日本で初めてリスティング広告の自動入札ツールを開発

――リクルートに入社したきっかけはどういうものだったんですか。

松本:前職はリサーチ会社にいました。いまで言うデータサイエンスの部署を作りたいみたいなニーズがあってその会社にジョインして一緒に作り始めました。そこでは、ほかの企業から、社内のアナリストや分析者では手に負えないような、ちょっと難しい、できるかできないかわからない問題の解決を依頼されることが多かったです。

そのときの第一顧客がリクルートだったんです。リクルートの人から「こんな課題があるんだけども」って、ふわっとしたお題がよく来ていて、それに対して、「じゃあ、こんなことをしたらどうですか」みたいに提携をしていました。リクルートは優良顧客でしたね (笑) 。

たとえば当時はリスティングの自動入札数エンジンが日本にはなかったので、それに近いものを作りたいというお題がリクルートから来て、何とかできないかなと一生懸命作りました。おそらく日本で初の製品だったと思いますね。モデリングと流行りのデータサイエンスを、確率だけじゃなくて数理計画も使って、コストに応じてどのキーワードにどれだけ入札すれば効果が最大になるのかを作りました。

リクルート以外にも大手銀行とかに導入しました。当時もっとこれに踏み込んでいけば、いまは億万長者になれたんじゃないかなと、ちょっと後悔していますね。(笑)

リクルートの仕事はすごく楽しかったんですよね。賢い人、地頭がいい人が多くて、「自分の分析を生かせるのはリクルートだろうな」って前から感じてたんです。

それで2007年に入社しました。長いですね。僕は30代でリクルートを卒業して、40代はここにいないはずだったんですけどね。リクルートってみんなバシバシ転職していく、離職率が高いイメージがありました。まさか10年近くもいるなんて、当時はまったく思っていなかったですね。

まだデータサイエンティストという職種がなかった

――入社されてすぐにデータサイエンティストになったんですか。

松本:まだそんな職種はなかったですね。入社するときに、人事の人から「分析の仕事ができなかったらどうしますか?」とか、いろいろ聞かれましたけど、ひたすら「とりあえずデータを預けてください、そうしたら素敵な結果を返します」と答えていました。もともと大学からずっと統計をやっていたので、それ以外はあまり興味がなかったんです。

当時はデータサイエンティストという言葉も、ビックデータという言葉もなくて、データマイニングが流行っていた頃ですね。アナリストとかデータマイナーという言葉はあったんですけど、リクルートに入ってみると、どちらもいなかったし、そんな部署もなかった。

なので最初は横断組織に所属して、じゃらんとか各事業の分析をサポートするチームを作ることになりました。最初は1人しかいませんでしたが、そこから1人、2人と増えてきて、数名のチームができ始めたのが2008年ぐらい。

その後はゼクシィの事業部に異動して、2年くらいゼクシィで分析をやってました。次にカスタマー分析をやってみたくて、リクルートライフスタイルに異動してきました。当時はデータマイニングチームがあったので、そこにジョインして、またいちから人を集め始めました。いまでは7人ぐらい。来年は4人増えるから11人。チームとして成長してきたと思います。

データ分析の仕事は2種類ある

――データのチームは、具体的にどんなお仕事をされるんですか。

松本:大きく2つあります。直接的にリクルートライフスタイルの売り上げに貢献している分析と、間接的に貢献する分析です。直接は何かというと、リコメンドエンジンを作るとか、メールのターゲティングの仕組みを作るとか、結果がすぐに売り上げに直結するような分析。

もう1つが、「なぜカスタマーがその商品を買うのか」みたいな購買の構造を把握して、それを事業戦略とか需要予測とかに結びつけること。売り上げがどうなるかよりも、こういうふうに売り上げが推移していきますよっていう予測を事業計画に反映していきます。データチームでは主にこの2つをやっています。

異動してきた当時は、すぐに目に見えた効果を出そうとしました。ホットペッパーグルメやホットペッパービューティーは広告型モデルなので、会員数を増やしても直接的に売り上げが上がるわけじゃないんです。逆にじゃらんとポンパレは、カスタマーの1アクションが増えると、直接的に売り上げに繋がります。だから最初の1年間はじゃらんとポンパレの案件だけをやっていました。レコメンド導入による施策を行い、ABテストを行った結果、年間数十億円相当の効果が出ています。

最初は、施策の実行部隊に近いところで分析をすることで、データチームの存在感を見せることもできるし、「こんな施策に、こんな分析が使えるんだ」というのがわかるので、施策をやってるWebマーケティンググループとか、CRMをやっているCRMグループにくっついて仕事をしていました。

でもある程度、分析が根付いてくると、高い視座を持った人と直接やり取りしたほうが分析が生きるんです。具体的に言うと、シニアマネージャーとか編集長とかプロデューサー。じゃらんとかのサイトのトップに立つ人は、物事を深く考え抜いた経験を持っている。そういう人と一緒に仕事をしていると新しい分析のアイデアが生まれるし、存在感が増すだろうと社内で議論しました。

