Pepperの意思決定には“感情”がある

孫正義氏(以下、孫):笑い話というのは本当に……。僕はちょっとバカだから考えたんですよね。人工知能が究極に進んでいって、シンギュラリティでことごとく人間の知恵を上回っていった時に、その人工知能が人類を滅ぼすかもしれないと。

山中先生がおっしゃったように、この人工知能の知恵が生産性だけを追い求めていくと、ゲノムの編集だっておかしなほうに使われる。だから、人工知能が単に生産性だけを極めていくと、いびつに、極端に害になるリスクがある。じゃあ「人間の知能においては極端な生産性の追求を制御してるのか?」と。

そもそも脳の中のホルモンというのは、ドーパミンとノルアドレナリンとセロトニンと、これが三大脳内ホルモンですよね。ドーパミンだけでいくと、興奮をどんどん追い求めていく。ノルアドレナリンは危機から身を守る、逃げる。痛いとか、そっちの感情なんですね。これが極端にいきすぎると、恐怖心ばかりになってしまう。

その両極端、快と不快のバランスを整えるのがセロトニン。セロトニンがあるから、道徳とか理性、調和、和解とか、そういうものが生まれてくる。結局、僕は感情というのも人間の脳の働きの1つで、それは知能の1つだと思うんですが、僕は「この三大要素のセロトニンの部分まで含めて、人工知能というのは実現しうる」と信じている側の人間なんですね。

みなさん、テレビでPepperを見たりするじゃないですか。Pepperはぜんぜん筋肉ないんですよ。歩けないし、走れないし、飛べないしということなんですけども。しゃべるのも、時々こまっしゃくれたこと言うけど、たいした能力持ってないですよ。唯一、今までのロボットと違う「人類史上、初めて作ったといえる要素」は、人間の感情「心」というものをコンピューターに入れ込もうとした、その最初の試みがPepperなんです。

Pepperには「自分の家族が今悲しんでるな」「喜んでるな」「怒ってるな」「さびしがってるな」をなんとなく理解するという能力を入れてあって。さらに、感情を持つということは、まず感情を理解することなんです。感情を理解して初めて自らも感情を持って。その感情で、つまり脳が快を感じるために意思決定し、動いていく。

感情がそれ(意思決定)のトリガーになっていくのであれば、Pepperには意思決定するための感情を持たせたい。生産性を求めるコンピューターの開発は世界中のいろんな企業がやっているけれども、まだ誰もやってなかったのがコンピューターや人工知能に感情を理解させて、道徳心とか、理性だとか、やさしさとか、愛情とか。そういうものを人工知能に僕は持たせたいと。

それを持たせることによって、人工知能が行き過ぎる、生産性を求めすぎるところにバランスを取り戻すという制御機能としたいんですね。エンジンだけじゃなくて、ブレーキ機能が必要だと。

制御機能を持たせるために、僕はむしろ感情を理解し、道徳心を持たせたい。コンピューターに道徳心を持たせようという世界初の試みがPepperなんです。実は深いんです、あれは(笑)。

(会場笑)

羽生善治氏(以下、羽生):私、実は取材の時にPepperと花札をやったんですけど。Pepper、わざと負けてくれて。喜ばせてくれました(笑)。

(会場笑)

気を遣ってもらいました、Pepperに(笑)。

:(笑)。

異なった個々人が共感し合う必要がある

そういう、技術がどんどん進化するというなかで……。そろそろ時間になってきましたけど。ぜひ先生方にお聞きしたいのは、そういう世の中がやってきた時、コンピューターのほうが人間よりはるかに賢いという時代がきた時に、「人間は、我々は、なにを考えて、どんな人間になっていく必要があるのか?」ということなんです。

とくに今、若く優れた知能の彼らになにを考えてほしい、どんな人間になってほしいかと。そのへん、どうですか? 五神さんにお願いします。教育者としてお話を(笑)。

五神真氏(以下、五神):今までの人類社会の成長は、やっぱり全体のクオリティ・オブ・ライフをよくしようというものでした。それから高品質なものを大量生産して、よいものを安く作るための技術を追求した。その結果、たぶん平均値としては良くなってきたといえるかもしれない。

