海外メディアがライバルになる時代

丸山裕貴氏(以下、丸山):竹下さん自身はどうされているんですか? 僕も前職はメディアにいたんですけど、編集長という仕事は、たぶん媒体によってぜんぜん違う働き方だと思うんです。ハフィントンポストの編集長、竹下さんの仕事として、日々どういったことをしているんですか? チェックしないとなると、やることないんじゃないですか?

竹下隆一郎氏(以下、竹下):あはは(笑)。やることないですね。嘘です。でも、いたほうがいいんですよ。なにをやっているかというと、大きな方針を決めたり、まさにさっきみたいな話をすることと。

あと、日本のメディアの編集長と一番違う点は、グローバルな編集長とつながっていることです。今は16カ国・地域にあって、今月(11月)下旬には南アフリカにもハフィントンポストができるんです。

だから、日本だけ、アメリカだけじゃなくて、南アフリカ、ギリシャ、イタリア、スペイン、韓国、アラブ地域、カナダ、UK、ドイツ、フランス……とめちゃくちゃあるので、彼ら全員とつながっているんですよ。そうすると、それぞれの地域の問題が瞬時に入ってきます。

だから、イギリスのEU離脱についても、我々が一番早くキャッチしていたと思いますね。イギリス版の編集長が、これはもう危ないと。首相も辞任の準備をしているらしいということをキャッチして、情報が入ってきたり。

あとはインド版の編集長と話すと、インドは今、女性の活躍をなんとかしようとがんばっていて、最近だと、スカートがインドでは禁止にされているとか。スカートが禁止されているのはなぜかというと、女性が外を出歩くのはよくないという、男性中心の社会が残っているからです、という話を聞いたり。

そういった話を聞くと自分の視野もすごく多様になるし、翻訳記事も増えるので、海外との連携も、編集長の大事な仕事ですね。

丸山:システムの話も好きなのでお伺いしたいのですが、ハフィントンポストでは、CMSという記事を編集するシステムを自作していて、世界中とつながっているんですよね。それで、どの国でどの記事が読まれているかということが全部見えると聞いたんですけれど。

竹下:まさにそうですね。さまざまなサービスを使って、どの記事が読まれていて、何パーセントがモバイルから見られているということも含めて見られます。

丸山:インドでこの記事がヒットしているとかも、全部見れるのですか?

竹下:見られますね。インドで日本の絵文字の記事がヒットしたりするんですよね。それを訳したりしています。

丸山:その世界とつながっているということが、多様なところにもまたつながってくるのかなと思うんですけれど。BuzzFeedが入ってきたという話も冒頭にありました。そうやって海外のメディアがどんどん日本に入ってきて、海外のニュースを日本の方が読む機会も増えてきているのではないかと思います。海外の人たちのニュースが増えることによって、なにか変化はありますか?

竹下:すごくありますね。ライバルが、海外のメディアなんですよね。今日来ていただいているレベルの高い方はそうだと思うんですけど、FacebookとかTwitterで海外の記事も拡散していると思うんです。そこと勝負しなくてはいけない。例えばテイラー・スウィフトが歌っている動画と、ハフィントンポストジャパンの動画、どちらがおもしろいか、みたいな勝負をしないといけないんですね。すごく大変な時代になっている。

昔は、海外のメディアが日本に進出するとき、めちゃくちゃ大変だったんですよね。海外の新聞が日本市場に入ろうとした場合、まず印刷工場を作ったり委託したりしないといけないとか、トラックによる配送網を作らないといけないとか、記者クラブという悪名高き組織に入らないといけないとか、ってことをやらないといけなかったのが、今はサーバー1個、パソコン1個持ってくるだけでメディアが作れちゃう時代なので、大変ですね。

逆の現象も起きていて、例えばピコ太郎とかは、ハフィントンポストが取材してバズらせられたらよかったと思うんですね。そうしたら、海外からのビューが入ってきて、日本のメディアでは太刀打ちできない、何億ビューみたいなことができると思うんですよね。

自分がいかに偏っているかを知ること

丸山:メディアの話からは少し離れて、人脈の話もしていきたいんですけれど。インタビューのなかで、竹下さんは「7割は偏っている」とおっしゃっていますよね。

これはメディアのフィルターバブルの話にも通じていて、人って、どんどん狭まっていくということをおっしゃっていましたが、どうして竹下さんはそう感じたんですか? 

