起業家がビジネススクールに通う必要はない

ポール・グレアム氏(以下、ポール):さて、質問タイムにしましょう。

司会者:事前にクラスの皆にオンラインで投票してもらいました、最も投票数が多かった質問が2つあります。技術者ではない創設者が、最も効果的にスタートアップに貢献する為にはどうしたらいいですか?

ポール:例えば、コテコテのテクノロジースタートアップではない場合や、何かに特化したスタートアップの場合を考えてみましょう。Uberを例に取ります。技術者出身ではない創設者がリムジン・ビジネスのプロだった。

すると実際多く仕事をしなくてはならないのは技術者ではなく創設者です。リムジン・ビジネスに精通した創設者がドライバーを募ったり、他にもUberを上手く機能させる為にやらなくてはならないことを全てやっている間、技術者出身の創設者がやるのはiPhoneやアンドロイドのアプリをつくること。

これは技術者出身ではない創設者の仕事量の半分以下です。もしもコテコテのテクノロジースタートアップである場合には、技術者ではない創設者はセールス担当になります。コーヒーやチーズバーガーをプログラマーに配ったりとか。

(会場笑)

司会者:生徒の中から質問者を選んでください。

ポール:OK。そこのあなた。どうぞ。

生徒A:起業家を目指す人にとって、ビジネススクールに行くことに価値があると思いますか? もし価値があるのであれば、それはどんなことでしょうか?

ポール:2番目の質問には答えられないな。つまりそれが最初の質問の答えにもなってしまうわけだけど。

(会場笑)

ポール:基本的には答えは「ノー」です。ビジネススクールとはビジネス・マネジメントを学ぶ場ですよね。そして皆さんがビジネス・マネジメントのスキルを必要とするのは、立ち上げたスタートアップが成功した時だけです。

Apple が働き方の選択肢を変えた

ポール:まずは、プロダクトを発展させることに意識を集中させましょう。学校で学びたいと思うのであれば、デザイン学校に行った方がよほど有益でしょうね。スタートアップのやり方を学ぶには、とにかくやってみるしかないのです。

昔、私がまだものがわからなかった頃、皆さんにこうアドバイスしていたことがあります、「スタートアップを始める前に、どこかの企業で2、3年働いてみること」と。でもそれは間違っていました。とにかく挑戦してみる、始めてみる、やってみるしかスタートアップについて学ぶ方法はありません。

上手く行かないかもしれない。しかし、実際にやってみるとものすごいスピードで様々なことを学ぶでしょう。質問への答えは、「あまり役立ちません」。ビジネススクールも頑張っています。でも彼らの教える目的は大企業で優秀に立ち回ることができる人を育てることです。

「安定した大企業に勤める」、さもなくば「地元の小さな靴屋で働く」、昔は働き方にはこの2択しかありませんでした。そこに「Apple」誕生です。Appleだって地元の小さな靴屋並みに小さなところから始めたにも関わらず、巨大企業に成長しました。彼らはこの世界に新しい価値観を生み出しました。既存のやり方に囚われず、やりたいことをやりたいようにやる。

初期メンバーは創設者と同じ立場にあると考えるべき

生徒B:マネージメントはスタートアップが成功してから心配すればいいという話がありましたが、初期段階で雇い入れる2、3人を管理する必要があるのではないでしょうか?

ポール:理想的には、まず軌道に乗ってからその最初の2、3人を雇いたいところですよね。サムが先日、初期段階では雇うことを考えない方がいいという話をしていなかったっけ? 理想は、出来るだけ長いこと2人も3人も雇い入れないで、出来るだけ少ない人数でやっていけるようにすること。

スタートアップにおいて1番最初に雇う人は、ほとんど創設者と同じ立場にあると考えてください。創設者と同じ夢や理想を抱いている人を最初に雇い入れる人として選ぶべきであり、「管理」する必要がある人を選ぶべきではありません。初期メンバーは仲間ですから、上からあれこれと管理する必要はないはずです。

生徒B:つまり、創設者が細かく管理せざるを得ない人は初期チームには入れない方が良いということでしょうか?

ポール:「絶対」にそうであるとは言い切れません。例えば皆さんが物凄い最先端技術を必要としていて、彼にしかその仕事は出来ない! というような優れた人がいる場合、そしてその彼は自分の仕事以外のことにまったく興味がない、自分の口の拭い方も知らないような場合、彼を雇って始終彼の口を拭いてあげるのも有効な手かもしれません。

しかし、基本的には自発的になんでもやる人を初期メンバーとして迎えるほうが良いでしょう。創設者と同じ目線を持つ初期メンバーが必要です。

起業家は常に最悪を想定すべき

生徒C:今の私達の時代はバブル期だと思いますか?

