「カタトゥンボの雷」の怪

ステファン・チェン氏:鼻をつく匂いと、熱く乾いた空気が立ち込める場所で暮らすことを想像してみてください。さらに1年のうちの300日ほどは、10時間近くにもわたって雷が光り続け、時にはその光が100キロメートル先からも見えるほどです。

実際ベネズエラにあるマラカイボ湖では、もっとも雷が鳴る嵐の季節に1分間で平均28回も落雷が観測されました。この湖で観測される不思議な雷は、何十年ものあいだ科学の謎とされてきました。

ですが近年研究者たちは、嵐によって周囲の環境の要素が一定の条件が満たされることで、この鳴り止まない落雷ショーが起こると考えています。

この現象は「カタトゥンボの雷」として知られており、マラカイボ湖の南側に流れ込む川から名付けられています。早くも1598年にロペ・デ・ベガが、フランシス・ドレーク率いる略奪戦を撃退する場面を劇中に描いています。

分子レベルで見てみると、カタトゥンボの雷はいたって普通の現象です。雷は、雲同士あるいは雲と地表との間で電荷が放出されることによって生じます。

雨や氷の粒が雷雨の中でこすり合わされると雲は電荷分離、つまりプラスの電荷とマイナスの電荷に分かれていきます。

基本的には、上昇気流が分子を持ち上げますが、重たい粒子はこすり合わされながら落ちていき、その過程で電子が引きつけられていく、と考えられています。

電子はマイナスの電荷を帯びているため、雲の底の部分は一層マイナスに帯電していき、上の部分はプラスに帯電していきます。そしてマイナスに帯電したこの底の部分は、電子を下にある地表や木、ビルへと追い払うことでプラスになろうとします。こうした電荷分離が続いていくことで強力な電場が形成されます。

ほとんどの場合、雲の底部のマイナスの電荷が地表に流れていくことで起こるマイナスの雷を引き起こします。このマイナスの電流は、上空に上がってくるプラスの電流と出会います。

するとお互いにエネルギーを交換しあい、まばゆい光を放つのです。この衝突は周りの空気を3万℃という、太陽の表面温度の5倍もの途方もない温度に温めます。

カタトゥンボの雷は同じ場所で毎晩毎晩、1年間で120万回もこの現象が起こっているため、研究者たちを困惑させています。

マラカイボ湖の意義

1960年代にこの地域を研究したベネズエラの研究者は、岩盤近くに堆積したウランが雷を引きつける働きをすることで、尋常ではない落雷を引き起こしているのではないかと考えました。ですがこの仮説は立証されませんでした。

別の研究者は、油田や沼地から湧き出した過剰なメタンガスによって引き起こされているのではないかと考えました。

とくに、メタンの分子構造がプラスの電荷とマイナスの電荷への分離を雷雲の中で促進させ、これが落雷を起こす鍵だと考えたのです。ですが、どちらの仮説も多くの研究者の賛同を得ることはできず、結局はもっと単純な説明に落ち着きました。

今では、カタトゥンボの雷はユニークな地形、つまり独特な地表面の形によって引き起こされると考えられています。落雷が多く観察される場所は大抵、曲がりくねった海岸線や山脈の近く、また雷雨を作り出す風が吹き荒れる場所です。

マラカイボ湖はアンデス山脈を始めとした山々に南側、西側、東側を囲まれ、しかもそうした山脈はカリブ海から流れてくる温かい風をせき止めます。温かく湿った空気は山から降りてくる冷たい空気とぶつかると、いともたやすく上昇していき、結果として嵐をよぶ雷雲が作られます。

つまりマラカイボ湖には雷雲ができるすべての条件が毎日整い、その結果頻発する落雷につながるのです。

この現象がただただ驚異的というだけではなく、カタトゥンボの雷は大気中のオゾンを生成する上で重要な役割を果たしている、と主張する研究者もいます。オゾンは3つの酸素原子によってできている分子で、大気の上層部で地球を保護する役目があります。

オゾン層は太陽から放射される有害で高エネルギーの紫外線が、地表に届いて生物にダメージを与える前に吸収しています。

雲から落雷が起こると近くの空気は温められ、放出されたエネルギーによって化学反応が起こり、他の分子と結合することによってオゾンを形成する窒素酸化物を合成するのです。

マラカイボ湖が有名になるべき理由には、世界で最もオゾンを作り出している場所というものもあるかもしれません。

ですが、ほとんどの科学者は、人間によって破壊されるオゾン層の量を補うほどではないと言います。なぜなら雷によって生成されるオゾンは、大気の上層部にまでは到達しないからです。

マラカイボ湖は絶好の観光スポットであるだけではなく、研究者にとっては雷が落ちやすい理由を解き明かす調査スポットでもあるのです。