アカデミックな理論と現場感のいいとこ取り

千葉正幸氏(以下、千葉):これのまえがきを読まれた方はわかると思うんですけど、本書のいいところは「アカデミックな理論と現場感のいいとこ取り」というふうに、河野さんのまえがきなんですが、書いてくださっていて。

アカデミックな理論というところでは、メンタルマネジメントを大学院からずっと勉強されてきた京さんの理論があって、現場感という意味では河野さんのビジネスマン、組織人、マネジメントもやられてきた体験との組み合わせ、いいとこ取りですよね。というのがこの本の特徴みたいに考えているんですか?

河野英太郎氏(以下、河野):そうですね。やっぱり僕もメンタルにずっと注目はしてきたんですけど、経験談で語ることはいっぱいネタとしてはあるんですけど、なんか拠って立つところがないなというので、誰にも当てはまることなのかな、わからないなというのと。

あと、ともすると危ないところまでいってしまう可能性があるので、心を扱うことって一定のバックボーンが必要だなと思ったので、僕としてはやっぱりアカデミックというのが一番キーワードとしてあって。

でも、今からドクターをとるのはたいへんだったので、いいとこ取りという意味では、京さんのご経歴というのが絶対必要だったなという。そこで利害が一致した、というところですね(笑)。

千葉:あと、この時期に出したということで、たとえば今働き方改革であったり、「遮二無二がんばればいいんだよ」というのではなくて、やっぱり自分のメンタル、マインドをちゃんとコントロールしながら仕事をやっていくことが大事だよというのは、確かにアスリートではなくて普通のビジネスマンでも大事なんじゃないかなという認識は、ここのところ来ているのかな、という気がするんですけれども。

河野:やっぱりそうです。おっしゃるとおりで、いろいろな……本当に触れるのも難しいような事件があったり、あと政府方針として働き方改革があったりします。それで、働き方改革も無根拠じゃなくて……特定の政党を支持するわけではないんですよ。今日緑着てますけど、本の緑……。

(会場笑)

千葉:今日、実は「この本の色に合わせて、緑の格好をしてきましょう」って言ってたんですけれども、あの……。

田中ウルヴェ京氏(以下、田中):時期が時期で……(笑)。

千葉:時期が時期だけに、あんまり緑すぎると特定の政党を応援してるんじゃないかと。

河野:向こうのほうが後なんですよ。解散総選挙が決まったのがこの企画より後なので。こっちのほうが先なんです。

千葉:別に小池さんを支持してるわけではない。

河野:支持してるともしてないともいってません。はい(笑)。何の話でしたっけ?

田中:(笑)。何だっけ?

千葉:そうですね。時代との接点、働き方改革。

メンタルマネジメントでホワイトカラーの生産性を上げる

河野:そうですね。おっしゃるとおり政府方針として、たぶん時期としては2020年に600兆円のGDPを達成するということを、2年ぐらい前に言ってたんですね。実際、今聞くと、本音では達成できないなって言ってると思うんですけど、今530兆円ぐらいのGDPです。

それで、国家的課題として、2007年ぐらいにこの国の労働力が8,700万人ぐらいあったんですけど、今8,300万人ぐらいに下がってるんですよ。400万人も落ちてるんですね。

400万人ってどれぐらいかというと、ニュージーランドの人口、1ヶ国分ぐらいなんですよ。400万人いると何ができるかというと、羊をすごい生産して、世界中のウールを生産したりもできますし、世界で一番強いラグビーチームもつくれるぐらいの人口なんですよね。

田中:それ、わかりやすいんだかわかりづらいんだか、わかんないよね。

(会場笑)

河野:それぐらいの(労働人口)が、ほんの数年で消えたわけですよ。減ってる労働人口で600兆円、20パーセントアップしようと思ったら、効率を上げるしかないんですよね。効率を上げるというのは、スキルを上げることもそうなんですけど、絶対に人にストレスがかかります。

そこでうまくマネージしていくことで……僕も正しいか悩むんですけど、たぶん正しいと思うんですけど、成長って。

そこに向かっていくためには、8,400万人の我々が、より正しいメンタルマネジメントを身につけることで、もともと持ってる能力を発揮できるようなことに、社会的にも貢献できるんじゃないかなという強い思いがあります。なのでこの時期というのは、1つのキーワードなのかなと思っています。

千葉:ありがとうございます。やっぱりまえがきに書いてある「メンタルマネジメントでホワイトカラーの生産性を上げる」というのが、この本の隠しというか、別に隠してないですけど、メインテーマだったりするわけですよね。

