delyのCTOが語る、エンジニアの生存戦略

大竹雅登氏:おはようございます。さっそく始めさせていただきます。30分もお時間をいただいたのでちょっとエモい話を入れたんですけど、お話しします。

この世界にはすごい人がいっぱいいると思うんですが、僕も「この人すごいな」と感じることがよくあります。ただ、そういう人たちの中に埋もれずに生き残っていかなければならないと自分なりに思ってるんですが、そのためになにを考えているか、今日は少しだけお話ししようと思います。

まず自己紹介させていただきます。dely株式会社というところでCTOをしている大竹と申します。今24歳です。

経歴としては、インドとシリコンバレーの会社でちょっとだけインターンをしたあとに、帰国後に、弊社代表の堀江とdelyという会社を立ち上げました。2度の事業撤退、ピボットを経て、「kurashiru(クラシル)」というレシピ動画サービスを今運営しております。

「1分でレシピがわかるレシピ動画サービス」というものをやっているんですが、知っている方、手を挙げていただけると……。

(会場挙手)

めちゃくちゃうれしいですね! ありがとうございます。去年の12月に1,000万ダウンロードを突破して、それなりの大台を超えたかなと思っております。

delyは2014年の4月に創業して、2015年の1月にさっそく1回目の事業撤退をしています。差はじめはフードデリバリーサービス、今でいう「Uber Eats」みたいなものをやってたんですが、すぐに事業撤退してしまいました。

次はWebメディアをやっていたんですが、それも丸々1年後に2回目の事業撤退しました。「なんかうまくいかないなぁ、ITベンチャー」みたいに思っていたんですが、その直後の2016年2月にレシピ動画サービスの「クラシル」を始めて、その年の5月にアプリをリリースしました。

そこから「これはいける」と思って、急速に伸ばそうと思いプロモーションかけて、2017年4月に最初のテレビCMをやらせていただきました。そして2017年12月に1,000万ダウンロード突破したという感じで推移しています。なので、現在創業5年目に入っています。

実はdelyは2回事業撤退しているので1度社員が辞めた時がありました。2015年1月ぐらいに事業撤退したんですが、増えていた社員数が一気に減りました。その後、僕自身1人で開発している時期が1年以上あり、その後「クラシル」をリリースしてから少しずつ採用を進め、現在開発部は20人弱くらいになっています。

事業の失敗で多くの社員が退職してしまい、1人になってしまったので、開発はもちろん全領域を自分1人でやる必要がありました。UIデザインやiOSアプリ作ったり、サーバサイド作ったり、AWSを使ってインフラをやったりなど、1人しかいないので全部やる必要がありました。

現在は、こんな感じで、レシピ動画を自分たちで作っています。

スタジオがあって、スタジオの奥にプログラミングをしている人がいる、みたいな感じなので、手を伸ばしたらケーキがあって食べられる環境です。だから、ほとんどの人たちが太るという環境でしたね(笑)。

(会場笑)

「僕らがいる世界はすごく厳しい」

さっそく今日の本題に入らせていただきます。単刀直入にいうと、今、僕らがいる世界はすごく厳しいと僕は思っています。

なにが厳しいかというと、毎年いくらでも最新テクノロジーが生まれています。今、AIが出てきたと思ったら、いきなりブロックチェーンが出てくるみたいな。「どっちが主流なんだ?」みたいな状況です。そのようにどんどん変化するし、自分の持っていたスキルが、1年後、2年後には陳腐化してしまうこともよくあります。

さらに、どんどんグローバル化が当たり前になっているので、ライバルは世界中にいます。この前、中国の上海に行ってきたんですが、同じぐらいの年齢ですごい良い会社を作ってる人がいっぱいいました。

Mobikeという会社は若いベンチャーですがすごく伸びていて、時価総額は半端ないぐらいになっています。そういうところを見て、「うわ、やばいなこの世界」と感じております。

ただ、それに打ちのめされているだけではだめだと思うので、起業してからこれまで経験してきたことを踏まえて、自分なりにどうすればプレゼンスを発揮して生き残っていけるのかを考えているので、それを共有させていただこうかなと思います。

世界を捉える3つのキーワード

今の世界はどんな変化をしているかというと、僕の頭の中ではこの3つのキーワードがあると思っています。「完全競争市場」「専門技術のSaaS化」と「スキルのレバレッジ化」です。

まず完全競争市場とはなにかというと、これは経済学の用語なんですが、情報が完全にオープンですべての人がアクセス可能な状態で、需要と供給によってすべての原理が決まるような環境のことです。これは理想論として扱われていて、ほとんどの市場は不完全と言われています。特定の人しか情報を持っていないと言われています。

