Uberになくて既存タクシー会社にあるもの

川鍋:こっち(テクノロジー)は何とか肉薄できますけど、あとは運転手。呼んで払うところはテクノロジーでできますけど、運転手がちゃんと挨拶して道がわかるかとなると、これは一朝一夕ではいかないじゃないですか。

岡島:結局、最後のコンピタンスみたいなものは運転手さん。

川鍋:タクシーの中で一番揃えるのが難しい経営資源、貴重なリソースはどこかというと、やっぱり良い運転手さんですよ。他は全部積むことができても、良い運転手さんだけは、きちっと自分のところでいきいきと働いてくれるように集め続けないと。新陳代謝もありますから。

岡島:そこの人材育成にはかなりお金もかかるし。

川鍋:お金もそうですけど、時間がかかりますね。気合いと(笑)。言い続けて、我々もしょっちゅうミステリーショッパーをやって、きちっと点数化して。あなたのどこが悪いか、あなたのどこが素晴らしかったかということを、ちゃんとフィードバックするようにしてるんですね。そういう仕組みを回して回して、今8年目くらいですけどようやく少しずつ良くなった。

岡島:でも新卒で入ってこられるようなドライバーの方はまだしも、長年やってる方はそんなに変わりにくくないですか?

川鍋:おっしゃるとおりで。そのために少しタクシーも色分けして、新人もしくは「俺はこれくらいでいいよ」という人には黄色に乗ってもらう。「もうちょっと頑張りたいんだ」って人は黒に乗ると、売り上げも1割高くて。お客様、岡島悦子さんも一生懸命「黒タクよ」って呼んでいただけるかなと。

岡島:そしてときどきピンクみたいなのが来るっていう。

川鍋:ピンクは本当に希少性があって、4台だけなんですね。

岡島:私は1回しか会ったことがないです(笑)。

川鍋:1回しかないんですか?(笑) それくらい少ないんです。今度は、VIPタクシーというのを1月からやるんですね。これはハイヤー並みの車両で、我々の運転手の中でもトップが乗っています。そのかわり、少しお値段はいただきますという。そうすると、黄色・黒・VIPというピラミッド(ができる)。

VIPを作る前は、エキスパートドライバーサービスと称して、観光・子育て・ケアサービス、こういうのに優れた者がエキスパートとしてピラミッドの頂点にいたんですね。それはそれで特殊技能のメンバーという考えなんですけど、法人向けにVIPというものを作って。これも結構良いサービスになると思いますよ。

岡島:ニーズはすごくありそうですよね。そここそ、きっとUberとガチンコになりそうな。

川鍋:そうですね(笑)。でも、我々はそうやって運転手を供給するピラミッドの上にありますんで、良い運転手が行く確率は当社が一番高いと思いますね。

岡島:そこが大きな差別化になっていくし、逆に新興で入ってきた人たちは、そこがやっぱりボトルネックになりやすい。

川鍋:絶対なります。今はもう、Uberのお膝元のサンフランシスコではそうなってますね。Lyft、Sidecar、いろんな形態で運転手の取り合いになると、良い運転手をどれだけ抱えられるか。「Uberの質が落ちた」という声が、今すごく上がってるんです。

岡島:それは、運転手さんのレーティングみたいなのができるんですか?

川鍋:レーティングはもちろんできるんですよ。ただ、レーティングできるのは運転手のみんながUberで働きたいと思ってるときじゃないですか。Uberに変なレーティングされると「じゃあ俺Sidecarに行こう、Lyft行こう」とか、パワーバランスがどっちに移るかがすごく難しくて。

岡島:お客様のマーケットと、運転手の確保・育成のマーケットという両側……。

川鍋:両側のバランスを取りながら、両方を成り立たせなきゃいけない。特に運転手マーケットは、そこでの成長のキャリアパスを見せてあげなきゃいけないんで。Uberとかも、今後そういうのを考えていくと思いますけど。

おそらく、どんどんUberもタクシー会社に近づいていくと思うんですね。タクシー会社はUberに近づいていく。そこで、どちらも素敵に呼べて、良い運転手がいて、かっこよく払えると。こういう「タクシーの頂点」を目指して違う方向から登りつつあると(笑)。そんな感じなんですね。

