なにを不快に思うかを考えていくとおもしろい

佐渡島庸平氏(以下、佐渡島):僕が担当編集した安野モヨコの『鼻下長紳士回顧録』のなかに「変態というのは、目を閉じて花びんの形を両手で確かめるように、自分の欲望の輪郭をなぞり、その正確な形をつきとめた人達のことで」というセリフがある。善樹ってさ、自分の感情を細かく突きつめていて、変態だよね。

鼻下長紳士回顧録 上巻 (コルク)

善樹が本気で変態話をすると、本気すぎて引かれ過ぎちゃうから、マイルドにする必要があるかと思うけど、どれぐらい変態か聞いていい?

石川善樹氏(以下、石川):あー、いいよ(笑)。んーでもどうだろ、やっぱり快楽を増やして不快を減らしたいというのがまずあるんですけど、よく考えると一周して「不快もおもしろい」となって。

『ウォーキング・デッド』というドラマを観ていて気づいたんだよ。『ウォーキング・デッド』って今シーズン6ぐらいまで出ていて、シーズンごとにそれぞれすごくムカつく強い敵が出てくるのね。

それを倒すというのでおもしろいんだけど、シーズン4くらいからちょっと中だるみして、その強い敵もとくに出てこずに物語がスタートしてくんですよ。つまんねーなと思って観ていたんですけど、ハッと思って。「ちょっと待てよ」と。

「つまんないってことも、どうしてつまんないのかっていうことをちゃんと考えると、これ、すごくおもしろいじゃん」って、つまんないことがおもしろいと思ったんですよ。

そこから考えを進めていくと、人って基本的に快楽を求めて不快を避ける傾向にあるけども、実は、不快っていうのもすごくおもしろいんじゃないかと思ったんですよ。

その変態のマンガにもあるんですけど、自分を傷つけたりする、不快がおもしろいみたいなの、あるじゃないですか? 尿とか糞が好きな人もいる。不快が好きみたいな。

佐渡島:なるほど! それって不快のほうから、自分の欲望を知ろうとしているんだね。おもしろい。そんな発想をしたことなかった。そういう言い方すると、一気に考え広がるよね。

石川:自然に自分が見てないだけなんだけれども、実はそこに自分も知らないような新しい自分が隠れているんじゃないかっていうの、常にあってですね。

佐渡島:なにを不快に思うのかってときに、肉体的にしんどいっていうのはイメージしがちだけど、それ以外にも「なにを不快に思うか」を知るのって、難しいよね。

あえて嫌いな人に会いに行く

石川:だから、そういう意味で言うと、とたんに今までの人間関係を思い出してきてハッと思って、「この人つまんねーな」とか「あいつムカつくな」と思っていた人が、急におもしろい人になってきたのね。そうすると「すぐ会いましょう」となって。

佐渡島:それで会うんだ? だれだれ? 

石川:これと同じことをしているのが、AKBのプロデューサーの秋元(康)さんなんだって。秋元さんは年に1回必ず、自分が一番嫌いな人に会いにいくということをやっているんだって。

それで「やっぱり嫌いだな」ということが出てきたら……あるいは「ちょっと嫌いじゃなくなっているな」みたいなことをやっているって言っていて。

佐渡島:嫌いな人って見つけるのも、けっこう大変だよね。俺、嫌いな人と言われてもなんかうまく挙げられないもんな。どうでもいいということが多くなっちゃうから。

石川:無関心になっちゃう。そこは俺もけっこう苦労していて、その人の嫌いな部分を膨らますということをやっているのね。

(会場笑)

石川:傾向として、女性のほうがそういう好き嫌いを激しく持ちやすいというのがある気がする。「あいつ、超ムカつく」みたいな。僕は基本的にいろんなことをおもしろいと思っちゃうタイプで。

佐渡島:僕もそう。ちょっと変なやつとかいると、それがおもしろくて会話しちゃうんだよね。

石川:わかる。最近だと「こいつ、おもしれーな」と思った人がいて。電車乗っていたんですよ、朝の満員電車。乗っていたら、「ガラガラガッシャーン!」と満員電車でなって、ハッと見たら、麻雀牌が床に落ちていて。

(会場笑)

石川:「なんだ?」と思ったら、学生の子が麻雀牌を落としていて、どうしたかっていうと、袋を広げて「みなさんここです!」と言って。僕もなにも考えずに「あ、すみません!」と(落ちた麻雀牌を拾って袋に入れていた)。リーダーシップとはこのことだなと。

(会場笑)

石川:リーダーシップの先生としてちょっと教えてください、と(笑)。いるんだよね、そういう人っていうのは。街を歩いているとけっこうおもしろくて、変な人をやっぱ知りたいなと思うんだけど、嫌いな人ってあんまりいないよね。

佐渡島:嫌いな人、いないなぁ。ちょっと嫌いな人考えたいな。

石川:嫌いな人をムリヤリつくっちゃうっていうのが、おもしろいよね。

人の脳をもっとも幸福にするのは「思いやり」

佐渡島:誰か(会場で)すごく嫌いな人が、いる人?  もちろん、ずるい人とか嫌いだけど「その人はこういう考え方がずるいんだな」みたいなの、楽しくなるときあるもんね。

