ニコニコ動画を作る時に考えていたこと

ニコニコ動画をつくったときのインターネットのビジネスチャンスやその際の日本のIT業界に対して思ったことは、他の人がやらないことをやるのが一番のビジネスチャンスであり、タイムマシン経営と呼ばれるようにアメリカの今を見て日本とアメリカの情報格差を利用し、ビジネスをすることがベンチャーの世界であるということが、パソコン通信時代からずっと続いているのは違うと感じていました。

川上氏はネット住民が誕生したのはパソコン通信の時代であったと考えており、そこで初めてバーチャルな世界で人生の一部の生活をおくる人たちが登場したと語ります。パソコン通信の当時はそこにビジネスはありませんでした。しかし、この延長線上にビジネスのチャンスというのは将来的にあるかもしれないと夢みたいな話はされていました。しかしその時点ではリアルなビジネスの場ではなかったと振り返ります。

インターネットビジネスの潮流の逆にビジネスチャンスがある

当時インターネットブームからベンチャーブームが起こり、ネットでサービスを作る経営者や人々がビジネス視点でばかりサービスを考える人たちが増えてきていたと語ります。たとえば、ネットサービスを作るときにユーザーにどういうサービスを提供するのかではなく、どうやってエグジットするか、上場が厳しくなってきたからバイアウトを狙おうといった視点です。

ユーザーにサービスを提供するビジネスを行う以上は、最終的にお金に変えていかなければなりませんが、資本の側でお金を得ようという考え方が非常に支配的であると感じていました。川上氏はそういったインターネットビジネスの潮流の逆を行ったところにビジネスチャンスがあると考えたそうです。

ニコニコ動画のコンセプトを表すテーマ

ニコニコ動画立ち上げ当時、コンセプトとして社内で使っていた標語は「Google機械帝国」であったと語ります。「人は機械に理解できるほど単純じゃない。それに対抗するのがニコニコ動画だ。」という表現が最も分かりやすいと感じたからです。いかにSEOを無視するか、Googleのbotを見てサービスを作るのではなく、人間を中心としたサービスを作ろうと考えたそうです。そして、人間中心、ソーシャルその後、ソーシャルの時代が到来し実際にFacebookなどのソーシャルメディアが出てきた状況をみて川上氏は、訳の分からないもの、説明のつかないもの、やる意味は一体何なんだと、誰が見ても思うようなネットサービスを作ることにチャンスがあるのではないかと思い至ったと語ります。

ニコニコ動画の時報の意味

この「わけのわからないものだからつくる」という方針に沿ってニコニコ動画の設計をした際のエピソードとして、ニコニコ動画の時報が挙げられます。「ドワンゴが0時をお知らせします」というどうでもいい情報を伝えるサービスで、ユーザーからこれだけはやめてくれと何年間も言われ続けているものでありますが、絶対にやめるつもりはないそうです。時報には多少の効果も狙っており、ニコニコ動画のユーザーが話すネタに何かひどい仕様があればいいなと思ったからだと語っています。

「人は機械に理解できるほど単純じゃない」「わけのわからないものだからつくる」など、常に常識の逆をいく氏の発想には、ネットサービスを考える上でのヒントが凝縮されていました。 (TechCrunch Tokyo 2011より)。

自己紹介

西田隆一氏(以下、西田):ニコニコ動画をはじめとして、ドワンゴさんのやっていることが非常に興味深いなと思って見ていました。私も記事には取り上げていなかったんですけれども、以前、かなり進化しているニコニコ動画の話を聞いていて。川上さんとは直接お話する機会はなかったのですが、コンテンツに対するいろんな思いをお持ちで、一度皆さんに川上さんのお話を聞いていただけないかなと思っていて、今回リクエストしてお越しいただいたということで。

私との対面のお話ではないんですけれども、ぜひ30分くらいゆっくりご講演を聞いていただければと思います。ということで、川上さんはスライドがなくお話されるということで、お迎えしたいと思います。