2020年へ向けたタクシーマーケティング改革

岡島:なるほどね。そういう意味では、最初におっしゃったようにマーケットがより良い方向になっていくっていう。

川鍋:それはありますよ。我々が最初にアプリを出したのは2011年1月なんですね。まだUberを知らなかったです。「我々は電話でこれだけタクシーを呼ばれてるんだから、これ(アプリ)でも呼べたらいいよね」って目線だったんですね。でも、リリースしてから1年くらいで(Uberを見て)「結構いいじゃん、アプリ」って感じになっちゃって(笑)。

要するに、そこはもっとスムーズで素敵じゃなきゃいけない、もっとアプリでできることはたくさんあるんだって、ものすごく教えてもらって。「勉強になりました、ありがとうございます。……どんどんウチでも真似しろ!」って言って。

それはまさに、良い意味の競争ですよね。我々はそこを学んで、例えばUberとかは、おそらく今度は運転手周りのことをどんどんやっていくっていう。ですから、消費者としては非常に良い状況に向かうんじゃないかとは思いますね。

岡島:一方で2020年東京オリンピックがあって、そこを目掛けてやられることもたくさんあるってことですよね。

川鍋:そうですね。例えば、東京中のタクシーにお客様モニターを積むとかですね。当然そこに、何らかのマーケティング的な仕掛けも付けていきたいですし。今からやるんであれば。

岡島:でも、タクシーテレビみたいなのって本当はやめてほしいんですよね。こんなこと言っちゃいけないのかもしれないけど、「この番組見たくないよ」みたいな。

川鍋:そうなんですよ。あれは上手くやらないと単なるひとりよがりというか、どうしてもあんまり見たくない「脱毛!」とか「青汁!」とかそういう宣伝ばっかりになっちゃって。

岡島:ライザップとかちょっとドキドキしますけどね(笑)。

川鍋:(笑)。でも、そこをもう少し……例えばお客様の今の車の位置とか、オリンピック期間中であればオリンピックにまつわる番組とか、ニュースとか、株価とか。そこはそこで、お客様が自分でスマホで見るのを、別にここ(車内モニター)であってもいいじゃないかという考えはあるんですよね。

もちろん「今はスマホがあるからいらないんだ」って考えもあるんですけど。でも、スマホがあって見るのと、パッと乗ったら付いてるのとでは、またちょっと違うんですよね。

岡島:どんどん、アドオンでサービスはもしかしたら付加されていくのかな。それはビジネスモデルの話かもしれないですけどね。

川鍋:毎日何万人のお客様をお乗せして、東京中で約5万台の車が24時間走って。しかも、そこにいる間はずっと座っているわけですから、相当いろいろな発展形はあるんですね。

岡島:お客様の声もたくさん取れるし。充電を毎日させていただいて、本当にありがたいなと思うんですけど(笑)。

川鍋:それ(充電)とか、あとwi-fiほしいじゃないですか。でも、今はwi-fiはコスト的に難しいなとか。それをもう少し何かと絡めて……例えば広告系と絡めて、そこにwi-fi代を出してもらうとか。

さっき協会って言ったのは、日本交通が3300台とかでやっても、結局たかが知れてる。東京中だと十数パーセントにしかなりません。それだったら、ドーンと一斉にやったほうが広告主もつくし、お客様にとっても広告としての価値が一気に上がる。そういうのを、東京の協会長としても考えていきたいですし、きっといいものができると思います。

タクシーほどモバイルと相性の良いビジネスはない

岡島:そういうふうに伺っていると、タクシー業界の中にはまだまだ抵抗勢力もたくさんありそうですけど、マーケットとしてはどんどん盛り上がっていきそうだし。

川鍋:そうですね。やっぱり、何でITでこんなに変わるんだろうと思ったのは、よく考えるとビジネスとしてものすごくモバイルなんですよね。

岡島:そうですよね、言われてみれば。

川鍋:車もモバイルで、人もモバイルなんですよ。よく考えると、これ以上にピンポイントで動いてる人たちをマッチングしなきゃいけないビジネスが他にあるかっていうと、ないんですよ。ヤマト運輸とかでも、基本的には自宅じゃないですか。(荷物を)どこかに持っていく。(客は自宅にいて)「今急いでるの、早く来てよ」っていう。

岡島:双方が動くっていう。なるほどね。

川鍋:このモバイルの時代にピタッと合ったんです。だから、今これだけ全世界で革新が起きている。その革新はよく「破壊だ!」なんて(言われるけど)、わざわざ言わなくてもいいのに。破壊されるんだったら破壊されるし、「破壊だ!」とか言われるとこっちも構えちゃうから。

