世界一おいしいHUGSY DOUGHNUTS

奥田太郎氏(以下、奥田):みなさん、こんばんは。

会場:こんばんは。

奥田:雨の中、ようこそお越しくださいました。

芝垣亮介氏(以下、芝垣):じゃあ私から。ドーナツの穴制作委員会のディレクターをしております。南山大学という名古屋の大学にいるんですが、そこで言語学をしております芝垣と申します。よろしくお願いします。

(会場拍手)

奥田:同じくドーナツの穴制作委員会の、裏で糸を引いているプロデューサーですね(笑)。同じく南山大学という名古屋の大学で哲学を教えております、奥田と申します。よろしくお願いします。

(会場拍手)

松川寛紀氏(以下、松川):私は聖蹟桜ヶ丘という、ちょっとここから離れたところにいるんですけど。HUGSY DOUGHNUTS(ハグジードーナツ)っていう、「あそぼう!」をテーマにしたドーナツ屋をやっております、松川と申します。よろしくお願いします。少しコラムも書かせていただいております。

(会場拍手)

奥田:なんかちょっと……。

芝垣:はい。松川さんのことだけ、もう少しドーナツ屋さんのご紹介だけいただきたいんですけど。私、この2年間ずーっとドーナツを、まあこの本を書くためっていうのもあったんですけど、日本中、そして世界中のドーナツを食べ歩いてきまして。本当にお世辞じゃなく、その中で世界2トップの1つだと思うのがこのドーナツ屋さんなんです。

それで、知り合いの方には「日本一、東京一」と言ってるんですけど、本当は世界一のつもりで呼んでおります。松川さんは最近、アメリカにも……。

松川:そうなんですよ。僕も、やっぱりドーナツを食べ歩きたいなっていうことで、ニューヨークまで行きまして。ニューヨークのドーナツを朝から晩まで食べ続けて。6時とか、本当朝からやってるんですよ。24時間やってるドーナツ屋さんとかもあって。それで、朝から食べてたら、途中で気持ち悪くなってきちゃって。体が震えてしまって(笑)。途中でハンバーガーを食べ続けるみたいになって。(そんなことを)やってきたものです。

奥田:ハンバーガーを食べ続けて、また震えるってこと? 

松川:ハンバーガーは震えないです、お腹いっぱいみたいな(笑)。

一般書で穴が開いたのは40年ぶり?

芝垣:今日、こういうもの(iPad)を、ちっちゃいんですけど、お見せしながら。そんなに見えなくても大丈夫だと思うんですが、スクリーンの代わりにお見せしようと思います。ですので、もし見えなさそうでしたら、見える位置に適宜移動してください。あとなんか、飲み物は途中でも買えるんですか? 

奥田:そうですね。

芝垣:お店の売り上げにもなりますので、ぜひ……。

奥田:そうですね。トーク途中だからお行儀よくしてなきゃって思って座ってるだけじゃなくて。

芝垣:ビールでもなんでもお買い求めください。よろしくお願いします。

奥田:それでは、さっそく本の紹介に入らせていただきます。じゃあ、お二人はお座りください。僕も座ってていいんだけど、どうしてもなんか、喋るとき立つ職業病で(笑)。今日は黒板っていうかホワイトボードがないので、裸みたいな状態で。それでこれ(iPad)を持ってきたんですけども。よろしくお願いします。今日の流れを簡単に説明しておきたいと思います。

最初に、この本の中身に関して本当にざっと、ご紹介します。そのあと芝垣さんと、ハグジーの松川さんに、ドーナツについてお話を根掘り葉掘りしていただきます。最後に、私と芝垣さんとで、ちょっと深い、概念としてのドーナツの話というか、少し哲学的な話をして、最後にもう1回本の紹介をさせていただいて終わるという流れでございます。

失われたドーナツの穴を求めて

さて、本の紹介です。この本、中身以外にもものすごく魅力的な点がいっぱいあります。今日は、その大きな2つの魅力だけ紹介させていただきます。1つは、実はご覧の通りこれ、(本に)穴が開いております。

このさいはて社さんの編集の方の話によると、「一般書で穴が開いたのは40年ぶりではないか」と。そういう大げさなことを言われてましたけども。この穴を使っていろいろ楽しめます。

スマホのカメラをここ(穴)に当てて、穴の向こうを撮ったりとかもできますので。みなさんもぜひご購入いただければ、「私の穴」っていうのをSNSにあげて、拡散していただければと思います。これが1点目です。

ちなみにこの穴、1人の職人さんが1日がかりで1,000部開けています。ですから、みなさんの手に取っていただいた本は、必ずその職人の方が手に触れているということですので、そういう人のつながりもイメージしていただければと思います。

本の本体とは、どこまでが本体なのか

それから第2点ですけれども。みなさん、これ、帯かカバーかよくわかりませんが、この透明の帯ですね。ここを外すとなんと、洋書のようなたたずまいですね。かっこいいでしょ? これも、我々の売りであります。