しかし、それがかなりのレベルに到達した時、これからはそれぞれ異なった個々人が違うなりに生き生きと暮らせる社会を作っていく必要があるだろうと。そのなかでずば抜けた能力を持っている人たちが、全体のために活躍できるような社会を作っていかなきゃいけない。

そのためには、各人が自分と他人との違うところを認め合う、違うんだけれども共感し合うという心を持つ必要があります。そういう能力をみなさんが高めていってくれると非常にいいのではないかなと。

最後のメッセージなので私の大学の宣伝をしますと(笑)。我々はそういう人たちを……ウェルカムです。

(会場笑)

先生たちもいろんな人がいます。まだこれからという人はぜひ挑戦して、うちに来てほしいなと思います。東大に限らず、そういう場で自分と違う人たちと積極的に接して、自己の能力、あるいは他者の能力を認めながら高めていっていただきたいと思います。

:羽生さん。

羽生:そうですね。長い歴史の中で、明らかに今は最も多くの情報や最先端のテクノロジーがある。

例えばなにかを学んでいくこととか、進歩していくこと。それに伴う倫理観とか、すべてが一番いい時代を迎えているという意味で、若い人たちには絶好のチャンスが訪れているんだと思っています。

一方で、もう1つ感じるのは、大量のデータに基づいて確率的に分析された「こっちのほうがいいですよ、悪いですよ」という流れが顕在化してしまっているので。それだけでものごとを決めるのではなく、多様性というか、「自分はこっちのほうがおもしろいから」「こっちのほうが可能性を感じるから」とか、いろんな道や可能性にぜひぜひ挑戦してほしいと思っています。

山中氏「日本を外から見てほしい」

:山中先生。

山中伸弥氏(以下、山中):京都大学も、みなさんウェルカムです(笑)。

(会場笑)

よろしくお願いします(笑)。

五神:(笑)。

山中:今日、前に座っておられる、これから日本を支える年代の方にとって、今後の道は2つあるような気がするんですね。1つは羽生さんが歩んでこられたような、6才からずっと将棋をされて、道を極めるというやり方。直線型ですよね。これが1つ。

もう1つは、僕は回旋型と呼んでいて、自分自身どちらかというとそうなんですが。自分でも予想していないところにどんどん行ってしまう(笑)。僕の家内はよく僕に「あなたと結婚したせいで、私の人生ジェットコースターみたいや」と言いますけど(笑)。

(会場笑)

まさにグルグル、回旋型。どちらかというと、日本ではずっと直線型が多かったと思うんですが、両方ともとっても素敵な生き方だし、どっちもいいと思うんです。今、5〜6才の人もいると思います。だから直線型になるかもしれない。でも、回旋型の人生もありますから、どっちかはやってほしいなと(笑)。

それで、回旋型をやるんだったら、もう日本飛び出して早い段階から世界、とくにアメリカを見てきてほしい。なんやかんや言っても今、アメリカが中心です。僕が初めてアメリカに行ったのは31才なんですね。それで、毎月行っているんです。この10年間、欠かさず毎月、年12〜13回行っています。

:今でも毎月?

山中:今でも。また明日から行きます。でも、今だに英語で苦労しているんです。

:うん。

山中:アメリカのホテルに行ってレストランの場所聞いたら、「Where is a restaurant?」と聞いたら、レストルーム(restroom)の場所を教えてくれたりしますから。

(会場笑)

だから、ハンディなんですね。でもみんな今なら、ぜんぜんハンディになりませんから。どっちの人生でも、直線型でも回旋型でももう絶対、今のうちにチャンスを生かして、日本を外から見てほしいなと思います。本当に僕、もういっぺん人生やり直せるんだったら絶対そうします(笑)。それが一番伝えたいことです。

