マーケットを独占する3つの成長戦略

ケビン・ヘイル(以下、ケビン):ここまでたくさん愛だの人間の感情だのについて話をしましたが、多くのエンジニアはそのようなことを考えるのは苦手なはずです。

ここからはハードコアなビジネスのデータやリサーチについてお話をして終わりにしたいと思います。「ハーバード・ビジネス・レビュー」に数年前にマイケル・トレーシーとフレッド・ウィーザーマーが書いた記事が載っていまして、その中で彼らはマーケット・リーダーの規律について議論しています。

市場を独占するには3つのやり方しかない、そしてどのように市場を独占したいかによって会社をしっかりとその目的に沿ったものに確立しなければならないと。その3つとは、ベストな価格設定、ベストなプロダクト、そしてベストなソリューションです。

ベストな価格で提供したいのであれば、ロジスティックスにフォーカスする。ウォールマートやAmazonのように。

最高のプロダクトで勝負したければ、フォーカスすべきはR&Dです。これの良い例がAppleです。

最高のソリューションで勝ちに出たいのであれば、カスタマーとの距離を近くもつこと。

ラグジュアリー・ブランドやホスピタリティ業界は多くの場合この戦略でいきます。私が市場独占する為のこの最後のやり方が好きなのは、会社がどのステージにいようとも誰でもが出来ることだからです。

ほとんど資金もかかりません。必要なのは少しの謙虚な気持ちと礼儀です。これをすることで他の誰にも負けない成功を勝ち取ることが出来ます。

ユーモアよりも、まずは機能性

生徒:違ったタイプのユーザーが多くいる中で、どのようにして皆に愛されるひとつのプロダクトをつくればよいのでしょうか?

ケビン:おっしゃる通り、人はそれぞれ違ったニーズを持っています。最も熱心なユーザーにフォーカスしましょう。特に設立初期の場合には。ニッチがどうであれ、私がフォーカスするのはそこです。ベン・シルバーマンはデザインブロガーから始めましたよね。

最も熱心な人達から始めればゆくゆくは多くの人に受け入れられるものへとたどり着くことが出来るはずです。そこに集中してひとつずつやっていきましょう。今日もたくさんの例をお見せしましたが、かわいく面白いアプリをつくれば良いという話ではありませんから間違えないように。

ユーモアのあるプロダクトをつくることは並大抵のことではありません。ユーモアがあるのは良いですが、それよりも先にしっかりと機能するかが大切です。

日本のクオリティの話、「当たり前品質」もないのにユーモアを加えようとしないこと。そんなことをすれば煙たがられるだけです。まずは誰でも簡単に使えるものをつくることがWufooのフォーカスでした。他のことはあくまで素晴らしい基盤をより良くする為のオプションのようなものです。

マーケティングやセールスは税金

生徒:プロダクトづくりに熱心なあまりにマーケティングやブランディングがおそろかにならないよう、どのようにバランスを取るべきでしょうか?

ケビン:常に色々なことを同時進行していきます。プロダクトをつくっていても、常にユーザーと話す時間も確保すべきです。Wufooの例で言うと、プロダクトをつくる人間がカスタマー・サポートもやることでユーザーと話す機会を確保しました。

こうすることで、ユーザーにとって何が機能していて、何が機能していないのかが手に取るようにわかる。しかも会社全員がカスタマー・サポートのシフトの時間もあるわけですから、皆でカスタマー・サポートについて情報共有できるというか。

プロダクトだけにフォーカスしても意味がありません。プロダクトづくりの時間、ユーザーの意見を聞く時間を両方確保します。このようにしてフィードバックのループを確立します。このループが無い場合は、注意が必要です。

個人的にはマーケティングやセールスとは、プロダクトが最高ではないことに対して支払う税金のようなものだと思っています。口コミで拡大するグロースが最も簡単であり、世に溢れる成功する多くの企業もこの方法を取っています。

忍耐を持ち、人々がディナーの席で皆さんのプロダクトがいかに素晴らしいかを語ってくれるにはどのようにすれば良いかを考えましょう。その人が皆さんのセールス・パーソンになってくれるのですから。

ユーザーの意見の本質を理解せよ

生徒:どのようにプロダクトについての決定を下すか、色々な方向性が考えられる時どのようにエンジニアチームとコミュニケーションしていくのでしょうか?