これまた哲学的な話になるんですけど、ドーナツの穴がなくなったら、穴はどうなるんでしょうか。残るんでしょうか、なくなるんでしょうか。「穴っていうのはいったい、どういうものなのか?」っていうことを考えるときに、このカバーについているタイトル、これ(カバー)を取っちゃうと、本体の部分に残らないんですよね。

「じゃあこれを取ったらこの本は名無しの権兵衛になるのか?」という話なんですけれども。本体のことを考えた場合はそうなりますが、本の本体ってなんなのかってことですね。

例えば(棚から無作為に本を取り)この本……本屋さんで(イベントを)やるの素敵ですね。この本を見てください。ちょっと、お洋服(カバー)を脱がさせていただきますけども。この本の本体って、どこなんでしょうか。このカバーを取ったこれなのか、それともこのカバーなのか。帯まで含めて本体なのか。

これって、なかなか今の本では難しいところで。このデザインっていうのは、まさにどこまでがこの本の本体なのかということを言うようなものなんですね。帯なのかカバーなのかわからない中間的な位置づけということで、透明の帯の中に小難しい理屈も(笑)。ものとしても美しいという、こういう感じの工夫が入っている本でございます。

ちなみにこの、裏表紙のらせん階段。これはこの本をデザインしてくださった、HON DESIGNというデザイナー会社の北尾さんという方が、お仕事のアトリエというか、オフィスをもっているアパートのらせん階段のようで。

私たちと付き合ってる間に、北尾さん、自分のオフィスのらせん階段が、その建物の穴に見えてきたそうで。で、ドーナツがここにかぶっている、ということになっております。

装丁にもこだわってつくられた、『失われたドーナツの穴を求めて』

芝垣:これ、あともう1つだけ。この(カバーの)フィルムもすごいこだわって、つくるのが大変だったみたいで。これ、裏に字が刷ってあるんですね。

1回刷り、2回刷り、3回刷りって濃度が出るので、本当は3回刷りたかったんですけど、コストの問題で2回になって。これ、刷ったらUVの光が出て、それを通ると一瞬で乾くインクみたいで。だから、タンタン、タンタンってすごい速度で印刷してるんですけど、上から重ねてもひっつかないっていう。

奥田:短時間で重ね塗りができるということですね。

芝垣:つくってらっしゃる方も、「本でこれをするのは非常に珍しい」って言っていたんですけど、そういうかなり凝ったつくりになってます。

奥田:凝ったものですね。ある書店員さんなんかは、「この値段でこのつくりが出せるなんて嘘やろ?」とか言ってる人もいたらしいですね(笑)。という本でございます。

で、ここからちょっと中身の話を簡単にたどらせていただきたいと思います。この本は、ドーナツの穴に関する研究をしている章の部分と、ドーナツ、あるいは穴ですね。ですから、競馬の穴馬とかも入ってますけども。ドーナツ、あるいは穴に関するコラムが含まれています。

今日ここでご紹介するのは、そのメインの部分、ドーナツの穴について研究している部分を、ごくごく簡単に紹介していきます。最初は歴史と書いてますけども、ドーナツに穴が開いたのはいつ? 誰が? というところを歴史学的に探求していきます。この内容は今日じっくりお話いただくので、今ここでは簡単に。そして、第2穴の実証、これはなにを実証してるかというと、19世紀のドーナツを再現するという実験を、実はこの2人(芝垣氏と松川氏)がやったんですね。この話もあとで聞きますので、ここでは省略します。

第3穴は、経済ですね。これは話し出すと長くなりますが、ドーナツの穴はくり抜いてつくられてるんですが、くり抜くと、くり抜かれたボールみたいなものが出てきますよね。ビジネスマンだったら、あれを商品にして売らない手はないということで、ドーナツ本体と、穴をあけた結果出てきたこのかけらそれぞれに、どういう価格設定をして売れば1番儲かるのか、というような話を、経済学的な理屈を使って証明していく、という章でございます。

芝垣:日本ではあれですね、ミスドとかでDポップ、ドーナツポップっていって売られてるやつですね。あれがくり抜いた穴の部分なんですが、アメリカではあれはドーナツホールっていう名前で売られていて。日本人だとこう、くり抜かれたこっちのほうが穴って思うんですけども、アメリカ人なんかはその、くり抜いた先の部分ですね、物体も穴って呼ぶみたいで。その値段付けはどういうふうにするか、すごい難しいですよね。

奥田:そうですね。

芝垣:同じ生地なので、変に安くするとそればっかり売れるし(笑)。

奥田:そうなんですよ、そればっかり売れたらドーナツ屋じゃなくなるんですよ。ドーナツホール屋になる。これが売れなかったら儲からないしということで、さあどういう理屈になってるか、というのが書かれています。非常にクリアに書かれている。難しいんですけど、なかなかおもしろいですよ。