世界中から優れた頭脳が集まるアメリカ

:ありがとうございます。ラッキーなことに、僕は16才でアメリカに渡りましたけど、親がアメリカにいたわけでもないし、親戚がいたわけでもない。友達がいたわけでもなくて。ただ単に思い立って渡米したんです。

坂本龍馬の本を読んで、幕末の明治維新を起こした彼の本を15才の時に読んで、感動して。「こんなえらい人が日本にいたんだ。これはもう、すばらしい人だ」って。

その彼が33才で暗殺されて、死んだわけですよね。彼がいなかったら日本の明治維新はもっと違ったかたちというか、遅れていたと思うし、僕は大変な傑物だと思うんですよ。その彼は海外を見たくて見たくてしょうがなかったんです。

明治維新の新政府を作った時に、明治新政府の大臣だなんだなどの布陣は、ほとんど彼が提案して決めたんですよね。

その時に西郷(隆盛)さんが「龍馬、おはんは、ところでなにをやるんだ?」と言ったら、龍馬は西郷さんだの、桂(小五郎)だの、いろんな人を大臣に入れたんだけど、「自分は起案者だから、自分は日本国政府の一員には入らない」と。それで「じゃあ、なにをするんだ?」というと、「世界の海援隊でもやろうかと思う」と。

つまり、そこで初めて海外に行って世界を見て、そして事業家になると。事業家というよりも、世界を変える人になるというようなことを言って。それで僕は「あのえらい龍馬が結局、死ぬまで、暗殺されるまで、海外へ行けなかったから、自分が代わりに行こう」と(笑)。

(会場笑)

それで16歳で日本を飛び出て、アメリカに行って。結果、行ってよかったと思います。山中先生もおっしゃった通り、アメリカには世界中から優れた頭脳、傑物が集まっています。

まさにアメリカンドリームで、裸一貫から行って大活躍をするというハングリー精神の人たちが、世界中から集まってくる。そこで、英語で同じように気楽に会話ができるということは重要だと思いますね。

人工知能が戦争を仲裁する世界

時々「孫さんの英語はわかりやすい」「自分にもわかる」とか言われて、喜んでもらうこと多いんですけど。本当は僕、もうちょっと単語を知っているんです(笑)。もうちょっと文法も知っているんです。

だけど、あえて使わないんです。自分が知っている範囲の単語とか、自分が知っている範囲の言い回し、複雑なことを複雑に言おうとすると、それを聞ける人、わかる人の数が減るわけですよね。

英語には「アメリカ人向けの英語」もあるんだけど、僕がしゃべろうと思っている英語は、中国人だ、メキシコ人だ、ドイツ人だ、日本人、韓国人……。こういう世界中の、英語を第二外国語として、カタコトでしゃべっている人々がいるに向けてしゃべっているんです。

みんながコミュニケーションの最大公約数として英語を使っているわけです。多くの研究者、多くの事業家が。

第二外国語として英語を使っている人たちにもわかるように、あえて言葉を選んで集約して、シンプルに言っている。それはどうでもいいんですけども、とにかく英語というのはみなさんが若いうち、今のうちから第一国語としてしゃべれるぐらい、身につけてほしい。これが1つ。

もう1つは、どんな研究者になろうが、どんな事業家になろうが、どんな仕事をしようが、もはやこのコンピューターを使わずして、その分野の第一人者になるというのは難しいです。将棋の世界でも、やっぱりコンピューターを使って解析したりしますよね? 名人。

羽生:そうですね。

:だからこれからの時代のみなさんは多くの人々に通じる英語と、それからコンピューター語。この2つは、早い段階でもう自在に使えるというところまで身につけてほしい。登る山がどんな山であったとしても、スポーツ選手ですらコンピューターを最大限に使った人が一流選手になるんです。

そういう時代がもうやってきているという意味で、そのコンピューターは僕が生きている間にはまだ無理かもしれないけど、みなさんが活躍する頃には、Pepper80ぐらいになっているかもしれない(笑)。

(会場笑)