そのために、メンタルのマネジメントを高めるためにアスリートに学ぼうというのが、この本の主題になっているわけですけれども。

さっき楽屋でも話してたんですけど、アスリートとビジネスパーソンって、共通しているところと、「実はでもここは違うよね」というようなところもあって、そのあたりのお話をうかがえればと思うんですけれども。

自分にとっての生産性はなにかを見極める

田中:1つ前に言っていいですか? 生産性について。

千葉:はい、どうぞ。

田中:この時代だからこそ、という目線で言っていただいたじゃないですか。それで、生産性って何かというのを、個人の心理学の立場から考える。

生産性ってもちろん、みんなの集団の中での生産性が、結果的にプルーフとしては出るけれども、個人個人がどうあることを「自分は生産性が上がった」と思うかというのは、実はとても大事で。自分にとっての生産性って、そもそも効率なのか。たとえば、量で計算したい人なのか、質で感じたい人なのか。

この本の主軸はセルフアウェアネスという、それこそスタンフォードだったりでは学部生から必修講義になっていたりするような部分ですよね。「自分は見えてるものをどう感じたいのか」「だからどう考えてるのか」みたいなことが、なぜ生産性につながるのかというようなことを、自問自答するためのツールという意味では……。

そりゃ今、イノベーティブとかダイバーシティとか言われてるけれども、そのダイバーシティって自分にとってはどういうことなのかということを反芻をすることで初めて、出力で生産性が上がる行動が出るので、そこはメンタルとしてはとても重要ですよね。

だから、自分の生産性はなにかということを見極めないと、それはストレスになっちゃう。それが悪いストレスになるという。ここがまず、今の時代とても必要だなって感じること。

あと、今の時代の日本に必要なメンタルは何かというと、「ストレスをなくそう」じゃなくて、「どのストレスは自分はイヤで、どのストレスは逆にあったほうがいいのか?」というのを本来考えなきゃいけないのに、「どんなストレスがほしいか」なんて思うわけがないので。まず最初に、何がどうイヤだと感じている自分がいるのか。

それで、これをちゃんと減少させる、軽減させる。

あるいは、本書の中で使役動詞の話もしましたよね。その後に、じゃあ本当に自分がかけたいストレスというか、ユーストレスっていいますけど。ディストレスじゃなくてユーストレスは何かみたいなことの発見も、それは今の時代では大事ですね、ってことです。

アスリートとビジネスパーソンの違い

千葉:ありがとうございます。すごく今、大事なことをうかがった気がしますけれども。

田中:それで、アスリート(の話)だったね。

千葉:はい(笑)。

田中:アスリートとビジネスパーソン。

河野:そうですね。アスリートの定義はいろいろあると思うんですけど、僕の中では「3年間、生活の最優先事項がスポーツであった人」という定義をしている。そうすると自分が入るという。

(会場笑)

田中:あ、そう。

河野:そうです、はい(笑)。そういうことを経験した人がビジネスをやると、どういういいことがあるか、ないしは、悪いことがあるかという視点で、共通点とそうじゃない点があるなという。

そういう視点で語るとすると、やっぱり同じように目標を達成することが、ビジネスでもスポーツでも同じだと思うんですが、スポーツマンがけっこうやりがちだなと思っているのは、とくに政治とか嫉妬マネジメントは必要ないと僕は思っていて。

なんでかというと、僕はずっと競泳でタイムスポーツをやっていたので、自分は1人で、自分担当のコースがあって、場合によっては隣も見えないぐらい自分の世界なんですね。それで、判断は時計がしてくれるので、とにかくそこに相手の足を引っ張るとかの話が……引っ張ったら反則ですからね、そういう発想がないわけですね。

ですので、ありがちなのは、平たい言葉で「男気を出す」とか、「スポーツマンシップにのっとって」とか、そういうのをビジネスでやってしまうとどういうことが起こるかって、みなさんだったらわかると思うんですけど。簡単に後ろから鉄砲弾飛んできますよね。僕、いまだにかなり飛んでくるんですけど。

(会場笑)

この中にアイ・ビー・エム関係者いらっしゃいますかね? あ、いる。

(会場笑)

田中:急に言葉が……。

(会場笑)

河野:あんまり大きな声じゃ言えないんで普通の声で言いますけど。あの……普通に飛んできます。足も引っかけられますし。アイ・ビー・エムだとは言いませんけど、他にもいろいろ仕事してたんで、ひどいなということがあります。

これ、スポーツだったら絶対ないことなんですよ。ないと僕は思ってる。少なくともフィールドないしはプールに飛び込んでしまったらないと思っていて、そこが大きな違いだなと思っています。

そこが今のまさに自分のテーマでもあるんですね。嫉妬マネジメントとか、政治マネジメントというんですかね。そのへんがアスリートとビジネスの違いかなって、僕はついさっきまで思ってましたけどね。