竹下:まず、フィルターバブル問題について解説すると、バブル(泡)みたいに自分の範囲にだけ留まっていて、FacebookとかTwitterとかでも、同じような情報が流れてくるじゃないですか。それが自分の仲いい人なので、だんだん同じ情報が入ってくる。

例えば、トランプさんが嫌いな人とばかりつながっていると、毎日トランプ批判が流れてきて、世界中がトランプダメだと思っているという現象が起きて、よくネットの悪いところとして批判されているんです。

そもそも、人間って狭い地域で生きてきた。人類の歴史を見てきても、世界中とつながっているというのはありえない話で、それはネットが悪いというよりは、普通のことなんだろうなと。大変じゃないですか。

ただやはり、そういったなかでも、自分のフィルターから出るチャンスはテクノロジーによって広がっているので。みんなが、そうする必要はないと思うんですが、せっかくなので、ここにいるみなさんは(フィルターのなかから)出て、7割をどんどんリフレッシュしていったほうが、よりおもしろい世の中になるんじゃないかなと思っています。

丸山:ネットによって、狭まっていると同時に、広がっていくチャンスも増えているということですか?

竹下:そうですね。そう思います。

丸山:広げるためには、どういうことを行っていけばよいですか?

竹下:まず、その7割というイメージを持つことで、自分がいかに偏っているかを知ること。私もよく感じているんですが、自分とは違うクラスターにいる人と話してみるとか。今まで行ったことのないイベントに行ってみるとか。子供を通して誰かと知り合ってみるみたいなことが大事です。私はけっこう、子供のパパ友・ママ友を大事にしています。

丸山:それはなぜですか?

竹下:例えば、今日みたいな話、いきなりFacebookとか、フィルターバブルとか言っても、普通はそんな話通じないですよね。それはわかるから別にすごいというわけじゃなくて、単に業界用語というだけなので。

パパ友・ママ友に「ご職業なんですか?」と聞かれて、「いや、フィルターバブル問題が……」とか言っても、「なんだ、こいつは?」みたいになって終わるので(笑)。そこをどう説明するかということを気をつかって話すと、おもしろいです。

丸山:インタビューのなかで、「昼の世界に進出したい」とおっしゃっていたじゃないですか。それは、お茶の間に出ていく、みんなが理解する言葉で伝えていくというところにもつながっていくような気がするんですけれど。

竹下:本当にそうです。ネットは、サブカルチャーというか、メインストリームを批判したから成り立っていたところがあるんですよね。

例えば、朝日新聞にいたときは、みんなにめちゃめちゃ叩かれたんですよ。なにをやっても叩かれるんです(笑)。そうすることによって、ネットの人たちは、ぼくももうネットの人なんですけど、どんどん「俺たちのほうが強いんだぜ」という語り口に。

でも、それじゃいけないと思っていまして、もう少し、ネット自体がメインストリームになってほしいなと。夜の世界というのは、裏社会。それが今までのネットだと思うんですけど、もう少し昼間、まさにお茶の間に進出したいなと。

お茶の間というのは、さきほど冒頭でお話した「会話の場所」だったじゃないですか。フィルターバブル問題があって、みんなの趣味がだんだんセクト化しているとはいえ、やはりお茶の間というのはおもしろいですよ。『君の名は。』とか『シン・ゴジラ』が流行って、同じ話題を共有したように、お茶の間を、もう1回作れたらと思っています。

ネット発の議論がさらに出てくる

丸山:新聞とテレビとネットメディアの話も少ししたいんですけど、テレビによく引っ張られるという批判は以前からされていると思うんです。Webメディアが出てきたけれど、結局テレビでやっていることをWebでやっているだけじゃん、みたいな批判もあると思うんですけれど、新聞とテレビとネット、竹下さんはどのようにとらえていますか?

竹下:2016年からそれが変わったと思います。なぜかと言うと、保育園死ねブログ(「保育園落ちた日本死ね」)が大きいと思います。

ブログが国会で取り上げられて、メインストリームの議論、まさに日本の中枢で議論されるようになった。ネット発の議論が、今後、2017年はどんどん出てくると思います。

これは具体例があります。長谷川豊さんという元・フジテレビのアナウンサーの方が、ブログで、透析の患者さんとか治療を受けている患者さんは、自業自得な面もある。例えば、自堕落な生活をして病気になった患者さんは、死んでもいいんじゃないかという問題提起をしたんです。自業自得の人に日本の医療費を使うのは、財政的によくない、と。

それを、テレビや新聞は怖くてさわれないんですよ。せいぜい、変な人がいて辞任しましたという短い記事を出すだけです。

ですが、ハフィントンポストは、ここを積極的に拾いにいきました。実際、長谷川さんに会いに行ったり、透析を受けようとしている患者さんと長谷川さんに対談してもらったり。対談してもらったあとに、患者さんにハフィントンポストに寄稿してもらったり。

そうすると、議論が盛り上がったんです。なぜネットならできるかというと、ネットは尺がないからなんですね。この議論は、長谷川さんの「殺せ、患者死ね」という部分だけを取り上げてしまうと、真意が分からず、イメージだけでめちゃくちゃ酷い人になってしまう。