ケビン:私達はカスタマー・サポートに着目しました。これが多くのユーザーに共通する問題を知る為に1番良いと思ったからです。彼らはどんな風にしてほしい、とリクエストしてきますので、私達は必然的にユーザーが何を求めているかを知ることになります。

プロダクトをつくる皆さんの仕事は、彼らがリクエストしてきたことをすべて実現することではありません。彼らがそれを欲しがる理由の根本は何なのかを理解するよう努めましょう。チーム内でどれをやるか意見が分かれる時、最終的には誰かが方向性を決めることになります。

しかし、どのアイディアも少しずつ取り入れられると良いですね。そしてそれを1週間、2週間で仕上げて試してみる。試しながら何が上手くいくのか見ていきます。たくさん方向性の可能性があり、しかもどれにしたらいいかを決めるのにものすごく時間をかけるのは危険だと思います。

自分のアイディアを実現させる「King For a day」

ケビン:ハッカソンはあまり好きではありません。だって48時間も一生懸命好きなプロジェクトに取り組んでも99%の確率でそれが実際につくられることがないんですから。悲しいですよ。そこで私達は「King For a day」というアイディアを思いつきました。

これは社内の人間をランダムにひとり選出し、その人が王様になります。そして王様がプロダクトをどうするか決めることが出来るのです。つまり、Wufooで気に入らないところや新しく追加したい機能があったとして、王様は会社全体のリソース―エンジニア、マーケティング、広告―を使ってそれを実現することが出来るのです。

もちろん私達も王様と一緒に48時間で実現可能なアイディア、プランを練るのに協力します。これを1年に1回か2回程度実施しています。社内皆が喜びました。自分のアイディアが実現するとなれば、喜び誇りに思わない人はいないですから。

これが私達がプロダクトの方向性を決めることに関して実施しているひとつの方法です。会社の中には、「ここをこう変えるべきだ」と強い主張を持っている人もいますよね。このやり方で民主的に、順番にやっています。

自宅勤務のメリット・デメリット

生徒:Wufooの皆さんは自宅勤務ですよね。どのように上手くやっているんですか?

ケビン:私達は皆自宅で仕事をしており、皆近所に住んでいます。どこで仕事をしても構わないのですが、大抵の場合新しい人を引き入れるとその人も私達と同じエリアに引っ越してきます。皆がそれぞれ違う場所で仕事をするのは良くも悪くもなります。

会社員であると、会社に行かずとも自宅から仕事が出来るなんていいな、と羨ましく思うものかもしれません。しかし会社に行くことで有益になることもあります。効率だとか。しかし自宅から仕事をするのにもまた違った効率があります。

例えば、従業員が2時間もの時間を通勤で失わずに済みます。自宅から仕事をしてもらうことの意味は、皆の時間をリスペクトし有効活用してもらうことにあります。Wufooでは労働時間は1週間に4日と半日です。

チャットや電話は15分まで

ケビン:金曜日が半日なのですが、それはミーティングに費やします。ビジネスミーティングも、外部とのミーティングもなし。内部でチームの皆とじっくりミーティングします。そしてそれは金曜日の半日でなければならない。

週の真ん中に変更することは出来ません。しかも週の労働日数のうちの1日は誰もがカスタマー・サポートのシフトに入るわけですから、実質週に3日しかプロダクトをつくる為の時間がない。

週に3日、1日に8時間から10時間自分の仕事に集中すれば多くのことを終わらせることが出来ると強く信じています。私達はお互いが持つその3日間、それぞれがプロダクトづくりに集中する時間をリスペクトし合っています。

そこで「15分ルール」をつくりました。チームの誰かにチャットや電話で相談してもよいですが、必ず15分以内に会話を終わらせること。問題が複雑で15分では事足らない場合はとにかくそこで終わらせて、そして金曜日のミーティングで相談することとしています。

そしてその時は次の仕事に進みます。こうして生産性を上げています。しかし、90%ほどの確率で、行き詰まっていた課題が金曜のミーティングで議題に挙がることはありません。詰まっていた課題も少し時間を置く、または一晩眠れば、「あぁ! こうすればいいのか!」とソリューションが見つかるのです。

または「悩んでいたけどそんなに大した問題ではなかった」と気づくのです。会社内部の問題のほとんどは、リアルタイムですぐさま解決しなければならないものではありません。サイトがダウンした、とか支払いを上手く受けられない、は別ですが。つまりそれ以外の社内の問題にかける時間は贅沢だということです。

優先事項にフォーカスします。このようにして10人のメンバーで、他の大規模の企業よりもより多くのことを成し遂げてきました。ただ、皆がバラバラの場所で上手くやっていくのにはやり方があります。私達は皆しっかりとした規律を持っています。多くのYCの会社は私達のようには出来ないと思います。「仕事」以外に違った労力を必要としますから。

社内で個人の「ToDリスト」を可視化する

生徒:マネージャーとしてどのように従業員に責任感を持ってもらうよう促しますか?

