文春コラムは来世に生きる

村瀬秀信氏(以下、村瀬):では、隣で浮かない顔をしている西澤さん。

西澤千央氏(以下、西澤):なんかちょっと書くの失敗したと思って……。

村瀬:なに? 隠してるけども。「滝行みたいな」?

西澤:本当すごい嫌だったので。

村瀬:嫌だった?

西澤:嫌だった。書くのが嫌だった。絶対「村瀬さんじゃないの?」ってみんなから言われて、なんかもうすごいけちょんけちょんに言われて、みたいなことしか想像できなかった。でも、今、こういうのをやったら、来世でいいことがあるかもしれないと思って。

(会場笑)

村瀬:徳を積むつもりで(笑)。

西澤:なんか滝行をやる、そういう気持ちでと思って書いたんですけど、やっぱり「後世のために」と言ったほうがよかったなと。

(会場笑)

村瀬:でも、オープン戦の1発目でいきなり、俺のことを書いて殺しに来たよね?

(会場笑)

西澤:そう。最初はそこをかたつけないと、やっぱり前に進めないと思った。これからずっと「村瀬さん、村瀬さん」って言われ続けるんだろうなと思ったから。

村瀬:でも、大前提として全人類が俺のことを知ってる書き方だよね(笑)。

西澤:だからあそこで「村瀬さんは書かないよ。ごめんね」って言わなきゃダメだなと思って。

(記事がスクリーンにアップされる)

(会場笑)

村瀬:これは荒れましたね。

西澤:荒れました。自分語りのメンヘラ女とか言われた。

(会場笑)

カープ女子が世に出たきっかけ

村瀬:じゃあ、そんなところで大井さん。

大井さんとえのきどさんは「コミッショナーにお誘いいただいた」と。

大井智保子氏(以下、大井):私からでいいですか? けっこう長い昔の話になりますけど、8年か9年前、まだ「カープ女子」という単語が世の中に出ていない時に、私は野球に関わりたかった。

それこそ今ではたくさん野球友達がいますけど、東京で「カープ」と言っても、「カープってなに?」って言われるような、そういう生活をしてたんです。

それで野球に携わりたいと思って門を叩いた。ライター村瀬という人を、知らない人の門を叩いて、「私、野球に携わりたいんですけど、どうしたらいいですか?」って村瀬さんのところに会いに行ったんですよね。

松中みなみ氏(以下、松中):へえ。

大井:そう、そしたら……

村瀬:これまた内輪の話。

大井:そしたら、「なにがしたいのか?」って言われた。私はとっさに「ライター。野球のこと書きたいんです」と話したら、「はぁ……」みたいな反応。

「カープガール、カープ女子を世の中に広めて、もっとカープのニュースが全国のスポーツ番組で取り上げられるようになりたいです」って言ったら、なんとNumberの記事で村瀬さんがこの記事を書いてくださった。それで、カープ女子が世の中に出たんです。

(記事がスクリーンにアップにされる)

松中:へえ、すごい。

大井:それから「あなたは表に出なさい」と。「ライター舐めんじゃないよ」みたいな感じで、門前払いされつつ、こういうふうに書いてくださって、みなさんに知れ渡るカープ女子ができたんです。

それから9年たって、いきなり電話かかってきて、「大井さん、あの時、文章書きたいって言ってたよね? 書いてみない?」って言われたんです。

8年、9年前の話で、別にカープファンでもない村瀬さんが、こんな1人の「誰?」っていう女のところに来てくださって「大井さんならできると思うから」って熱く言っていただいた。「本当はもっと上手な人がいっぱいいるけど、俺はあえて大井さんでいってみたいんだよね」と。

松中:すごい村瀬さん、かっこいい。

村瀬:ちょうどカープが、去年25年ぶりの優勝をしたこともあったので、「カープ女子」が一つの役目を終えて、これから先どうなっていくかというのはちょっと面白いなと思ったんですよ。

大井:そう。すごいかっこいいなと。

DOMI氏(以下、DOMI):横でえのきどさんがずっと笑ってる(笑)。

(会場笑)

DOMI:話せば話すほど、クスクスクスクス。

村瀬:村瀬を殺すタイム? 俺はどうしていいかわからないですけど。

大井:それでその情熱で、「はい。できるかわからないですけど……」と言った。

えのきどいちろう氏(以下、えのきど):「もうみんな村瀬さんのおかげだ」って話をみんなでしましょうよ!

