パラダイムシフトで変化のある分野を避けた

西村創一朗氏(以下、西村):それでは、さっそく僕からこの本の内容に関連すること、しないことを、いろいろと聞いていきたいと思っているのですが。

そもそも、僕がすごく不思議だったのが……あ、今日大室さんに初めてお会いする方はどのくらいいらっしゃいますか?

(会場挙手)

この本のタイトルですし、非常にまじめそうな風貌というところもあって、みなさんきっと大室さんを勘違いされていらっしゃるのではないかと思っているのですが。

産業医が見る過労自殺企業の内側 (集英社新書)

本当にめちゃくちゃおもしろい方なのですよね。「サンジャポ」(サンデー・ジャポン)などもきっとハマるのではないでしょうか。あとはペンネームで『SPA!』なども。

大室正志氏(以下、大室):いろいろ言わなくていいです(笑)。

(会場笑)

西村:僕、どうしてこれを話しているのかと言うと、そんな大室さんが、なぜそもそも産業医になろうと思ったのかということがすごく不思議だからです。ぜひ冒頭のアイスブレイクも兼ねて、お聞きしたいと思ったのですが。

大室:最近では、よくなにかにつけてAIに置き換わる仕事かどうかということを必ず考えるのです。僕らの時代はまだAIという言葉はそんなにありませんでしたが。

西村:そうですよね

大室:ただ、例えば肝臓ガンで有名な先生がいたとします。肝臓ガンはほとんどがC型肝炎を長く患っていた方に発症します。ですので日本のようにC型肝炎患者が多い国では肝臓ガンは非常に重要な疾患です。

ただ最近はC型肝炎が完治する薬が出ましたので、肝臓ガンになる方は今後激減することが予想されます。なにが言いたいかというと、C型肝炎が治ったら、その先生が長年かけて極めた肝臓ガンに対しての手術とかラジオ波とかの技術が生きる場所はかなり減ってしまうのですよね。

西村:ん~なるほど!

大室:糖尿病もそうで、「この道何年!」と言ってすごく習熟された技術が、20年かけて自分がやってきたことが「もういいからそんなこと。薬飲めば治るから」と言われちゃったら嫌だなぁと思いまして。

だから、ある種の分野に最適化された挙句に、治療法、いわゆるパラダイムがまったく変わってしまってその技術自体がなくなる。そういった分野は避けようということがまず第一にありました。

西村:なるほど、スペシャリストは怖いなと。

「もともと編集者や商社マンになりたかった」

大室:もちろん、医師仲間のそういうスペシャリストの方は尊敬しています。そもそも医師という職業自体が世界に行けばスペシャリストとされているのですが、一方で、僕はもともと編集者や商社といった仕事になりたかったのです。とくに編集者になりたかったのですね。だから医師内でも相対的にスペシャリストとは違った道を目指したのかもしれません。

西村:そうなんですか! へ~意外。

大室:小6のときに編集者になりたいとよく言っていましたが、雑誌の編集者になりたかったのですよね。それこそ『POPEYE』など、ああいうところの編集者になりたかったですね。本当に。

西村:あ~、憧れたわけですね。

大室:そうしたことをやりたかったのですが、ただちょうどバブルが崩壊しまして「これからは専門職の時代だ」とよく報道されていましたので……。世間が言うわけですよ。「商社はいらなくなるぞ」と。なんなら代理店もいらなくなると。

西村:商社不要論ありましたよね。

大室:そう、いわゆる中抜き不要論です。商社はそのあと投資会社になるわけですが。そんな時代があったときに専門職はいいなと思いました。

専門職というと、医者、弁護士、板前さんなどいろいろありますが、その中で言うと、僕はあまり体育会系に向いていないから板前さんはダメだなと。弁護士は、親の友達が12浪くらいしていまして……。

西村:12浪ってあります!?(笑)。

大室:当時の司法浪人は本当にそういう人がけっこういたようです。だからなんとなく司法試験というのは関わってはダメな分野だと思いました。それで医学部に行きました。

医学部の中でも「社会的にニーズが拡大するポジション」を狙った

大室:医学部のいいところは、外科医になる人はけっこう体育会系なのですよね。半分技術職のようなところがあるので。内科医は普通のお医者さんらしい感じですね。

一方で、病理科医は対面で患者と会話をするというようなことはほぼありません。ずっと顕微鏡を見ている。ある種、またちょっと違う職業です。医者になってからも、いろいろと選べるのですよ。

西村:なるほど! モラトリアムがあるのだと。

大室:それがまず医学部になったきっかけです。その中で言うと、将来的に、社会的ニーズが拡大して、この瞬間はまだポジションが空いているところ。そういうところがいいと思いました。

やっぱり、人間どんなに優秀でも、構造上もう上にたくさん優秀な人がいる分野は遅いのですよ。たぶん、今ごろNSCに行ってひな壇芸人を目指しても、もうビートたけしさんのような人にはなれないのですよ。

これは、その人の才能がないのではなくて、ポジションが空いていないのですよね。だから、やっぱりポジションが空いているところがいいと思いまして。

西村:そうですね。

大室:だから、テレビで司会を目指すのは諦めてYouTuberになろうと思った感じでしょうか。

(会場笑)

西村:とにかく空いていないから、空いているところに行こうと。

大室:そうですね。そんな感じです(笑)。

「自分が一番忙しい」は歪んだ特権意識

西村:実際に産業医になってみて、当初思い描いていたような仕事ができているのか、または違ったことはありませんか?

