儲けを出そうとしない Amazon

湯川鶴章氏(以下、湯川):では、本当はAmazonはどんな動きをしているのか。AmazonはECサイトだと思っている人がほとんどだと思いますが、実際にはいろいろなことをやっています。

Amazonの哲学は“弾み車”と言って、昔のミシンには回転を速くするために弾み車というのがつけられていたのですが、それが会社の哲学だと言ってます。どういうことかと言うと、値引きで客が増える、儲かる、さらに値引きすると、さらに客が増える。弾み車のように、弾みをつけて、どんどん事業を拡大していくというのが、Amazonの哲学のようになっています。

このグラフは、Amazonのこれまでの売上高と利益の推移を示したものです。赤い方が売上で、青い方が利益です。売上はどんどん上がっていますが、利益は全然上がっていません。フラットなままです。儲けたお金は、すべて値引きや技術革新に使っているわけです。

でも、株価は上がっています。株価さえ上がればいいという考え方で、儲けを取りに行っていない。「あなたの利幅がわたしのチャンス」とジェフ・ベゾスは言っています。めちゃくちゃ怖くないですか。

EC事業者のみなさんは、当然儲けを出そうと考えていますよね。当たり前の話ですよね。でも儲けを出そうと考えた時点で、もう負けているのです。儲けを出そうとすると、Amazonは「この会社は儲けを出そうとしている、しめしめ。儲けがあるということは、うちは儲けがないからうちの方が勝つな」と考えて攻めてくる。

めちゃくちゃ怖い話です。ではAmazonは、どこで儲けているのかというと、クラウド・コンピューティング事業です。今でもAmazonは、クラウド・コンピューティング市場でNo.1です。しかも今後、クラウドにAIがどんどん載ってきます。それによって、クラウドコンピューティングは史上最大のビジネスになると言われています。AmazonやGoogle、Microsoftといったクラウドの企業が、過去に類を見ないような巨大なビジネスになると言われています。

クラウドAI時代の三強

AmazonとGoogleとMicrosoft。この3社がこの領域でめちゃくちゃ強いのですね。めちゃくちゃ儲かるようになると言われてます。パソコン時代はWindowsのMicrosoftが勝ちましたが、次のモバイル時代にはAppleとGoogleの二強時代でした。これからはAIの時代ですね。クラウドAIの時代なのですが、ほとんど三強時代とも言われています。どんどん大きくなっていくんですね。

あまりにも強いので「Amazonが嫌いだ」という話も出てきました。Amazonが参入するという噂だけで、先行企業の株価が落ちるのです。参入を発表していないのに、「Amazonが参入するらしい」という噂だけで、その前からいる会社の株価が落ちるのです。すごい話ですよね。今後、独禁法で取り締まられるのではないかと言われていますが、まだ分かりません。

ただご存知のように、トランプはめちゃくちゃAmazonを嫌っているので、どうなるかは分かりません。本当にトランプが嫌っているのか、それともポーズだけなのかということもちょっと分からないですしね。Amazonは「雇用を産んでいますよ」と一生懸命アピールしているのが現状です。

本当は怖いAmazonオリジナルブランド

先ほどもちょっと出ましたが、Amazonは自分たちのオリジナル商品を開発するようになってきました。この写真の上がAmazonでサードパーティが売っていたPCスタンドです。PCを載せるやつで、一番人気で星もいっぱい付いています。42ドルで売っているのですが、ところがAmazonがほぼ同じ形のものをAmazonオリジナルブランドとして、半値の19ドルで売り出しました。

Amazonのオリジナルブランドというのは、実は数年前からやっていますが、年間10個ぐらいしか出していなかったのです。しかし、去年ぐらいから40種類ぐらい一気に作ってきた。なぜAmazonが自分らの商品をこんなに一気に作ってきたのか。

アメリカでは、ECサイトとして独占状態になってしまったということなんだと思います。独占状態なので、好きなことができてしまいます。

日本のAmazonは、こんなことをしません。どうしてこんなことをしないかというと、まだ独占状態になっていないので、こんなことをするとサードパーティーのショップが怒って楽天に鞍替えするかもしれないからです。楽天に行かれては困るので、Amazonは日本ではこんなことをしてきませんが、もし楽天がダメになって、Amazon1社になったら、Amazonは日本でも同じことをしてくる可能性があると思います。

Amazon VS Google

Amazonが次にどんなことをしているのかというと、対話ロボットを作っています。形のあるロボットも考えています。Googleが共通の敵なので、AmazonとMicrosoftが今一緒に動き始めました。MicrosoftのWindowsマシンのAIエージェントCortanaを通じてAmazonのAIエージェントAlexaに話しかけることが可能になりました。

一方でAmazonとGoogleの関係は悪化しているようです。ディスプレイ付きAIスピーカーのAmazonShow がアメリカではめちゃくちゃ売れていました。どうして過去形かというと、Amazon Showから、Google傘下のYouTubeへのアクセスが禁止になったからです。正確な理由はよく分からないんですが、業界内ではGoogleによる嫌がらせだという意見が主流です。

