「俺がやった」と自慢するな

藤巻直哉氏(以下、藤巻):最後のキーワード、4つ目。「俺がやったと言わない」。

石井朋彦氏(以下、石井):僕らの業界では「アレオレ詐欺」と言うんですけど、仕事がうまくいくと「あれは俺がやった」という人が雨後のたけのこのように登場するじゃないですか。うまくいかないとあれはあいつのせいだとなるじゃないですか。鈴木さんが一番すごいのが、「俺がやった」と言わないですよね。

藤巻:それは「言うな」と言われたんですか?

石井:言われました。僕も若かったので今思うと恥ずかしいですが、会議の時に「僕が言ったことじゃないですか」と噛み付いたことがあるんです。恥ずかしい話ですけど、ありがちですよね。

そうしたら「どうでもいいじゃん、そんなこと」と言われたんです。「どうでもいいだろ、そんなこと!」とか「それは違うんだ!」じゃなくて「どうでもいいじゃん、そんなこと」と言われたときに、僕はもう本当に恥ずかしくなって、誰が言ったかってどうでもいいなって。

一番おもしろいのが、鈴木さんと宮崎さんがお互いに相手がやったことだと思って話していることがあって(笑)。「いや、あれは宮さんが言ったんですよね」というと、宮崎さんが「いや違います! 鈴木さんですよ」みたいな。多くの人は「あの時は僕なんですよね!」と言うじゃないですか。言わないんですよね。「いや、俺じゃないと思うんだけど」。

藤巻:2人ともただぼけているだけだから(笑)。

一同:(笑)。

石井:それが最高で、そんな2人がうまくいっていると言うのは僕にとってはものすごく強みで、「俺がやった」と言わなければ言わないほど、やっぱりみんなを信用してくれるし、評価をしてくれる。

鈴木敏夫氏(以下、鈴木):宮さんそうだよ。

藤巻:そうですか。

鈴木:宮さんね、あれは俺がやった、これも俺がやったと絶対に言わない。

石井:絶対言わないですよね。

鈴木:むしろ人が言ったことを覚えてるんだよ。ほんとにそれは感心する。

まわりの人間にスポットライトを浴びさせる

藤巻:あと鈴木さんって、物事をこうしたいとき、プロジェクトをこういう方向に動かしたいと言うと、自分がしようぜと言うのは絶対言わなくて。今日も来ているけど「あのさ、奥田さん(注:日本テレビプロデューサー、奥田誠治氏)がこう言っていたんだけどさ」って。

鈴木:日本テレビの(笑) 。

藤巻:「奥田さんがこう言ってたんだけど、こうだよね」とか。例えばさっき控え室でもちょっと言っていて冒頭でも言ったんですけど、鈴木さんは再生工場だと。

石井:野村再生工場。

藤巻:野村克也というプロ野球の監督がいて、他のチームで使い物にならない選手を集めて、野村の元で一流の選手に仕立てあげて強くなったということがあって、野村再生工場と言われたことがあって。鈴木敏夫さんもそういうところがあって。

確かにだからクビ寸前の石井くんが立派な名プロデューサーになったり、例えば僕がポニョを歌うというのとかも、単に鈴木さんが思いついて、おもしろいから藤巻さんに歌わせたらいいんじゃないかくらいの話なんだけど、それを俺に歌わせるために……聞いてはないですよ。

聞いてはないけどたぶんそうだと思うんですけど「宮崎さんも、藤巻さんに歌わせたらいいんじゃないかと言っていた」とか「奥田さんもそれはおもしろいんじゃないか」と言っているとか。それはほんの一例に過ぎないだけど。

鈴木:そんなこと言ってましたっけ。

藤巻:言ってましたよ。

鈴木:でも2人が話してなかったよ。

一同:(笑)。

石井:そこも含めてね。そこも含めてテクニックですね(笑)

藤巻:まわりにいる人間にスポットライトを浴びさせるのを楽しんでいるところがすごくあって。

石井:この本なんて全関係者にスポットライトが当たっている。

ジブリの仲間たち (新潮新書)

藤巻:俺なんかもそうだし、野中くんというジブリにすごくおもしろい人もいるんだけど、いろんな人を本当に『がんばれベアーズ』みたいに、どうしようもないやつらをなんとか1人前にするのはうまい。

その中で「俺はこう思うんだけどこうしようよ」ということは言わない。「あの人がこう言っていたからこうしようよ」、と。絶対に自分でこうしたいと思っているんだろうけど、その時に影響力のある人の名前を出して、やる。

