「大学を卒業したらスタートアップをやる」の風土

朝倉祐介氏(以下、朝倉):「周りに起業家がいるかどうか」という話がありました。僕はスタンフォードの客員研究員として2年間ほどベイエリアにいましたけど、例えばスタンフォード発のスタートアップが多い理由というのは、圧倒的にピアプレッシャーというか同調圧力ですよね。

田中章雄氏(以下、田中):学生みんなが起業したいっていうこと?

朝倉:そうそう。自分たちの周りに起業家がいるから。スタンフォードにStartXというNPOがあって、これはスタンフォード関係者の起業家をサポートする組織なんです。インキュベーターなんですよね。

年に3回バッチをやっているんですが、各バッチにだいたい50組ぐらい参加するんです。その応募倍率が10倍なんですよ。つまり、500人以上応募するスタンフォード関係者がいるわけですよ、そのStartXのプログラムに。

田中:それが年に3回。

朝倉:年に3回。ということは、のべ1,500人いるってことでしょ。東京大学へ行った1,500人、日本でそんなに起業したい人がいるかといったら、なかなかいないんじゃないでしょうか。

田中:(笑)。

朝倉:これは周りに起業をしている人が多いから、起業するのが当たり前になっているということです。東大の法学部の学生だったら弁護士になるのが当たり前だと思っているところが、スタンフォードだったらスタートアップだと。そういうところにどんどん海外からそういうマインドを持った人たちが集まってくる。

メディアが起業家に対してオープンになる影響力

古田大輔氏(以下、古田):さっき「社会からの信任」という話がありました。あと、みんなのマインド、「起業したい」というマインドが、なぜ日本はそんなに大きくないのか。

僕は朝日新聞のシンガポール支局長になって、向こうにしばらくいたんです。今はアメリカ生まれのメディアの編集長になって、アメリカにも行ってみて違いとして感じるのは、メディアの取り上げ方もぜんぜん違ったなと。今はだいぶましになってきたと思うんですけれども。

田中:以前はどうだったんですか?

古田:以前はスタートアップや起業に関して、日本の主だった新聞社やテレビ局が取り上げてなかったですよね。取り上げていたら、そういう情報を知ることによって高校生や中学生ぐらいの人たちが「じゃあ自分も大学生になったら」とか考え始める。

それを教える人たちにしろ、社会人にしろ、「あ、こういう世界が生まれてきてるんだ、応援しよう」みたいな気持ちになるためには、最初に情報が必要です。でも、そういう情報はメディアの中に流通してなかった。ほんの数年前までは本当に少なかった。

経沢香保子氏(以下、経沢):時代がちょっと変わったなと思ったのは、三木谷(浩史)さんやマネックスの松本(大)さんなど、エスタブリッシュの人が起業するようになると、メディアが取り上げるというふうになって。やっぱりメディアの人は怪しい会社をを取材したくないと思うので……。

田中:安全なところを探す(笑)。

経沢:私が起業したとき、女性のいわゆる「起業家」がほとんどいなくて。いたとしたら「子どもがいて仕事を見つけられないから、アイディアで1億円当てました」みたいな「特許系」の人が『週刊女性』とかに取り上げられるような時代でした(笑)。

田中:ネタみたいな(笑)。

経沢:本当にすごいことなんですけど、社長って一攫千金みたいなイメージだったのでしょうか?

ただ、私はラッキーにも、メディアの人と経歴が近かった。学歴とか最初に入った会社。それで親近感をもって取材にきてくださったのかもしれません。メディアの影響ってすごい大きくて。メディアの人が起業家に対してオープンになるっていうのはプラスの影響力が大きいですよね。

日本の「ファンド=悪」が変わりつつある?

古田:あと、最近すごく感じたのが、村上世彰さんに先日インタビューして記事を書いたんですけれども。最近、黒田電気で株主提案が通ったじゃないですか。そのときの報道のされ方と、以前の報道のされ方はぜんぜん違うんですよね。

以前であれば「また村上ファンド暗躍か」みたいな感じで、「悪いことをしているに違いない」みたいな書き方だったのが、今回の株主提案が通ったときには「日本でも株主提案が通るような世界になりましたね」みたいな。

田中:その違いはなにが……?

