新製品「AI BOX」は何がすごいのか

――前回のインタビューでは、オブジェクトストレージ製品の「CLOUDIAN HYPERSTORE」についてお話しいただきました。今回、新たにハードウェア製品の「AI BOX」を開発した背景を教えてください。

太田洋氏(以下、太田):きっかけがあるんですけど、人工知能で注目を集めるディープラーニングはすごく巨大なサンプルデータを使って学習をさせなきゃいけないんです。

例えば、赤ちゃんにモノを教えるときに、「これは机だよ」「これは椅子だよ」「これはメガネだよ」と目から情報を学習をさせるために、親は何回も教えますよね。

人工知能に対しても同じように、画像を何回も見せて、それを学習させるプロセスが前段に必要です。精度を高めるためには、1万枚とか5万枚という大量の画像を見せるんです。

そのためには大量のデータが必要になり、それを保管する大容量のストレージが必要になるわけです。我々はそこに大きなマーケットがあるだろうということで、ストレージ屋としてその市場に入っていくために「お客さんはストレージに対して、どのような要求があるのか」ということを自ら現場で経験し勉強をすることにしました。

勉強会から生まれた実証実験

そこで「まず自分たちがAIを触りましょう」ということで、実証実験をやりました。もう2年前なんですけど、この実証実験は『日経産業新聞』の1面でも取り上げられました。

昔から付き合いのある電通の友人と話しているときに、「ディープラーニングっておもしろいぞ!」という話から始まり、それが勉強会に発展し、いろいろな議論を経て「AIを使って屋外広告をやろう!」と。

「人の属性によって、特定のCMをデジタルサイネージに映そう」という話もあったんですけど、それはけっこうやってる人も多い。

そこで「車でやろう!」ということで、車種に応じてデジタルサイネージに映す広告を切り替えるということをやりました。写真は、六本木ヒルズが望める首都高3号線ですね。

例えば、高級車が来たらブランド品のCMとか、トラックが来たら缶コーヒーのCMとか、「アウディが来たからゴルフだ」みたいなことです(笑)。

その実証実験が商用プロジェクトにつながりました。AIによる交通量測定です。今まで数取器でカチカチ数えていたものを、ネットワークカメラで撮影した映像からAIを使い「車がこの交差点を何台通りました」とか、「この上り車線を何台通りました」と測るプロジェクトを今もやっています。

最初は「ストレージを売るためのノウハウが貯まればいいかな」と思って実証実験をしていたら、仕事の依頼が来てしまって、ビジネスになってしまっているというかたちです。

――よほど正確にデータが取れるということなんでしょうか?

太田:そうですね。人は居眠りしているかもしれないし(笑)。

ポイントとしては、人間と比べて低コスト化、常時定測、多点計測、集計の高速化、見える化が簡単にできるようになるということですね。このように、右折、左折、直進する車別の計測もしています。

これらの実証実験とプロジェクトで得られた経験が「AI BOX」の開発に足を踏み出した大きなきっかけだったなという感じがしています。

ハードウェアの「AI BOX」を設置する必要性

――ディープラーニングを活用したソリューションが実社会に求められているという流れの中で、「AI BOX」という製品はどのように関係してくるのでしょうか?

太田:それでやっと「AI BOX」に話が移っていくんですけど(笑)、例えば「渋滞している鎌倉や京都の道路で交通量を測ったほうがいいよね」という話になってくると、カメラの台数がどんどん増えてゆきます。

カメラは街灯に付けたりしているんですけど、光回線は街灯まで引っ張れないので、現実的にはLTEなどを使って無線で映像を送るわけです。

ところが、LTE回線は光回線とはぜんぜん違って、まず第一に高精細のままではデータ量が多すぎて送れない。そのため、映像はデータ圧縮され、フレームレートもかなり落とさざるを得ない。映像・画像の品質が落ちてしまうと、高速移動している車両の追跡が困難になったり、車の映像が流れたり、車種判別が難しくなったりします。あたりまえですが、人の目で見てわからないものは人工知能でもわからない。

だから、クラウドに送る通信の手前で、きれいな画像を「AI BOX」に取り込んで、処理をした結果だけを送るとすれば、例えば「何時から何時までの大型車は何台、小型車は何台、バスは何台」という単なる統計処理したデータを送ればいいだけだから、データ量もとても少なくなります。

また、カメラと一緒に外に置くので、防水や耐天候もちゃんとしていないといけないということで、最初はそういう箱を探したんです。AIコンピューティングの高速化をやっているNVIDIAという会社にも「世界中でどこかある?」と聞いて探したんですけど、いいモノがありませんでした。

なので「しょうがないので自分たちで作っちゃいました」というのがこの「AI BOX」を始めたきっかけになります。

国内IoT市場の展望

――「AI BOX」の展開にあたって国内のIoT市場をどのように捉えていらっしゃいますか?

太田:IoTというのは、1人がいくつもデバイスを持っていたり、あらゆるところにデバイスがあるという世界になってくるので、人口をはるかに超える大量のデータが吐き出されてくるわけです。

それはどこかのクラウドで処理するのでしょうけれども、もう人の目で監視したり、処理するのは不可能な量なので、必ずAIやHadoopのようなビッグデータの分析技術が必要になるということが出発点にあります。

クラウドにたくさん貯まるデータとAIによる分析技術はものすごく密接な関係にあり、IoT、ビッグデータ、AIの3つのトレンドは連動していると考えていいと思います。

とくに今、ディープラーニングによってブレイクスルーが起きています。画像認識の精度が飛躍的に向上したということでメディアでも騒がれ始めていますし、ディープラーニングの中心的存在であるNVIDIAの企業価値が大きく上がっています。

ディープラーニングの応用例として有名なのは、自動運転や医療への応用でMRIからガン細胞を見つけるとか。あるいは製造ラインの良品判定、傷がないかとか、塗装の中に異物が混ざってないかとか、薬のカプセルの中にほこりが入ってないかとか。そのようなかたちで、すでに日本でも使われています。

ただ、一般的に製造工場は企業秘密の塊です。インターネットもつないでいないことも多い。そのため、なかなか事例としては出てこないんですけど、今、日本では多くの製造業がAIに取り組んでいます。

IoTをビジネスとしてスケールさせるには

――IoT市場におけるビジネスの難しさはどんなものですか?