だから僕がポニョを歌ったときに、秋本康というプロデューサーと、テリー伊藤さんという2人。いろんなところをテレビで回ってたんだけど、そのとき2人に「さすが鈴木敏夫。素人の親父に歌わせるというのはやっぱり俺たちじゃ考えつかないよね」、ということを秋元さんとテリーさんが感心していたのをすごく覚えていて。

鈴木さんにも言ったんですけど、そういう半径5メートルとか3メートルとかの中でジブリは仕事してると言いますけど。本当その辺にいるやつを使っていろんなことをやっちゃったりするところがあるんですね。

責任を負わずに人を動かすテクニック

石井:幸せのテクニックで教えてもらったのが、「僕はこう思います」とか、「いやそれは違うと思います」と言うなと。「結論を先に言うと人は拒否されるんだ」と。自分の結論に近い人が現れたら、その人をほめつつ「さっき何々さんがおっしゃってた話はすごくいいと思いますね」と、まず相手をほめて相手が言ったことにしてから、自分の話にもっていけというのも言われました。

藤巻:それ、絶対正解だよね。

石井:そうすると意見も通るし、みんなも気持ちいいし、ずっと「俺が」「俺の意見」というのはやめろと言っていて、これもかなり初期に教わりましたね。

藤巻:その場合、鈴木さんは誰かから学んだことなんですか? 覚えてないですか?

鈴木:自分から言い出すと責任を持たなきゃいけなくなるでしょ。

石井:そこね(笑)。だからしょせん僕はそれを頭で覚えているんだけど、そこのなんていうんですかね。責任を持ちたくない感と言うのが。でも責任を持っているわけじゃないですか。それは難しいですね。

藤巻:これは構成作家の鈴木おさむさんが、秋本康さんから聞いた話を書いていて、「僕のやっているような仕事って出口の見えないジャングルの真ん中にいるようなものだ」と。「だから出口はこっちだぞと自信を持って歩き出せば、みんな黙ってついてくるよ」という話をしたんですよ。

だからエンターテイメントの仕事で大事なことは自信を持ってこっちだと歩き続けることなんだということを、鈴木さんはいまだにそれを肝に銘じてやっていると。

久しぶりに秋元さんに会ったときに、「俺、今でも秋元さんに言われたことをみんなに言ってますよ」と言ったら、秋元さんが「鈴木、俺の言ったことはちょっと違う。出口の見えないジャングルの真ん中にいるというのはその通りなんだけど、出口がこっちだぞと言って歩き出したらだめだ。何も言わずに自信満々に歩き出せ。

そうするとみんなあいつは出口を知ってんじゃねーかと言うので黙っていてもついてくる。だけど出口なんてどこにあるんだかわかんないんだから、出口がない時の方が多いんだから、もし出口はこっちだぞと歩いて行って歩いて、出口がなかったらみんなにボコボコにされるだろ。

だけど何にも言わないで自信を持って1人で歩いていてみんなが勝手についてきて出口がなかったら責められないよ」ということをいってたんです、鈴木さん(笑)。

石井:でもすごい人ってみんなそうなんですよね。やっぱり自分で責任を背負いきれないということもわかっているし、だからこそ主張もしないし自分にこだわらないし、みんなの力も借りるし。あとは自分だけでやろうとしない。そこは本質な気がしますね。

受け身の剣法に影響をうけた

鈴木:ある小説の主人公。その影響を受けてるんですよ。

藤巻:誰ですか。

鈴木:昔の小説で、実は映画にもなったんですけど、中里介山という人が書いた『大菩薩峠』と言う長い長い小説があるんですよ。チャンバラなんですけどね。その主人公の机竜之介。この人ってチャンバラをやるときに受け身の剣法。相手が切りかかるまでちゃんと用心する。受けないんですよ。このヒーローの登場以来、日本のヒーローは全部受け身になったんですよね。

藤巻:座頭市はそのあとですか?

鈴木:そう。座頭市もそうだね。受け身というのは自分に合っているなって。だから僕はそこに影響受けたんだと思う。そう思います。

藤巻:そろそろ時間なので、一応4つのキーワードを復習しますよ。1つ目は「仕事は公私混同だ」。2つ目は「仲間を増やせ」。3つ目は「他人に必要とされる自分が自分である」。4つ目は「俺がやったと言わない」、と言うことでした。一応対談という形では以上なんですけど、これから質問!

石井: LINE LIVEの方からもね。

藤巻:LINE LIVEから先ですか?