古田:やっぱりメディア側の人たちの受け止め方も変わってきたということなんだと思います。

田中:日本ではファンド=悪みたいな(笑)。

古田:そうそう、そういう見方がかつてはあったじゃないですか。

田中:ありました(笑)。

古田:でも、それが変わったんだなっていう。

朝倉:メディア側の影響は本当にありますよね。僕はさっき「M&Aの数が少ない」という話をしましたけど、大きい経済紙とかでも、どこかの会社が買収されたら「身売り」と書くじゃないですか。

経沢:あー。

田中:聞こえが悪いですよね。

朝倉:スタンフォードで講義したときも、「身売り」って言葉を説明するのがすごく難しくって。

田中:やっぱり悪いことしてるイメージなんだ(笑)。

朝倉:そうそう。これはなかなか印象が悪いですよね。「身売り」という言葉を敢えて使うとしたら、ベンチャーキャピタルから資金を調達した時点で会社の一部を「身売り」してるわけですよ、すでに。

田中:確かに(笑)。

朝倉:100パーセント売ってしまうことだけを、ことさら「身売り」というのも、なんかね。

田中:全部売っているのか、切り売りしてるだけっていう(笑)。

朝倉:そうそう。ものすごい……なんだろうな、メディア側のリテラシーも低いと思うし。最近は「内部留保」なんかもね。定義もはっきりしない言葉を使って「内部留保がどんどん増えている」と報じるの、本当にやめたほうがいいと思うんですけれども。

「起業しても死ぬことはない」

経沢:時代が変わって、前よりは環境がよくなってきたなと思うんですけど。それによって起業家の数が増えたけど、質などについて、なにか朝倉さんから見てご意見あります?

朝倉:起業家の質ですか? 

経沢:下がったとか、上がったとか?

朝倉:圧倒的に上がっているんじゃないですか。

経沢:本当に優秀な若い社長が多いですよね。

朝倉:僕はそれこそ大学在学時代の2006年に仲間たちとベンチャーを始めて、当時は「スタートアップ」っていう言葉もなかったですけど、そこから一度離れて、2010年に戻ったんですね。

当時はリーマンショックのあとで、ベンチャーからの投資額がトータルで今の3分の1ぐらいのタイミングだったんですよ。(起業を)やる奴いなかったですよね。マッキンゼーに同期が28人いて、起業したのは僕と「スマポ」というサービスをイグジットした柴田陽という同期なんですけど。その2人だけでした。

ただここ数年で、学生の方たちもすごいレベルが上がっていると思うし、また同時にわりとエスタブリッシュメント寄りの総合商社や投資銀行、コンサルタントなどから、どんどん人が流れている感じがします。これはもう、ここで戦いたくないなという感じです。

田中:でも逆にそういう意味では、当時はこういうイベントはあまりなかったわけですよね。

経沢:そうですね。まぁでも、思いきって起業したら、なんとなくうまくいくと思いません?

田中:……そうなんですか?(笑)。

経沢:だって死ぬことはないじゃないですか。今の時代は、お金も出してくださる方も増えて、ちゃんとそのエコシステムに入れれば良い経験を積む確率の方が高い気がします。

田中:最近は増えましたね。

経沢:もし起業する前にリスクヘッジをするならば、TwitterやFacebookをすごくやって、ある程度は自分にインフルーエンス力を持っていたら、ほとんど転ばないと思うんですよ。

田中:まずインフルーエンス力をつけてから資金調達に行って、上場して朝倉さんのところへ行けというパターンで(笑)。

経沢:もう、しっかりエスカレーター方式ではないですが、天才起業家の輩出!(笑)。

スタートアップはメディアとどうつながればいい?

田中:最初の質問をもうそろそろこのあたりで終わりにして。では今日の2つ目のトピックへ……準備してきたのでみなさんの方から、聞きたいと思います。真ん中の方に挙手してる方いるので、自己紹介からまずお願いします。

質問者2:こんにちは。今スタートアップで、「いきなりデート」という日本で一番熱いデートセッティングサービスをやっています。

田中:日本で一番熱いっていうのは、誰が言っているの?

