「自身の『係』を考えてみること」を振り返って

──今日は、前回のカンファレンスを振り返って、後日談的に対談をしていただきたいと思います。

カンファレンス後に参加者からアンケートを取ったのですが、今回はそれをもとに話を進めていければと思います。

カンファレンスの対談では「自分の軸・武器の話」がありましたが、アンケートの回答に「自分の軸・武器を見つけられている人は良いよね」という、自分のスキルに悩んでいる方々からの声がありました。

及川卓也氏(以下、及川):「武器を見つけられている人は良いよね」という反応についてはどう思いますか?

古川陽介氏(以下、古川):自分の武器になっているかどうかというのは、結果論なのかなと思っています。

石川信行氏(以下、石川):そうですよね。

古川:そのときは自分の興味だけで始めたものが、その興味の方向と時代の流れがたまたま合った結果として、世の中のニーズに繋がって、自分の武器を振るう機会ができたという感じがします。

「じゃあ結局、運じゃないか?」という話になってしまう気がしますが、運というわけではなくて、どこかに世の中のニーズがあるはずなので、自分の興味としてスキルを身につけることに抵抗を感じてほしくないと思います。

前回も言ったと思いますが、ずっと「好きなことをやれば良いじゃないか?」と思っていて、どこかにその「好きなこと」が武器として活用できる機会はあると思っています。

自分の武器の見つけ方

及川:古川さんがJavaScriptに興味を持ったきっかけは何ですか?

古川:僕のきっかけは、2005年にGoogleが使い出した「Ajax(エイジャックス)」です。あれが衝撃的で、その体験が忘れられなかったので、社会人になってから片手間で勉強をしていて、それが今の本業になったというかたちです。

及川:今でこそJavaScriptはECMAScript2015という仕様を取り入れてエレガントになってきているけど、途中はけっこう無理やりだったよね?(笑)。

古川:無理やりでしたね(笑)。

及川:「これはダメだ」と言って、ほかの技術で同じようにインタラクティブなWebが実現されて、JavaScriptじゃないものが来ていた可能性もありますよね。

古川:もちろんありますね。

及川:自分はJavaScriptがおもしろいと思ってやっていたが、ちょっと歴史が書き換わって、いわゆるリッチインターネットアプリケーション(RIA)が優勢になるのが見えてきたら、そのときはどうしたと思いますか?

古川:もしそこで何かあったら、スイッチしたかもしれません。それがオープンな技術でできるという部分がおもしろかったのですが、例えばSilverlightやFlashがどのブラウザでも動くという状態で使えているとしたら、それはオープンな技術で作っているのとほぼ変わらないと思うので、それでも良いのかなという気がします。

及川:やはり「自分がおもしろかったから」というところが一番だということですね。石川さんはどうですか? 自分の武器をどうやって見つけるのか。

積極的に「外部講演」をするメリット

石川:僕はそもそも、「武器ってそんなに目立つ必要があるのかな?」と思っているのですが、みんなが思っている「武器」というのは、わりと目立ってなんぼの世界にあるような気がしています。

僕は別に「好き」とか「ちょっとできる」程度でも武器だと思っているので、そこを本人が堂々と言えるかどうか、磨いていけるかどうかの違いだと思います。

古川:言っちゃえば良いということですよね(笑)。

石川:言っちゃってからガッツリ勉強しても良いし、「武器」というのはそんなに仰々しいものでもないのかなと。

及川:今は2人とも、社内外から見ても、自分としても誇れるものを持っていると思いますけど、最初はちょっとした興味だったわけですよね。

石川:はい。ぜんぜん詳しくなかったです。だからやはり育て方だと思います。

及川:たぶんどこかの段階で背中を押してくれたのは、「外の勉強会で話します」と言ってみるとか、そういうところではないですかね。

古川:確かにそうですね。   石川:僕は間違いなく外部講演ですね。やはり1回話してみることで自信がつきました。まとめる過程も、終わったあとの質問に答えることも大事です。また、反応を見て「ニーズがありそうだ」とか「ほかの人よりも情報を持っているな」という実感が得られました。