話はドーナツの研究から、概念としてのドーナツの話へ

この1から3までは、ドーナツそのものに関する研究です。で、だんだん抽象度が上がってまいります。いわば食品としてのドーナツの研究から、難しいですけどかたちとか、そういう概念ですね。「概念としてのドーナツってどんなんや?」って思われるかもしれませんけど、概念としてのドーナツの話に入っていきます。

それがその第4穴の、物質文化論。これは、穴をつくるという観点から。穴っていろんな方法でつくれるんですね。そのいろんな方法でつくられる穴は、実はつくる方法が違うと穴の種類が違うんじゃないか、みたいな話がここで論じられています。そして第5穴、コミュニケーション。これ、芝垣さんがいく?

芝垣:どっちでもいいですよ(笑)。まあひとつ、この本の真骨頂かなあと思ってまして。この本、いろんなところがあったと思うんですけども、全部「ドーナツの穴ってなに?」っていうのを、調べるわけなんですね。

例えば歴史だと、なんとなく想像がつくじゃないですか。「いつからあるのかな」とか。経済だと「いくらなのかなあ」とか想像つくと思うんですけど。コミュニケーション学で、ドーナツの穴を捕まえられるのか。なんか、ぜんぜん無関係っぽいですよね。でもそれをやったっていうことで、全学問が本気でドーナツを捕まえにいくんですけど、イメージが湧きにくいと思うんですね。でも、内容としてはすごく読みやすいですよね。

奥田:読みやすくて、そこそこ説得力がある。

芝垣:いや、だいぶあると思います(笑)。

奥田:控えめに言わせてください(笑)。だからこれ、コミュニケーション学という学問の専門家と、哲学者である私と、言語学者である芝垣さんと3人で、何回も書き直して書き上げたという。共同研究と言ってもいいですよね。

芝垣:そうですね。はい、大変でしたね、これは。

奥田:これは新境地。

芝垣:はい、そう思います。

数式が出てこないのに、数学の声が聞こえる

奥田:それから、さらに抽象度は上がってまいります。後ろにいくと、第6穴の数学です。これ、芝垣さんいきましょうか。

芝垣:数学って、たぶんみなさん苦手意識がある人が多いと思うんですね。もしこの本を買っていただいても、一番読みたくないんじゃないかなと思うんです。

奥田:もうすでに感想もね。「数学は飛ばした」というのも。

芝垣:多いですね。理由の1つはやはり、数学、算数が苦手。あと数式が苦手。例えば小学校、中学校、高校って、算数や数学の時間がいっぱいあったと思うんですけど。

奥田:聞いてみますか? 算数が嫌いな人。

芝垣:算数、数学、逆に得意な方。

(松川氏が手を挙げる)

(会場笑)

芝垣:意外なところから(笑)。で、数式が出てこない、例えば足すとか引くとかが出てこない数学とか算数の授業って、あんまりなかったと思うんですよ。これが1つ、問題なんじゃないのかなと思ってまして。これに関しては実は、数学者の森田真生がおもしろいことを言っています。本はありますかね? どなたか出せますか?

(本棚から森田氏の著書を借りる)

奥田:あ、それですそれです。

芝垣:これですね。さすが、本屋さんはいいですね。こんなやつです。森田真生、「数学を通して世界をわかりたい」って書いてるんですけど。

奥田:めっちゃおもしろいですよ。

芝垣:なにを言ってるかっていうと、みなさん、音楽を楽しみますよね? 音楽を聞くと思うんですけど、でも音楽好きでも、例えば楽譜を読める人っていったら急に減ると思うんですよ。「楽譜、私はちょっと読めんねん」と言う人もいるかもしれませんけど、じゃあオーケストラ。聞いたら「わーっ」て思いますよね? でも、オーケストラの楽譜を読める人ってなったら、ますます減ると思うんですね。

じゃあ楽譜が読めない、音楽の理論がわからないと、音楽を楽しめないのかっていうと、そんなことないですよね。「それが数学でもできるんじゃないの?」って言ってるのが、この森田真生って人で。

「例え数式がわからなくても、数学の理論がわからなくても、数学のメロディって聞こえるんじゃないの? 数学演奏会ができるんじゃないの?」って言ってる人がこの人で。今回の我々の数学のチャプターが、まさにそれを実現というか、実演してるんじゃないのかなっていう。そう思いますね。

奥田:数式が出てこないもんね。

芝垣:そうですね、数式ゼロで。でも、なんか数学の声が聞こえるっていう。それでも、ガチンコの数学なんでちょっと難しいですけど(笑)。でも、耳をすませば絶対数学のメロディが聞こえると思うんで、ぜひ楽しんで読んでほしいと思います。