石川:『ウォーキング・デッド』を観ていて思ったのね。よい問いの条件で「おもしろい」ってというのがあって、そのおもしろさってなにかというのを常に考えるのね。

『ウォーキング・デッド』を観ていて、すごくムカつく強い敵、みんな嫌いなのね。「嫌いっておもしろいんだな」と思ったのね、そのときに。

これくらい強烈にムカつく敵というか、嫌うような人を自分がつくったとしたら、これは人生すごくおもしろいんじゃないかと思ったのね。「あいつを倒すぞ」みたいな。

佐渡島:『ウォーキング・デッド』とかをイライラしながら見るんだよね? そういうのを週1回見ると、体調に悪い影響とかないの?

石川:絶対よくないよね(笑)。

佐渡島:作家って延々と作品を書き続けてるから、あんまり汚いキャラのことをずーっと考え続けていると、体調によくないと、けっこう本気で思うんだよね。

石川:これ、ちょっと、僕、いい話していい?(笑)。みなさん、これから脳科学の話をしたいと思います。

なぜするかというと、イライラしたりとかムカつく人のことをずっと考えると体調に影響するんじゃないかっていう話をしたじゃん? これは最近すっげーおもしろいことがわかって、「共感」と「思いやり」は違うっていうことがわかったの。

共感ってどういうことかというと、相手の感情に自分を合わせるということで、(相手と同じように)イライラ(する)とか、そういうことなんだよ。

思いやりってなにかっていうと、「共感+モチベーション」だと言われている。要は「その人を助けてあげたい」というモチベーション。

例えば、うつ病の人とかに、その人の気持ちとか考えに共感すればするほど、こっちがつらくなってくる。そこに「この人をなんとかして助けてあげたい」というモチベーションがあると、僕らの脳っていうのは非常にハッピーになるっていうことが知られているのね。

「幸福とはなにか」という研究を脳科学はすごくしていて、人の脳をもっとも幸福にするのは「思いやり」だって。

佐渡島:なるほど、他人のためになること。

Googleのマインドフルネス研修

石川:しかも、それはつらい状況にある人、例えばムカつく人に思考でも感情でも共感しながら、「それでも、この人が救われるにはどうしたらいいんだろうか?」ということを考えると、体調にも影響していって、むしろ調子がよくなると。

「共感」と「思いやり」が違うというのが脳科学で。だから、作家さんとかもそうだと思うんだけど、「こいつをいかに殺すか」みたいな、やっつけるかっていう姿勢だけでやっていくとやっぱりつらいの。

佐渡島:こいつをどうやって救うかとか、死なずに済むかとか。

石川:いろんな意味で「こいつが救われるってなんなんだろう?」と考えると、ハッピーにすることができる。

佐渡島:なるほどな。『宇宙兄弟』のゲイツっていう、みんなが超嫌いなキャラも最終的に救われた。自然とそういうことができてるのが、小山さん(『宇宙兄弟』の作者、小山宙哉氏)のすごさなんだろうな。

宇宙兄弟(28) (モーニングコミックス)

石川:そういうことなんだと思うな。

佐渡島:小山さん、いつもハッピーそうだし。幸せな感じで。

石川:僕、Googleが開発したリーダーシップ研修に去年1年間出ていたんだけど。

佐渡島:日本でやってるの?

石川:アメリカでやってる。

佐渡島:定期的に行ってるの?

石川:だいたい1回5泊6日くらいで、年4回行って、「リーダーになれ」みたいな。

佐渡島:どういうことやるの?

石川:基本的には思いやりなのね。思いやりを持つためにどうしたらいいのかというのが、いろんな脳科学とかトレーニングしたりするというのも。

キーワード入れるとわかるだろうな、「マインドフルネス」という。マインドフルネス研修というのがあって。

世界中の企業が京都に「おもてなし」を学びに来る

佐渡島:どういう思いやりが質のいい思いやりなのかという研究はあるの?

石川:そこはあんまりないかな……。

佐渡島:『GIVE & TAKE』(アダム・グラント『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』)という本、知っている? おもしろいよ。人に対してギブする人っていうのは、仕事とかにおいても「すっごくできる人」と「混乱を生みだす人」とにわかれると。

「テイカー」という、自分の利益だけを取る人、まずは確保する人っていうのは仕事とかアウトプットも全部中ぐらいの出来。すっごいできる人は「ギバー」でもあるんだけど、すっごくダメな人もギバーであるという本。

GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 (単行本)

石川:それで言うと、世界中のいろんな企業の人が京都に来て「おもてなし」を学んでいる。茶道とか。

これ、なんでかというと、商品とかサービスレベルだと正直、差別化がまったく効かなくなってきて、「いかにお客さんに共感して、おもてなしをその人が望むかたちで提供できるか」というのを、茶道から学ぼうというので、今、ワーッときていて。

佐渡島:茶道から学ぼうとしているんだ?