川上量生氏(以下、川上):ドワンゴの川上です。今日は30分の時間をいただいたということで、何を話そうかというのを今朝からずっと考えていたんですけれども、結果、何も結論が出ないまま、今この壇上に上がってどうしようかなと思っているんです。

私、こういう場所で話すっていうのが、基本的にあまりないんです。最近ちょっと趣旨を変えまして、実は私、今、スタジオジブリっていうところで鈴木敏夫プロデューサーの見習いをやっているんですけれども、やっぱり鈴木敏夫さんの話がとにかく上手いと。話が上手くて、だいたい即興で、資料なんかも使わないわけですよ。それを練習してみようかなということで、資料なしで、即興で話をさせていただきたいと思います。

ベンチャーの世界に蔓延る、アメリカの二番煎じ思考

川上:ずいぶんと今日は時間が押しているということで、20分押しくらいですかね? たぶん、前の方の話が長かったんだと思うんですけど。一応、ジブリではこういうときは宮崎駿さんも延ばすということをされるらしいんです。僕もできればこの30分を、40分、50分と延ばしてさらに押していくことをできたらいいなと思っています(笑)。

ニコニコ動画の話をさせていただきます。ニコニコ動画はちょうど今から5年前くらいに作ったんですけれども、そのときに考えていたことがいろいろありまして。実は、僕はTechCrunchとか、こういうイベントに対して非常に敵意を持っているんです。どういう敵意なのかと言いますと、日本の今のベンチャーの世界っていうのは、パソコン時代からずっと続いているんですけど、基本的にずっとアメリカを見ているんですね。

アメリカが今何をやっているか、アメリカの何年後は日本の何年後になると、アメリカのやっていることをみんな学んでそれを今から追いかけよう、みたいなことがだいたいの流れですね。タイムマシン経営とかソフトバンクの孫さんがずっとおっしゃられてますけれども。そういうのが大きな流れとして確かに存在するわけです。

そして、日本とアメリカの間の情報の格差を利用して、これからはこうなりますよということを皆さんに教えて、そこでビジネスをされている方っていうのが西田さんをはじめとしていらっしゃると(笑)。それがちょっと僕にとってはいろいろと許せない部分がありまして、こういうところっていうのがその象徴的な、いわゆる敵地じゃないかなと思って、今日来ているんです。

IT業界の"負け犬根性"が許せなかった

川上:ドワンゴという会社はもともとパソコン通信で知り合った仲間で始めた会社でして、インターネットの起業とはちょっと出自が異なっている部分があるんですね。そして、会社を作って最初に何をやったかというと、ゲームの開発です。下請けですね。セガさんのドリームキャストとかの通信部分のサーバを作っていた会社だったんです。

そのときに感動したことがありまして、セガさんとかゲーム会社との打ち合わせに行くと、外人が来ているわけですよ、アメリカから。そして、最先端のグラフィックチップとか、3Dの技術とかをゲーム会社に売り込んでいるという場がありまして。そのときに外人の方が日本人の通訳の方を連れて来られて、日本のゲーム会社に打ち合わせに来ているという、そういう現場を最初に見せられたんですね。

これはおそらくIT業界では全く逆のことが日常的にされているわけで、それが、日本のある特定の分野では逆のことが起こっている世界があったということです。今はゲーム業界も海外の方も強くなりましたけども、少なくとも10年前というのは完全にそういう状態でした。こういうIT業界の人っていうのは特にアメリカに対する負け犬根性が非常に強い方々ばっかりだなと僕は思っていまして、本当に許せないと。

ゲーム業界を見習ってほしいとずっと思っていたんですけれども、だんだんとゲーム業界もそういう風になって居場所がなくなってきて、斜陽国で仕事をするのは辛いなと思い始めてきているんですけれども。

