「最愛ポジション」のメリットとは?

池田紀行氏:ということで「最愛」のお話です。ここにある言葉は、さまざまなセミナーや、書籍、記事、いろいろなところで使われる最愛系のキーワードですね。

このなかで、ちょっと聞き慣れないと思うのが「Brand Advocates(ブランドアドボケイツ)」という言葉かと思います。「ブランドの熱狂的な支持者」という意味なんですが、日本語で馴染みがないので、だいたい「アンバサダー」と訳されています。本来のアンバサダーは金銭的な契約関係がある人のことを言うので、正しくはBrand Advocatesです。

これからこのBrand Advocatesという言葉はいろんなところで出てくるはずですので、みなさんの頭に入れておいてください。このBrand Advocatesを増やすことを、みなさんは一生懸命やっていきたいと思うわけですね。そのメリットは一体なんなのか? 最愛ポジションを獲得することのメリットです。

認知はお金で買えるけど……

みなさんは戦略を立てる際に、マーケティングファネルを用いて、いろいろと考えてらっしゃると思います。ファネルっていうのは漏斗(じょうご)ですね。ここでは横に置いていますが、本来は図をグルっと右に90度回転して、お椀みたいなかたちをしているわけです。上から水をじゃぶじゃぶ入れて、「どれだけの歩留まりで1番下の購入や再購入まで到達できるか」という視点で戦略を立てるわけです。

一般的なマーケティングのファネルのかたちって左側なんですね。認知から購入までのファネルに注目してください。とても鋭角な角度がついていますね。これは、商品は認知したけど、興味を獲得できていない。興味は獲得したけど、検討までは至っていない、など、消費者が次のステップに進まずに、こぼれ落ちていってしまっていることを意味するので、マーケティングの効率があまりよろしくない状態です。

とくに、このファネルで大きな問題なのが、無駄なアウェアネスが多いということです。アウェアネスっていうのは認知ですね。認知は、一般的に広告で獲得しますので、お金がかかります。ですから、すごくお金をかけて、このお椀の入口を広くして、水をじゃばじゃば入れるわけですが、入れても歩留まりが悪いので、どんどん減っていきます。

重要なのは想起されるブランドになること

認知から興味にかけて大切なのが、「Evoked set」という考え方です。これはP&Gさんも非常に重要視しているKPIの1つなのですが、想起集合という意味です。想起集合というのは「歯磨き粉と言えばなんですか?」という質問で、みなさんが今、頭のなかで浮かんだブランドです。

例えば、「今年の年末年始の旅行どこに行こうかな?」と考えたときに、1番最初になんとなく思い浮かんだ行き先が、「みなさんの年末年始のレジャーマーケットにおけるEvoked set 1位」ですね。そのカテゴリーのなかで、「どのブランドが何%想起されるか」「想起される順番はどんな状態か」というのが、このEvoked setです。

わかりやすく表現すると、Evoked setは、「右手に1個、左手に2個」握られていると思ってください。一般的な消費者は、それぞれのカテゴリーで、多くて3つくらいしかEvoked setに入っていません。調査をすると多くて3つ、少ないと1個。つまり「右手の1個分しか想起をしない」ってことですね。

ブランドによってさまざまですけれど、右手に握りしめているEvoked set 1位の商品は、70パーセント程度がそのまま購買されます。2位で20パーセント、3位で10パーセント。第一想起される商品が圧倒的に有利なわけです。

例えば、「シャンプーと言えばなんですか」と聞かれた結果、Evoked set 4位、5位のブランドは、ドラッグストアに行ったときに純粋想起されないわけですから、買ってもらうためには販促協力金を積んで、棚を取って目立たせたり、値引きをしたり、容量増量キャンペーンをやらないと買ってもらえない。なので、Evoked setにいかに入るか、できる限り右手に握ってもらうかを考えることは非常に重要です。

「推奨」顧客をいかに増やすか

認知とEvoked setは、意味がぜんぜん違います。学術的に言うと「知名集合」というものがあって、要は知っているか、知らないか、ですね。「知っている」という知名集合のなかに想起集合っていうのがあるわけですね。知っているブランドのなかで、「なにか買おうかな」といったときに、好意的に選択肢に挙がってくるブランドのことを「想起集合」と言います。

