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「社長にはもうついていけません」 真っ暗闇から“未来を作れる会社”に生まれ変わった京屋染物店の業務改革

「社長にはもうついていけません」 真っ暗闇から“未来を作れる会社”に生まれ変わった京屋染物店の業務改革

サイボウズ株式会社が主催する「Cybozu Days 2017 Tokyo」のなかで、kintoneによる業務改善プロジェクト成功の秘訣や活用のノウハウを共有する「kintone hive」が行われました。創業100年を迎える株式会社京屋染物店は、絶滅の危機に瀕している染物業界でkintone活用により業務を改善していった事例を共有しました。

(提供:サイボウズ株式会社)

シリーズ
kintone hive > kintone hive in Cybozu Days 2017 Tokyo > 株式会社京屋染物店
2017年11月8日のログ
スピーカー
株式会社京屋染物店 代表取締役 蜂谷悠介 氏
サイボウズ株式会社 kintone プロダクトマネージャー 伊佐政隆 氏

人口のない町でがんばる京屋染物店

蜂谷悠介氏(以下、蜂谷) みなさん、こんにちは。岩手県一関市からまいりました。京屋染物店の蜂谷と申します。今日はみなさんに少しでもいい影響を持って帰っていただけるよう精一杯発表させていただきますので、よろしくお願いいたします。 (会場拍手) ありがとうございます。弊社は大正8年創業でもうすぐ100年を迎える染物屋でございます。昔も今も変わらず手作りにこだわる、1点1点オーダーメイドでお仕事をやっている会社です。そのためITやパソコンを導入することにまったく無縁な会社です。 みなさんこの14,000という数字がなにかご存知でしょうか? これは京屋染物店が大正8年当時にあった染物屋の数です。現在は13,700社が廃業しており、300社ほどにまで減っております。さらに毎年これが減り続けておりまして、まさに日本の染物屋は衰退産業。絶滅の危機に瀕していると言っていいと思います。 そんななか、実は私たちの岩手県一関市が「全国2位」になりました。なんの全国2位かと言えば、「人口の減少率」が全国2位です。本当にがっかりするような全国2位なのですが、国から消滅可能性都市にも指定されています。 自分たちの孫子の代には、この街が消えてなくなってしまうかもしれない。そういった場所で私たちは仕事を行っております。 この状況をなんとか改善したいと思い、7年前に社長を引き継いでから死に物狂いでがんばってきました。とにかく仕事を取って、この環境を打破しようとみんなで一生懸命やってきました。

絶望的な状況とkintoneとの出会い

蜂谷 そんなとき、ある社員からこんなことを言われるんですね。「環境も最悪なんですけど、さらに自分たち職人というのは体力的にもすごくきついし、辛いし、汚いし、先が見えない」「社長にはもうついていけません」。そんな辛い状況なわけです。 言われて当然だったと思うんですけれども、「この環境を打破してみんなの未来を作っていきたい」と思って一生懸命がんばっているのに、なんでこんなこと言われなきゃいけないのかと。当時は絶望で真っ暗闇でした。 ただそれもそのはずですね。私たちががんばればがんばるほど深夜残業が増えますし、有給なんてもちろん使えるわけがありませんから。「とにかくがんばろう」と思って、休みも取れない状況です。がんばればがんばるほど先が見えません。儲かりもしません。 過酷な状況だけが続いていく中、なんとか打開したいと思っていました。必死になって、情報共有が大切なんじゃないかと考えて、100万かけてツールを導入するも「使いづらい」ということで使われませんでした。 そんなときに出会ったのがkintoneです。 kintoneは、自分たちでオリジナルカスタマイズできます。どこかの業者にお願いするのではなく、自分たちでタイムリーに作っていくので導入が非常にスムーズでした。 導入してからうちの会社は180度ガラっと変わりました。残業はなくなり、休日も増えます。有給もバンバンつかえます。パートさんたちもどんどん使っています。 さらに今は育休産休の社員もおります。求人を出せば、こんな染物屋の業界にも若い人が来てくれるんですね。時間にも心にも余裕ができているのに、毎年毎年、最高益を更新し続けています。 当時はぜんぜん考えられませんでした。私たちにとってみたら、kintoneはまさに闇を照らす明かりそのもの、未来を照らすヘッドライトそのものに変わってくれたんですね。 ただ、kintoneを導入してすぐスムーズに使われるようになったかといえば、そういうわけではありませんでした。導入する前に、私たちは非常に時間をかけて話し合いました。 「なんのために働くのか」を社員みんなで共有しました。「なぜ京屋で働かなければならないのか」「なぜこの仲間たちとでなきゃダメなのか」ということを話し合ったんです。 今みなさんにご覧いただいているのは、その話し合いのときに書いた付箋です。ほんの一部なんですけど、壁中に貼り巡らされました。 kyouya1 例えば「従業員が勤めていて誇りに思える会社にしたい」「伝統的な職人を絶やしたくない」「日本の文化を世界へ発信したい」などいろいろなものが書かれました。 つまり私たちは「世界一の染め屋を目指すためにみんなで協力し合おうじゃないか」「京屋染物店に関わったすべての人たちが幸せになれるような会社を作ろう」とみんなで決意をしました。それからkintoneの導入、徹底活用が自然に行われるようになっていきました。

