6社経験した樋口氏のキャリア

樋口泰行氏(以下、樋口):みなさん、こんばんは。

金曜日の遅い時間に集まってなにかを勉強しようとしているみなさん、本当に偉いですね。

(会場笑)

ということで、自己紹介です。みなさんがどういうところで働いているかわからないんですけれども、自分でもこんなに転職すると思っていませんでした。何社なのかな? 1、2、3……。6社ですね。

今ご紹介がありましたように、昔は松下電器と言ったんですけれども、新卒でパナソニックに入社いたしまして、12年間お世話になりました。

今はそんなことはないんですけど、昔はかなり閉塞感が大きくて、「若いのにあんまり偉そうなこと言うな」「君は若いんだからこの範囲の仕事をしてたらいいんだ」「言われたことをそのままやってりゃいいんだ」みたいな。

松下だけではなくて、ほかの会社もそんな感じだと思うんですけれども。高度成長期でドンドンイケイケで、戦略を別に考えなくても同じ戦略でずっと突っ走ったらいいから、なにも考えずに長時間労働すればどんどん会社は繁栄するという感じでした。だから、今でも「長時間働いた人が偉い」というカルチャーがなかなかしつこくて取れない状態なんですけれども。

そういうことがありましたので、「もっと能力を発揮したい!」みたいな感じで、若気の至りで飛び出したんです。よくある話なんですけれども、留学させていただいて視野が広がって、「もっと自分はできるはずだ」みたいな転職でした。

パナソニックの時は、最初に溶接機事業部に配属になりまして、アーク溶接機の電源の設計をやっていました。まあ、嫌で嫌で仕方なかったですね。

(会場笑)

もう3Kの典型……と言ったら今この溶接機事業部で働いている人間もいるのであれなんですけど、3Kの典型みたいな職場でしたから。1日終わったらもう鼻の中はもうまっ黒けで、スパッタで目が焼かれて眠れない。

スパッタは遮光板をやっていても横から飛んでくるので、眼鏡にぽつっと当たると眼鏡が溶けるんですね。1ヶ月半か2ヶ月ぐらいしたら、このぽつぽつというのがたくさん出てきて前が見えなくなる。そうすると眼鏡手当というのが出て、「そろそろレンズ変えてもいいよ。もう前見えないんじゃないの?」。まあ、そんな職場でした。

(会場笑)

日本企業の常識がグローバル企業の非常識に

そのあと、留学させていただきました。写真が出るかな。(スライドを指して)これが溶接機の汚れを取ったやつですね。(別のスライドを指して)これは留学させていただいた時の写真です。

この前にいる右の人が今サントリーの社長をやっている新浪(剛史)さんですけれども、同じ学年でした。楽しそうな写真ばかりですけど、実際はもう苦しくて、帰りたくて帰りたくて、みたいな感じ。

(別のスライドを指して)これはダイエー時代です。このあと大阪から東京に出てきてコンサルティングの会社に入りました。BCGですね。そのあとアップル、それからヒューレット・パッカード。そして、ダイエー、マイクロソフトということで。

ヒューレット・パッカードとダイエーとマイクロソフト、3社で社長をやらせていただいたんですけれども、一番強烈な経験だったのはダイエーの経験です。その時の写真がこういう感じですね。

行くところまで行って、ファイナンシャルはもう大変な苦境になっていて、そのなかでターンアラウンドしなきゃいけないということで。総合スーパーは、食料品と日常品と衣料品の3本柱なんですけれども、カテゴリーキラーと言いますか、その分野で研ぎ澄まされた感性で、例えばユニクロ、マツモトキヨシ、ABCマートなどがやっているところに対して、「全部やっています」という総合スーパーはもう太刀打ちできなくなってしまった。

そうすると、食品に重心を置いて、あとはテナントで入ってもらうという戦略に切り替えるんですけれど、そのときに差別化がなかなかできない。どこに行っても同じようなものを売っているから、差別化ができるというと、野菜と肉と魚とデリカだけなんですよね。

その差別化できるところがぜんぜん差別化されていない。「もうダイエーの野菜はぜんぜんダメや」とご丁寧に日経新聞が課題をまとめてくれていたので(笑)。「あ、これだ!」ということで野菜の鮮度改革プロジェクトをやりました。その時の写真ですね。

話し出すと長くなるんですけれども、そこからマイクロソフトに移りました。HP(ヒューレット・パッカード)でやっている途中に「ダイエーでやってくれ」と言われて、HPは2年間、それからダイエーも2年間弱と短く終わったので、「こんなちょろちょろ会社が変わってたらあかんな」ということで、マイクロソフトはみなさんが「もういいだろう」というぐらい長くやろうということで、結局10年やりました。

