10万時間をどう使うか?

辻信一氏(以下、辻):昔は地域のお祭りで、祭りになると活躍する人っていたよね?

山崎亮氏(以下、山崎):いましたね(笑)。

:よかったのは、会社でもパーティのときだけ活躍する。

山崎:宴会部長みたいな(笑)。

:そうそう。そのときだけのためにいるみたいな。

山崎:(笑)。

:それでいいというのがあった。お祭りなんか行くと、普段は本当にさえないような人が大活躍した。

山崎:本当にそう。まあ、そういう意味では会社も社会も寛容だったのかもしれないですね。それでいいと言えたし、そうやってみんなで生きているんだよねという、その寛容さみたいのがやっぱり極めてなくなってきている。

:昔はゴリラ的ですよね。

山崎:昔はゴリラ的だったんですよ。

:それがどんどんサル化している。

山崎:だから僕らは、この図を見せるときに都会の人たちに対して、「ここの10万時間をどう使うかを考えてくれ」って言うんです。

僕らは、労働の10万時間と老後の10万時間があるけど、ここに労働している現役時代にもまだ10万時間、8時間持っているんだから、これで地域に出てきて、地域の論理みたいな、要するにゴリラ的知性を身につける。労働の分野に帰ったらサル的知性で戦ってもらわないといけないこともあるかもしれない。けど、バランス取りながら65歳までここを行き来しないと。

定年退職して地域に出て、いきなり落ちこぼれになってもらっちゃ困る。なので、ここの行き来はすごい重要という話を、とくに都市部ではやらせてもらうことが多いです。

本当にナマケモノか研究してみた

:ゴリラの話をずいぶんしてたけど、本当に話したいのはナマケモノの話なんです。

山崎:そうだった。

(会場笑)

山崎:そうだった、そうだった。その話を聞きたいです。

:ナマケモノは、あれも哺乳類ですけど、ナマケモノなんて名前を見てくださいよ。ひどいでしょ?

山崎:ひどい名前をつけましたね。

:ねえ。

山崎:ちなみに英語の名前もそういうタイプなんですか?

:そう。ナマケモノって日本語で言うとちょっとかわいいじゃない?  英語でslothというけど、slothというのは、キリスト教の世界で言うと「7つの大罪」の1つとしての「怠惰」。最悪なんです。

山崎:ええーっ! そんな名前をつけられているんだ。

:そう。だから、僕が海外で話をするとき、ナマケモノっていうと、半分の人はニコってうれしそうに笑ってくれるけど、半分の人はすごくイヤそうなんです。分かれるんですよ。

山崎:なるほど(笑)。

:そのぐらい嫌がられた。「なんでそんなに嫌がられるか?」っていうぐらい嫌がられていた動物なんです。それはまあ、要するに、あまりにも遅いわけです。

山崎:遅いんですね(笑)。

:僕も、「いざという時にはそんなに遅くはないんじゃないの?」と思っていたの。僕はあるとき、森で母子のナマケモノを見たんですよ。母と子。それで僕は近づいていった。そしたらやっぱり恐れてね、母が僕を追い払おうとしたんです。そのときの速さを真似しますね。

(辻氏、腕を非常にゆっくり振る)

(会場笑)

山崎:むりむり。追い払えてないぞ(笑)。これで一番速いわけです。子どもいるわけだから。

:そう。

山崎:これはものすごい!

