「アーティスト in 銭湯」の2つのルール

大黒健嗣氏:アーティスト in 銭湯とはどういうことか。「解体前(復元不要)の部屋をアトリエとして利用する」。もう1つ、「月に1度アーティストが入れ替わる」ということをルールにしました。

それから、「アトリエを用意しますよ」というのと、プロジェクトからプレゼントというかたちで、銭湯チケットをお渡しする。代わりにアーティストからは、「小杉湯アートコレクション」なる小杉湯アートの制作をお願いする。それから、高円寺でなにかしらのプロジェクトを立ち上げてもらう……みたいな、アーティストが仕事として、アトリエを無料で提供してもらったり、銭湯に入れる代わりに等価交換を行うと。

それから月に1回、「私は何者かということを知ってもらうための、オープンアトリエを開催してください」ということを、アーティストとスペースとの交換条件にしました。

5月は、さっきの写真で出てきましたけど、小田佑二というアーティストが入って制作したり、結果的に外壁を描くプロジェクトに繋がったりということがありました。

6月の腹黒ピカソとラッカという……カップルなんですけど、男女で入って。この彼女は、「部屋の中に描けるんだったら描きたい」ということで、部屋の中に全部、絵を描いちゃったんですね。そんなことをしたりとか。

もう1人のラッカ君は、銭湯の音を録ってそれをサウンド・インスタレーションのように。録音した音を、アンビエント音楽にして、この空間の中でオープンスタジオを、展示会のようなかたちで使いました。

イアン・アンダーソン。彼はこの迷路みたいな絵を描いてるんですけど。

彼はサンフランシスコから来ていて、たまたまいいタイミングで出会って、自分のスペースとして使うという。そんな感じで、海外からのアーティストのレジデンスとしても機能しました。

それからこのWhole9というのは、大阪から来たアーティストで、さっき見せたミューラルプロジェクトですね。これを描くことが決まっていて、それに合わせて銭湯に暮らしてもらうというような活用の仕方をしました。

さまざまなアーティストとのプロジェクト

これはtAt、平山達也というアーティストです。

その後10月に「座・高円寺」という、高円寺の杉並区立杉並芸術会館での展示会が、僕の企画で決まっていて、彼が目玉のアーティストの1人でした。写真で見ると小さそうなんですけど、壁が3.5メートルくらいあります。100号っていったらこのスクリーンぐらいのサイズなんですよ。大きいサイズの作品を集中して作るための場所になる。それで彼は1ヶ月それを描いてました。

それから、Saqui Hotate……今日も来てるんですけど(笑)。

Hotateちゃんに関しては、これは彼女が描いた壁画じゃないんです(注:artist:SAL, JONJON GREENの作品,TokyoMuralProject)が、ちょうど彼女が入居した10月にこのプロジェクトが重なっていて。彼女と彼女の旦那さんでアーティストの高橋洋平君が一緒に高円寺に引っ越してきて、「なにか一緒にこれからも、近所でやっていきましょう」というタイミングだったので、銭湯ぐらしに入ってもらったんですけど。結果、この制作のアシスタントがめちゃくちゃ必要で。

彼女にはこの作品の制作助手として入っていただいて。彼女はこれにおいては……もうこんな、30メートルの高所作業車に乗って、こういう……(建物に描かれている白い)ヒゲって呼んでいる、ここのひゅっひゅっ、って部分を担当してもらったんです。

結果的には銭湯にあまり行けないぐらい、毎日現場の虎ノ門通いだったんですけど(笑)。彼女の場合は、銭湯ぐらしプロジェクトに関わりながらこの壁画のプロジェクトに入って来たことを、日記というかたちでまとめて、文字にしてアウトプットしています。

それから、苦虫ツヨシというイラストレーター。

これはうちのホテルのエントランスなんですけど、展示会をやるのに準備するにあたって高円寺に入ってくる窓口になった。今後のプロジェクトとしては、彼と小杉湯オリジナルのハンドタオルみたいなものを作ろう、というプロジェクトを立ち上げたりしてます。

12月は、10月にあんまり中に入っていただくことが、僕のせいでできなかったSaqui Hotateさんがもう1回入って。最終的にこのプロジェクトはなんだったのかということを2人で語り合いながら、めちゃくちゃたくさんの絵が描かれている……それぞれ入ったアーティストがみんな描いちゃった部屋を、一旦ぜんぶ真っ白にするということをやったり、ここの終わり方を考えながらこの部屋に向き合っています。