みなさんの中に外資系の人いるかな? 外資系のプレッシャーはものすごいですよね。だいたい日本企業の10倍ぐらいということですから、今10分の1になって楽になっているんですけれども(笑)。

10年経つともうヘトヘトになりました。その時に声がかかって、「古巣でお世話になったところやから、いつかお返ししないといけないな」と思っていたので、迷いに迷ってもう1回また走ることにしました。

やはりずっと同じ会社にいると、どこが悪いのかなかなかわからないと思うんですよ。みなさん、自分の家がもし汚くなっていても、汚くなったこともあまりわからなくなっているかもしれない。ところが、人から「汚いよ」と指摘されると、世の中の標準に対してかなり汚くなっていると初めて気づくかもしれません。

そういう意味では、パナソニックだけではなく日本企業の常識になっていることが、グローバルの企業の非常識のようになっている。日本全体がそういうところがあるので、そこをきっちり近代化していく、と。

あるいは、いろいろな会社でターンアラウンドをやって活性化することに取り組んできましたので、今(パナソニックに)入って7ヶ月ぐらいですけれども、自分のできるところからいろいろ改革をして、来年パナソニックが100周年という話がありましたけれども、さらに100年続く会社にするためにどういう変化が必要か、そのためのきっかけになれたらいいなと思って今がんばっております。

少し長くなりましたけれども、以上でございます。

(会場拍手)

イノベーションで私たちの暮らしをどう変えられるか?

司会者:ありがとうございました。では、林千晶さん、よろしくお願いいたします。

林千晶氏(以下、林):林です。よろしくお願いします。

私は簡単に5分ぐらいで自己紹介を終わらせて、「憧れの樋口さんの話を聞きたい」という熱い眼差しに応えて早くパネルディスカッションに入りたいと思います。

樋口:(笑)。

:私は94年に花王に入社しました。花王でスキンケアや化粧品のマーケティングをやっていたんですけど、その時にダイエーさんからこの業界の厳しさを学びました(笑)。

「価格破壊だ!」「どれだけ店で売ってくれるんだ?」と言われて、相当苦労して「流通って厳しい世界だなぁ」って。でも、メーカーは「10年先20年先、どうやったら人を幸せにできるのか」ということを一生懸命考えているのに、会った瞬間「はい、いくら?」と言われて。

あと、「バレンタインの日にバイヤーに会いに行け」と言われて、意味がよくわからなくて、行ったときにチョコレートを渡しながら「すみません。新卒で入りました。バレンタインです! 商品もセットでお願いします!」みたいなことをやっていたのをふと思い出しました(笑)。

そこで一生懸命ものづくりをしていたんですけど、「もう人ってモノだけで幸せにならないな」「じゃあなにで幸せになるんだろう?」と思ったときに、自分の時間を3分類したんですよ。寝ている時間、起きている時間。起きている時間は、働いている時間と遊ぶ時間。

遊ぶことや恋愛はどうもプロになれそうな気がしなかったので、モノではなくてもっと生き方やコト、価値観みたいなものを作るのだとしたら、それはきっと情報だったりメディアだったりジャーナリストだろうと。しかも「働く」ということをテーマにしたジャーナリストになりたいなと思って、アメリカに留学をしました。

だから、今「働き方改革」とすごく活発に言われていますが、1997年の時に「日本人ってこのままの働き方でいいのかな?」と思っていたのをよく覚えています。

ニューヨークで経済記者として、起業家の方や、もちろんIBMも取材させてもらったりして、そういうアメリカの大企業は終身雇用をどう捉えているのかを調べていくなかで、大きく違ったのがスタートアップのカルチャーだったんですね。

それを夢中になって書いていたら自分も会社を作りたくなって、それで作ったのがロフトワークです。今、2.5万人のクリエイターをネットワークし、年間200件ぐらいのプロジェクトを実行しながら、いろいろな企業の新規サービスや新しい価値創造にコミットするような会社を作りました。

その展開のなかで、「アメリカのダイナミズムをどうやって日本の中に結び付けられるか?」という観点でMITメディアラボとの連携を手がけていたり。

あとは、デジタルファブリケーションのムーブメントが生まれた時に、そういったデジタルの流れが私たち一人ひとりのものづくりや考え方にどう影響するのかをグローバルで実験するための拠点を作ろうとして、今世界に10箇所の拠点を持つ「FabCafe」というものづくりネットワークをスタートしました。クリエイティブのネットワークですね。

最近は、「そういったイノベーションの手法や思考が、今の私たちの暮らしをどう変えることができるか?」という問いをもって、林業に向き合う事業も始めています。以上が自己紹介です。よろしくお願いします。

(会場拍手)