その逆は「拒否集合」です。知っていて、「この商品だけは絶対買いたくない」と思われている集合体が拒否集合ですね。拒否集合に入ってしまったら、1番厳しいわけです。「知られていて買いたくない」ってポジショニングになっているわけですから。

知名集合のなかで最も多いのが「保留集合」に入ってしまうブランドです。「その商品は知っているけども、ブランドに対する情報が少なすぎるので選択肢にならない」ということですね。その商品のことは知っているんですよ。知っているけど選択肢に入らない。これが1番多いわけです。「ブランドの理解が進んでない」っていうことですね。ベネフィットが伝わってないということです。ないしは、伝わっていても魅力的に感じられてない。

なので、認知、興味というものは大事なんですが、いかに自社のブランドがEvoked set 1位、2位のポジションを獲得できているかどうかが一番大事なんです。

よくないファネルっていうのは、「再購入」や「推奨」といった購入後のファネルも大きくありません。キャンペーンや値引きで商品を買ってもらっていることが常態化し、そういったお得な施策を当たり前のように顧客が感じてしまっている場合、キャンペーン実施時期以外での再購入が起こりづらくなる傾向があります。なので、キャンペーンや値引きに頼らなくても商品を指名買いしてくれる顧客の育成は大切ですね。

また、「再購入」「指名買い」の後のフェーズとなる「推奨」ですが、この状態まで顧客が進んでくれるのが一番望ましいですよね。既存顧客からの「この商品すごくいいよ!」「このサービス超いいよ!」という推奨によって、まだ認知フェーズや興味フェーズにいる顧客がEvoked setに一気に進むことが可能になるからです。

持続的な優位性を獲得できる「最愛」

良いファネルのかたちはスライドの右側のファネルですね。アウェアネス(認知)は左側のファネルに比べて狭いのだけれども、ゆるやかに落ちていっているので、歩留まりが非常に高い。無駄なアウェアネスを取らなくてもいいから、最適なアウェアネスで十分という状態。こうなれば「広告宣伝予算を少し減らしたところで大丈夫」ということです。

最愛ポジションをとって、ブランドが顧客から愛されている状態が獲得できると、既存のお客様は次も買ってくれるし、もしかしたら新しいお客さんを連れてきてくれるかもしれない。

この「最愛のお客さんが増える」、つまりファネルにおける右側がどんどん大きくなっていく。これはどういう効果があるかというと、ブランド指名買いをしてくれるお客さんがいて、かつ推奨行動をしてくれるわけですから、当然売上や利益が上がるわけです。

繰り返します。最愛戦略がうまくいくと、今、買ってくれているお客様が次も買ってくれる。だから売上が上がります。そして、熱狂的な顧客が次のお客様を連れてきてくれる。だからまた売上が上がる。そして、お客様がお客様を連れてきてくれるので、無駄なマーケティング予算を使わなくてすむ。だからコストが下がります。売上が増えて、コストが減るんですから、利益率が向上するわけです。

そして、大切なのは、(スライドの)下にある「持続的な競争優位」というところ。「持続的」というところがミソなわけです。

お客様の「愛」が伴っていない売上というものは、もっとほかにお得な商品やサービスがあったら、競合他社に乗り換えられてしまうわけですね。そこに愛があれば、つまり、その商品のことを心から好きであれば、その商品を持続的に買ってくれ、かつ人に推奨してくれる。ですから、ここに持続的な優位性が発生するということなんです。お客様の愛は、お金では買えません。好きになってもらって、愛してもらって、熱狂状態になってもらうためには、時間がかかります。だからこそ、競合他社が簡単に真似をすることができない。だからこそ、中期的、持続的な競争優位性につながるということです。

一般消費財が目指すべきは「お気に入り」ゾーン

「カテゴリー別の感情スコア」というものを考えてみました。

いろんな商材があるうち、人間の脳みその中で「どれだけホットな存在になれるか」というのは商材によって差があるわけです。今、ちゃんとした定量調査をやっている最中なので、ここでは僕の頭の中にあるものをざっくりまとめたかたちで説明させていただきます。