ネットビジネスやってる人が、ユーザーじゃないな、と気づいた

川上:そういうわけで、ゲームの開発から、その後、着メロとかっていうのを一時期やっていたんですけれども、我々はパソコン通信で集まった会社ですから、やっぱりネットに戻ろうということで、ネットサービスを作りたいよねということでニコニコ動画を始めたんです。そのときに、3つのチャンスがあるかなと僕らは思っていました。

3つのチャンス。基本的にいろんなビジネスというのは、他の人がやらないことをやるのが一番ビジネスチャンスがあると思っていますから、いったい何を日本のIT業界はやっていないだろうという風にいろいろ考えて、いくつかやっていないことを思いついた。

一つは、「みんなユーザーじゃないな」ということを最初思ったんですよね。パソコン通信というのはだいたい20年前に始まったんですが、その当時はそこにビジネスはなかったわけです。ビジネスのチャンスっていうのは将来的にはあるかもね、と夢みたいな話はされていたかもしれないですけれども、リアルなビジネスの場ではなくって。

ネット住民みたいな言い方を僕はよくするんですが、そういうのが誕生したのはパソコン通信の時代だったと思うんですよね。そこで初めてバーチャルな世界で人生の一部の生活をおくる人たちが出てきた。それがインターネットになって広がったかというと、僕はそうじゃないと思っていまして、それはインターネットが出ることによって、そのコミュニティは一旦破壊されているんですよ。

それはどういうことかっていうと、そこでビジネスが入ってきたせいです。ネットにいる人たち、特にTechCrunchにいる人たちみたいにどうやって儲けようかという視点からネットに関わろうとする人たちが多いんだと思うんですけれども、こういう人たちが増えたっていうのが、インターネットブームが起こって、そこでベンチャーブームが起こって、ビットバレーだなんだかんだって言い出した辺りからなんですよね。

その辺りから、ネットの中で物を作る人たちっていうのが、どちらかというとビジネス視点で考える人たちが増えてきたと。それで、サービスを作るときに、最終的な着地点というのをユーザーにどういうサービスを提供するかではなくて、どうエグジットするか。上場がだんだん厳しくなってきたからバイアウトを狙おうと、そういう視点で考えますよね。これはユーザーにサービスを提供するロジックというよりは、資本のロジックなんですよね。

当然、ユーザーにサービスを提供するというビジネスをやる以上は、最終的にはお金に変えなきゃいけないんですけども、そうではなくって、その中にもう一段クッションがあって、資本の側でお金を得ようというような考え方が非常に支配的だなと思うようになりまして。

それの逆を行くところにチャンスがあるんじゃないかっていうのが、ゲームや携帯コンテンツの着メロをやってきて、久しぶりにネットのビジネスをやろうと思いながら、ネットをいろいろ調べていた僕が最初に思ったことです。

いかにSEOを無視するかに命を賭けた

川上:もう一つ思ったことというのが、そもそもサービスを作るときもユーザーじゃなくってコンピュータの方を見ているというのが今のネットサービスだなというように思いました。

サイトの作り方が、SEOという言葉が僕は衝撃的だったんですけども、ユーザーがどう行動するかではなく、Googleのbotさんがどう来るかを予言しようと考えながらサイトを作っているわけですよね。だから、ホームページを人間が見たらどう思うかじゃなくって、Googleのbotを見たらどう思うのかということを考えて作ろうという。

ユーザーを作ろうという人が100人いて、その中でGoogleのbotを見て作ろうって考える人が1人くらいだったら、僕はすごくかっこいい考えだなと思ったんですけど、そういう人たちのほうがどうも多いらしいということに僕は衝撃を受けまして、それが大きな流れを作っているんだなということをひしひしと感じました。

それで、機械に支配されつつあるネットの中で、逆に機械の影響を一切考えないような逆方向の視点というのが存在し得るんではないかっていうことが、ニコニコ動画を設計するときの大きな着眼点でした。ニコニコ動画を設計するときというのは、いかにSEOを無視して、いろんなネット業界の常識的なものを無視してサイトを作ることができるかということにすごい命をかけたんです。