太田:IoTビジネスは、一般的にARPUが低くプロフィットマージンが薄いので、どうやってスケールさせていくかが重要です。

先ほどもお話ししたように、今はみなさんカメラと無線で映像を運んでやっているんですけど、やはりエッジ型モデルで分析結果だけを送って、一回あたりの通信費用を抑えながら大量に送るることがすごく重要になります。

――AI処理にはデータを取得して、蓄積して、学習して、デプロイして、推論して再学習するというようなパイプラインがあると思います。エッジ型モデルではどのあたりまで実行できるのでしょうか?

太田:いまはAIモデルの実行がメインですが、システムの作り方だけなので、再学習を含むパイプラインにも使われるだろうなと考えています。今までディープラーニングはR&Dフェーズでしたが、今年度からは本格的に実用化フェーズが立ち上がってくると見ています。

マイナス30度でも耐えうる「AI BOX」の特長

――「AI BOX」にはどのような特長があるのでしょうか?

太田:「AI BOX」には屋内型と屋外型の2つがあります。特長としては、まずディープラーニングを高速処理するためのGPUには、NVIDIAの「Jetson TX2」という組み込み型のモジュールを内蔵しています。

あとはカメラと「AI BOX」をPoE(Power over Ethernet)でつなぎます。Ethernet経由で給電できるので、カメラは「AI BOX」に接続するだけです。

――「AI BOX」1台でカメラを動かすことができるんですか?

太田:はい、それだけではありません。HDMIが外出しされているので、先ほどの実証実験のようなデジタルサイネージ連携もできます。

また、環境性能が非常に重要なので、動作温度はマイナス30度からプラス60度ということで屋外に置いても大丈夫です。

例えば、食品工場では製造ラインを水で洗ったりするので防水のほうがいいという話もありますし、高い防塵性能も備えています。さまざまな気候に耐えられるということで、「IP67」という非常に高いレーティングになっています。

あとは、落雷対策ですね。屋外ではけっこう雷でやられてしまうので、サージプロテクションを備えています。

LTEやWi-Fiのネットワーク接続やソフトウェアのアップデートもできます。先ほど、再学習の話がありましたけど、再学習してこちらからまたアップデートをかけることも当然できるわけです。

分析結果だけ送るパターンもあるし、防犯などになってくると実際に犯人の画像を人間が見なければいけないので、実データを記録するとか。再学習用にサンプルデータをたくさん集めるとか、認識率を上げるためにたくさんサンプルデータを集めるとか、そのようなこともできます。カメラのPoE以外にもう1個LANのポートがあるので、固定網との接続もできます。

それからLTEモジュールが搭載されています。うちは今、国内用で展開を始めるのですが、海外用の場合は海外用のLTEモジュールに交換すれば動きます。

やはり一時的にAI BOXにデータを貯めておくストレージもたくさん必要というお客さまもいるので、標準で128ギガを搭載しています。I/Oはこのようなかたちです。

独自開発した「AI BOX」の優位性

我々はインフラ周りでストレージとAIの実行環境用の箱を提供していて、この上にお客さまのほうで好きなフレームワークやアプリケーションを組んでいただくと。

最近は大企業のR&D部門が「ディープラーニングおもしろそうだ」「社長に言われたりするし、何かやらなきゃいけないな」ということがけっこう多いので、自分たちでやっているとか。

今うちはクロスコンパスやABEJAをはじめとするAI開発企業との協業を進めているんですけど、当社自身にもいろいろなディープラーニングの開発のお話をいただいています。 

欲しいというお客さんがどんどん増えてきて、「ちょっとやばいぞこれ……」というくらいで(笑)。うれしい悲鳴なんですけどね。

――どのような業界からの引き合いが多いのでしょうか?

太田:今は製造業からの引き合いが一番多いです。やはり主な導入事例は製造業になるというのは、AI関連の会社がみんな考えていることです。

今、いろいろなクラウドサービスがありますけれども、製造業の工場などはクラウドに接続できないケースが多いんです。そうなってくると、工場に我々の「HYPERSTORE」を置いて大量のデータを貯めて、さらに「AI BOX」でディープラーニングのモデルを実行するという組み合わせが一番いいわけです。

AI開発の会社にも事情があって、これまでは「Amazon S3」などのパブリッククラウドにデータを貯めて開発していましたと。ところが製造業や工場に移った瞬間にクラウドにデータを預けられないから「どうしたらいいんだよ」と言われていると。

そこで彼らも「HYPERSTORE」と「AI BOX」のような組み合わせで売りたいと思っているということで、ABEJAやクロスコンパスなどとは、相互補完で、Win-Winの関係になるというかたちです。

重要なのは我々はAIの会社じゃない」ということです。それは常に声を大にして言っている。「AIを実現するインフラを提供する会社です」と。ベンチャーですので集中することが生き残るために重要です。そのため自分たちのコア事業に対する考え方をぶらさないことについては徹底しているんです。