グラフの縦軸をエモーショナルスコアと呼んでいます。熱狂スコアですね。熱狂スコアが低いほうにあるのはいわゆる一般消費財です。ティッシュペーパーやトイレットペーパーのメーカーさんに恨みがあるわけではありませんが、「このティッシュ、マジやべぇ! サイコー!!」みたいにティッシュとかトイレットペーパーに熱狂しているお客さんって、いないことはありませんが、少ないですよね。

このような熱狂スコアが高まりにくい一般消費財における目標は、「Favorite」だと思うんです。僕は「ロイヤルティ」という言葉は、けっこう誤解が生じると思っています。ロイヤルティというのは「愛」ですからね。すごく強いわけです。

商品を買ってくれている上位20パーセントのお客様のことを、みなさん「ロイヤルカスタマー」と言っているわけですが、本当にそれってロイヤルな状態なのか? 本当にロイヤルか? ティッシュペーパーに対して、「愛」しているのか? 

ティッシュやトイレットペーパーは、ほとんどの人が、生活のなかで、当たり前に買っているわけですが、「これが自分に一番しっくりくるな」「なんとなくお気に入り」っていうのは、おそらく誰にでもあるはずです。このように愛まではいかないけれど、この一般消費財のなかでは、この商品が「なんとなくお気に入り」という状態を目指すべきというのが、Favoriteゾーンに属している商品が目指すべき最愛ポジションだと思っています。

お客様の「愛」はお金で買えない

さて、熱狂スコアのレベルが高まると、もしくは関与度の高い商品は「LOVEゾーン」で戦うことになります。「通常のアイスクリーム」っていうのはお気に入りのアイス、100円アイスなわけです。ハーゲンダッツの場合は、金額は高いですが、自分の「ご褒美消費」で食べているので、普通の100円アイスがいるFavoriteゾーンとは異なるLOVEゾーンに入っている状態だと思います。そして1番上が「熱狂ゾーン」ですね。ハーレーダビッドソンやAppleやスタバなどが入ってくると思います。

この図でお伝えしたいのは、ティッシュペーパーが目指すべき感情のゴールというのは、ハーレーとは違うということです。最愛、熱狂っていうとなんとなく、「この○○、最高!!」みたいな状態を目指すことをイメージされると思うのですが、同一カテゴリーの中で一位を取れればよいわけで、ティッシュがハーレーと同じ状態になることを目指すわけではないということです。

なので、ここのFavoriteゾーンも、あくまでも「熱狂」という言葉で今日はお話をしていきますが、Favoriteゾーンのゴールは、「このカテゴリーのなかでこのブランドがいちばん好きだな」「これ、なんとなくいつも買っちゃう」という、「買い続けたいな」っていう状態を目指すことだということです。

同一カテゴリーの中で、熱狂スコアが高い方がなぜ競争に有利かというと、先ほどからお話をしている「感情」です。認知は広告の枠、つまりお金で買えますが、お客様の愛はお金では買えません。機能や値引きやプロモーションで今期の競争に買ったとしても、それはすぐに競合に真似されてしまいます。すると来期はまた殴り合いになる。一方、お客様の「愛」は、お金で買うことができませんから、競合は真似しにくい。真似しようとしたとしても、同じレベルに来るまでには何年もかかります。だから、中長期的な競争優位につながる。

ちなみに、リサーチ業界では、たまに「ラブレター調査」というのをやります。「自社の商品、ブランドにラブレターを書いてください」って調査なんですが、やってみるとものすごくおもしろいです。ブランドに熱狂しているお客様たちは、一体どんなラブレター、どんなボキャブラリーやストーリーでみなさんに愛を伝えてくれるか。このなかに、ブランドの熱狂スコアを高めていくための、ヒントが多く隠されています。

