日本のアート市場が陥っている悪循環

青柳正規氏:10分ほどですが、今日の話題提供という意味でお話し申し上げます。(資料の)一番下にあるように、日本の(アートの)市場規模が推計で3,260億円ということで、GDPに比べてあまりにも小さい数である。それがなぜかということが、今日の話題にもなることだと思います。

やっぱり小さすぎると芸術が育っていかない。育っていかないから魅力的な市場ができない。今はある意味で悪い循環にあるのかもしれません。そういう意味で、この市場規模を頭の中にインプットしていただきたいと思います。

(スライドを指して)これはだいたい(一般社団法人)アート東京が中心になって調べたものです。純粋な美術市場は、約3,200億円のうちの2,400億円ぐらいしかないということですね。

過去、世界全体から見ると少し凸凹がありますけれども、(平均で)だいたい600億ドルぐらいです。ですから、(1ドル)130円とすると7兆円強ぐらいの世界市場があるにもかかわらず、日本は、市場だけでは2,400億円、関連(品市場)も入れると3,200億円ぐらいになるという現在の状況です。ですから、世界のシェアだと7兆円分の3,200億円ということになるわけです。

国別の美術市場では、アメリカが圧倒的に大きいわけですけれども、やっぱりイギリスが伝統的に大きい。それから中国、フランス(の順)になっていて、日本が3.1(パーセント)。どういう根拠でこの3.1という数になっているのかはわかりませんが、それぞれの国の(美術品市場規模の)占有率ということになります。

活況を呈する日本の美術館の企画展

(スライドを指して)これは去年、日本で新聞社などがやった企画展の入場者数の一覧です。ここ(国立新美術館)でやったミュシャ展は約65万人。それから、一番下の関西でやったブリューゲル展でも27万人ぐらい入っているということで、企画展はかなり活況を呈しています。

(スライドを指して)これは『The Art Newspaper』の抜粋です。去年と一昨年の分も入っていますけれども、ブローニュの森の中にルイ・ヴィトンが作った美術館で開催された(大富豪で美術蒐集家のセルゲイ・)シューキンのコレクションでは、120万人ぐらい入っているんですね。

これはちょっと大きすぎるというか例外的なんですけれども、これを見ても(来場者)数だけから言えば、日本の企画展というのがこの中に入り込むぐらい、一般市民の方々の関心が十分に大きいということがわかるかと思います。

そういう中で、アート東京が(美術品の)購入未経験者などにいろいろアンケートをとってみると、一番上が「購入する資金の余裕がないから」。これは、もし資金の余裕があったら将来は買ってくれるかもしれない。それから「美術に興味がないから」。これはしょうがないと思います。そのあと(に続く理由は)、「所有することに魅力を感じていないから」とか、いろいろ考えさせるものがあります。

それを少し図化すると、(スライドを指して)だいたいこんなかたちになるのではないか。だから案外、「いろいろな条件が解決されれば手元に置いておいてもいい」というような方々も、潜在的にかなりいらっしゃるということがわかります。

日本の美術や文化財の予算はフランスの10分の1

それからもう1つは、芸術系の大学(の学生の数)が今だいたい1万6,000人ぐらいですけれども、そのうちの半分以上が音楽のほうで、あとは造形になります。どちらかというとだんだん就職率は落ちていっています。

しかし、作家になりたい人たちは就職しない人のほうが多いわけですから、このへんは非常に微妙な数であるということ。少なくとも美術あるいは芸術を志している若者は一定数はいるんだということが、このグラフからもわかるかと思います。

そこで少し簡単にまとめておきますと、一般市民の関心は世界的に見てもかなりレベルが高く、(人数の)ボリュームもかなりあるのではないかと思われます。

それから、日本ではさまざまな美術館あるいは博物館等があり、美術に関係しているところをすべて入れると3,000館ぐらいになります。そこでさまざまな常設展や企画展が行われているので、まぁまぁのレベルにはあります。