ポール:その質問には対しては2つあります。まず、ここにいる皆さんの為になる質問をしてください。皆さんスタートアップの始め方を学びに来ているのです。皆さんの為になる情報が私のこの頭の中にたくさん詰まっているのですから、他に何を質問していいのかわからないので、とりあえずそれを聞く報道関係者のような質問はしないでください。

でもまぁよいです。質問に答えましょう。物価が高いだけであることとバブルであることは違います。バブルとは人々がそれを高値であることを知りながらも、支払った分を充分回収できることを見込んでバカらしいものにでも金を使い、結果的に高値が続くという状態です。

これがまさに90年代に起こったことです。ベンチャーキャピタルは当時特段優れていないスタートアップにでも投資し、それらの株式公開が出来ると信じ、最終的には損失を抱える前に彼らの失敗のすべてを個人投資家に押し付けました。

私は当時この騒動の真っ只中にいましたからね。当時と今の時代は違います。高価格、高評価ではありますが、それをバブルと呼ぶとは限りません。どんな商品にも値段のアップダウンがあります。価格が上がっていることに間違いはありません。

次もこんなに簡単に資金が集まると思わないほうがいいぞ、と創設者にはよく言っています。未来は誰にもわかりません。中国の経済が破綻して、世界中に不況の波が押し寄せるかもしれません。常に最悪を想定しておきましょう。今の時代はバブルであるか、という質問に対する答えは「ノー」です。

複数のスタートアップを同時に立ち上げるべきか

生徒D:多くの若い起業家達が、成功する会社をひとつのみならず20もつくろうとするトレンドがあるように思います。

ポール:IDEOのことかな?

生徒D:いいえ、Idealabやギャレット・キャンプの新しいものとか……。

ポール:あぁ! スタートアップのスピンオフに繋げる為にラボを始める新しい動きがありますね。上手いやり方かもしれません。ツイッターもそうして生まれましたから。ツイッターが始まった当初は、今の「ツイッター」ではありませんでした。

ツイッターもまたサイドプロジェクトだったのです。もともとOdeoという会社でポッドキャストビジネスに繋げる目的で施行されていたサイドプロジェクトでした。

ポッドキャストとビジネス? 上手く行くと思いますか? エヴァンはその答えが「ノー」であることを世に知らしめましたね。サイドプロジェクトが本来の目的よりも大きくなるという下剋上が起きました。サイドプロジェクトからスタートアップとして大きくする方法は上手くいくか? 

然るべき人がやればツイッターのように成功するでしょう。しかし皆さんは出来ませんよ。だって皆さんが自分で資金を出してやらなくてはならないのですから。

資金集めのためには、とにかく実績をつくること

生徒E:女性の共同設立者が資金集めをする場合、何かアドバイスはありますか?

ポール:おそらく男性よりも女性のほうが資金集めに苦労するというのは本当でしょう。私自身もそれを見てきましたし、ジェシカがこれから多くの女性創設者のインタビューをまとめたものを発表するのですが、そのインタビューに答えてくれた女性達自身も女性だからという理由で資金集めに苦労するであろうと覚悟していたと言っています。

資金を集める為に何をすべきか、私が話したことを覚えていますか? スタートアップをまずは上手く軌道に乗せるのです。特にベンチャーキャピタルが考える理想的な形にまだ追いついていない場合には。

つまりこの質問に対する答えは、実績をつくること。どの会社かは明かしませんでしたが、1、2年前にとある会社の成長率を表すグラフについてツイートをしたことがあります。その会社は実は女性創設者が経営するスタートアップで、資金集めに頭を抱えていました。

しかしその会社の成長率は素晴らしかった。私はベンチャーキャピタルが「この素晴らしい会社は一体何者だ!?」と騒ぎ出すことを狙って彼女の会社についてツイートしたのです。業績データに性差は関係ありません。

つまり先にデータを見せれば、性別は関係なくなります。一生懸命やって、まずは結果を出してください。これはどんなケースにも該当するアドバイスです。

興味があることを追求すべき

生徒F:もしもあなたが今大学生だったならどんなことを学びますか?

ポール:今大学生だったら? 文学理論かな。いや、冗談です。

(会場笑)

ポール:そうだな。物理学に挑戦するかもしれません。物理をやっておけばよかったと思うことがあります。私が子供の頃は、コンピューターがもてはやされていましたから……今もそうですよね? コードを書くことに夢中になりました。ベッドルームにいながらすごいプログラムを組むことが出来るんですからね。

アクセラレータは無理でしょうけど。いや、もしかしたら皆さんなら出来るのかもしれませんが。そうですね。物理学でしょう。なんだか物理のほうに目が行くんです。なんの話をしているのかわからなくなってきましたね。この話、スタートアップを始めるのに役立ちますか? でもそうだった。私が言ったんですよね、「興味があることを追求しろ」って(笑)。役立つかどうかなんて関係ないですね。いつか役立つことでしょう。

仕事を効率よくこなすための2つの方法

生徒G:こうすれば仕事やプライベートがいつも生産的にうまくいく、という要因は何かありますか?