コミュニティの中にアーティストが入るとランダムが発生する

そんな感じでアーティストと交流しながらなにが起きたかと言うと、これは別に銭湯ぐらしに関わることだけじゃないんですけど、コミュニティの中にアーティストが入ってくるとなにが起きるかと言うと、ランダムが発生するんですよね。予定不調和な要求がけっこういっぱい来るんです(笑)。

それに対応することで、我々がやってることはなんなんだろうかとか、改めて問い直すことができるというのは……アーティストが入ってくる上で、プロジェクトの中でおもしろいことだなと思ってます。

それから、アーティストのネクストステップが生まれた。例えばさっきの小田佑二君っていうアーティストが、小杉湯の湯パートに絵を描いたことで、結果的に別のオーナーさんが「うちにも描いてくれ、あのアーティストがいい」ということで、パーマネントに残る壁画に繋がったりとか。さっきの苦虫ツヨシのように、小杉湯のオリジナルのグッズとしてタオルを作りましょうみたいな。そういうことで、いろんな仕事に展開してるというのもあります。

これはある意味月並みな答えで、たぶんこういうことが生まれるだろうなというのは予測していたんですけど(笑)。

僕の中で決定的におもしろかったのは、この銭湯のある暮らしの初体験をアーティストがしたということなんですよ。ふだん銭湯って入るけど、好きだけど、やっぱり1ヶ月に20回は入らないですよね。それが20枚チケットをもらったんで……見えないけど強制的な感じで(笑)、20回銭湯に入るわけです。

僕もまぁ、銭湯に入ることになりましたよね。それによって「銭湯ってなんだ?」ってことを、アーティストなりに……もしくは僕なりにアートプロジェクトのプロデューサーとしての視点で、「銭湯ってなんだ?」ということを考えるきっかけになったというのが、実は1番でかかったなと。

それで、なにを感じたか。結局は、まず真っ裸で、かつオフラインで、気持ちいい時間を共にするってことなんですよ。真っ裸でオフラインってほかにないんですよね。それがどういうことに繋がるかって言うと、銭湯のある暮らしっていうのは、つくらない時間なんじゃないか。もしくは、リアリティを体験する時間のある暮らし。

銭湯は、「つくらない時間」が作られる場所

このリアリティのある体験っていうのは、誇張表現としてのリアルじゃなくて。僕の場合、バーチャルリアリティやARとかMRとか、そういった技術が当たり前に存在しているような状態の未来の中で、「リアルってなんだ?」みたいなものが、都市を形成していく上ですごく重要なテーマだと思うんです。

現実空間にしか都市は作れないので。もちろん仮想現実の中にも都市は作れますけど、東京は現実空間の都市ですよね。その中で、やっぱりリアルなもので戦うことでしか、都市の価値というのは見出せなくなってくるんじゃないかなというのが、僕の考えで。

そういう意味で銭湯のある暮らしというのは……さっき言ったオフラインであったりとか真っ裸で体験するというのは、めちゃくちゃリアリティが強いというのを、非常に強く感じたんですね。

「つくらない時間」というのはどういうことか。もうちょっとさっきの話を補足していくと、常に作り続けられて、常に繋がっているこの時代。携帯電話で、みなさん今写真を撮ってますけど、持っていたらずーっとFacebookやMessenger。お仕事が忙しい方は、新しいプロジェクトのスレッドが立ち上がって、連絡が1時間に何件も上がって来てひぃひぃ、みたいなことが。とくにフリーランスで仕事をしているような人にとっては、当たり前の時代。

もしくは、芸術思考的なクリエイティビティが求められる中。もっとものづくりの発想を広げてデザイン思考的に、そしてその先にあるのは芸術思考的に……考えて、なにか作ろうよということが、ある意味強迫観念的に求められているような時代。

その中で、なにもしない、どこにも繋がってないという時間を作るって、すごく難しいことになる。だからこそ僕は、ヨガとか瞑想といったものや、旅の体験みたいなものがブームになってきたりしたのも、ある意味そういうことに繋がってくるかなと思うんですけれども……つくらない時間を作ることは、すごく難しくなっている。

そういう中で銭湯は、裸で、通信の途切れた場であり、みんなが体を洗い心を癒す目的で訪れる。つくらない時間が作られる場所であると考えました。

東京はインスピレーションのオアシスとして機能していく

僕がアートプロジェクトの中で考え、取り扱おうとしているものは、「未来芸術」ってことなんですよ。これは言葉だけだと、なんかお台場でイベントをやっていそうなタイトルなんですけど……未来都市において重要なピースになる、モニュメントになる未来芸術というものはなにか。