質問者2:自称です。

田中:自称(笑)。

経沢:デート相手を見つけてくれるんですか?

質問者2:いわゆるマッチングサービスです。一般的なものの、「いいね」などメッセージ機能を一切排除して、審査に通過した男女のデートをセッティングし、レストランも僕が電話して予約するサービスをやっているんです。

経沢:えー、すごい。

質問者2:それはちょっとした自己紹介で、宣伝でもあるんですけれども。ぜひ登録してください(笑)。

これが最近、東京でうまくいき始めたんです。その理由が実は古田さんの「BuzzFeed Japan」で記事に取り上げていただいたことが数ヶ月前にありまして。その節はありがとうございました。

田中:素晴らしい(笑)。

古田:そんなことありません(笑)。

質問者2:気を遣っていただいて、本当に……大きく成長する最初のスタートエンジンになったというか。それがきっかけでいろいろ考えたこともありました。

無名の小さいスタートアップが、サービスをローンチして粛々とメンテナンスしながらやっていくんですけれども、最初はけっこう、やっぱり苦しいんですよね。

それは資金調達して、お金かけて広告を打てば正解なのか、それだけじゃないなと僕は思っています。メディアの方とうまく組んで、うまくいけば記事バリューもあって、どちらもWin-Winになるということはあると思うんです。

そういったかたちで、これからスタートアップしてサービスを立ち上げた人が、サービスを大きく成長させるきっかけとしてどうやってメディアの方と繋がっていけばいいのか。どうやってサービスを知ってもらうようにしていけばいいんだろうか。今まで考えても思いついたことがなくて。どうやってつながっていけばいいのかなと。

意外と狭い界隈ですけど、東京はめちゃくちゃ広いところで、どこにメディアの人いるんだって思っちゃうんです。

経沢:メディア活用について?

質問者2:はい。

「つながり」より「面白いかどうか」で記事を書く

古田:ではあの、2つ。別にBuzzFeedはその記事を広告料をもらって書いたわけではなくて、「なんかこれ面白い、突拍子のないサービスだな」と面白がって記者は書いたわけですね。

僕はその記事の編集などには携わっていないです。うちの編集部は40人を超えているんで、それぞれの人間が「これ面白い」と思ったら上司と相談をします。

田中:じゃあPR記事ではなかった?

古田:PR記事ではないです。ただ単に面白いと思った。「『いきなりデート』ってそれひどくね?」みたいな(笑)。

(一同笑)

「でも面白いよね」というノリで書いてるんですよ。だから、別に広告料はもらってないので、もしかしたら、あなたがあまりうれしくない取り上げ方をした可能性もあるんですよね。

メディアの編集長をしていたら、よく言われるんですよ。「記事を書いてください」って。名刺にわざわざ「プレスリリースはこちら」と、別のアドレスを書いているぐらい。それぐらい依頼が山ほど来るので。

経沢:私も会った瞬間、どうやって……(笑)。

古田:経沢さんも会ってひと言目で言いましたもんね(笑)。「どうやったら書いてくれますか」って(笑)。

田中:よくあるパターンですね(笑)。

古田:よくあるパターン(笑)。ただ、そこで本当に書くかどうかは、各担当者が面白いと思うかどうかですよね。「人間のつながりがあるからちょっといいものを書こう」なんてことをしてたら、「BuzzFeedって提灯記事ばっかりで、実際にプロダクトに触ったら面白くないし、もう読みたくないよね」とBuzzFeedの人気が下がっちゃうので、そんなことはできない。なので基本は、自分たちが面白いものを作っていることだと思います。

田中:でも面白いもの作っていても、必ずしも目に触れるわけじゃないですもんね。まずBuzzFeedの編集部員の人たちに、目に触れてもらうためにはどうしたらいいんですか?

古田:それはもう、いろんなところでつながるっていうのが1つだし……。

田中:Facebookで古田さんを探して、めちゃくちゃ毎日メッセージを送ったらいいの?(笑)。

古田:(笑)。