鉛を金に変えてしまう「賢者の石」は存在する?

マイケル・アランダ氏:みなさんが「賢者の石」という言葉を聞くと、最初に浮かぶのはもしかしたら、ヴォルデモート卿がその石を使ってパワーを取り戻そうとするのをハリーポッターが阻止するシーンかもしれません。

しかし実際には、「賢者の石」というアイデアは何千年にもわたって存在してきたものです。古代の錬金術師にとって、それは人生の究極の目標でした。つまり彼らは普通の金属を金に変えることのできる物体や方法を生み出そうとしていたのです。

彼らはよく鉛を使いました。彼らのレシピは数え切れないほど多く、錬金術師同様、奇妙でした。中には尿、骨、猫の毛を含むというものもありました。彼らは実際「変成」を成功させることができませんでした。「変成」とは、1つの成分を別の物に変換させることです。

彼らはまた、自分を不滅にできる錬金薬を作ろうともしました。彼らは「賢者の石」があればそれも可能であると考えていたのです。現在でも人類は自分たちを不滅にすることはできていませんが、ちゃんとした機械を使えば、我々は原子を違う物体にすることはできるようになりました。鉛を金にすることだってできてしまうのです。

物体はその核にある原子の中の陽子の数により定義されます。鉛には82の陽子、金には79の陽子があります。それで、鉛を金に変えるには、どうにかして鉛から3つの陽子を追い出さなければなりません。

しかしそれは簡単ではありません。核を1つに保つ力は非常に強いのです。実際、それは「The Strong Force」(強い力)と呼ばれています。もし原子の中の陽子が相互にくっついていたいと思うなら、世界中の猫の毛は分解されることはありません。しかし、陽子はいつもくっついていたいと思うわけではないのです。

20世紀初頭、科学者たちは、ある種の原子が突然他の物質に変成するのを発見しました。1903年、物理学者のアーネスト・ラザフォードとフレデリック・ソディーは自分たちのラボにあるトリウムがラジウムに自ら変わったのに気がつきました。

現在では、それがなぜ起きたのか理解できています。なぜならトリウムは放射性、つまりその核が不安定で、正電荷を帯びた陽子と中性子のバランスがよく取れていません。それを修復するために放射性核が小さな分子を放出します。それを「放射性崩壊」と呼びます。

それは全てをまとめるエネルギーを弱めるため、それにより核が安定できるようになります。放射性崩壊の中には原子内の陽子の数を変えてしまうものがあり、それにより、成分そのものも変わってしまうのです。

ソディーとラザフォードのラボでは90の陽子を持つトリウムがアルファ崩壊を起こし、2つの陽子を失ったため、88の陽子を持つラジウムに変成したのです。

きっとソディーは言いました。「ラザフォード! これは変成だ!」。ラザフォードは答えます。「ソディー、変成とは呼んではいけませんよ。錬金術師に殺されてしまう」。しかしソディーは正しかったのです。それこそが「変成」で、今となって放射性成分の中ではそれがよく見られることであるとわかっています。しかし金を作り出すのはそれとは全く異なる話です。

水銀から生まれた金の問題点

1923年、日本人の物理学者である長岡半太郎が電気により刺激されて原子が放射する光を観察して、原子の構造を研究していました。

そして水銀を金に変成するのが可能かもしれないということに気がつきました。水銀には80の陽子があり、金より1つ多いだけです。長岡は十分なエネルギーがあれば水銀の原子から陽子を引き離し、金に変えることができると確信しました。実験の際、彼のチームは水銀に1万5千ボルトの電流を流し、その残留物から少量の金が含まれるのを確認しました。

彼らの実験はドイツの研究者アドルフ・ミーテの目に止まりました。

なぜなら彼は水銀灯の残留物の中から金を見つけたからです。それでミーテは長岡の実験に修正を加え、水銀灯に電流を約200時間流し続けました。彼は金を作り出したと主張し、その方法に対して特許を申請することさえしました。しかし彼のやり方に対してとても多くの批判が集まり、他の科学者たちには彼の方法を再現することができませんでした。

1940年代になるまで、研究者たちは水銀が金になるかどうかがはっきりとわかりませんでした。彼らは原子に中性子の形で非常に大きなエネルギーを与えることにより、原子に粒子を放出させることができるのを発見しましたが、それには1つの問題点がありました。

水銀が変成してできた、金の同位体は放射性だったのです。同位体は同じ数の陽子を持つ原子ですが、中性子の数が異なります。成分は同じなのですが、軽かったり重かったりするのです。

我々が地面から採掘する金の同位体は放射性ではありません。しかし人工的に作り出す多くの同位体は放射性です。これら特定の放射性同位体は自然の金より重く、通常118の中性子のところ、119から120の中性子を持っています。それにそれらは実際、電子を放出する過程で自身の中性子の1つを陽子に変えることにより、再び水銀に戻ってしまうのです。

ですが、放射性があり、不安定で、金貨やジュエリーを作れるようなものではなかったにせよ、金であることに変わりありませんでした。

しかし、鉛を金に変えることはもっと大変でした。鉛の核はかなり安定していて、放射性になる前に多くの中性子を持つことができるため、原子炉のシールドとして使われています。しかしそれが一度放射性になると、陽子が増え、蒼鉛の同位体に変成します。

そして蒼鉛をどのように金にするかを我々は知っています。1980年代、研究者は炭素とネオン核を用いて爆発を起こし、蒼鉛のシートから陽子を追い出しました。それにより9つの異なる金の同位体が生まれ、チームは少なくとも幾千かの原子を変成したであろうと自負していました。

しかし、数千の原子など、十分ではありません。その量は1グラムの10億分の1のさらに10億分の1という微量です。それは本当に微量な宝石です。そんな微量の金を生み出すためだけに、多大な労力が払われているように聞こえるとしたら、本当にその通りです。

このような変成方法を使うために膨大な費用が用いられ、それにもかかわらず、生み出される金はごく微量です。それにその金は放射性なのです。金は近年でも高価ですが、それにしてもここまでする価値はありません。

しかし、今でもこのような実験は常に行われています。なぜならこれによりお金が稼げるわけではありませんが、古代錬金術師たちの想像をはるかに超えるほどのことを学ぶことができているからです。

例えば、1980年代後半、「CERN」は比較的軽い金の同位体の原子には異なる形があり、中にはほとんど球状のものもあり、そのほかは変形しているということを発見しました。物理学者たちはいまだに実際それがどのように可能なのかを追求しています。

ですから我々は大量の安定した金を作り出すことはできてはいませんが、「賢者の石」をついに見つけたと言ってもいいのかもしれません。いや、「賢者の粒子促進剤」を見つけたと言ったほうがいいかもしれませんね。

それによりお金儲けができるわけではありませんし、不死身になれるわけではありませんが、我々に物理について多くのことを教えてくれています。それに尿や猫の毛を使う必要もありません。