成果がすぐにわかり、モチベーションもアップ

蜂谷 ここでうちの部署を紹介いたします。営業、デザイン、染色、縫製という4部門に分かれています。この4部門は、kintone導入する前には「助ける」という感覚がまったくありませんでした。 それもそのはずです。「部門ごとに一生懸命がんばっていれば会社は良くなるだろう」と思っているわけですから。各部署がどのくらい忙しいかなんてわかりません。 kintoneを導入して、これが進捗状況のグラフです。営業、デザイン、染色、縫製と流れるんですけれども、グラフの高いところは仕事が詰まっていて忙しい部署です。これをみんなで共有できているんですね。 kyouya02 そうすると「この日は縫製の部門がすごく忙しい」とわかります。みんながこれを見て「あ、縫製部門忙しいんだな。なにか助けてあげられることないかな?」と考えて自然に助け合いが生まれるようになったんです。 このほかにもいい影響がありました。導入前、従業員には結果がまったく見えませんでした。我々経営者だけが結果を見れるような状況でした。「いい結果でも悪い結果でも受け止めていきたい」という想いから、kintoneのトップページにうちの会社の日々の儲けやどんなものが売れているのか、どのくらい固定費がかかっているのかまで従業員みんなが見れるようになりました。 つまり、儲けがすぐわかる。結果がすぐわかる。良くても悪くても。 さらにお客様からいただいた喜びの声や、商品がどう使われているかまで、kintone上で共有するようになったんですね。感動が見えるようになったんです。 そうすると従業員は成果がすぐにわかるので、モチベーションもアップしますよね。モチベーションがアップした社員たちは、さらに会社を良くしたいと思うようになります。 そうするとどうなるか。kintoneに溜まったデータをどんどん自分たちで活用し始めるんです。各部署の納期一覧を作ったり、なにがどのくらい売れているかのグラフを作ったり、業務改善で自然に使われるようになりました。 今では一覧16種類グラフは31種類の分析グラフを使って社員たちが率先して「会社を良くしていこう」という動きが生まれているんです。つまり徹底活用が行われている。

「一入一入」努力を重ねた先にある未来図を共有する

蜂谷 もう1度お話したいことがあります。私たち先も見えず真っ暗闇でkintoneを導入する前、「よし、みんなでkintoneを徹底活用しよう!」と決めたわけではないんです。 私たちが唯一決めたことは、「私たちはなにを目標にして、なにを達成したら幸せなのか」です。それを一生懸命みんなで話し合ったあと、kintoneを導入したんですね。 ちなみにみなさん、一入(ひとしお)という言葉をご存知でしょうか? 「苦労したかいもあって喜びもひとしお」と使いますが、この言葉は染物屋の用語なんですね。「まっさらな生地を染料の入った甕の中にザブンと1回浸けること」を一入と言います。我々染め屋にも目標の色があって、それに向けて一入一入の努力を積み重ねて目標の色に向かっていきます。 kintoneを導入する前、うちでは「染物屋の10年年表」を作りました。これには10年後どうなっていたいか。7年後どうなっていたいか。そして4年後どうなっていたいかをすべて社員1人ひとりが一入一入重ねる努力を積み上げていくという決意が刻まれています。 ここには会社の目標も個人の目標も刻まれているんですが、例えば「3代目J Soul Brothersの手ぬぐいを作りたい」という目標があります。これはうちの従業員に3代目の大ファンがいまして、「これが作れたら幸せです」と言っています。ほかにも「年に1度は海外旅行に行きたい」「10年後には年収1,000万くらいはもらいたい」など。 実は、この「2年後までの目標」はすべて叶っている状態です。そしてこの先に「世界一の染物屋になる」という目標があるんですね。 この写真は私の自慢の仲間たちです。会社の仲間です。この中には、あのもがき苦しんだ時期を一緒に乗り越えようとしながらも「もう社長にはついていけません」と言った社員もおります。 この社員たちは今日のこの会場に全員来てくれています。まさか当時、みんなで遠出して、岩手から来て、一緒に思い出が作れるような環境になるなんて、そんな会社になるなんて、想像もしていませんでした。 まさに「みんなで未来を作れる」会社に生まれ変わったんです。 おそらくこの世の中には、私たちと同じような環境の会社がたくさんあると思います。さらに同じように人口が減少している会社があると思います。 それでも1人ひとりが目標に向かって努力を重ねる。そしてチームワークさえあればいい状況が作れる。そういういい影響を発信できる会社になっていきたいと、今では考えています。 みなさんの会社にもいい影響がどんどん広がることを願っております。これで京屋染物店の事例発表を終わります。ご静聴ありがとうございました。 (会場拍手) 伊佐 ありがとうございました。お疲れ様でした。素晴らしい。 蜂谷 ありがとうございます。 伊佐 お仲間今日は何名いらっしゃっているんですか? 蜂谷 今日は全社員、14名なんですけど。小さな会社なんですけど、みんな。 伊佐 すごい。ありがとうございます! みんなで来て仕事は大丈夫ですか? 蜂谷 みんなで2日間休んでもぜんぜん影響のないくらい余裕のある会社に生まれ変わりました。 伊佐 なるほど。素晴らしいです。今日は夕方のナイトイベントまで、最後までいらっしゃるということでまたのちほどお話聞かせていただきたいと思います。ありがとうございました! 蜂谷 どうもありがとうございました! (会場拍手)

  
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