ですがこれが、100パーセントにはならないかもしれませんが、どんどん完全な市場に向かって動いているのではないかと、僕は思っています。

世界中のすべての職業人が平等に比較されて、スキルや能力、経験で比較されて仕事が来たり、ビジネスチャンスがあったり。そんな機会になるんじゃないかと思っています。

『フラット化する世界』という有名な本があります。

フラット化する世界 増補改訂版 (上)

それと同じようなことなんですが、自分の身の周りに対する優位性だけを持っていても、おそらく淘汰されてしまうのではないかと僕は思っています。

それに加えて、自分の価値は市場から評価されるべきだと思っています。1つの会社内だけの評価というのは、その会社のトレンドによって上下してしまうので、サステイナブルではない自分の価値になってしまいます。市場から評価される環境に身を置くことによって、世界中どこでも価値のある存在になるべきと思っています。これが完全競争市場です。

専門技術のSaaS化がもたらすもの

もう1つは専門技術のSaaS化です。クラウドコンピューティングの世界を見ると、AWSは僕らも使っていますし、GCPやAzureなどたくさんあると思います。クラウドが進化したことによって、すこし前まで超専門技術だったことがボタン1つですぐにできてしまうということは頻繁にあります。

ストレージは随分前から「S3でしょ?」みたいな感じになっていますし、RDSもフルマネージドですし、最近はオーケストレーションツールのKubernetesがGCPでフルマネージドで提供されるようになったり、どんどん進化しています。気づいたら最新技術がコモディティ化しています。

そうなると、単体の技術を1つ使えることは付加価値ではなくなるはずです。SaaS化した技術を組み合わせて、全体のビジネス要件も考慮したシステムを作れる人に価値が出てくるんじゃないかと思っています。単一技術に限定された専門性は淘汰されるリスクがあるのではないかと。

僕はもともとiOSエンジニアだったので、SwiftやObjective-Cなどを最初にやっていたんですが、Objective-Cはすでに淘汰されたし、Swiftももしかしたらなにか別の、例えばReact Nativeが出てきて「Swiftよりこっちのほうがいいんじゃないか?」みたいな話になってくるかもしれません。淘汰される可能性があるから、全体をシステム化して作れるような人が今後重要になってくるのではないかと思います。

優秀な人材の付加価値がさらに高まる

最後はスキルのレバレッジです。これは、高い能力の職業人が生み出す付加価値に上限がもうほぼなくなっているのではないかと思っています。

これまでは、いわゆるエンジニアやデザイナーといっても、労働集約的なアプローチを取らなければならないことはよくありました。1人では絶対できないことがあったんですが、先ほどのクラウドコンピューティングがどんどん進化してきたことで、組み合わせれば非常にスケールするシステム1人で作れる、ということが起こりえます。

クラシルは1,000万ダウンロードを突破したので、トラフィックもだいぶきているんですが、インフラ担当が1人しかいません。それでも全部AWSやGCPに乗っかって捌けています。そのぐらい、すごい人が生み出す価値はどんどん上がっているのではないかと思います。

優秀な人が普通の人の100倍結果出すというのはぜんぜんありえるし、スライドには100倍と書いてあるんですが、おそらく100倍どころじゃないと思っています。「ゼロと無限」みたいな感じだと思うんですよね。作れるか作れないかなので。

おそらく僕の認識では、歴史上で最も能力の違いによってアウトプットに圧倒的な差が出る唯一の職業が、エンジニアやデザイナーなど、ITに関わる人の特徴なのではないかと思っています。炭鉱を掘るような仕事で、1人で100倍掘れる人はたぶんいないと思います。ですが、エンジニアだったら余裕でありえる。

もっといえば、一流じゃないとむしろマイナスのアウトプットを生む可能性もあります。最近やっと「技術的負債」という言葉が浸透してきましたが、とりあえず100人集めてきてシステムを作ったらどうなるかというと、みなさんならすぐわかると思うんですけど、マイナスしかありません。

それなら2、3人の優秀なチームで少人数でコミュニケーションを密に取りながらシステム開発したほうが、おそらくよいプロダクトを作れると思います。うちもそんな方針でやっていて、本当に優秀な人がいいプロダクトを作ることに特化してやっています。

なので、1人の優秀な人にどんどんレバレッジがかかるような世界になってるんじゃないかなと思っています。

厳しい世界を生き抜く方法

では、今みたいにめっちゃ厳しい世界になったとき、どう戦っていかなければならないのか。僕も悩み中なんですけが、今のところ考えているのは、この3つの強みを持ったほうがいいと思っています。それは、「希少性」と「客観性」と「万能性」です。この3つの性質を自分の中に持っておくと、強い個人として生きていけるんじゃないかなと思っています。

