なぜ『少女革命ウテナ』の特集をしたのか

山田玲司氏(以下、山田):まずは、『少女革命ウテナ』ですが。

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乙君氏(以下、乙君):けっこう有料部分でやってたんで、総括する意味で『少女革命ウテナ』とはどういう作品なのかっていうのを玲司さんに解説していただいて。

山田:これね、言っとかなきゃいけないんだけど。この企画、リクエスト企画なんだよ。『エヴァ』をやってくれって言われてやったら、けっこういけんじゃんって言って、「次なにやったらいいの?」っていうのを番組で聞いたじゃん。

それで出てきたやつで『ウテナ』だったんだよね。それでちょっと食べやすそうかなって一瞬思っちゃったんだけどね。

乙君:そうですね、『輪るピングドラム』が一応実質1位なんですよ。あのとき。だけどその前の作品が『少女革命ウテナ』だったから、同じ監督なら順番に見たほうがいいかなみたいな感じで確か選んだと思います。じゃあまず『ウテナ』から、みたいな感じで。

山田:そうそう。『まどマギ』案件だと、このあとやりますけど大変そうじゃない(笑)。

乙君:『まどマギ』が?

山田:そう。『まどマギ』大変そうじゃん。

乙君:俺……まあいいや。うん。

山田:ナメてたの、ちょっと。ウテナ。

乙君:ナメてた!? ウテナをナメてました?

山田:大丈夫だろと思って。まずは言いたいことがある。

乙君:はい。

山田:ありがとうございます。

一同:(笑)。

乙君:そのパターン多いな(笑)。

山田:もうね、『少女革命ウテナ』は山田案件すぎたわ!

久世:へー!

山田:山田案件すぎた。本当に。

乙君:まるで俺じゃねぇかと。

ウテナ仕掛け人は庵野秀明とも懇意

山田:なぜかと言うと、この仕掛け人の幾原(邦彦)さんと榎戸(洋司)さんという人のタッグなんだけど。これ両方とも関西人です。大阪出身。63年生まれで俺の3つ上なんだけど。

要するに庵野(秀明)さんとその周辺にカブってる人たち。庵野さんとも仲がいい。実は『エヴァ』をやるときに榎戸さんは『エヴァ』に参加してる。そして大きなことに、渚カオル君っているじゃん。あれ幾原さんがモデルだから。

乙君・久世:えー!?

山田:それくらいの美少年だったんだよ。彼は。

乙君:美少年なの!? 幾原さんって!?

山田:今もイケメンですよ。本当に。50超えて。

乙君:まじ!? 嘘!? 信じらんない!

山田:うるせーよ(笑)。そこまで揃ってるだけじゃなくて世代が一緒なのでだいたい同じものを見てきて、同じ怒りを抱えている。同じ葛藤を。そしてね、オタクが嫌いだった。この人。

乙君:幾原さんが。

山田:「アニメとか見る人ってさぁ」って感じで、むしろ演劇側にいってた。

乙君:あ~。

山田:それで寺山修司というのを見たくて、ビデオとかないからわざわざ単館上映とかフェスみたいなものに潜り込んで「俺ってインテリだ」って思ってたんだって(笑)。かわいいでしょ?

乙君:あ~なるほどね。

山田:よくあるサブカル少年の「あいつらバカだからなにも知らねぇぜ。オタクたちにはわかんねぇぜ。俺のほうがぜんぜん……」みたいな感じになのに、映像にいこうとしたらあまりにハードルが高くて。これは無理だと東映をなんとなく受けたら、なんとなく受かっちゃったと。

乙君:え、そんなんでいいの?

山田:最初から演出がやりたかった。アニメーターになりたいというよりは演出になって、実は実写も混みでやりたいという望みもあって超アニメのラインから来てる人ではぜんぜんないという。

それはあの当時オタク差別の中で、アニメ漫画が好きなんだけど素直に言えなかった人たちがこじらせるラインなの(笑)。俺もそこにいた(笑)。

久世:近しい話だねぇ。

山田:俺もそこにいた(笑)。

95年の阪神大震災が転機となった

山田:だけど同じものを好きになって、そこでオタクっていうのは1種類だと思い込んでたの。だんだんわかってくるしオタクも変わってくるんだよ。

あまりの差別のひどさにオタクの人たちもこじらせてた時期がある。当時は攻撃的だったから。だから嫌なやつ多かったの。そこで分断してるの。分断してるんだけど好きなものは同じというラインで入って来てる。東映で。

そして入社のときに論文書けみたいなことあるじゃん。絵描いたらしい。

乙君:幾原さんは入社のときに?