(会場笑)

文春から突然の電話に驚く

村瀬:ちょっと待ってください。

えのきど:村瀬さんだよね。村瀬さん、すごいですよね。

(会場笑)

村瀬:ごめんなさい。やめさせてください。トリで松中さんで落とさせていただきます。

松中:私はこれかな?(「何かあってももみ消してくれそう」)

村瀬:意味がわからないです(笑)。

(会場笑)

松中:いや、本当に。私はマネージャーさんのもとに突然、電話がかかってきたんです。プルルってかかってきて、一発目で出て、「文春です」って言われたそうなんです。

(会場笑)

「やっべえ。うちの松中、なにかやった?」って。

村瀬:なりますよね。

松中:私は隣にいて、マネージャーさんの顔がすっごいこわばったのがわかったんです。口で「文春、文春」って。

(会場笑)

「うわー、私ダメなのかな」と思って、本当に怖くて……。

山田隆道氏(以下、山田):でも、心当たりがあったから怖いんですよね?

村瀬:鋭いですね。

山田:だって心当たりがなかったら、なにも思わないじゃないですか。

村瀬:確かにそうです。どうなんですか?

山田:なにがあったんですか?

松中:……えっ?

(会場笑)

山田:めっちゃ怖いです(笑)。

村瀬:芸能界ということでね。

山田:めっちゃ怖いので、忘れてください(笑)。

松中:やっぱりこういう世界なので、なにか勘違いされちゃったのかなって(笑)。

(会場笑)

村瀬:ということですね(笑)。

松中:なにもないのに……あれ? 今、私、墓穴掘っています? 違うんですけど……。

村瀬:はい、西澤さん。

西澤:いや、もみ消してもらえますよ。

松中:本当ですか!?

西澤:作家タブーというものがあって、大丈夫です。

(会場笑)

松中:本当?

竹田:なに わかったこと言ってるの?(笑)。

松中:うわー、うれしい。でも、私にかかわらず、とくにニィニィ(松中信彦)がすごく大好きなので。女の子が。

(会場笑)

竹田直弘氏(以下、竹田):聞かなかったことにします(笑)。

松中:でも、これは本当に仕方ないんです。本当に。違うんです。これ遊びとかじゃないんですよ。本当に。仕事なんですよ。

(会場笑)

村瀬:もう……わかりました。次いきましょう。次!

松中:なにかあったらお願いします。本当に。

村瀬:はい、そこらへんは竹田さんにお任せください。

野球とラジオに育てられた

村瀬):では、えのきどさん、お言葉をいただいて最後に。「情景描写」?

えのきど:雰囲気とか、短い文で伝えるのは難しいな、という意味です。

さっき竹内さんがおっしゃった、ラジオの話をしたい。僕はラジオで野球を聴くのが大好きなんです。わざわざradikoで、1回見たやつを、翌日とか、最後のいいところだけ聴いたりする。

(会場笑)

radikoのタイムリードができたタイミングは、去年のクライマックスシリーズだったんです。日本シリーズは縛りがあってできなかったけど。

だからソフトバンクと、つまり九州のKBC、RKBと、北海道のHBCがそれぞれに作った。つまり、大谷が165キロで抑え込んだ側と抑え込まれた側の両方から中継をしている。それが、はじめてラジオで、タイムフリーで聴けたわけです。これはradikoのタイムリードのおかげ。

わりと僕、野球のコラムを書いているときに情景をどう置くのかというと、ラジオの実況から、わりと引いているところもある。たぶん、ここにいる人って野球濃度がすごく高いと思う。

村瀬:高いでしょうね。

えのきど:「この単語を置くと、こういう情景が浮かぶ」とあるはず。だってラジオの実況アナウンサーって、森羅万象の中でそれだけ言う。主にバッテリー間のことだけどね。

僕が野球をラジオで聴き始めた、例えば小西得郎さんの頃は、神宮球場の空が、だんだん夕景が暮なずんでいって、そこにカラスが飛んでいる話とかひょっと入れたりする。

村瀬:それやると思う。想像できますね。 

えのきど:その頃、僕、和歌山に住んでいましたけど、和歌山と東京の夜の暗くなり方が時差がある。

村瀬:なるほど。

えのきど:「神宮ってそうなんだ」と思いながらドキドキした。プロ野球って7時しか、テレビでやらなかったから、ドキドキしながら、僕もグローブを持って、コンクリートの塀に向かって(投げていた)。僕はその時に「両方のピッチャー」になるんです。

村瀬:両方のピッチャー?