田中:(笑)。

メンタルマネジメントは根性ではない

河野:でも、ついさっきまでということは、実はそれも違うんだよって話を、京さんは……。

田中:本にも書きましたけど。メンタルトレーニングなんて、そもそも私、選手時代とか代表コーチをやってる時は、絶対信じたくない部類ですよね。「メンタルトレーナーとかあやしいでしょ」としか思ってなかったし。だいたい自分の印象も悪いんですよね。本当に人のせいにしますけど、変なおじさんばっかりだったんですよ、なんか。

(会場笑)

シンクロの「シ」の字も知らないくせに……あ、またいいですか? ごめんなさい、今日は怒ってばっかりですね。

(会場笑)

「オリンピックに出たことない人に、オリンピックのメンタルを語られるのすごいイヤだ」みたいなのが、10代の時はあったし。それで代表コーチの時は、責任とるのはこっちなのに、なんか「目標設定とは」とか。「薄っ!」みたいな感じで、なんか薄いことしか言わないというのがあったのに。

それはいろいろなきっかけがあって心理学を勉強し始めるんですけど。選手の時ってなにも見えてないんですよね。私は保護されてた採点競技で……。

なんか、よく怒ってるコーチがいらっしゃるの、みなさんご存知ですか? 井村先生って大阪の先生、いつもあんなんじゃないんですよ(笑)。メディア的にはあれがおもしろいんで、あんなふうに出すんですけど、あの先生がどんなに素敵かを語りゃもう長くなっちゃうんですけど。

要は、そういうすごい人が、自分が白と思ってるものも黒だって言ったら黒だと思えばいいぐらいな、そういうようなメンタルの時と、代表コーチをやってる時ってやっぱりぜんぜん保護されてることが多くて。

でも、心理学を勉強しだして、20年以上いろんな代表監督とか、プロのアスリートとか、いろいろうかがったら、そりゃあ政治は絡みますよね。

例えば……言っていいよね? 他国がすでにこんなドーピングをしてるって、もうわかってて。こんなふうな間違ったやり方で、ルール改正も間違ってやっているって、もうすでにわかってて。

それで、日本人側は真っ当だとか、正直だとか、謙虚だとかいうことをメンタルの強さにしてやってても、向こうが薬やってるってわかってる時に、どういう存在価値で自分たちはオリンピック行くんだとか、ワールドカップに行くんだとか。

あるいは、どう考えてもプロのリーグに行った、イギリスに行った、ヨーロッパに行ったなんていう時、もうアジア人だというだけで、どう考えてもフェアじゃないことに対してどうするのか。

ただ自分が(スポーツ以外の)仕事をし始めてぜんぜん違うのは、「やりたいことかどうか」ということではあります。

スポーツ選手には「甘えてるよね、私たち」って必ず選手には言います。「だって、やりたいことやってるだけじゃん」というのは、たまに申し上げます。

そこはぜんぜん違う。やっぱり仕事って、やりたくない……。やりたいことであれば、みなさんそれはすごくとても素敵なことですけど、それは違いますよね。そこは、それこそメンタルマネジメントしなきゃやっていけない、というのはありますよね。

千葉:はい。この本の京さんの第2部にすごくいいことが書いてあるんですけど、やっぱりメンタルマネジメントというのは、とにかく気分転換とか気合い、とにかく心を強く持って「気合いでがんばれ」みたいなもんじゃないんだよ、ということが書かれていて。

田中:根性とかいう人いるでしょ?

千葉:「メンタルマネジメント、要するに根性でしょ?」みたいなことを言われる、と。

田中:なんか根性という定義とか、「自信を持ちたいんです」っていっても、その人にとっての「自信」という言葉の重みも種類も違うから、「あなたにとって、『自信をつけたい』ってどういう意味ですか?」とか、そこがやっぱりメンタルの素敵なところですよね。

千葉:先ほどもおっしゃっていた、セルフアウェアネス、自分に気づいて、自分にとっての直面してる問題であったり、もしくは嫉妬だったり、後ろから鉄砲撃ってくる人だったりに対して、どういうふうに自分がとらえて、じゃあ、どうすればいいのかというようなことを考えるのがメンタルマネジメント、みたいなふうに考えてもいいわけですかね?

田中:気づき……だから、自分が何に気づいてて、それをどうとらえてるからそうなってて、じゃあ、どうするかという対処行動という、一連の流れがメンタルマネジメントですよね。メンタルコントロールじゃない。コントロールは絶対しちゃいけない。……あ、抑制というコントロールはしちゃいけない、ということですよね。