山田:完全な変わり者ね。それで「お前面白いじゃねぇか」って受かって。そしたら演出家いっぱいいるじゃん。その中で頭角現してくるんだけど、この人基本的に人たらしって言われてるらしいわけ。

こだわりはあるんだけど、ある程度のところは「あいつに任しとけばいいじゃん」みたいな感じのゆるさとか寛容さを持ってる。劉備なんです。この人。

乙君:あ~、劉備なんだ!

久世:なるほどね~。

山田:そう、実はそうなんです。そして時代はまさに97年ってめちゃめちゃおもしろい。前回言ったんだけど、97年って本当におもしろい。95年にオウムがあって、俺たちの夢が終わるわけ。その前の夢っていうのは戦後ドリームなんだよ。

戦後ドリーム、バブル崩壊で、95年にオウムがあって阪神大震災があって夢が終わるんだけど。そのときに「どうなんだよ、これ!? この先どうすんだー!」って男の子絶叫を描いたのが『エヴァンゲリオン』。女たちの絶叫を描いたのが『少女革命ウテナ』。

乙君:お~。

山田:女たちがなにを言ってたかと言うとね。ここに書いてきたんだけど、あ、こっちだ。

乙君:でも男じゃないですか。

久世:イクニさんはね。

山田:そうそうそう。女たちは白馬の王子がいつかやってきて、私はお姫様として白馬の王子に迎えられてお城に行って幸せに暮らしましたとさっていう物語を刷り込まれて育ってきた。

神田うのがなぜかもてはやされていた時代

山田:しかも時代がずっと良くなってたから、当時お嬢様ブームというのがあって。神田うのみたいな人がもてはやされてた時代があるのよ。

久世:あ、なんかあったな。

山田:あったの、本当に。今だとむかつくような女の言動とか、「家事とかやったことなーい」「洗い物とか無理だし~」みたいなのがオッケーになった時代があるんだよね。

乙君:『白鳥麗子でございます』か。

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山田:まさにそう! だから七実が麗子として出てる。あのキャラクターは。ああいう時代の残像が97年のウテナにいっぱい出て来るんだけど。そこで語られるのは何かと言うと、白馬の王子が迎えにくるはずだったのに「どうなってんの!? いつまでも来ないじゃん!」っていう。「話が違うわよ!」って言ってたの、当時の女の子は。

乙君・久世:あ~。

山田:この延長上にずーっと『東京タラレバ娘』まで続くの。『タラレバ』の最初のフックがこれです。

東京タラレバ娘(9)<完>

乙君:なるほど、なるほど! 確かに、確かに!

山田:そうなの。それは『セックスアンドザシティ』の回で言ったんだけど、セックスアンドザシティの4人が「なんで私たちこんなに不幸なのかしら?」って言って話してるとき最後に、「あれさ、シンデレラのせいじゃない? 私迎えに来ると思ってたもん」とか言って。

「D(ディズニーランド)じゃない? Dのせいじゃない!?」って話になるじゃん。あのネズミの王国のDのせいじゃない!? って話になるでしょ?

乙君:なるっけ?

山田:なるの。

久世:ふ~ん。

ウテナは「ディズニー暗殺アニメ」

山田:ディズニーの持ってたコンセプトはなにかというと古き良きアメリカの理想をそのパークで体現している。その理想の中にある物語というのは「女の子は誰でもお姫様。誰でも王子様が来る。そして城に入って末長く幸せに暮らしましたとさ」っていうのがディズニーランドの中のコンセプトの哲学。

それはどこかで辛い現実から逃れるために設定したディズニーなんだが、世の中全体がディズニーランド化していくと「これが本当なんじゃないか」と思ってしまうような女の子の世代が現れてくる。そしてこの国でもまさにそうだ。完全に国全体がディズニーランド化したんだよね。80年代に。だからみんなが自分のことを姫だと思い込んでた。

なのに時代がドーンと落ちてしまって、「王子来ないぞ」っていう話になって、『タラレバ』までずっと続くんだけど、そもそもその白馬の王子という幻想、女の子の持っているイメージってなにかということを突っ込んでいくとこの作品になっていくというのがなかなかおもしろくて。実を言うとこの作品はディズニー暗殺アニメです。これ(笑)。

乙君:ディズニー暗殺アニメ!?

久世:え~!