ケビン:ローンチ後9か月で利益が出ました。私達はプロフィットシェアリングをとっていますのでインセンティブはクリアです。要は複数のボーナス・プールとパフォーマンス、そしてパフォーマンス評価ポイントはカスタマー・サポートでどのようにやっているか、そこでの彼らの役割、そしてどんなことを成し遂げたいと言っていて何をしたかです。私はプロセスにしたくないのです。

生産的に仕事をしてもらうための指標を出したくない。ひとつだけやっているのはTo Doリストです。ドロップボックスでシェアしているシンプルなテキストファイルですが、皆がそのTo Doリストをアップデートする度に他のメンバーはそれを見る事ができます。To Doリストと、毎晩その日やったことをそこに書き込むようにして、金曜日にそれを皆で見ていきます。「これとこれをやると言っていたよね? でもこれだけしか出来ていない。何が問題だったのかな?」と会議します。

シンプルです。To Doリストとやったことリストを書いてもらうだけ。皆を管理したくありません。チームの皆が自分で自分の評価を決めるようなものです。素晴らしく優秀な人にとって、この仕組みはとても良いです。

しかし上手くやれない人もいます。そのような人をクビにするのは簡単です。幸運なことにWufooでは1人もクビにしたことがありません。しかし、メンバーが上手くやっていない時にはその行動を素早く変えさせました。「これを見て。また同じことをやっているよ。仕事をいつもギリギリになって仕上げているね。これがその証拠だよ。時間の使い方を改善しないと。私達はそれを指摘するだけだからね」と言います。

社内の皆がその様子を見る、すると「自分もその間違いをしないように気をつけよう」と全員に社会的なプレッシャーがかかり良い方向に動きます。

新規雇用の方法について

生徒:皆が自宅で仕事をする職場環境において、どのようにして新規雇用されていますか?

ケビン:彼らにサイドプロジェクトをやってもらいます。契約して、自宅で仕事をしてもらう。大抵そのようなサイドプロジェクトは1か月ほどで終わるものです。やろうと思えば1週間くらいでも終わらせることが出来るプロジェクトですが、こうすることで彼らの管理の仕方、仕事のやり方が見えてくるのでこれが査定第1段階です。

面接だけで採用を決めたことはありません。あとはカスタマー・サポートが出来るかどうかスクリーニングします。エンジニア且つカスタマー・サポートスキルがある人は稀なので。たまに「別れの手紙」を書いてもらうこともあります。

面接で、15分あげるから僕と別れると思って手紙を書いてみてよ、って。それによって彼らの書く能力を査定します。なぜならカスタマー・サポートの90%の仕事は顧客に対し「申し訳ありませんがその機能はありません」だとか「それは難しい」だとか「それを提供することは出来ません」だとか悪い知らせをすることだからです。

長時間労働は疲れるだけ

生徒:これまでに何かやってみて上手くいかなかったことはありますか?

ケビン:ひとつについてお話しましょう。初期段階で自分達のモチベーションをあげようとして……クランチモードはよくありませんね。ゲーム業界では多くの場合クランチがあります。寝ずに締切に追い込まれて仕事をすることになり、疲れきってしまいます。

生産性は一時的に上がるかもしれませんが、リカバリーする時間が上がった生産性以上に必要となります。皆がカスタマー・サポートをやり、自分達の仕事をして、常に新しい機能をつくろうとすると、リカバリーする休息の時間がまったくありませんよね。

毎年会社のバケーションタイム、社員旅行をつくりたいと思いました。そこで、休暇を取るのがリカバリー目的なのであれば、その前にひとつクランチモードの時期をつくってもいいよね、ということになりました。3人の創業者の間だけでクランチモードに入ることにしました。

何をやったかと言うと、1人1人が10個、とてもアグレッシブな目標をTo Doリストにします。10あるうちの7つを最初に達成した人が勝ちです。ビリが「トリップ・ビッチ」になります。どういうことかというと、ビリの人は社員旅行中の荷物持ち、飲み物を買ってきたり、なんでも言うことを聞かなければならないとルールをつくりました。

私達は皆よーし、やってやる! と意気込んでいました。更に勝者は来年の社員旅行の決定権をも持つことにしましたし。しかし、ライアンが掲げた目標はアグレッシブすぎて到底無理だ、絶対に負ける、ということに気がつき、「もうやーめた」という感じになってしまったのです。

クラッチモードから一気にだらんとやる気がなくなってしまいました。もう2度とこんなことはしないぞ、と決めたものです。アイディア自体はよかったですが、もう2度とやりません。ありがとうございました。私への連絡はkevin@ycombinator.comまで。