希少性とは、先ほどの完全競争市場が支配する世界では、ナンバー1でなければ意味がありません。1人が生み出す価値に上限がなくなっているということは、みんな1位の人に頼むほうがいいわけです。

現実的にはその人の手が空かないこともあると思いますが、理論上は1人の人に任せれば一番いいパフォーマンスが出るわけだから、ナンバー1の人が一番需要があって、それ以外の2位はもっと少ない。3位なんかもうほぼゼロみたいな感じになっちゃうなと思うんです。どんな領域でも。

その分野でナンバー1になれる人はたぶんなったほうがいいと思います。プログラムのアルゴリズムでもう世界で類を見ないようなアルゴリズムを作って、例えばクイックソートよりも効率の良いアルゴリズム作れる人だったら別になんにも問題ないと思うんですけど。

僕は野球好きなので、「イチローみたいになれるのか?」といったときに、僕はたぶん無理だと思います。1つの分野だと「うーん」ってなっちゃうと思うので、だからこういう戦略をとっています。

スキルや経験はどんどんかけ合わせたほうがいいです。そうするとレアキャラになれると思うんですよね。100人に1人の分野って持てると思うんですよ。100人に1人ってちょうど学校に1人みたいな感じだと思うんですけど、そういう学校に1人ぐらいのスキルを3つだけ持てば、100万人に1人になれるんですよね。

例えば、僕の知り合いでも何人かいますが、「WebデザインやSEOがわかって経営もやっています」という人はおそらく良いWebサービスが作れると思うし、アプリエンジニアリングで強くて、UXリサーチも得意で、データのアナリストができる人は、たぶんグロースするとか流行るアプリがどんどん作れると思うんです。その方法論ができてるので。

しかも組み合わせは無限に存在するので誰にもチャンスがあると僕は思っていて、自分の得意なところと得意ところをかけ合わせれば、ほぼ確実にユニークな存在になれるんじゃないかなと思っています。これが希少性です。

自身のスキルを客観的に定義する

次に客観性です。端的にいうと「Twitterのフォロワーが多い人はすごい」っていう話なんですけど、個人のプレゼンスって、もうほぼ言い切っちゃってもいいぐらい、ソーシャル上で形成されていると思っています。これは異論があるかもしれませんが。

僕の知っているなかでは、スタートアップとかスタートアップのエンジニアや経営者だったら、Twitterのフォロワーが多い人のほうが確実に得をしている。仕事も舞い込んでくるし、採用もうまくいくし、もっと拡大するときに情報も得られるし、もうTwitterのフォロワーの多い人が勝ちという状況になっている。僕の周りではそうなっています。

そうなると、個人のプレゼンスもソーシャル上で定義しなければいけませんが、ソーシャル上ではわからないものもあります。コンテキストを深く知らないと発揮できないスキルは実際に一緒に仕事をしてみて初めて理解できるものなので、本当は能力は高いんだけど理解されず客観性が低くなってしまい、プレゼンスが全然高まらないということがあります。なので、客観性のあるスキルを自分のスキルのポートフォリオに持っていることがすごく重要です。

ハードスキルとソフトスキルという言葉をよく使うんですが、ハードスキルというのは、例えば「iOSアプリ作れます」ってわかりやすいスキルですよね。その中で優劣があるとは思いますが、なにができるかというのは非常に明確なので客観性高いです。

ソフトスキルというのは、例えば、「UXデザインできる」や「経営ができます」などです。やってみないとわからない。ただ、こちらも能力としては重要なものです。能力の優劣ではなくて客観性の差があるんです。

僕の中では、LTでこうやって登壇したり、ポートフォリオサイト作ったり、GitHubでコード公開したり、そうしたことは本来ソフトスキルだと捉えられているものに客観性を持たせるような作業だと思っています。だからすごく重要だと考えています。

ですから、例えば登壇をどんどんしている人は、ソフトスキル型の人でも、Twitter上でのプレゼンスはすごくあると思います。そこが非常に重要だと思って、僕もがんばっています。フォローしてください(笑)。

(会場笑)

時代に求められるオーケストレーション能力

最後は「万能性」です。専門技術のSaaS化と先ほど言いましたが、この時代に一番重要なのは、オーケストレーション能力だと考えています。オーケストレーションというのは、オーケストラのオーケストレーションですね。つまり指揮をする人です。

SaaS化されたクラウドサービスは全部モジュール化されているので、AWSは誰でもアクセスできるしお金払えば誰でも使えます。ですが、それらを組み合わせてトラフィックに耐えられるシステムを作れる人は限られてくるわけです。

モジュールを組み合わせてシステムを作る能力は技術者にとって必要ですし、もっと言えば、さらに万能なスキルセットを持つ人は高い価値を生みます。特にビジネス要件をしっかり翻訳できてシステムに落とし込めるエンジニアって、おそらくめちゃくちゃ価値があると思うし、技術力じゃなくてビジネスの経営上の課題をデータとかそういうことで解決できる人は超イケてるし。