山田:白馬の王子を殺した少女アニメっていう。白馬の王子様をぶっ殺してるんです、このアニメって。

乙君:なるほど。

山田:そう考えると非常に革新的。

乙君:確かにそれはわかりますよ。わかるというか、いや、見たからわかるけど。

山田玲司の『Bバージン』にも連綿と

山田:めっちゃ社会派なの。この問題がなぜ俺とリンクするかと言うと、僕『Bバージン』という漫画を書いたんですよ。91年に。ウテナのちょい前にね。

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まさに「女の子たちは白馬の王子を待ってるのよ」とお姉さんに言われて、フラれたオタク少年が「わかった。僕が王子になる」つってお姉さんに改造される。「僕が王子になるんだよ」っていうのを……(笑)、オタクがやってたのが『Bバージン』。

久世:またモノマネきた(笑)。えなり玲司が(笑)。

山田:それ先にやってました。僕。そこで描かれていたものは女の子の理想の男って何だ? ってことをずっとやってたわけで、その歴史がある。そしてある種の回答があったときに、愛の問題に気がつくわけ。結局。

愛せるやつが王子なんだってことに気がつくわけ。愛してくれって待ってるやつじゃなくて、自ら愛せる。それが『アガペイズ』っていう作品になるとどうなるか。これちょうどウテナの時期に描いてたの。

乙君:そうですね。確かに。

山田:俺、似たようなことというか、まさにそのまんまカブるようなことやってます。こっちはレズっぽくやってて、こっちはゲイでやってます。 なにが描かれているかというと献身なんですよ。

乙君:あ~確かに。すげぇつながってきた。

山田:愛の問題について。つながるどころかまんまリンクしちゃってて。重なってる部分が多すぎて。これ最終的には自己犠牲っていう話になるわけだよ。見返りがなくても相手のことを愛せるか、その気高さについて話しているの。気高さの美しさを描いてるのが『アガペイズ』で、報われなくても自分の好きな男のためにやる。これ完全に天上ウテナ。まんま。同じことやってて。そうなの。

白馬の王子について、俺はなぜそこまで考えてたかと言うと、当時漫画で描くことの世界で収まらず、世の中では同時にいろんなことが起こってんじゃん。それについて、これはどうしたらいいかということに解答も出さずになにかを表現していくというのは、どうも俺は違う気がしてた。

ウテナ制作チームの高い志

みんながみんなこういう状態なのにどうしたらいいかという答えがない。なんのために漫画を書くのか、なんのためにアニメを作るのかという。パーパス(目的)なんですよ。ビーパーパス。

この人、幾原さんが東映を出る瞬間に作ったチームがビーパパスっていう。要は目的でしょ? 目的を持ったわけ。物語を作るときは、これは商品ではなくなんのために作るかっていうことをちゃんと考えてやろうぜって榎戸さんを引っ張って、榎戸幾原チームを作ってスタートするのが『ウテナ』なの。志が高いのよ! 実は!

乙君:ほ~。なんかすげぇ。

山田:すげぇ。

乙君:ビーパーパス、なるほどね。

山田:自分の言いたいこと、そしてこの社会の問題の核心に迫っていこうとするんだけど、それを直接言ってしまうとみんな引いてしまうし、相手は少女だし、なにが見たいかと言うと王子様との決闘が見たいんだよ。美しいものが見たいわけ。自分の思ってるイメージをみたいわけ。倒してもらいたい人を倒してほしいわけ。

みたいなものを全部オッケーです、9割は叶えますっていう姿勢でいくわけ。『ウテナ』は。だから前半は非常にご都合主義に見えるのはそのせいで、お客さんが望むものをやろうとする。だからそれが後半になって、それはただの王子様ごっこだったんだよってネタばらしする。前半の10話くらい王子様ごっこをやってる。

乙君:そうそう!

山田:あれで離れていくんじゃなくて、あれは実はフリなんだよ。あれによってお客さんをまずガーっと掴む。

乙君:長い!

久世:(笑)。

乙君:振り落とされましたよ、俺は。

久世:まぁまぁそういう人もいるでしょうよ。

山田:でも螺旋構造、繰り返しの中であの人はあの世界観の中へグワーっとそっちのほうが正しいんじゃないかと思わせる力を持ってる。そういう演出をやってたんです。実は。なかなか憎いんだよ!

乙君:この説明を聞くとめちゃくちゃおもしろいんだよなぁ。

山田:アニメ史の中で非常に大事なアニメだった。だからナメてたって。ごめんなさい(笑)。それは最後まで見なきゃわかんないの、本当に。その主張と、あと少女たちが見たいもの。それについて寄り添うという気持ち。