──その昔、「リクルートの中で偉くてもしょうがない」みたいな標語もあって、当時から、自分のアイデアや技術をちゃんと世の中に出して、それがイケてるのかどうか、フィードバックをもらおうという風土があったと思います。

Googleのノウハウだけではトップになれない

及川:前回、インプットとアウトプットの話をしましたけど、何かを勉強したり、身につけようと思うときには、アウトプットからしたほうが良いと思っています。

僕は40歳を過ぎてからランニングをやり出したんですけど、いろんなスポーツの呼吸法というのは「吐く」が基本なんですよね。ヨガにしても座禅にしても、吐かないと吸えないんです。

先ほどの話で言うと、外で発表すると、勉強したものを吐くわけじゃないですか。それで、「おもしろかったよ」「またどこかで話してくれない?」と言われたときに、同じネタを話せないから、また吸わなければいけないですよね。

インプットしないかぎりアウトプットできないので、最初にアウトプットするということを続けていくと、必然的にインプットしなければいけなくなるのです。

私はGoogleを辞めて1年数ヶ月になりますが、社外アドバイザーや技術顧問というかたちでほかの会社のお手伝いをしています。そこではGoogle流エンジニアリングマネージメントやプロダクトマネージメントを聞かれることが多いのです。すでに公開されている社外秘ではない情報などを元に、私の経験からアドバイスをさせてもらってます。

ただ、こういうものは半年から1年もすると、だいたい出尽くしてしまいます。すると、「及川さんからGoogleのやり方を学びました、ありがとう!」で終わってしまうわけですね。

でも、それだけではつまらないじゃないですか? Googleのやり方を啓蒙しているだけのようで、モチベーションが続かないです。

石川:確かに(笑)。

及川:だから僕は、退職してから吸うことを意識しているんです。スタートアップというのは、Googleとは違う課題を抱えていることがわかったので、「Googleのやり方だけでは、あなたたちに適用しないです」と。自分の会社や相談に乗っている会社に、「このやり方が良いのではないですか?」と持っていかなければいけない。そのために自分が吸っているわけです。

Googleのノウハウ以外のものを身につけないかぎり、お役には立てないですし、例えば、エンジニアリングマネージメントやプロダクトマネージメントという領域に絞っても、そこでの専門家としての位置はキープできないわけです。

なので、あえてアウトプットをどんどんしていくと。そうすると自分の中にはもう何も残らなくなりますから、新たなものをインプットしないといけなくなります。それが、自分のキャリアでいつも考えていることです。

──そういう意味では、古川さんもいろんなところでしゃべっていますよね。この前も、英語のスピーチがYouTubeにあがっているのを見ました。アウトプットについて、何か意識していることはありますか?

古川:そうですね。先ほどのお話と近いですが、僕は受験勉強やテスト勉強を人に教えることで学ぶタイプでした。

最初に自分の持っている知識を言うのですが、その前に自分で復習もするし、少しでも怪しいと質問がくるので、答えるために自分で知識を補強できます。そのような、良いフィードバックループになるように意識はしています。

「興味」を磨けば「武器」になる

  及川:古川さんが言われたように、教えることは非常によくて、自分がわかっていないと人に教えられないですよね。実際にわかったつもりで教えようとしたら、「ん? ちょっと待てよ……」ということがたくさん起こります。それが外で話したり、教えることの良い点ですよね。あとはやはり、「有言実行」で自分を追い込むことです。

僕がよく勉強会で言っているのは、「ライトニングトークは敷居が低いから、とりあえず枠を押さえちゃえ」と。それで手を挙げて、「こういうネタで話そうと思ったけどダメでした」と言っても、やさしい勉強会やコミュニティなら許してくれます(笑)。

そのぐらいの勢いで、「とりあえず手を挙げて押さえちゃえ」という話をしています。そういうところで、アウトプットすることをクセにすると良いと思います。   古川:僕も本当にそんな感じで学んできました。最初はみんなが発表しているのを見て、「自分も発表しなきゃダメだな」と思って、「1年に1回は必ず勉強会で何かやろう」と決めています。

──最近では、SNSで何かを発信するであったり、GitHubに何かあげてみたり、いかに世の中に出して、評価されるかということをみなさん気にしていると思いますけど、及川さんがエンジニアになりたての頃はどうでしたか?