人はそんなに単純じゃない

川上:その当時、僕が思っていたのは、Googleっていうのがキーワードだなって思っていまして、ニコニコ動画のコンセプトを表す社内だけで使われている標語があったんですよ。それは「Google機械帝国」っていう標語だったんですけれども、それに対抗するのが我々のサイトだと。別にGoogleさんに恨みがあるわけじゃなくって、サイトのコンセプトを表すのにそういう表現が一番わかりやすいかなって思ったんです。

そういう機械じゃなくって、人間を中心にする視点っていうのが今後のネットには出てくるだろうと。なぜなら、今は機械のことしか考えていないサービスが多すぎると思ったからです。だから、これからはソーシャルの時代が来るだろうって思っていたら、実際にFacebookとかが出てきたわけなんです。FacebookはFacebookで、ソーシャルゲームとかもそうなんですけど、全部係数で完了して、SEOがさらに進化しているような感じで、結局同じことをやってるんじゃないかなっていうのが現在なんです。

おそらく、人間もどんどん機械のように扱っていって、パラメータ化していくっていう動きは、時代の流れとして避けられないかなというように僕は思っています。ただ、皆さんビジネスするときにできるだけ単純なモデルを作ろうとしますから、おそらくそこまでは人間は単純じゃないと思うんですよね。

人間は元来単純だと思うんですけども、今のネットビジネスで捉えようとしているほど単純ではない。実際の単純さとの間にギャップがあると思っていまして、そのギャップの部分でなんとか一泡吹かせられないかということが思ったことです。

わけのわからないものをつくる

川上:3つ目に、世の中全体もそうなんですけれども、みんな理屈で考えるんですよね。理屈っていうか、正しくないことはやらない、説明のつかないことはやらないみたいなムードや、こういうのはやるべきで、こういうのはやるべきでないっていう、そういう決めつけをする風潮がネットの中では非常に多いなっていう風に思いました。

訳の分からないものを作る、説明のつかないものを作る、どう考えてもこれは要らないだろうとか、これをやる意味は一体何なんだっていう風に、誰が見ても思うようなものを作ることに非常にチャンスがあるんじゃないかと思いました。

「時報」はユーザー同士のネタのため

川上:この3つのことを思って、ニコニコ動画の設計をやっていたわけです。例えば、ニコニコ動画に時報サービスっていうのがあるんですけど、毎晩0時になったらどんな動画を見ていても動画の再生が停止して、「ドワンゴが0時をお知らせします」っていうどうでもいい情報を伝えるっていうサービスなんです。そのためにわざわざどんな動画を見ていても止めるんですよね。

これってすごく評判の悪いサービスで(笑)、ユーザーからこれだけはやめてくれっていうことを何年間も言われ続けているんですけども、我々は絶対にやめるつもりはなくって、今だに続けているんです。これはなんでやっているのか説明がつかないんですよね。実は説明がつかないものを作ろうっていうのが最初のコンセプトだったので、理由がないっていうのが理由だったわけです。

一応、多少の効果っていうのも狙っていまして、それは何なのかというと、ニコニコ動画のユーザーが街で突然会ってニコニコ動画の話になったそのときに話すネタに、何かひどいやつがあればいいなと思ったんですね。人間って悲しいかな、人間の心ってだいたい卑しいですから、悪口のほうが楽しいじゃないですか。褒めあうことに気持ち悪さを感じるっていうそういう動物ですので、何かケチをつけるのが楽しい。日本人の特性かもしれませんけども。

なので、ニコニコ動画に対して誰もが納得ができる悪口を言えるのが1個あるのはいいだろうと思ったんですね。それが時報なんです。こういう無駄なサービスがあることによって、ニコニコ動画ユーザーが出会ったら、「時報あれひどいよね」「何であるのか分からない」っていう共通の話題で盛り上げるのが、一応、唯一の存在意義です。