石井:いや両方で。

藤巻:会場とLINE LIVEの方、両方の質問をお受けするそうなので。やりやすいので会場で質問がある方はいらっしゃいますか? 鈴木さんでも石井君でもどっちでもいいですよ。

石井:藤巻さんでも。

藤巻:では一番早かった黄色いカーディガンを着た方。

プロデューサーは現実を演出する仕事

質問者1:ありがとうございます。お二人にお聞きしたいんですけれども、プロデューサーという立場にあって、プロデューサーとしての心構えというか、芯というか一番大事にしているところっていうのは何かありますか?

鈴木:プロデューサーって変な仕事でね。作る監督はほかにいるわけですよ。そしたら彼、監督を守る。これに尽きるんですよ。極端な場合、その人が間違った方向に行ってもそれを口に出さない。信じてやるしかない。僕はそう思っています。

質問者1:間違った方向に行ってもとにかく信じるということを。

鈴木:やっていくなかで軌道修正すればいいもの。そのプロセスの中でそれが画面になっちゃっても構わないと思うんです。人間というのはそういうものだから。

質問者1:ありがとうございます。

石井:僕が鈴木さんに教えていただいたプロデューサー論で印象的だったのは、「監督は映画を演出する仕事で、プロデューサーは現実を演出する仕事だ」と教えてもらったんですよね。

「そのためには言葉を選びなさい。監督が言ったことを作品の本質、いろんなことをちゃんとした言葉にして、いろんな人に伝えるのが仕事だから、現実を映画のシナリオのように、常に朝から晩までまで組み替えて考えて、演出しなさい」と教えていただいたので、できてないですけどそれは日々こだわっていますね。

質問者1:ありがとうございます。

宮崎駿を駆り立てようとした?

藤巻:ほかに何かご質問のある方。今、手をあげていましたね。

質問者2:よろしくお願いします。鈴木さんに質問なんですけどでも、この前NHK(スペシャル)の『終わらない人』を拝見しまして、駿監督がすごいイマジネーションで書き出したシーンを見て感動したんですけども。

ゾンビのシーンがあって、あの後火がついたように鈴木さんに企画書とかを長編アニメの駿さんが持っていかれたわけですけれども、あれは鈴木さんがゾンビの映像を見せるというのは駿さんを駆り立てるためにやって、狙ってやられたのかなと思ったんですけど。そこらへんはどうでしょうか?

鈴木:僕はそういうことは絶対しないですね。あれは川上さんという人がいて、彼は大変能力はあるけれど、話を前段階とばして説明するきらいがあるんですよ。だからいきなりあれを見せて人工知能の説明をしようとした。

そこにちょっと無理があったという話だと思うんですよ。そのことと、彼が映画を作ろうとする。それはまったく関係ありません。あまりそういうふうに考えると、こういうものを見せて彼を駆り立てようということをやってもたいがい失敗するんじゃないかな。と、僕は思ってるんですけどね。

質問者2:ありがとうございました。

鈴木敏夫氏は仏教の境地にいる

石井:LINE LIVEからの質問で、「職場の部下や同僚をやる気にさせるための秘訣はありますか?」鈴木さん。

鈴木:俺に? 僕もある年齢になっちゃったから今はなかなか実行が伴わないんですけど、自分が一生懸命朝から晩まで働く、これに尽きるんじゃないですかね。そうすればみんな一生懸命やってくれる。結果としてはそういうことだと思います。

藤巻:「石井さんがかなわないと思う鈴木さんのすごさって何ですか?」という質問が来ています。

石井:全部ですけど、つまらないので。本当に全部なんですけど。ただ1個は。

藤巻:若さでは勝っているよね。

石井:若さだけですけどね。若さも鈴木さんの方が元気だからな。ただ究極はさっきの禅の境地ですね。僕はしょせん頭で自分を捨てるとか、人の意見を取り入れるとか、自分を出さないというのを、自分自身がまだありながらやっているわけですよ。

今日の話を聞いても、鈴木さんは本当に禅でいう身心脱落というんですか。心も体も脱落している状態で仕事しているので、そこはもう仏教の境地にいってるんだと思うんですね。仏教の境地だなと思うことがあります。だからむしろ鈴木さんは中学、高校とそういう学校に行ったり、そういうことをしたのかな、というのが個人的に興味ありますけどね。

藤巻:仏教系の学校?

鈴木:僕は一応、中学、高校は仏教系の学校です。

石井:僕は最近それを聞いたんですよ。だからそれが関係があるのかなって。

鈴木:そんなにはね。よくお寺に行くことがあったからお寺に興味を持ったというのはそういうことなんだけど、たまたま出会った本が禅の本とかそういうのが多くて。

藤巻:それであれか。「今でしょ」で有名な林先生も同じ中高なんですよね。

鈴木:そうそう。

富士巻:だからあの人も同じ。「今でしょ」。

鈴木:今ここなんです。

藤巻:そういうあの先生も禅に通じているのかもしれない。

石井:そうかも。

藤巻:東海中高って、東海地方の一番の名門なんですね。

石井:僕はあんまりいえないんですけど、今すごく禅を勉強してるんですよね。

鈴木:そうなんだ!