ネットだと、ていねいに全部掲載することができます。ていねいに読むことができて、今まであまりみんなが拾いたくなかった議論をネットが拾えるようになって、実際それが拡散しています。テレビが追えない領域にどんどん進出していると思います。

丸山:それぞれの得意分野ができるようになってきているともとれます。

竹下:そう思いますね。次に来る流れとしては、テレビがそれに気付いて、テレビと、映像とテキストを同時に流すということをやると思います。

例えば、NHKスペシャルとかがテレビで番組を流した後に、そこでカバーできなかった微妙な論点を、記事化する。記事をNHKのホームページに載せて、もう1回そこで議論するということを、もっとやると思います。それをYahoo!に転載して、Yahoo!で見てもらうとか。

NHKさんって、本当にすごいんですよね。めちゃくちゃ取材していて、60分の番組を作るためには、ものすごく膨大な取材ノートがあるのに、それは、今まで見えないところに置かれて、捨てられていたんです。それが全部Webに載せられることによって、大きな議論が浮かぶので、またテレビとの競争が始まると思います。

人脈とは仲間を作りにいくこと

丸山:テレビ局自身も、それができるようになってきている、と。そこでハフィントンポストというメディアができることはなんですか? これからもっとテレビに進出したりということもできるんですか?

竹下:そうです。実は人脈の話と同じで、ライバルではなくて共同でやらなければいけないと思っているんです。テレビのなかの人脈を今後増やして、なにか一緒にやりたいなと。例えば、ハフィントンポスト発の議論をテレビで特集して、その感想をもう1回ハフィントンポストに書いてもらうとか。

あと、ハフィントンポストには、1,000人のブロガーさんがいるんですね。例えば、「テレビ番組を見に来ませんか」と1,000人のブロガーさんから希望者を募って、テレビの収録にブロガーさんを呼んで、放送される前、収録の時点で感想を書いてもらうと。そうするとテレビの宣伝になるじゃないですか。それで放送が流れたあとに、もう1回ブロガーさんに記事を書いてもらうとか。そういったことができると思います。

丸山:テレビの人たちにも協力してもらってなにかやるというのも、おもしろいですね。ネットワークの話にもつながるなと思って聞いていたんですけど、同じ業界と言えば業界ですよね。メディアのなかで、ちょっと離れたところにいて、その人たちと触れ合う機会って、たぶん少なかったと思うんですよ。そこに積極的に会いに行って、一緒にできることはないかと考えたりしているということですか?

竹下:そうですね。人脈って、ライバルとか人を排除するものではないと思うんですよね。仲間を作ることだと思うので。とくに、今、人口が減っているじゃないですか。30年後、40年後も減っているときに、お互いに食い合っていてもしょうがないじゃないですか。だから、人脈というのは仲間を作りにいくということだと思っています。

丸山:そうなったときに、あの人に話しに行こうということは、どうやって決めるんですか?

竹下:その人が、自分の会社とか業界より広い視点を持っているかどうかということを、すごく大事にしています。

おかげさまで取材のご依頼は最近いただくんですけれど、まさに今回、イベント開始から30分以上経っていますけど、丸山さんはSansanさんのお話を1回もされてないですよね。「あのアプリ、ダウンロードしましょう」「それいいですね」みたいな、そういう嘘臭い会話がないのがよかったですね(笑)。

もちろん会社の方なので企業の利益が大事ですけれど、そこを越えた価値を大事にされていると思っているので、そういう人とは組みたいです。そういう方が、本当にきれいごとじゃなくて増えていると感じます。テレビ局の方と話していても、もちろん視聴率が上がることはうれしいけれど、せっかく入ったんだからおもしろいことをやりたいとか。

こんなに世の中が変わっているから、別にテレビ局の中だけで有名になりたいということじゃなくて、世の中にインパクトを与えたいという方が、とくに今、30代で増えている気がしています。そういう人には、積極的に会いに行きたいなと思います。

丸山:そういう人たちに共通する特徴や考え方ってありますか?

竹下:雑談がおもしろいことですね。名刺を渡したあとに、一応会社名とか部署とか、これなんですかという話をするじゃないですか。そこで会社の話だけじゃなくて、それ以外の話ができる人はおもしろいと思います。

丸山:会社ではやってないんですけど、実はこういうことにも興味があってみたいな。

竹下:ちょっと前に流行った「2枚目の名刺」を持っているとか。今の部署とは違う、こういうことをやってみたいんです、と話す人とか。

あるいはSansanさんのEightのアプリを見た後に、このアプリもおもしろいですと言ってくれるような人が、おもしろいと思います。iPhoneを見せたときに、「このアプリがおもしろいです」と言ってくれる人がいいですね。