及川:自分の頃はブログもなかったし、ネットもそんなに使われていなかった時代で、ほとんどが雑誌の寄稿でした。

今でもある『Software Design』や、こっちはもうなくなっちゃいましたが、アスキーの『UNIX MAGAZINE』という、寄稿したら「え!? すごいですね!」と言われるような雑誌がありました。

──今はネットで誰でもつぶやけますけど、雑誌の寄稿はすごく敷居が高いですよね。

及川:本当にごく一部の方が実施していました。なので、雑誌への寄稿と書籍を出すことがエンジニアとしての目標だったりもします。

昔は出版社も執筆を頼むときに、技術力がわからないこともあって、「この会社のこの人なら大丈夫だろう」ということでやっていましたが、今はそういった肩書きの重要性は相対的に低くなっていて、重要なコンテンツだったら、「この人は誰なんだろう?」という感じでみんな見てくれますよね。なので、実力勝負でいけるという意味では良い環境だと思います。

──まとめると、「武器や軸を見つけられている人は良いよね」と対岸から見ているような人に対するメッセージとしては、必ずしもみなさんが意識高くやってきた結果として今の武器を持っているわけではないのだよ、といったところでしょうか。

本当にちょっとしたきっかけがあって、それをいかに外に出すか、より深く学ぶかという愚直なことをやって武器にしてきたということですね。

また、外に出すことの敷居も下がっているのだから、どんどんとやっていけば良いということでしょうか?

及川:そうですね。普通に周りを見ていると、誰も拾っていない仕事があると思います。「ちょっとこれ、誰か調べてくれない?」「次の技術の調査をしろ」と言われたときに、それに興味を持ったならば、手を挙げてやってみれば良いのではないかと思います。

自分の軸を見つめ直すことの重要性

──アンケートでは、「今回のカンファレンスのテーマは『自分のこれからのキャリアに悩んでいる』『どこまで取りにいけば良いのというのがわからない』という若手向けのメッセージでしょ?」というベテランの方の声もありました。

今回の「自分の係は何ですか?」という問いは、世代も領域も関係のないメッセージだと思いますが、エンジニアとしてさらに長くやっていこうというベテラン・中堅の方に対して何か思うところはありますか?    古川:僕は、今の軸は一生使えるものではないから、いつでも捨てられるように、別の軸を持っておいたほうが良いと思います。

たぶん及川さんは、キャリアチェンジをするたびにまったく違う軸のことをやってきたんだと思います。それができるかというと、僕はまだ自信がありませんが(笑)。

及川:その人が軸を持っているんだったら、古川さんが言ったように、若手も中堅もベテランも関係なく、軸の増やし方や厚みの付け方を自分なりに考えてみれば良いと思います。

軸がなかったら……ちょっとキツイかもしれないですね(笑)。それはちょっと真剣にキャリアを考えないといけません。   石川:確かにそうですね。

及川:よく「マネジメント」とひと言で片付けられてしまうけど、実は違っていて、僕はマネジメントが得意だと思っていますが、ちゃんと「何をやる」ということが言えるわけです。

プロダクトマネージャというのも、エンジニアリングマネージャというのもちゃんとしたスキルだと思うので、そこを自分なりに語れるかどうかですよね。その上で、「競争力があるか?」「どの組織でも普遍的に必要とされるものか?」ということを考えてみると良いと思います。