もっと欲を言えば、ユーザーの体験自体を、ユーザーヒアリングに行ったりリサーチしたり、ユーザー行動を定性的に調査ができる人は、おそらくサービスをもう一段階成長させることに寄与できると思います。そんな人がエンジニアや経営者だったらめちゃくちゃイケてる会社を作れると思います。

それぞれ単一ではコモディティなものでも、それらを組み合わせることで付加価値を生むオーケストレーション能力が非常に重要になってくるので、なんでも万能にできる人が今まで以上に強くなると思ってます。

必要に駆られなければ成長できない

次に、どうやって武器を手に入れるのかです。僕の解は単純で、「必要に駆られないと無理」じゃないかと思っています。人間は怠惰な生き物なので、意志だけで動くのは無理だと思うんです。だから必要に駆られないと無理かなと。

僕の場合は、起業してから4年ぐらい経っています。どうやってスキルを身につけたのか振り返ると、経営上・事業上必要に駆られていた、というのが圧倒的な理由です。それがいい環境だったなと。未知の領域にどんどん飛びついていくことができたので。

例えば、僕はiOSアプリしか作れなかったんですが、バックエンドエンジニアが事業撤退の時に退職しちゃったので、APIサーバやインフラを作る人がいなくなってしまいました。しかも、サーバも落ちるみたいな。

そうなったら、たぶんほとんどの人が自分でやろうと思うんですけど、これって意志は関係ないじゃないですか。やるかやらないかで「やらない選択肢はないからやります」みたいな状況なんですが、自分のスキルを伸ばすことに関してはこれが一番楽ですね。

あとはクラシルのアプリです。クラシルって最初はFacebookやInstagramでレシピ動画流すかたちだったので、アプリもWebサイトもありませんでした。そんな時に、エンジニア1人だったんですが、クラシルでアプリ展開したいという経営上の意思決定がありました。

だから「アプリ展開したい。エンジニアは1人しかいないから、自分でやるしかない」という三段論法で自分がやることが決まったんですけど、動画変換が必要だし、前例になる動画アプリなんかないのにアプリのUIデザインしなくちゃいけないし、インフラを作らなくちゃいけないし、トラフィック耐えられるようにしなくちゃいけないし、あと普通にiOSエンジニアリングをしなくちゃいけないとなりました。でも自分でやるしかなかったのでやれました。

ただ、これも先ほど言ったように、AWSってめちゃくちゃすばらしくて、今だったらGCPとかもすばらしいと思うんですけど、1人でも作れるんですよね。SaaS化されているから。だから、極力乗っかって作ろうと思って作りました。

僕は単一の分野で秀でてはいないと思います。インフラのプロフェッショナルじゃないし、UIデザインのプロフェッショナルじゃないかもしれないですけど、これを全部まとめて作ったのはいい経験だったなと思っています。

「必要は発明の母」言葉があります。これをちょっとだけもじると「必要は成長の母」だなと思っています。必要に駆られたら、絶対誰でもやると思うんです。それって意志もないし、どんなに心弱い人でも「やらなくちゃ」となったらやると思うんですよね。だからそれだけの話で、そういう環境に身を置くことが重要です。

なにか1つ大きな目標。僕の場合だったらdelyという会社でいいサービス作りたいと思っていたので、そうした大きな目標に沿っているのであれば必要なことは全部やるよってスタンスになれれば、それだけでおそらくいろいろなものがうまく進むというか、スキルがついてくるんじゃないかと思います。

変化をチャンスと思え

最後に、今の自分の領域外のことに飛びつくのが一番重要なことだと僕は思っています。それが必要に駆られる環境に身を置くために必要なことだと思います。

周りにすごく優秀な人がいる環境の方が学べるという考え方もあると思いますし何も否定しませんが、これはトレードオフだと思います。そういうところにいたら、逆に言えば必要に駆られる環境にはならないから、自分の特化したい専門スキルがあってそれを伸ばすためならばいいですが、自分の領域広げたいと思うのであれば必要に駆られる環境に行かないといけないと僕は思っています。

ものすごく変化が速くて、おそらく来年にはまたぜんぜん違う状況になるような世界ですが、変化が速いということは、変動、差分があるということなので、それだけチャンスが転がっているわけです。だから、そういうところをどんどんチャンスだと思っていろいろ動いていく人のほうが、僕はいいんじゃないかと思っています。

いろいろ話しましたが、僕もまだまだ一緒に戦っていかなくちゃ、学ばなきゃいけない状況なので、みなさんと一緒に戦っていければいいなと思っております。ご清聴ありがとうございました。

(会場拍手)