:究極ですよ。だからもうどうしようもないですよ。

山崎:どうしようもない生き物だな(笑)。

ナマケモノから学ぶ本当の共存

:普通これじゃ絶滅すると思うけど、ぜんぜん絶滅していない。他の動物が絶滅しても、ナマケモノはちゃんと栄えてる。

山崎:なぜですか?(笑)。

:1つ、生物学者の間の謎があったんです。それは、いつ排泄してるのかわからない。だから、これは排泄しない動物かと思われたぐらいです。

そしたら、やっと1人の人が決死の覚悟で完全に虫除けして、「いつまでもいるぞ」という感じでずっと観察した。さっきの山極さんみたいにね。観察したら、なんと7〜8日に1回排泄することがわかった。それは木の根元に降りてくる。

山崎:そうなんですか。

:サルはもう人間と一緒でいいかげんですから、糞するのも木の上からバーッとしちゃうわけです。ところが、ナマケモノはちゃんとじーっと降りてくる。降りるスピード、これですから。

山崎:ハハハ(笑)。命かけてますね、それ。

:命かけている。なぜかというと、木の下というのは捕食者の天敵がうようよいるから、一度捕まったら、ぜんぜん敵わない。

山崎:勝てない(笑)。

:どんなものにも敵わない。つまり、もう命がけ。想像してみてください。排泄のたびに命がけというのは、けっこう凄まじい人生でしょ? それで降りてきて、木の下の根っこのところで、こうやってお尻で穴開けてそこに排泄する。それで、そこに葉っぱまでかけておいて、糞塚というのを作ったりするんです。

山崎:丁寧。

:それで、これを見て、僕らのほとんどの生物学者はね、「やっぱりダメだ。やっぱりこれは失敗作だ」と。

山崎:失敗作(笑)。

:「こんなバカなことをしている」と思ったんだけど、「いや、これはなにか理由があるはずだ」と調べてみた。結局ナマケモノは、自分が生きている木に、いただいた栄養の半分ぐらいを返している。

それをやらないと、サルみたいに上から糞しちゃうと、高温多湿であっという間に表面で分解されちゃうわけで、一切土を肥やさない。そうすると、植物が一生懸命根を張るけど、根というのは土の中でしょ。だから木はほとんど栄養を得られないわけです。

現にアマゾンなんかの熱帯雨林の土は非常に貧しい。ある南米の研究によると、すべての植物の根っこの先端の90パーセントは10センチ以内にある。

山崎:10センチ。

:9割がです。ということは、もう、あの巨大な木たちはどうしてるかというと、ひたすら根を横に張っているんです。

だから熱帯をよく歩いていると、もううねうねと、ほとんど土すれすれに根っこを張っている。だからちょっと風が吹くと、もろいんです。バタンと倒れちゃう。倒れるとお煎餅みたいに巨大な板みたいなものが張り付いたまま倒れちゃう。

だから、ナマケモノは、そういう木を支えるために少しでも土を肥やすということをやっていたとわかった。

山崎:失敗作じゃないですね。

:失敗作じゃないんです。そうやって生態系全体を守ることによって、自分自身の生存を守っていく。

我々は植物に生かされている

:だから、本来、人間を含むすべて生き物の生き様は実はそういうものだったんじゃないかと考えられるわけです。

山崎:確かにそうですね。

:ナマケモノを突き抜けて、今度は植物。ナマケモノは動くのがすごく遅い。でも、一応動くじゃない?

山崎:確かに。植物は……。

:植物はもう動くことすらしない。

山崎:(笑)。

:僕らは動物で、しかも動物の一番進化したのが我々だと自分で思っているわけです。そして植物なんて、ずっと下等な生き物だと思っている。なぜかというと、動けないから。

山崎:確かに動けない。

:でも、動けなくても長い間、立派に生きてるわけです。基本的に生物の歴史って植物でしょ。僕らはうろうろそこら中、動き回って、やっとのことで生きてるわけですよ。しかも、僕らが吸っている空気も全部、植物が酸素を作ってくれている。植物は僕らのためにせっせと二酸化炭素を酸素に変えてくれている。

山崎:そうですね。確かに。

:それは結局自分たちのためだって言うこともできるけどね。でも、それにしちゃあまりにも回りくどい。ある意味では、植物たちは、世界中のすべての生き物を生かして、その結果として自分も生きる。

そうすると、これどっちが進化しているのか?

山崎:そうですね。