石川:茶道って、僕知らなかったんだけど、1日かかるらしいんだよ。

佐渡島:たくさん準備するからね。

石川:最初ご飯食べて、最後お茶出して。そのときに茶室に来たり出たりするみたいなんですよ。

その来たり出たりするなかで、1回目来たときにいろいろ室内をしつらえるんだけれども、「ちょっとこの人が求めているものと違うな」ということを感じて、微妙に変えていくんだって。「それがおもてなしだ」みたいなこと言っていて。

ちなみにレクサスってあるじゃん、トヨタの。レクサスの車内って「茶室にいるような感じになるように」という設計にされているんだって。

健康とは、「完全に調和された状態」

佐渡島:へえ、そういうコンセプトあるんだ? 知らなかった。

石川:そう、「茶室にいるときのこの距離感がいい」みたいな。というのでやっているって言ってて。

そういうその思いやりというところで、おもてなしというのは科学的にはCompassionといわれる領域で、それができるということが、リーダーとしても大事だし、ビジネス上も大事であるっていうので。

そういうことで今、Googleはそういうのをやっていて、日本からも来いって言われて行きました。

佐渡島:やっぱり健康な人っていうのが、長く活躍するの?

石川:実はそういう本(『疲れない脳をつくる生活習慣―働く人のためのマインドフルネス講座』)を出してるんですけど(笑)。

疲れない脳をつくる生活習慣―働く人のためのマインドフルネス講座

僕、予防医学というのをやっているんですよ。それは臨床医学と対になるようなもので、臨床医学というのは要はお医者さんですよね。病気の人、患者さんをなんとかすると。「予防医学ってなにを予防しているんですか?」とよく聞かれるんですけど、病気になることを予防しているんじゃないのね。

Health、そもそも健康ってどういう意味かというと、「完全に調和された状態」という意味なんです。すごく平たくいうと、朝わくわくして目が覚めて、夜満ち足りた気持ちでベッドに入るっていうのが健康な人なんです。そこから逸脱するのを予防しているのが、俺ら予防医学の人がやっていることなんですよ。

そう考えたときに……みなさん、ちなみにどうですか? ちょっと聞きたいんですけど、朝わくわくして目が覚めて、夜満ち足りた気持ちで寝ている人って、どのくらいいますか?

(会場挙手)

佐渡島:朝起きると、「しんど」っていきなりなっていることが。

石川:ほとんどの人が疲れて目が覚めて、疲れて寝ていると思うんですね。僕も夜寝るときは絶望とともに横になって(笑)。「今日も人類になにも貢献できなかったな」と思って。

(会場笑)

佐渡島:そんなこと思っていたの?(笑)。

100年を生きるという観点からの人生設計

石川:研究者は結局、人類の知に貢献できたか否かが存在価値なんだよ。正直、いつ死ぬかわからないじゃないですか? 毎日毎日が勝負で、だから「今日も貢献できなかったわ」と言って、「もう死にたいわ」と思ってベッドに入るのね、いつも。

「うわー」と思って(寝て)、朝も「うわー」と思って目が覚めるんだけど。僕らの世代と、親の世代で一番違うことが1個あるのは、寿命がほぼ倍あるということなんですよ。

佐渡島:150歳くらいいくかもっていうことでしょ? 今40歳くらいだと150歳くらいまで生きちゃうのか。

石川:生きちゃう可能性ある。少なくても100歳までいくんですよ。だから、100年を生きるっていう観点からまず人生を設計するということがすごく大事なんです。

佐渡島:あんまり考えたことないよね、そういうふうに考えるの。

石川:昔は人生50年だったんですよ。その時代から比べると、だいたいのことは2回あると思ってもらったほうがいいですね。1回きりの人生じゃなくて、昔の人からすると2回人生があるようなものなんですよ。

だから、1回やっていたことがだいたい2回やると思ってもらったほうがよくて、結婚も当然2回するだろうと。

(会場笑)

佐渡島:なるほどね、俺、もう終わっちゃったよ(笑)。

石川:結婚は当然2回するし。

佐渡島:それは死に別れとかもあるからっていうこと?

石川:それもあるし。

佐渡島:じゃあ、70歳になってから結婚ということも?

石川:ぜんぜんあると思う。例えば、職業もたぶん2回ある時代だと思うのね。

佐渡島:わかる、それは。スポーツ系は若いときにやっていたほうがいいよね。

石川:スポーツ系も。100年の人生を設計するときに、50歳っていうのがたぶん1個の切れ目で、20代から50歳くらいまでの1つのキャリアと、50歳から75歳までの第2のキャリアみたいなのをマジでちゃんと設計したほうがいいのね。

60歳までとか働いちゃってファーストキャリアが伸びちゃって、60歳からなにか新しいことやろうと思うと、もう遅い。

スポーツ選手が30代くらいで引退して、「やっべ。次、なにするんだっけ?」というのが困るのと同じように、僕らも60歳から「やっべ、なにするんだっけ?」となっていると、完全に遅くて。

1回、今、みなさんがやられている仕事は50歳でケリをつけるって考える時代になってるんじゃないですかね。

ぼくらの仮説が世界をつくる