今はPepper1ですけどね。Pepper2、Pepper3、その頃には本当に心を持ったPepperが生まれるかもしれない。「Pepperが言うから、戦争やめとこう」「ケンカやめとこう」と。

そういう人工知能にバランスを取らせるようなことも、みなさんの世界の誰かがやってほしい。人工知能の最大限の能力を使いながら、併せて制御する部分も一緒に研究を続けてくれるといいなと、僕は思います。

結局、人間は人間のために尽くす。人間だけのためではなくて、この地球上、この宇宙にいるさまざまなものに対してやさしさを持ち、愛情を持ち、慈しんで、みんなが調和をとれて、幸せになれるようにと。

「抜きんでる」を抑えつける教育はおかしい

子供の時、僕、夏休みの宿題とかで山にセミをとりに行って、標本作りするのが得意だったんですね。

網でとるだけじゃなくて、手づかみでもこうやってパッと。かなり上手に手でつかめるというところまでいった。つかんだら虫かご入れて、チュッと注射で液を入れるわけですよね。そうしたら、おとなしくなって。結局、死んでいるんですけども。

それを小学生の時、得意でやっていたんだけど、ある時、物心ついて。「なんて俺、残酷なことをしていたんだろう」「生きているセミを注射して殺していたんだ」と。もうすごい罪悪感にかられて。

大人になった今でも、ハエとかクモとか絶対殺せないんです。家とかにいると必ず、セミとりで学んだこれ(手づかみ)で、ビニール袋で傷つけないようにピャッと捕まえて、ピャッとこうして窓の外に逃がしてあげる。結局、生きているあらゆる生命体にやさしさ、慈しみをということを学んだんですね、幼く、原始的な時に。

自分の標本作りに情熱を燃やすというんじゃなくて、やっぱり最後は人間のために尽くす。併せて、生きとし生けるもの、さまざまなものに愛情を注いで、この地球も大事にしてもらって。ぜひぜひこの科学技術の力、知恵の力、テクノロジーの力を、欲望のためだけではなく使ってほしい。本当にそういう広い深い愛を持ってほしいな。知恵があるみなさんだからこそ、なおさらですよ。

なぜ僕がみなさんを支援しようと思っているかというと「小学生、中学生でバレリーナになった」とする。これ、大人が「立派なバレリーナになりなさい」「立派なピアニストになりなさい」「立派な野球選手、サッカー選手になりなさい」といって応援するわけですね。優れた野球選手、優れた芸術家になることを応援すると。僕は知能の力が優れたみなさんを、同じように応援したいわけです。

一般的な学校教育、とくに日本の一般的な小学校、中学校の学校教育では「抜きん出る」ということをこう抑えつけて、平均的に教育してしまおうという。あまり先に進みすぎると先生がしかめっ面する場合がある。僕は、それはちょっとおかしいと思っている。

みなさんの優れた能力をもっと伸ばして、もう世界一、人類一、優れた知能を持った人間として活躍してもらいたい。若いうちに留学してもらいたい。若いうちに多くの優れた人に会ってもらいたい。

若いうちに、みなさんが「留学したい」とか……。全員の留学を僕が金出すわけにはいかんけど。そうしたら、いくらあっても足らんもんな(笑)。

(会場笑)

でも、優れた子供のピアニスト、音楽家、野球選手がいたら、やっぱりスポンサーとして応援するじゃないですか。僕は、みなさんを応援したい。人類代表になってもらいたい。

だから、みなさんが「留学したい」、みなさんが「勉強する教材、買いたい」、もうそんなもんだったら、僕は無制限に出してあげる。返さなくていい。1円も僕に返さなくていい。みなさんを応援したいと。

みなさんが、それを多くの人々に貢献してくれると信じているから。ぜひそういうことで、おおいに悩んで、おおいに考えて、おおいに努力して、多くの人々に役立ってもらいたいと思います。時間になりました。

すみません、僕が最後、しゃべりすぎましたけども。本当に日本、世界を代表する優れた先生方と一緒に、この場を過ごせたということはすばらしいことだと思います。

(会場拍手)