大室:結局、単科大の医大でしたので、周りも医学部生しかいなかった。途中までは医者しか周りにいなかったのですが。ぶっちゃけ、世界で一番忙しいというか、日本で一番忙しいのは勤務医だとみんなが思っていて、恐れていたのですよね。

西村:そうですよね。

大室:まぁ、たぶんそうだと。「結局、なんだかんだ言って会社員は俺らよりずっと楽だろう」と思っていたのですが。例えば、僕が産業医として担当していたITシステム会社では、土日に呼ばれるなどは本当にありえないだろうと。

循環器の先生などは、当時はよくポケベルですが呼ばれるのですよね。すぐに「AMI入りました!」と、心筋梗塞なのですが。そうすると飲み会の途中でもバーッと行くわけですよ。

そうしたことは、普通は医者以外ではないだろうと思っていたら、意外とサーバーがダウンしたなどで呼ばれるのですよね(笑)。土曜日に15分間だけ作業しなければいけなくて、それがいつ来るかわからないからノート型PCを持っている。そのPCを飲み屋に持ち込むなと言われて、「俺は土曜日に飲みにも行っちゃダメなんだ」というような人がけっこういました。

仕事的には、僕が行っている会社などでも、締め切りの時期になると近くのホテルをバーッと何十部屋か取って泊まり込みになったり。そのほかにもいろいろなことがあって、かなり過酷だなと思いました。

医者の中にもいろいろな職業があって、必ずしも自分たちが一番大変だというような、ある種、歪んだ特権意識のようなものはよくないなということを実感しました。

寝ないでもできるような仕事は、いまどきない

西村:勤務医も忙しいと言いますが、今日の本題にも近いかもしれませんが、日本のサラリーマンはすべからくみんな働き過ぎなのではないかということを現場にいながら感じたということなのですね。

大室:そうですね。働き過ぎだなと。人間も「動物」なので、そんなに長いことずっと集中力が保てる人というのはほぼいませんよね。

ある程度、普通に考えてみればわかると思いますが、徹夜明けの……僕らの頃は外科医の先生も一緒に当直していて、夜5件くらい人が来ると徹夜なのですよね。

その当直明けの外科医が翌日2件くらい手術をする場合もありました。でも絶対に自分の親だったら徹夜明けの外科医にオペされたくないじゃないですか。

西村:本当ですよね!

大室:でも逆に言うと、外科医だったらそうですが「ではあなたの仕事はいいのか?」と。みんなそんなに簡単な仕事をしているわけではないでしょう? 

外科医はもちろんのこと、パイロットなどもね。そうじゃない仕事の人だって、寝ないでもできるような仕事は、いまどきあまりないのではないかということを最近思っていますね。

働き方には「棚卸し」があったほうがいい

西村:そうですよね。とくに今の時代の仕事というのは、知識労働、知的労働のようなものが増えてきている、睡眠不足が仕事の生産性の低下に直結する、判断ミスに直結するような仕事にどんどんなってきていると思う中で。

DUDAの記事にも「働きたいんだー!」という人に対して、「待て待て」ということを記事には書かれていたと思うのですが。やっぱり働き過ぎは良くないですかね?

大室:そうですね。やっぱり働き過ぎは良くないというと、そうやって上から縛るのは日本の活力を減らしてしまうなど。

西村:そうした議論はありますよね。

大室:ただ、世の中の選択肢にはプラスの側面とマイナスの側面があり、AがプラスでBがマイナスでどちらかを選ぶということで、それでプラスを選ぶと。そんなに簡単な選択肢は世の中のどこにも存在していなくて。

たいていの場合はAにもマイナスがある、Bにもマイナスがある、どっちのマイナスのほうが大きいかというものです。どっちがマシかで選ぶべきなのですよね。

ですから、そういった方の言う意見は、もちろん理解はできます。

ただ、やっぱり労働人口や、今現在の労働形態など、いろんなものを勘案していくともう少し働く時間を少なくする。もっと言えば、働く時間を少なくするために無駄なことを省くという、ある種のそうした棚卸しがあったほうがマシなのではないかと思っているということですね。

西村:ありがとうございます。