長女イヴァンカと夫ジェアードの影響力

広瀬隆雄氏(以下、広瀬):次に、イヴァンカ・トランプ。彼女はドナルドの長女ですよね。

今回は入閣しません。つまり、公式の役職とかタイトルとか、そういうのは一切ありません。ただ、みんなが理解しておかななきゃいけないことは、タイトルがある・ないにかかわらず、ドナルド・トランプはイヴァンカの言うことにはものすごく耳を傾けています。

例えば、最初に説明したラインスプリーバスを(首席補佐官に)抜擢して、ポール・ライアンとうまく丸く収めて、税制改革を最初のアジェンダに持っていきなさいということをアドバイスしたのはイヴァンカなんです。

だから、このトランプ政権のなかで一番キレる賢い奴は、このイヴァンカとその旦那のジェアード・クシュナーです。

このジェアード・クシュナーという人は……今年の夏にトランプが共和党の公認候補になったあとで、トランプの選挙事務所がハチャメチャになったことがあったんですよね。

なぜハチャメチャになったかというと、公認候補になるまでは、指名争いで、ドナルド・トランプは「俺はビリオネアだ」と。「金はもう湯水のようにある」と。「だから共和党の選挙資金なんかいらない。俺は自分の選挙資金で選挙を戦う」と言ってしまったわけですよね。大ぼら吹きだから。

そうしたら、自分が公認候補に選ばれてしまったと。確かにトランプはお金もたくさんあるわけだけども、今日すぐに選挙資金でうん億円をポーンと出せるかというと、そんなにキャッシュ・フローがないわけです。

それで金欠になってしまって、選挙事務所が賄えない。それでスタッフも雇えないということで、事務所がハチャメチャになったときに、「もう見てらんない」ということで、「僕にやらせて」と馳せ参じたのが、イヴァンカの旦那のジェアードなんです。

彼はドナルド・トランプの選挙事務所に行ったら、すぐ選挙事務所長をクビにして、それでスピーチライターを雇って、スタッフを雇って、デジタル戦略を決めて、それで副大統領にマイク・ペンスを決めました。そういうことは全部ジェアードがやりました。

彼はビジネスマンですけれども、25歳のときにお父さまがやっているニュージャージーの不動産物件をリーマンショックの前に全部売り切って、それでマンハッタンの5番街の666ビルという大きなビルを買収して、それの大家さんです。

ドナルド・トランプはビジネスマンなので、「俺は経済のことはわかる。経済のことは俺に任せておけ」と。

そういうトランプ本人が自信を持っているエリアに関しては自分でやる。ないしはイヴァンカ、ジェアードなどの家族からのアドバイスを聞いて、いわゆるワシントンDCの専門家の意見は一切無視する。それがトランプのやり方です。

しかし、トランプは政治家の経験ゼロですから、外交問題、移民問題、福祉問題といったことはわからないわけです。

それに関しては、今までずっと見てきたような大砲級のプロを抜擢して、そいつらに任せると。そういうマネジメントの仕方をしてるということです。

ドナルド・トランプの税制改革の特徴

トランプ減税に関してひと言いっておきたいんですけど、先ほど「(税制改革のたたき台になる)下院案はもうできてる」と言いましたけど、それもそのはずで、ドナルド・トランプは選挙戦で、経済政策に関する公約がぜんぜんなかったわけです。

それで慌てふためいて、自分の政策を打ち出すにあたって、すでにできていた下院案をカンニングして、それをコピペして、ちょっと一部だけやり直して、それでトランプ案として出したわけです。

何が言いたいかというと、税制改革に関しては、下院の心の位置とトランプの心の位置というのはあまり大きく離れていないということです。

実際の税率でいうと、下院案は税率12・25・33パーセント、トランプ案もまったく同じで、12・25・33パーセントという、3つの税率に簡素化しましょうというのは両案ともに同じ。

キャピタルゲイン・サーチャージというのは何かというと、オバマケアの利率を下げるために、株などでキャピタルゲインが出たときに、そのサーチャージとして3.8パーセントを上乗せしていたのをもうやめてしまうと。

相続税もやめる。そして定額控除は引き上げる。これは減税効果があるんですけど。そういったところまでは全部両案ともに一緒ということです。

そうすると、違っている部分は何かというと、1つはキャリード・インタレストに対する処置。キャリード・インタレストというのは、ヘッジファンドのパフォーマンス・フィーです。

みなさんがヘッジファンドにお金を預けたら、毎年の運用フィーとして、パフォーマンスにかかわらず、アセットの2パーセントがチャージされます。

それに加えて、もしその年にヘッジファンドに利食いが出た場合、キャピタルゲインが出た場合、そのキャピタルゲイン額のうちの2割は胴元、つまりヘッジファンドが取ると。このパフォーマンス・フィーの部分がキャリード・インタレストです。

そのキャリード・インタレストには、今までは普通のキャピタルゲイン税、つまり23.8パーセントが当てはめられてきていました。

だけれども、それを今度は所得税、最高税率33パーセントと同じ最高税率33パーセントを当てはめようということです。つまり、トランプ案のほうがヘッジファンドに対しては厳しい税率になっているということです。

トランプ案と下院案の違い

それから、キャピタルゲイン税に関しても、下院案は減税。先ほどの個人所得税率12・25・33パーセントを半分にした6・12.5・16.5パーセントに減税しようと言っています。

それに対して、トランプ案は「いや、それはやる必要はない」と言っています。株関係あるいは投資関係に関しては、下院案のほうが非常にヌルいということです。

ではそれに対してどこで調整してるのかというと、法人税に関しては、下院案は35パーセントを20パーセントにしろと言っているのに対して、トランプ案は15パーセントに持っていけと言っているわけです。

つまり、ドナルド・トランプというのは実業の人だから、法人税は思いっきり安くしろと言っているわけです。それに対して、下院はウォール街に対していい顔をしたいと。それが下院案とトランプ案の違いということです。

たぶん来年になって税制改革の議論が高まってくると、ここの赤で示したようなポイントをめぐって「ああでもない、こうでもない」という議論が出てくると理解してください。

5兆ドル規模の税制改革の見通し

今回の税制改革をやると、10年間で5兆ドルぐらいの減収になります。それがいったいどのくらい大きい金額なのかということですけれども。

比較の対象として、例えば「今、アメリカ政府はどのくらい借金してるの?」という借金総額、公的債務の残高は19.4兆ドルです。

そうすると、今までのアメリカの歴史でずっと溜めてきたアメリカの借金が19.4兆ドルしかないのに、プラス5兆ドルもまた欠損が出るわけです。今回の減税がいかにでかいかということです。

加えて、トランプは1兆ドルに及ぶ公共工事を約束しています。財源はぜんぜんないんだけど、どうやって捻出するのというと……もうぜんぜん白紙です(笑)。

だから漫画の世界ですよ。だけれども、なんかやるとぶち上げているわけですよね。どのようにお金を持ってくるのかというのはあとから考えるんでしょう。

ちなみに、1950年代にドワイト・アイゼンハワーという大統領がいて、彼が「インターステート・ハイウェイ構想」というものをぶち上げました。

そのときも、「インフラプロジェクトやるよ」と言って、「だけど、お金どうするの?」「財源がないよ」という同じ状況が起こったわけですよ。

そのときは、ガソリン代にサーチャージ、税金を上乗せした。それでもって高速道路を賄ったという経緯があります。

だから今回も、そういうふうにするのかわからないけど、まあなにか考えるということですよね。トランプに関してはそんなところです。