えのきど:「ピッチャー振りかぶって第1球投げました」、僕も投げる。それで、「その時の自分の一番いい球を最初に見つけなきゃダメだ」って解説者が言う。

(会場笑)

村瀬:なるほど。その解説の言葉に沿って、投げるわけですね。

えのきど:「俺も見つけなきゃ」と思って。そういう、みんなの体の中に眠っている野球を喚起する言葉があるわけです。それを見つけたいわけです。

例えば昨日あった試合でそれを書くとして、「文春野球コラムを読んでいる読者を一番喚起する言葉ってどれなんだろう?」と。当たりを見つけていく感じがすげえ楽しい。だけど、そこがやっぱり一番難しいわけです。

村瀬:難しいですよね。

読者のイメージと野球をする

えのきど:だからなるべく、この言葉をボーンと置くと、その時の「うわー」っていう歓声だったり、匂いだったり、いろんなものが、ぶわって浮かんでくるような何かがないかなと。それを工夫するのがやっぱりすごく楽しいよね。

村瀬:表現するにも、この前のオバンドーも、「森のよう 静かなる男」でしたっけ? あれはすごい。もう言い得て妙というか、すごい伝わってきましたよ。

えのきど:それを自動翻訳してどう捉えているんだろうね? (会場笑)

だって、僕の考えている「深い森のよう」は北半球の言葉でしょ。だけど、あの人は、そういうところの人じゃないから。

(会場笑)

村瀬:そうですね。

えのきど:森のイメージってたぶん違う。つまり、ぼんと置くとどんな言葉が響くのかは、読者のイメージを想定しないと。

村瀬:そうか。

えのきど:南半球の人に言ってもわからなかったりする。

村瀬:受け取り方がぜんぜん違いますね(笑)。

えのきど:僕もブラジルに行った時にびっくりしたけど、南半球って不動産のチラシに「北向きの日当たりのいい部屋」だもん。

(会場笑)

村瀬:なるほど。

えのきど:逆になるんです。

村瀬:やっぱり情景描写っていうのは、そういうことも大事と。

糸井が5階席に飛び込んだ!

中川充四郎氏(以下、中川):今、えのきどさんのお話を聞いて、ラジオ中継も、3〜4年前からボール・ストライク、逆になりましたよね。

村瀬:なりましたね。

中川:昔は「ワンストライク・ツーボール」「ツーストライク・ワンボール」、ストライク・ボールだった。七五調だったのが、今、七五調じゃ言えないんですよね。

ボール・ストライクはいいですけど、放送で聴いていると、日本語の野球中継として、あれが馴染めるのはいつなのかな?と、いつも思っているんです。

村瀬:そうですね。

中川:だから日本の七五調はすばらしいと思うんです。

村瀬:確かにリズムとして刻まれてますからね。

えのきど:あと、さっき山田さんがおっしゃったことで、例えがつまらないというレベルってある。だけど、その例えがすごくいいときは情景喚起まで届くんです。

山田:そうなんです。今、えのきどさんのお話を聞いていて思ったのが、僕は毎日放送の実況アナウンサーに友人がいるんですけど、ラジオのアナウンスでホームランのシーンがあるじゃないですか?

村瀬:ありますね。

山田:ホームランのシーンの時のラジオを注意して聴いてもらいたい。例えば、タイガースの話を例に出すと、糸井がホームランを打ちました。普通は「さあ、糸井が打った。ああ、大きい、大きい。糸井が打った。大きい、大きい。打球が5階席に飛び込んだ」という実況になる。 これがラジオになると、実況の言葉を意識的に省くんです。どう省くかというと、「糸井が打った。糸井、大きい。糸井、大きい。糸井が5階席に飛び込んだ!」って言うんです。

(会場笑)

村瀬:なるほど。

山田:これはね、意図的なんですよ。普通に考えて糸井が5階席に飛び込むわけはないんです。

村瀬:飛び込んだエピソードは今のところないですね(笑)。

山田:ただ、不思議ですけど、「糸井が飛び込んだ」という言葉によって、まさに今えのきどさんがおっしゃった、情景はそっちのほうが一気に伝わる。けど、実際のところ糸井は5階席に飛び込まないですから。

(会場笑)

村瀬:それはちょっとした事件ですね(笑)。

山田:でも、注意して聴いていると、次の日、上本が飛び込んでましたから。3階に。

(会場笑)

村瀬:上本も飛び込みましたか! しかも、3階ですか(笑)。

山田:ラジオの実況アナウンサーは、テレビの実況をやるときとちょっと変えるんです。ラジオのほうが情景がないからこそ、詳しくしゃべらなきゃいけないと思うのは大間違い。ラジオだからこそ、言わないでいいことがある。

要するに、直喩にすべきところを暗喩にすることによって、行間を作る。すごい高度な話ですけど。

村瀬:なるほど、勉強になります。

山田:えのきどさんおっしゃってた時、「ああ」って僕も思ったんです。

村瀬:すごい。野球を書くことの難しさからラジオの話にまでいってしまいました。

(会場笑)