人類を病原菌から救うのは動物の母乳!?

マイケル・アランダ氏:薬学における最大の発見の1つは、1900年代初めに抗生物質が発見されたことでしょう。新たな武器を身につけた医師たちは、それまでどうすることもできなかった細菌感染に立ち向かえるようになったのです。

ところが細菌の繁殖能力はとても強いため、抗生物質が効かなくなる、遺伝子の突然変異が起こってしまいます。実際MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)は、たくさんの抗生物質が投与される現代の病院で流行する細菌です。

そこで研究者たちはこうした多剤耐性菌、「スーパーバグ」と戦うための新たな物質を探し始めたのです。その1つは……「タスマニアデビルミルク」です。

2016年10月に発表されたシドニー大学の研究者チームの論文では、有袋類の母乳にカテリシジンという抗微生物物質が存在すると言及されていました。哺乳類と鳥類にみられるこの物質は、細菌や真菌の膜を突いて穴を開けて殺すはたらきがあります。

人間にはカテリシジンがこれまで1種類しか見つかっていませんが、タスマニアデビルはなんと6種類も備わっているのです。このカテリシジンは、「Saha-CATH1」から「Saha-CATH6」と名付けられました。生まれてすぐのタスマニアデビルの赤ちゃんはお母さんの袋に存在する細菌への抵抗力を持っていないため、この免疫システムは極めて重要です。

研究者チームは合成した6種類のカテリシジンの、25種類の細菌と6種類の真菌に対する反応を観察しました。3種類のカテリシジンは抗微生物反応を見せなかったので、タスマニアデビルが持つ他の免疫システムと関係があるのだろうと考えられました。しかしSaha-CATH3と5と6は反応を見せたのです。

Saha-CATH3はとりわけ1種類の真菌に対して効果がありました。一方Saha-CATH6は、何種類かのレンサ球菌、さらに薬剤耐性を持つVREF(バンコマイシン耐性腸球菌)に対して効果がありました。

そしてSaha-CATH5は新薬開発で最も期待される結果を出しました。なんと半数のバクテリアと真菌に対して効果を見せ、その中にはスーパーバグであるVREFとMRSAも含まれていたのです。細菌との終わりなき戦いをするうえで、薬を開発するために他の動物たちから学ぶことはまだまだ多くありそうですね。

二酸化炭素をエタノールにもどす

研究者たちがみな、獰猛な哺乳類の母乳を研究しているわけではありません。アメリカのオークリッジ国立研究所の実験室では、別の新たな発見があり、大気中の二酸化炭素量をコントロールできるのでは、という期待から大きく報道されました。二酸化炭素をエタノールに液化させるのです。

化石燃料を燃焼させる時に発生する二酸化炭素が、温室効果ガスとして地球の気温上昇の原因の1つであることは広く知られています。研究者チームはナノテクノロジーを用いた触媒によって、二酸化炭素をメタンガスなどの炭化水素に変換したのです。

まず炭素原子と窒素原子を50ナノメートルほどの小さなトゲ状の形にします。次に数100個程度のわずかな銅原子をふりかけます。銅は高い導電性を持っているため、電子を動かして化学反応が起きやすくする触媒のはたらきをします。

そこに電流を流すと銅がトゲ部分に電流を集めるため、ごくごく小さな稲妻が発生します。二酸化炭素を水に溶かし、集めた電流と小さなトゲを使うこのナノテクノロジーによって、還元反応の触媒作用を促せるのです。

この反応は、二酸化炭素分子が酸素原子を失って水素原子を得るという、一酸化炭素ができる場合と似た反応です。さらに一酸化炭素が結合し、その過程で酸素原子をさらに失えばエタノールができ上がるのです。燃えカスを反応させて燃料に戻すという、不可逆反応である燃焼反応を逆転させたのです。

二酸化炭素をメタンガスに戻そうとする研究は以前にも行われていました。しかし余計な副産物を出さずに液体のエタノールを生成することはさらに難しいことです。ところがナノテクノロジーによって大きな成果を上げました。電流の63%の電子と、二酸化炭素分子の84%がエタノール分子へと反応したのです。

炭素、窒素、銅といった一般的な物質を使っているため、産業として大規模に実用化できれば一層大きな効果が期待できます。しかし現状では反応を起こすためのエネルギー効率がとても悪いため、そのためにはまだまだ多くの研究が必要です。

しかも生成したエタノールを燃料させれば二酸化炭素をまた空気中に戻すことになるので、この技術は大気中の二酸化炭素を減らすわけではありません。それでも二酸化炭素量の上昇を止めて、他の燃料を燃やす必要はなくなります。

タスマニアデビルミルクがどんな致死的な細菌に対しても効果があるわけではないように、この技術も気温変化に対する魔法の杖ではありません。しかしこうした科学研究の新たな発見の小さな積み重ねが、やがて大きなブレイクスルーにつながるのです。