2割の顧客が8割の売り上げを作る

次に、顧客を熱狂させていくなかで、大切にしてほしいお客さんについてお話します。

まずみなさんに重視していただきたいのは、「みなさんのブランドを愛してやまない顧客」ですね。この人たちを、心の底から大切にしていただきたいんです。

「ニッパチの法則」ってよく言いますよね。これ、僕もさまざまなお客様から聞いているんですが、みなさんやっぱり「2割の顧客で8割の売り上げが作られてる」という認識が、平均的にすべてのメーカーさん、ないしは小売業、外食産業、共通しているところだと思います。

堀田治さんという、主にエンターテインメント系のものの消費を研究されていらっしゃる方がいるのですが、この方の膨大な調査による分析でも、やはり同じような結果が出ているんですね。左側が人数ベース。右が売り上げベースです。

堀田さんは「超高関与層」という言葉を使っているんですけれど、特定のブランドを好きで好きでたまらない上位顧客の3.3パーセントで、売上の33.3パーセントができている。その下にいる高関与の10パーセントで、さらに売上の33.3パーセント。売り上げ全体の67パーセントが、たったの上位13パーセントの顧客で構成されているっていうことですね。

1番下の、低関与の50パーセント弱の人は、全体のなかで極々一部の売上しか作ってくれてない。「キャンペーンやらないと買ってくれない人たち」は、ここの人たちですよね。みなさんが販促費として年間で使っている数十億円から数百億円のお金は、ほとんどこの低関与層の顧客のために使っているわけです。

「なにもしなくても買ってくれる人」の重要さ

みなさんのブランドを本当に愛していて、なんの施策もなくても買ってくれている人たちには、マーケティング予算をほとんど投下せず、キャンペーンや値引きをしないと買ってくれない新規顧客の獲得ばかりに目を向けるブランドマネージャーの方が非常に多いと思います。

「なんで上得意客の方にもっと目を向けないんですか?」という質問をすると、「別にいいんだよ。あいつら(上位顧客)はなにもしなくても買うからさ!」「なにかの施策をやらないと買ってくれない層にキャンペーンを当てて、いかに買ってもらうかで、うちの今年の売り上げ決まるからさ!」みたいな話をする方が多いんですけど、「本当に、そのお金の使い方でいいんですか?」と僕は思うんです。ちなみに僕は、熱狂顧客のことを「あいつら」と呼ぶマーケッターの方はあまり好きではありません。愛がないので。

話がそれました。たしかに、今期目標の売上を達成するためには、上位顧客によってもたらされる売上だけでは足りません。新規顧客の獲得は重要です。しかし、「あまりにも労力や予算のかけかたが偏っているのでは?」と感じるんです。

みなさんのブランドが好きで、愛してくれていて、なんの施策もなくてもみなさんのブランドを買い支えてくれている熱狂顧客のみなさんに、せめて全体のマーケティング予算の数パーセントだけでも使ってあげたほうがよいと思っているんです。

なぜなら、この人達は人数は少ないのに、売り上げの7割を作ってるわけですから。この人たちになにもしないと、何割かは競合ブランドに流れてしまうわけです。この層は、人数は少ないですが、年間の購入量は多い顧客なわけですから、売上のインパクトがめちゃくちゃ大きいわけですよね。なので「獲得をする」ということだけじゃなくて「離反を防ぐ」って考え方も、もうちょっとあってもよくないですか。

2015年の10月に、『日経デジタルマーケティング』の記事でも出てましたね。カゴメのトマトジュースは、上位2.5パーセント(の顧客)で売り上げの3~4割ができている。ものすごい上位に集中しているわけですね。1日220円。年間8万円。「この人たちもっと大切にしてあげましょうよ」と。

いろんな論文を見ると、百貨店では大体2:6。ニッパチじゃなくて2:6ですね。雑誌は2:7、Webは2:6ですね。すべてのインターネット総アクセスの60パーセントは、20パーセントのインターネットユーザーで成り立ってる。コンビニも2:6。全産業通じて、大体2:6~2:7ですね。なのでニッパチは言い過ぎですが、大体2割のお客様で6~7割の売上が作られている。

今日お話をしたいのは、「熱狂顧客を育成していきましょう」ということです。これは、この20パーセント、ないしはさっき言っていた、この20%パーセントのなかのトップ層の、超高関与層の人たちのことを言っています。