AmazonのECサイトでも、Googleの製品を扱わないという嫌がらせがあったので、その報復だとも考えられます。両社の関係は、もう明らかに悪化していますね。Googleからの嫌がらせへの対抗措置として、AmazonがYouTubeのような動画投稿サイトの開発を計画しているという報道も出てきています。

AIスピーカーが史上最大のメディアに

今後10年の消費者向けの最大のビジネスチャンスは、AIスピーカーだと思います。今はまだAIスピーカーは使い勝手が悪いですが、やがて秘書のようになり、最終的には親友のようになっていくのだと思います。そうした未来のシナリオを垣間見せてくれるのがGateboxだと思います。

Gateboxの開発者は30代で、彼女いない歴も30年ほどあるらしく、理想の彼女の姿を追求したら、Gateboxのようになったんだと言います。彼は「オレの嫁」といいますが、こんなに可愛く受け答えしてくれる嫁はいません。あり得ません(笑)。

Gateboxは独身男性向けなのですが、独身女性向けや、独居老人向けや、ご主人がまったく話を聞いてくれない主婦向けなど、いろんなニーズがあると思います。これからいろいろなAIスピーカーやチャットボットが登場してくるのだと思います。

何度も言いますが、こんな嫁はいません。

(会場笑)

そうしたAIスピーカーがいずれ、ユーザーのニーズを100パーセント理解してくれるようになるのだと思います。今のECは、その人の行動履歴を見て、この人は次にこういうものを買いたいのではないかと予測するわけですが、未来のAIスピーカーの場合はその必要がありません。

ユーザーが自ら「次に〇〇をしたい」と教えてくれます。ユーザーが「あーあ、どこかに旅行に行きたいなあ」と語りかけてくれます。そうすれば「旅行だったら、〇〇がいいよ。ホテルは、このホテルがいいよ」とレコメンデーションできます。

ユーザーのことを熟知し、しかもユーザーからの信頼を勝ち得ている親友のようなボットがレコメンドするわけです。そのレコメンドを実際に実行する可能性は、これまでのどのメディアよりも高くなります。

データをいっぱい取って、ユーザーが何をしたいかをするという、これまでのマーケティング手法は、アテンションエコノミー時代のマーケティングです。だれもが1日24時間しか時間を持っていませんから、メディア間でその時間を奪い合うわけです。しかしこれからはインテンションエコノミーになると言われています。ユーザー自らは、何をしたいかというインテンション、つまり意図を明らかにしてくれるようになるわけです。

ユーザーの意図ほど、ユーザーの次の購買行動に直結するものはありません。つまり、AIスピーカーや、チャットボットを超えるメディアはないと思うのですよ。新聞、ラジオ、テレビ。すべてを合わせたよりも強い、最強のメディアになっていくと思いますね。その最強のメディアの地位を取りたいので、AmazonもGoogleもLINEもMicrosoftも、みんなここにめちゃくちゃ力を入れているのだと思います。

AIスピーカーって今は安いときで3,000円くらいで買えますよね。3,000円であんなスピーカーはふつう買えませんよね。売るたびに赤字です。赤字を垂れ流してまで、今はAIスピーカーを売っています。なぜかというと、この地位を取りたいから。この地位を3、4年の間に取ってしまえば、最強のメディアを押さえることができてしまうからですね。

これはAppleの人材募集ページなのですが、カウンセラー経験を持つエンジニアを募集しています。AIスピーカー、Siriに対して悩みの相談をする人が結構いるようなのです。そんな人、本当にいるのかと思いますが、データとして取れているわけです。

実際に多くの人が愚痴を言ったりしているようなので、カウンセラー経験のあるエンジニアを雇うことによって、AIスピーカーを親友に変えていこうとしているわけですね。

IT大手が世界経済を牛耳る時代に中小企業にできること

結論としては、Amazon、Google、MicrosoftなどのIT大手が世界経済を牛耳る時代になるのだろうと思います。

ここですね、ではそれ以外の企業はどうすればいいのか。知らんと。

(会場笑)

分かりませんよ。分からない。ECをやめるとか(笑)。他にないデータを持つということも可能性としてはありだと思います。

これは『うつレコ』というアプリです。開発にいくらぐらいかかるんでしょうか。よく分からないけど、簡単なアプリなので300万円、1週間ぐらいでできるんじゃないでしょうか。その日の気分をこの絵で表現する非常に簡単なアプリなんです。このアプリの価値が今では、何億円にもなってるという話を聞いたことがあります。

なぜそこまで価値があるかというと、うつ病患者の1日3回の気分の移り変わりを数年間にわたって、数万人分も持っているデジタルデータは、ここにしかないからなのです。世界でもここにしかないんですね。大量のデータを、デジタルで持っているということが重要なのです。このデータがあれば何ができるのか分かりませんが、何かと組み合わせれば新しいことができると思うんです。