それはお互いに良い競争環境の中で、さっき言ったように人が移動するというビジネスモデルで、より良い体験をお客様に提供できるように、お互い違う位置から山の頂上に登っていけばいいんじゃないかなと思うんですよね。

岡島:タクシー業界としては、変な話ですけど川鍋さんみたいな人が家業を継いでる経営者として(出てきて)、大ラッキーっていう感じですよね。「アプリって何?」っていうような経営者ばっかりだったら、今頃全然違うゲームになってるだろうし。

川鍋:まあ、そう思っていただけているといいんですけど。やっぱりタクシー業界の中にも「なんだアイツ、目立ちやがって」「うるせえぞ」って声も多々ありまして。必死になって、産業全体を盛り上げるという観点からやっていかなきゃいけないですし。

私も三代目ですので、自分の学費もおまんまも全部タクシー業界の売り上げから払ってもらったんで。これはちょっと無視できないな、逃げらんないなというのが出発点であり終着点ですよね。

タクシー産業はまだまだなくならない

岡島:結構残りの時間が短くなってきたんですけど、最後に言っておきたいこととかがもしあれば。

川鍋:タクシーって、自動運転になるとなくなっちゃうという話がされてるんですね。こないだオックスフォード大学から出て、結構世の中に出回った(論文があって)、10年か20年後になくなるランキングの、700中の170番目くらいなんですよ。

岡島:なるほど。でも、そんなに……。

川鍋:よく見ると、確かに自動運転になると最終的にはいらなくなるかもしれないですけど、実はそこにいくまでって、タクシー産業のために事故防止とかで機械が進化していくんです。ですから、当面は追い風だぞと。結局、ものすごくシンプルな移動はなくなったとしても、逆に移動のコストが下がれば下がるほど、高齢者の方が移動するとか、それこそ子どもだけで移動するとか、そういうニーズが出てきたときに(価値が出てくる)。

オックスフォードのリサーチで、一番なくならない産業って「セラピスト」とかなんです。

岡島:なるほどね。心、マインドの話ですよね。

川鍋:結局、心と愛を注ぐっていう。じゃあ、我々はそういう存在になればいいじゃないかと思うんですよね。

岡島:ホスピタリティ・ビジネス。

川鍋:ホスピタリティ。移動でもまったくいらないっていうのはたくさんあるけども、移動のピラミッドがあるとすれば、やっぱりそういう人(のところ)に行って移動してもらう。完全自動運転の途中までは、まず高速(道路限定)とかになるでしょうから。高速の乗り口まで、そして降りたら代わるとかね。そういう意味で、タクシー産業自体はそうそうなくならないと思います。

岡島:もしかしたら、競合の定義みたいなのも変わってくるかもしれないですね。

川鍋:そうですね。いろんな形で、今の状況から先を見据えてやるべきことさえしっかりやってれば、敵だって別に火星人と戦うわけじゃないですから(笑)。せいぜいグーグルじゃないですか。グーグルはたいした相手ですけど、人間ですからね。一応、それなりに飯を食うわけですから。

岡島:「ドライバーの確保がちゃんとできる?」みたいな。

川鍋:ちゃんと「2020年まで○○」って宣言してくれますから。それに向けて必死に考えていけば、それなりの戦い方があるし。

岡島:ユーザーにとっては、きっとベネフィットが多いしっていう。

川鍋:逆に、自動運転では代えられないところを我々が今から磨いていけばいいわけで。それなりに、そういうのを先読みしながら磨いていけばいいんじゃないかなと思うんですよね。

岡島:グローバルの戦いっていうよりは、もしかしたらグローバルの戦い分とローカルの戦い分に分かれていくかもしれないですね。

川鍋:そうですね。やっぱりタクシー産業を見ますと、外国人が来られて移動するというのが5%くらいですから。残り95%は東京人の東京人による東京人のための需要ですから、まずそこをきちっと。東京のビジネス、東京のおじいちゃんおばあちゃん、東京の子ども、東京の妊婦さん。そういうところにしっかりとしたサービスをさせていただくっていうのが、常に大事なんでしょうね。それに、使えるものは使っていく。

岡島:ほどよい緊張感と、でもこれから面白くなっていきそうっていうところと。

川鍋:ますます面白くなっていくと思います。ご期待ください。

岡島:ありがとうございます。

川鍋:ありがとうございました。