空中浮遊の科学

ハンク・グリーン氏:空中浮遊。超能力や魔法の世界では定番のスキルですが、まったくの空想というわけでもありません。

現実の世界でも、電車からちょっとしたおもちゃまで、磁石を使って空中に浮かべられるものはいろいろあります。

ですが、磁性体ではない物質、例えばこんな上着のような有機物を、ハーマイオニー・グレンジャー(注:『ハリー・ポッター』シリーズの登場人物)やジーン・グレイ(注:『X-MEN』シリーズの登場人物)のように浮かばせられるというわけではありません。

浮かべるためには磁気浮遊という現象を利用します。科学者たちがスーパーヒーローになるわけではありません。工業や研究の分野において大きな可能性を秘めている現象です。

物質を分類する際、大抵は磁性体と非磁性体という言い方をしますが、厳密には正しくありません。原子をのぞいてみると、電子はぐるぐる回りながら小さな電流の輪を作っています。さらに電気と磁気の関係によって、電流は電子ごとに磁界を生み出します。

ほとんどの環境ではこうした磁界の向きはランダムなため、お互いに打ち消し合います。

ところが別の磁界の中に置かれると、電子に別の力が加わります。

これは電子の向きを実質的に変えてしまい、原子は新しい磁界に対して反発する方向に小さな磁界を形成します。

こうした作用は反磁性と呼ばれ、磁界はお互いに逆方向へとはたらくため、非常に小さな斥力が生まれます。

木製のブロックから鉄の棒磁石に至るまですべての物質がこの特性を持っていますが、反磁性は磁性の中でも最も弱い種類のものです。

ほかにも、新しい磁界を作った磁石に原子が弱く引き寄せられる常磁性体や、「磁性体」と言われたときに一般的にイメージする強磁性体があります。

鉄、ニッケル、コバルトといった強磁性体の物質は、別の磁界から離れたとしてもそれ自体に磁界が長く残り続けます。常磁性体も弱いとは言え、強磁性体と同じく反磁性体よりは強力な磁界を持ちます。

ですが、反磁性体の性質にも興味深い点があります。反磁性体が磁界にさらされて斥力が生じている時は、浮上する力が働いています。これはつまり、重力によって下に引き寄せられる力に反発して、磁界によって持ち上げられる力がはたらくということです。

これは1939年、ワーナー・ブランベックによって初めて実証されました。彼は電磁石、つまり渦巻状にした電線に電流を流すことで作られた一時的な磁石を用いて、黒鉛とビスマスの小片を浮かべました。しかし、研究者たちは1990年代までこの実験を忘れていました。

理論的には空中浮遊は可能?

その間、研究者たちは超電導、つまり超低温にした物質が磁界を遮断する効果を調べていました。浮かび上がらせることはできていましたが、彼らは量子力学の不思議な特性を利用して、外部からの磁界の中で物理的に「固定」させていました。

これ自体とてもおもしろい現象ですが、反磁性を利用した常温での磁気浮上ではありません。

研究が再び起動に乗り始めると、研究者たちはあらゆるおかしなものを乗せて実験し始めます。ヘーゼルナッツ、ピザの切れ端、カエルや10グラムのネズミといった動物もです。

こうした動物を浮かばせるために必要な磁界の強さは、冷蔵庫に貼り付けてある磁石の1000倍、16から17テスラで、しかもこの実験によって悪影響は一切生じませんでした。それに物体が浮かび上がるのを見るのは研究者たちにとっても純粋に楽しいものだったでしょう。

その気があれば反磁性体の浮遊実験を自分でやってみることもできます。L字の鉄製の棒、ネオジム磁石、黒鉛でできたシャープペンシルの芯を用意します。

うまく設置できれば、芯が磁石から数ミリ浮き上がります。

ですが本当に知りたいのは、反磁性体を使って自分自身を浮き上がらせることができるのかという点です。

答えはイエスです。理論的にはできます。

フロリダにある、米国国立磁場研究所で磁石を設計している研究員によれば、稼働させるために1ギガワットのエネルギーを消費し続ける、45テスラの記録を持つハイブリッドマグネットよりわずかに弱い磁石で可能になるそうです。

有望に聞こえるかもしれませんが、この超強力な磁石を活用した実験を行えるスペースは10センチメートルしかありません。かなりキツキツですね。

反磁性体の磁気浮遊を使っていつでも浮き上がるのは無理なようですが、見た目にすごいというだけでは終わらない別の活用方法もあります。

その1つは、潤滑油やボールベアリングを使って摩擦を極限まで減らした輸送方法に使われています。磁気軸受はリニアモーターカーなどですでに使われていますが、複雑な電気技術や継続的な電力供給が必要です。

そこで反磁性体が低コストの選択肢として考えられています。また磁界の中にある周回軌道上の人工衛星を制御するためにも用いられています。

研究者たちは黒鉛のような反磁性体の物質をレーザーによって操作し、惑星の磁場環境で宇宙船を制御する仕組みを開発しました。

さらに研究の分野においても、反磁性体による磁気浮遊は原子や分子レベルで作用するため、地球上で無重力下でのシミュレーションが行えます。

完全に再現できるわけではありませんが、微小な重力が流体、結晶の成長、生体組織に与える影響や、また小さな動物だけですが骨や筋肉の衰え、心血管の変化を調べるモデルを作ることができます。しかも、実際に宇宙空間で実験を行うより遥かに安く行えます。

研究者たちは、今も反磁性体の活用法を探し続けています。どのように使われるとしても、その結果はきっと素晴らしいものになるでしょう。