ポール:子供を持つということは能率よく物事をこなしていく良い方法だと思います。自分の時間が限られるからです。限られた時間で多くのことを片付けることができますよ。

(会場笑)

ポール:実は同じことを子供を持つ多くの創設者が言っています。子供がいる為、時間が限られている。つまり集中して一気に物事を片付けていく以外に、やることすべてを終わらせる方法がない。

でも自分がフォーカスして効率よく仕事をしていく為に子供を持つ、というのはお勧めしませんがね……。

(会場笑)

ポール:でも実は私は自分自身が効率よくやるタイプであるとは思いません。私がやらなくてはならないことを片付ける方法は2つあります。Yコンビネータ―での仕事ができたのは「必要に迫られた」「やらなくてはならなかった」からです。

まず申込みの締め切り日を設ける、たくさんの応募が届く、そしてそれに対して決められた日までに返信をしなくてはならない。返信する為にはすべてに目を通さなくてはならない。適当に読み流してしまえば、成功しないスタートアップを世に生み出してしまう。

なので、私はどれもしっかりと目を通しました。つまり物事を成し遂げる為に「やらなくてはならない状況」に自分を追い込んだのです。それとは別にエッセイを書く仕事もしています。自然と書けるのです。道を歩いていると頭に文章が浮かんでくる。

つまり、私はあまり気が乗らない仕事を「やらなくてはならない状況」に自分を追い込んでやり遂げる、またはわくわくすることに自然と集中して取り組んで終わらせてしまう、このいずれかの方法で仕事を終わらせています。

効率よくやる為のテクニックは持ち合わせていません。ごめんなさいね。自分がやりたいこと、わくわくすることをやる時は効率を上げる為に自分を追い込む必要はありません。

数値化出来ないことやれ

生徒H:サイドプロジェクトをスタートアップにするのに最も適した時期はいつでしょうか?

ポール:それはその時が来れば必ずわかるはずです。自分の時間のほとんどをそのプロジェクトにつぎ込むようになったらそれがサインです。「やばい! これはただのサイドプロイジェクトのはずなのに1日これで潰れてしまった! このままだと今取っている単位全部落とす! どうしたらいいんだ!」という具合にね。こんな時が来たらそれは取り組んできたプロジェクトが成功するスタートアップに化けつつあるかもしれないということです。

生徒I:スタートアップが波に乗り始めると、それを自分で感じることができるということについて、これまでもお話されていることは知っています。多くの場合それは白黒はっきりつけられないと思うのですが。例えば、ユーザーはいるけれども急激に成長しないとか。時間や資金をどのように配分したらいいか等、成功と低迷の中間にいる場合のアドバイスをお願いします。

ポール:エッセイ丸々使って答えを書いているよ! 君は配布された事前予習資料を読んでいないね! 答えは「数値化出来ないことをしろ」です。私のエッセイを読んでください。答えはそこにすべて書いてあります。そこに書いたことをここですべて思い出すことは出来ないので。

(会場笑)

アイデアを思いつく素質があるかを見極める方法

生徒J:インキュベーションに参加すべきではないスタートアップは?

ポール:後に失敗することになるスタートアップでしょうね。

(会場笑)

ポール:もしくはたとえ後で成功するとしても、その人物が嫌な奴である場合。一言で言ってしまえば、参加すべきではない例が思い浮かびません。創設者の多くが他の多くの創設者と同じような問題を抱えていることに驚きます。

取り組み分野が違っても抱える問題は似たようなものばかりです。YCでは分野に特化することなく、多くの創設者が共通して抱える問題を解決する為のお手伝いをしています。

生徒K:先ほど「重要なことを学べ」というアドバイスがありましたが、どのようにして「重要」かどうかを見極めるのでしょうか?

ポール:テクノロジーがフラクタル、多角形型に広がっていると考える時、すべての角が画期的でおもしろいアイデアだと思ってください……って、さっきも言いましたね……わかりません! 

どのようにしてそれが重要であると見極めるか、これはエッセイが1本かけるくらいに考える必要があるテーマです。答えはわかりません。これについて議論するエッセイを書くべきですね。

でも、皆さんに面白いアイデアを思いつく素質があるか無いかを見極めるテクニックはありますよ。皆さんがつまらない仕事をやることに苦痛を覚えるかをみます。例えば言語理論を勉強するだとか大企業で中間管理職をやるだとかです。

こういったことに耐えられる人は、自分をコントロールする能力にものすごく長けている人である、または今までこの世に存在しなかった画期的でわくわくする面白いアイデアを思いつくタイプの人ではないということです。次で最後の質問にします。

気の合う仲間と起業すると多様性がなくなるのでは?

生徒L:スナップチャットについてどう思いますか?

ポール:スナップチャット!? なんで!? 私達は彼らに投資していないですよ!(笑)

(会場笑)

ポール:次の質問を最後にすることにしましょう(笑)。

(会場笑)

生徒M:気に入っている人を、自分と似たような人ばかりを仲間に入れたら多様性が無くなり、ブラインドスポットが生まれるのでは?

ポール:スタートアップを始めると、予定通りに進まないことがたくさん出てきます。完璧に計画通りに進めることは出来ません。皆さんが既に良く知っていて信頼を置いている人、皆さんと似た価値観を持っている人を雇うことで生まれるプラスは、それによって生まれるモノカルチャーに起因するマイナスをはるかに超えます。

成功する会社を見てみてください。大学時代の仲間ばかり集めてやっている会社があるはずですから。では今日はここまでです。皆さんありがとうございました。