けれども、大きな企画展はジャーナリズムが主導しているので、一番上に書いてありますように、ヨーロッパ近代美術、あるいはオールドマスターにちょっと偏っているんじゃないか(と思います)。

美術館の数は多いんだけれども、現在、地方自治体が美術関係あるいは文化財に使っているお金は、合計で3,000億円ぐらいです。文化庁が全部で1,000億円ですから、両方合わせると4,000億円ぐらいですね。フランスの場合は国が5,000億円で、地方を全部合わせると1兆5,000億円ですから、合計2兆円ぐらいです。

だから一番象徴的なのは、国家予算に対して文化庁の予算は0.1パーセント。フランスの場合は、国家予算に対して文化予算は1パーセント。つまり10倍です。しかも、地方が1兆5,000億円も使っていますから、その比率はもっともっと開いてくるというような状況がある。

そういう中で、日本の美術館の一番弱いところは残念ながら、世界の美術の流れや動向に対して、こちら側からしかける、インパクトを(与えることが)できるような、能動的な企画が非常に少ないということです。

日本の美術関係者から世界への働きかけがないという課題

現在、例えば東博(東京国立博物館)では(マルセル・)デュシャン展をやっています。これはすばらしい展覧会で、僕はこの10年で一番いい展覧会じゃないかと思っていますけれども、よく考えると、あれはデュシャンがフィラデルフィアに残したものを全部持ってきたからすばらしいんですね。

1枚だけ、東大の駒場にあるデュシャンの『大ガラス』(正式名称:『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも』)を瀧口修造たちが復元した作品が出ていますから、日本も少し加わってはいますけれども、なにしろ外からドカンと持ってきたものだから、あれだけいいものになっているというのが残念なところです。こちら側からの働きかけがない。

例えば、そのデュシャン展の最後の部分で日本との関連をいろいろやっているんですけど、これはデュシャンの脈絡からはまったく外れたものです。ですから、東博の学芸員たちも含めて、いかに日本のパワーがないかということを感じざるをえない展覧会になってしまっています。

それからもう1つは、美術評論家の層があまりにも薄いし、貧弱だし、力がない。例えば、戦前はまだ海外で活躍するいろいろな評論家がいました。それが今やほとんどいない。これはもう早急にどうにかしなければいけない(問題です)。

だから、おそらく今の大学生ぐらいの人たちの中で美術評論をやりたい人を早く見つけて、少なくとも2〜3ヶ国語ができるように訓練して、世界中に日本の美術を紹介してもらうようなシステムを作らないかぎり、今の状況から脱皮できないんじゃないかというほどに、どうしようもなくなっています。

警察や消防署の音楽隊のレベルが上がっている理由

それから、社会との親和性ということでは、鑑定・評価などが確立していなかったんですけれども、最近、東京美術倶楽部が一般財団で「東美鑑定評価機構」というのを作ってくれました。

まだ守備範囲がちょっと狭いんですけれども、こういうものがもっと大きくなって、そして競合するようなものがあと1つ、2つ出てきたら、日本でも鑑定・評価がかなりしっかりしたものになって、そのことによってさまざまな良い面が出てくるのではないかと考えております。

そして、さっきも申し上げたように、芸術系の大学の学生1万6,000人程度が来てくれているので、その再生産という意味では、まだしばらくはどうにかなるのではないか(と思います)。しかし今、音楽系も美術系も、教育投資をやったわりにはあとでのインカムが小さいというので、かなり厳しい状況になりつつあります。

その一番典型が、警察や消防署の音楽隊のレベルがぐんぐん上がっているんです。というのは、クラシックをやった人たちの就職先がないから、そういうところに入らざるをえないということになっている。それは、音楽だけではなく、美術のほうにも言えることかと思います。

そうした状況を踏まえながら、これからまず柴山さんと、ここに名前のある美術関係の方々と討論をしていきたいと思います。以上です。

司会者:青柳先生、ありがとうございました。