返し)こうやって入れようとするけど入れないんです。最初に持ち上げる時には16歳のお嬢さんの重さそのままに持ち上げるんです。 gazou09 でも、9回それを繰り返す時に、所作としてはだんだんだんだん軽くしていくんです。最後、10回目にお嬢さんの遺体を穴の中に入れるわけですよね。 それはもう皆さん(理由)分かりましたでしょ? それは、お嬢さんがお腹の中にいた10ヶ月をさかのぼればまた生き返るという気持ちがあるから、そういう埋め方をしているということです。 ですから、日本に限らず、世界中の人たちがまさに月、水、蛇といった神話的世界観の中でまだまだ生きているんだということを知っていただければと思います。 最後になりましたけれども、こうした例で分かりますように、神話的世界観というのは、自分たちホモ・サピエンスの脳の中に遺伝的にプログラミングされたものだと私は考えています。 だから時空を超えて、世界中の人々に神話的思考に基づいた、実に奇妙で不思議な行動を取らせているんだと私は思っています。

合理的思考と神話的思考のバランスが大事

ややもすると、私たちは、縄文人が原始的で文化的に遅れた人だというふうに思ったり、(私たちが)神話的思考をする時、縄文人が何かしらバカにされたりしますけども、それは間違いです。縄文人は敢えて合理的なものの考え方をしないで、神話的思考をして暮らそうと決めた人たちなんです。それも世界の人たちにとっては脅威です。 1万年間もの間、この神話的思考でものを考えながら暮らしてきた人たちだということですよね。ところが、私たちはいつの頃からか、自然や動物に手をかけ、農耕や牧畜を推し進めて、そして合理的で科学的で経済的にものを考えることによって、神話的に何かしらものを考えることを嫌いになっていってしまったわけです。これは大変に悲しいことだと私は思っています。 私たちが合理的で科学的で経済的な思考に頼り過ぎると皆さん思いませんか? じゃあ、その結果、どうなったと思います? 私は嘆かわしいと思っています。世界中で愚かな戦いをしているのは、私たちがこういう考え方をどんどんどんどんとにかく研ぎ澄ませた結果ではないでしょうか。 人間が人間であるためには合理的思考だけではダメなんです。私は決して合理的な思考を否定はしません。それだけだとダメだというんです。神話的思考とちゃんとバランスを取ることが、何よりも私たち人類にとっては必要なんだということに私は気付きました。 恐らく、この先、人類が滅亡するとしたら多分間違いなく神話的思考をなくした時だと私は思っています。 ロックシンガーのチャック・ベリーをご存知でしょうかね? 1956年かと思いますが、彼はあのベートーベンの音楽に非常に崇高な心を感じて、敬意を表して『Roll Over Beethoven』という曲を作りました。 これをカバーしたのが、あのビートルズだということは、皆さんご存じだと思います。私もこれにならって叫びたいと思います。「Roll Over Jomon-Jin」! どうもご清聴ありがとうございました。

  
※ログミーでは、TED Talksおよび各TEDxの定めるCCライセンスを遵守し、自社で作成したオリジナルの書き起こし・翻訳テキストを非営利目的のページにて掲載しています。
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