まず一番に家族を愛すること

スティーヴィー・ワンダー氏:おはようございます。まずは私の特別な友人、マイケル・ダグラス氏へ、この憎しみと暴力に満ちた世界から我々をまもるためのすばらしいリーダーシップと高い志への感謝の意を称したいと思います。

そして次に潘基文氏、私は彼を世界のリーダーの「ロック・スター」と呼びます。

(会場拍手)

今回、平和使者としてこの場に立てることをとても光栄に思います。たくさんの人が毎日平和のために貢献し、自分が正しいと思うことをしていることをとてもうれしく思います。そうすることはいつでも正しいことであり、そのことで絶対に争うべきではないのです。

私が40年ほど前に書いた曲のなかに、「愛は愛を欲する」という歌詞があります。この言葉は今でも我々と無関係ではありません。経済的には私にとっていいことなのでしょうが、今でもこのような世の中であることは悲しいことです。

なので今日この場にいるみなさんには私の平和への挑戦に参加することを誓っていただきたいのです。この平和に挑戦する苦しみに負けずに、情熱と慈悲の心をもって一歩前へと踏み出してほしいのです。

この世界の平和な未来はあなたの手のなかにあります。平和のロードマップは私たち一人ひとりが恵みと尊敬で満たしてゆかねばなりません。すべての人類は神のもとではひとつなのです。

私たちにはすばらしい夢があります。そして私にはわかります、上手にやっていればすべてはいずれうまくゆくと。

まず一番に家族を愛することです、そして自身を心身ともに愛し、才能を活用するのです。神はあなたになにか必ず特別なものを授けてくださっています。

「きっと神様は、僕に目でなにかを見るよりもっと特別なことをしてほしい」

私がまだ子供だったころ、私の両親が私の目が見えないと知り、私自身もそのことを認識し始めたころ、小さな事件がちらほらと起こりました。

例えば、私が当時飼っていた犬と裏庭で遊ぼうと外に飛び出し、そこに落ちていた犬のふんを踏んでしまい大惨事になったり。

私はまだ幼かったですが、このことははっきりと覚えています。母は私をいろんな場所に連れて行き、いろんな人と一緒に遊ばせました。そうしているうちになにかの拍子に視力が戻るかもしれない、そう医師に告げられていたからです。

しかし、いつになってもそんな気配はありませんでした。母は泣いて、泣いて、泣いていました。私が7、8歳くらいだったころです。

母はずっと泣いていました。そして私は母が私の目が見えないことで泣いているのにはうんざりしていました。なので母にこう言いました。

「母さん、きっと神様は、僕に目でなにかを見るよりもっと特別なことをしてほしいんじゃないかな」。

神は私に歌と音楽の才能を授けてくれました。私はそのことをとても感謝しています。

そのおかげで母は私の目となることができ、私は母を1日限りのではなく、永遠のクイーンにしてあげることができました。

ここを去る前に、1つ言っておきたいことがあります。それは私たちは想像を超えたすばらしい人々の手本があるということです。

私の同志である平和大使、マイケル・ダグラス、ジェーン・グドール、そしてレオナルド・ディカプリオ、彼らとならぜひとも映画に出演してみたいですね。

(会場笑)

どうか彼らの足跡をたどり、このすばらしい功績のさらに上を目指しましょう。

私はあなたたちを愛しています。決してそのことを忘れないでください。あなたに神のご加護がありますように。

ありがとうございました。