例えば天気と組み合わせれば、やっぱり雨のときはみんな気分が落ち込むんだということが、エビデンスベースで分かるようになります。今、我々はなんとなく天気と気分って関係ありそうだと思っていますが、証拠はまったくありません。でも数万人分のデータで、明らかにやっぱりうつ病患者にはこんな天気が良くないのだとか、というようなことがわかるようになるのです。

もし、食事のデータを合わせることができれば、この食事を食べると鬱に良いか悪いかのエビデンスとして挙げられます。デジタルデータなので、いろいろなデータと組み合わせて、AIで解析することが可能です。こうした誰も持っていないようなデータを持つと、めちゃくちゃ儲かると思います。

ECにこだわった時点ですでに負けている

AI時代のルールは正のスパイラルですね。データが集まるとAIで解析して、サービスが向上する。サービスが向上するとユーザーが増加して、データが増える。それをさらにAIが解析するとさらにサービスが向上する。この正のサイクルをぐるぐると回すと、後発は追いつけなくなる。勝ち逃げですね。

Amazonは既に正のスパイラルに入ってます。ここまでデータが集まっちゃって、サービスが良くなれば、もう勝ち逃げですね。まだAmazonが参入していない領域があります。Amazonが攻めてくる前に、この正のスパイラルに入れるかどうかが非常に大事なところだと思います。

今までのAIの歴史を見てみると、ディープラーニングによりAIの研究者が増えたのが2012年です。Googleなどが調査して、商用化したのが2015年。2016年ぐらいから一般企業が商用化を始めて、去年から成果が出始めました。

カンブリア大爆発も始まっています。今年からはAI革命一巡目の戦いです。既存の業界内での戦いが、今すでに始まっています。あと2年もすれば優劣がはっきりしてきて、一つの業界の勝者と敗者が出て、勝者が何をするかというと、周辺の業界を狙いに行きます。こういう順で、大きい企業がどんどん大きくなるということが起こると思います。

二巡目にどうなるかというと、さっき見せたデータのところなのですが、これは見たことがない? どれだけ大きな絵を描けるかが勝利だと思いますね。

大躍進を目指す企業にとっては過去にない大チャンスだと思いますし、小さな改良を望む企業はロボットを使うことにより、途上国より低コストで高品質な商品を、というところだと思います。

データのない領域を目指す、効率化を目指さない領域を目指す。これも西野さんの話そのものですよね。儲かるところをわざと外すみたいなことですよね。そして、自分の本業を儲からないものにしてしまうということですね。

これ、発想の大転換ですね。これがこれからは必要になってくるんじゃないかなと。だからECにこだわった時点でもう負けですね。ECを止める。半分冗談ですが、もうそれぐらいの覚悟ですね。もうECを止めると思わないと、ECでは勝てないと思います。

AI×ブロックチェーンというパラダイムシフト

実は、GoogleやAmazonが正のスパイラルに入って巨大化するというシナリオとは、別のシナリオの可能性が指摘され始めました。僕自身も今、調べている真っ最中なのであまり多くをお話できませんが、データの重要性が認識されるにつれて、プライバシーもより重要性を増すのではないかと言われています。

新しい未来予測のシナリオの提唱者によると、「ユーザーのプライバシーを守るためには、巨大IT企業にすべてのデータを預けるという、今日のコンピューティングの設計思想ではだめだ」という考え方が主流になってくると言います。

今のクラウド中心のコンピューティングから、ブロックチェーンなどの技術を使って、データを分散させる非中央集権型のコンピューティングの設計思想に移行していくというのが、新たに浮上してきた未来予測のシナリオなんです。もしそのシナリオ通りに時代が移行していけば、AmazonなどのIT大手の弱体化が進む可能性があります。この辺りの話は、またどこかでお話できればと思います。

AIにはない「人間の価値」を研ぎ澄ませ

ということでまとめに入ると、人間とAIの関係はどうなっていくのか。

スターウォーズの映画の中で、人間のパイロットとロボットとの会話がよくでてきます。ロボットが「あと25パーセントの確率で衝突します」「衝突する確率が35パーセントに上がりました」などと言ってくるのですが、パイロットは「うるさい黙ってろ、そんなこと関係ない」と怒鳴り返します。

これが人間とロボットの関係の典型的な形だと思います。AIは予測を出すのが仕事。AIがどんな予測を出してきても、「俺はするんだ、行くんだ」と決断するのは人間だということです。思いやりや信念、直感、信念といったものが人間の価値になってくると思います。逆に言えば、これを持たないのなら我々はAIには敵わないということです。

35パーセントの確率なら止めておこうか。いや、そんなことは関係ない。やるんだという志、思いやり、直感を持つということが人間にとってめちゃくちゃ大事になってくる時代になるのではないかということですね。

今日はそうした話をさせていただきました。ご静聴いただきありがとうございました。

(会場拍手)

司会者:湯川様、素晴らしい講演をありがとうございました。みなさま盛大な拍手でお見送りください。

(会場拍手)