それでいまはプロデューサーの配下にデータサイエンティストがついています。実際に相性も良くて、副次的効果として、プロデューサーは事業の直結的な課題を持っているので、ダイレクトにその分析ができるという意味ではタイムロスがなくなりました。本当に重要な部分で、レバレッジの効く分析をどんどんやることができて急成長しました。

最近はまた次のステージに来たと感じていて、それは何かというと、リコメンドエンジンとか、目に見える施策をどんどんやってきましたが、施策が上手くいかなかったとき、例えばリコメンドエンジンを作っても上手くいかなかったときに、それがなぜなのかという原因を追及するために立ち戻る場所がなかったと思うんです。

もっと内面的な部分をやる必要があるんじゃないかと思って、2015年末ぐらいから、じゃらんについてとことん深堀りをしようと、「施策に直結するかわからないけど、ひたすらカスタマーのことをとことん分析をやりましょう」と決めて、すごくイケてる人を集めたところです。

現在はカスタマーのインサイトの把握に注力

――売り上げも大切だが、カスタマ自身の理解も大切だと。

松本:そうですね。純粋にカスタマーのことを理解したいと思っています。何かのモデルを作ったけど上手くいかなかったときに、「カスタマはこういうこと考えてるから、おそらく、こういう視点が必要だね」っていう立ち戻る土台というか、足元を作っている感じです。

例えば、カスタマがじゃらんのサイトに来て、予約をするまでの道筋というのは何百パターンもあると思うんですけれども、それを全部洗い出して、モニタリングできれば、「ここの層が悪くなっているのでリピートが減ってます」っていう解が出せる。かつ、データだけでなく、なぜ、そこの層が悪くなったのかという説明を理論立てて整理した解答集を作りたいんです。とことん調べ上げれば可能だと思うんですね。半年ぐらいはかかるだろうという見積もりです。

――データサイエンティストの評価ポイントはどういったところにあるのでしょうか。

松本:ビジネスにどれだけ貢献したかだと思います。それがないと、大学内の研究ぽくなってしまうので、どれだけ既存ビジネスと新規ビジネスに貢献できたかが大事です。

ABテストで計測するので、ダイレクトにモデルの効果は判断できます。例えばデータを活用したことで、何億円の売上が上がったと評価してもらえます。ただし、「全然売り上げに関係ないから、その分析は止めよう」っていう話はあまり出ないですね。仕事はやりやすいです。

社内でデータサイエンティストが評価され始めた

――データサイエンティストという存在が社内で尊重されてきているということですか。

松本:最近は会社もデータサイエンスブームに乗っていますね。僕が入社して5年ぐらいは、縁の下の力持ちで大変でしたね。すごく頑張っても、あまり頑張らなくても、評価はいつも同じ。たぶん上司もどう評価していいか定まってなかったんでしょうね。

それがブームに乗って、最近はすごいですよ。お給料はかなり上がりましたし、仕事もしやすくなりました。「分析を使うとこんなに良いことがあるんだ」って知ってる人たちが組織の上から下まで揃っているので、話が早いんです。

他の会社だと、上層部だけがやろうと言っても、下がついてこないとか、下だけやろうとしても、上が「いらねえよ」と言ったら終わり。これは不幸ですよね。いまは会社の上から下まで「やると良いこと起こるんだよ」っていう信頼度がありますね。

必要とされるスキルは3つ

――データサイエンティストに必要なスキルとはどのようなものですか。

松本:データサイエンティストのスキルは、1か0じゃなくて、幅広いんです。主に3つの要素からなっているので、それらの要素が満たされてれば、採用したいと思いますね。

1つはやっぱりエンジニアリングです。ハッキングスキルとも言われますけど、でっかいデータをちゃんとぶん回す実行力を持った人。もう1つは統計とか数学の知識。それがないと間違えたモデルを平気で導入して、さも動いているように見えてしまう。それが怖いんですよね。3つ目がビジネスとマーケティングの深い知識。この3つのスキルがデータサイエンティストの3要素と言われていて、すごく重要なんですね。

でも、よく言われることなんですけれども、3つを持ってる人はなかなか難しいので、せめて2つぐらいを持っていて、あと1個はチームでポートフォリオを組めばいいんじゃないかと。僕も「ああ、確かにそうだな」と思っていたんですけども、最近はそれも違うなと思うようになりました。

なぜかというと、1人の人が3つのスキルを持っていたら、自分自身でそれぞれを掛け合わせて、すごいことを考えられる。1つずつ持ち寄った状態でのコラボレーションって意外と難しい。広く浅くでもなく、深く狭いでもなく、広く深いスキルを持っている人と一緒に仕事ができればと思っています。かなり狭き門なんですけど。

でも、その3つがなかったとしても、例えば数年以内にそのスキルを伸ばすことができる人もいます。向上心があって、素直な人。性格的に良ければ、リクルートで3年とか5年の経験を積むことでハイパーな人材にはなれますね。

制作協力:VoXT