これはさっき話したとおり、インスピレーションのオアシスとして、東京は機能していくんだろうなと。というか、たぶんそれしか生き残る方法がないんじゃないかくらいに考えているんですけど。というのは、僕らはエンターテインメントを考えているので、もちろんそのバーチャルリアリティの中で起きることというものを想定してるんですね。

さっき言ったとおり、10年後は都市がすごく活発になって、情報化が進んで、すごく効率が良くなって、美しくなって、というふうに今の都市がバージョンアップすると言うよりは、仮想現実空間のエンターテインメントがより重要になって、そっちでぜんぜんいいじゃんみたいな。

家にいても、NetflixとかAmazon Primeとかが繋がってたらめちゃくちゃ映画を見れるし、外に出るにはそれなりに理由が必要になってくる。外に出るということは……とくに東京に外から訪れるとか、もちろん住んでる人たちにとっても、現実空間で起きることというのは、基本的に直接的な人との出会いなんですよ。

そこで得たいものの1つは、おそらく偶発的で解像度の高いインスピレーションなんだと思うんです。説明できるような情報の交換は、今でもおそらくMessengerで成り立つので。別に田舎にいようとほかの街にいようとできるんだろうなと。そんな中で、実際に都市空間の中で得たいものというのは、直接的じゃないと得られないようなインスピレーションがあふれているもの。クリエイティビティによって生まれたインスピレーションがあふれているもの。

近所の人と繋がるというリアルな体験

じゃあ、それはなにで作られるかと言うと……そのときに芸術が機能するというか、より街の人にとって大切なものとして生きてくるだろうなと思っています。

インスピレーション・オアシスというものを未来都市として設定した場合に、「銭湯ってなに?」って考えたときに、「気持ちいい」という体感を共有したりとか、近所に住んでいる人とのネットワークに繋がるということが、ほかにはない体験であって。さっき言ったように、リアルな体験ですよね。裸になって、オフラインでお湯に浸かるという、めちゃめちゃリアルな体験ができる場所。

今までの銭湯は、戦後の復興で作られていって、ばぁーっと伸びていった銭湯は、お風呂がない家で暮らす人たちにとって、お風呂が必要だからお風呂ができて、お風呂の周りに街ができてきて、というようなかたちで広がってきたのが銭湯なんです。

ただ、僕が考えるこれからの銭湯の在り方というのは、未来都市における娯楽施設としておもしろいものになっていくんだろうな、と思ってるんですね。今までで言ったとおり、リアリティというものがより現実空間にある娯楽施設の中で求められる比重は、これからもっともっと上がってくると思うんです。

それはさっきも言ったとおり、旅の体験で作ろうとしてることも同じで。かつホテルというのは宿泊する場所なので、どういった睡眠に至るか。それを考えることも面白い。エンターテインメントの内容が、バーチャルリアリティでは体験できないことをやろうとするようになったときに、実際に体で感じるもの、体が動くもの、体が反応するものに、より重要度が増してくる。そういう未来の中で、睡眠というのもおもしろい。

銭湯は、現実空間にある未来都市の象徴になっていく

そういう意味で銭湯というのも、都市空間の中にありながら完全にオフライン化して、真っ裸になってお湯に浸かるというアクションのおもしろみというのは、未来がどんどん思ったとおりに進化していくと、より現実らしい現実であって、よりそこに価値が生まれてくると。

ある意味、現実空間にある未来都市の象徴のようなものになってくるのではないかというのを、今考えています。なので、かつては銭湯の周りに街ができてきたように、改めて未来都市の空間の中で……移動手段としての駅とか、ビジネスがいっぱいあったり工業があったりとか、そういう機能としての都市じゃなくて、インスピレーション・オアシスとしての都市。その都市において銭湯というのは、より大事になってくるんではないかという。

非常に妄想劇のようなトークでしたけれども(笑)。今、僕はそういう意味で、銭湯がすごくおもしろいなと思っています。以上です。

(会場拍手)

平松佑介氏:はい、ありがとうございます! 僕らは「あんちゃん」と呼んでるんですけど、彼との出会いは大きくて。この「アーティスト in 銭湯」をきっかけに、僕の銭湯の価値観というのも大きく変わりました。