石井:これ以上はそっちをしないと無理だと思って(笑)

藤巻:すげえな、それ。

鈴木敏夫氏は『君の名は。』をどう見たのか

石井:そう思いますね。『毛虫のボロ』はいつぐらいに公開なんでしょうかと、鈴木さんに質問が来ています。

藤巻:『毛虫のボロ』の公開いつなんですか? これは美術館だけですよね。

鈴木:来年の春(注:イベントは2016年12月)には完成するんですよ。5月に(ジブリ美術館の)模様替えがあるのでそのあと、7月には見ていただけるんじゃないかと、そう思ってます。

藤巻:LINEの質問で「鈴木さんが『君の名は。』をどう考えているか知りたい」。

鈴木:非常に興味深い映画でしたね。というのは、東宝の宣伝プロデューサーが、「映画の公開前に見てほしい、一言ほしいんだ」と。なぜかというと8月最終週の公開で、彼がすごく不安がっていて、それで僕は見てみたんですよ。

見た直後、彼に連絡して「大丈夫だよ。これは絶対にヒットする」と。内容について彼にいろいろ聞かれたので率直に答えました。

いろんな物語があって、多くの物語が、映画に限らず小説でもなんでもそうですけど、この世があってあの世に行くっていう話はけっこう多いんですね。あの世に行ってそこで体験したことをもとに現実に戻ってくる。これが多いんですよ。その典型は宮崎駿でいうと『千と千尋の神隠し』。

だけどこの『君の名は。』に関して言うと、僕は見て「へぇ」と思ったのは1つは絵もあるけれど、セリフ。「あの世」ということが非常に効果的に使われている。あの世あの世って。

僕は正確に数えたわけじゃないけど、「一体あの世という言葉は何回使われるんだろう?」と。僕の今の感じでいうと20回ぐらい言ってるんですよ。それで「此岸(しがん)」という言葉を言ってるんですよ。此岸というのはこっちの世界なんですけど。

あの世あの世と言っておいて、それで実は新海さんという人は背景を本当に自分でも全面的にやったし、なおかつ物語のセリフも音楽も、それからキャラクターの芝居も、すべてその背景が目立つように作ってあるという、実に珍しい話だと思ったんですよ。

それで見ていた時におもしろかったのは、あの世があって、むしろ時間と空間を歪めることができる。そういうこというと3・11をなくすことができる、なんてことをやっているわけでしょ。すごい映画だなと思いましたよね。もう1つ思ったのは、宮崎駿の影響をものすごく受けているなと思いました。

宮崎駿監督の次回作は?

藤巻:そろそろお時間なので。

石井:会場の方の質問はもう大丈夫ですか?

藤巻:会場でまだ質問をしたい方はいらっしゃいますか? じゃあ会場最後の質問です。

石井:それでLINEを最後にしましょうか。

質問者3:よろしくお願いします。今、宮崎さんの作品には関わっていると思いますが、それ以外で、今気になって仕方がないものとか、出来事とか興味とか関心を向けられていることがあったら教えていただければと思います。

鈴木:僕ですか? 僕はたぶん一番の趣味は宮崎駿なんですね(笑)。僕は彼と付き合って約40年。いまだに彼って僕のことを驚かしてくれるんですよ。そういうことをいうと本当におもしろいんですよね。それ以外のことはなかなかアレなんですけど。

さっきから話に出ている禅というのはすごく興味があるんですよ。僕ら、というかみなさんもそうだと思うんですけど、現在過去未来の中で今をとらえるということをみんなよくやってると思うんですけどね。それをやるからいろんなことを思ってね。やっぱりさっきからこれを経験している、今ここに集中してやれたらいいなと今は思ってますね。

藤巻:今、鈴木さんのやっていることがけっこう宮崎さんのものに帰結するためにやっているところがあるみたいなんですけど。LINE LIVEの最後の質問なんですけど、「宮崎さんは長編アニメにまた取り組んで発表してくれるでしょうか?」という質問に答えていただきたいと。

鈴木:最後まで作れればいいなって(笑)。

藤間貴:それは途中で死んじゃうという……。

鈴木:そうそう! 番組を見た方にはわかると思うんですけど、そう思ってます(笑)。

藤巻:はい。わかりました。対談についてはここまでということにさせていただきたいと思います。

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