子育てをシェアするAsMamaの取り組み

甲田恵子氏(以下、甲田):みなさんおはようございます。

私自身、今会社を立ち上げてまもなく7期目になるんですけれども、もともとはキャリア志向がすごく強いサラリーマンをしていて、どうして起業したんですか? 起業って甲田さんにとっては何ですか? ってよく聞かれます。

私にとって起業っていうのは、「無限大の可能性と使命感の賜物」です。これはちょうど2014年のときに、ジャパンベンチャーアワード社会貢献特別賞をいただいたときに、私の口からふと出た言葉です。

これから皆さんがベンチャー等々で新しいものを創られていかれれる中でも、きっとわくわくしながら目の前で起こっている課題を解決する事業をされながら同じような思いを持たれるんじゃないかな、と思います。

さて、先ずはAsMamaが一体なにをしている会社かというのを簡単にご紹介させていただきますと、私たちは全国で年間800回くらいの地域交流の場を作りながら、「子育てシェア」という1時間500円で顔見知り同士が子供の送迎や託児を頼りあえる、そんなネットの仕組みを知事間共助のインフラとして広めていきたいと、こういう活動をしています。

どうしてこんなことをし始めたかというと、安心して子供を預けられるなら働きたい、やりたいことがあるっていうのは先ほど小安さんからご紹介いただいた通り、300万人くらいいると言われています。

一方で「子供が小さいうちは子育てを優先したい」とか、「優先したけれどももう子供が大きくなって、ようやく自分も社会に参画していきたい」「いくばくかの自由になるお金が欲しい」そういう人達も沢山います。

そうやって頼れさえすれば自分のやりたいことがかなうという人と、逆に頼られることやそれで収入につながれば嬉しいという人が安心して出会い、頼りあえる仕組みがあれば、それぞれの課題が解決するだけでなく、女性の離職や経済の低迷、少子化、産後鬱や育児鬱、子どもの安全な居場所の欠如など様々な社会問題が解決されるのではないかと思ったんです。

それも「お互い様」ではなくて、互いに納得する対価で頼れる仕組みがあれば、頼る側も頼られる側も、経済的にも精神的にも豊かになれるんじゃないかと思いついた、それが7年前でした。

昔ながらのご近所付き合いを仕組み化

甲田:具体的な特徴としては、「頼りあいましょう」と言ってもなかなか頼りあえるものではないので、1つめの特徴としては、昔でいう「おせっかいおばちゃん」的な存在をAsMamaでは育てていまして。

その人達を、ママ業をサポートする「ママサポーター」と呼んで、自分達の顔を広げるのと同時に子育てシェアの紹介をし、そして年間800回あるイベントに地域の人達を誘っている。そのアプローチ総数は今や年間500万世帯を超えてきている。

2つめの特徴としては、顔見知り同士が頼りあえるこの「子育てシェア」というインターネットの仕組み。

パソコンやケータイで登録していただけるんですが、登録しただけではダメで、気の置ける人を招待したり、既に登録している人に「友達申請」をして繋がっておく、ここがつかえるようになるポイントです。知らない人とは繋がらないように、繋がるときには相手の携帯電話の下4桁を入れなければ繋がらないという安心機能を入れています。

あとは助けてほしいときに、助けてほしい拠点から半径2キロ、5キロと範囲を選んで、その中の人達にSOSを発信すれば助けてくれる人が見つかる。

特徴としては登録料も手数料も一切とりません。お礼はどうするの? 1時間500円です。昔みたいにチョコレートとかタオルとか、そういうのはお互いに気を使います。だから1時間500円にしましょう、というルールを決めたんです。支援してもらったらお礼として現金をそのままその人に渡せば良いんですけれども、目の前で財布を開くのはためらう、とか塾への送りだけお願いしているのでお礼を渡すタイミングがない、なんていう場合はクレジットカードで謝礼を支払うこともできます。

日本で初めて、万が一事故が起こった時には最高5000万円までの損害賠償保険が全支援者に適用される、そんな仕組みになっています。

2009年からリアルとネットの両輪でということで始めたんですが、実は2013年に当時作った仕組みはいったんスクラップして、全く新しいものを作り直しました。

今登録者数が3万人を超え、解決済み案件数は6000件を超えてきておりまして、1件の事故ももちろんありませんし、クレームも一切ありません。

これは、昔ながらのご近所同士の頼りあいというものを仕組み化することによる安心感、双方による解決力だと思います。解決率はほぼ毎月85パーセントを超えています。

事業ポリシーは「子育て世帯からお金をもらわないこと」

甲田:AsMamaは子育て世帯からお金をもらわない、という国内外初の収益モデルを実現しています。これは年間数十万人の子育て世帯の人達と接する中で、この人達から手数料をとるビジネスっていうのは、「おそらく頼り合うというプラットフォームを拡げるのを鈍化させるだろう」と思いましたし、「頼ること頼られることによって豊かになる人たちを生み出すというのを事業ミッションにしていながら、その人たちからお金を取るというのを収益軸にするのはなんか違うな」いうところで、子育て世帯の人達からお金をとらないというのを1つの事業ポリシーにしています。

じゃあ、どこで収益化するの? というところに関しては、ママサポーターの口コミ力を生かして、自分たちの施設に来館誘致したい商業施設様ですとか、生活や子育てに役立つ情報や商材を持ちながらなかなかピンポイントで届けられないような企業様と協働してイベントを開催することで、各パートナー企業様の広報やマーケ、集客の支援をさせていただくことで、1回イベントあたり40万円程度いただいています。

これを企業タイアップで年間200回程度、全国で開催しています。一方で子育てシェアができたことで、コミュニティを持ちながら共助という環境を作りたい不動産会社さんですとか、学童、習い事、それから人事、福利厚生として、共助環境をコミュニティ内で生み出すというプロジェクトを提供させていただくことで、コミュニティ規模に応じた年間支援料をだいたい60万円以上いただくストック型の収益モデルを昨年より確立しつつあるというところですね。

私自身は、もともとこんなことをしようと思っていたんですか? とよく聞かれますがと、全くそんなこと思ってなくてですね。起業する半年前までは普通にサラリーマンをしてました。

ところがある日突然、会社都合で会社を退職することになって、非常に不純な動機かもしれませんが、失業保険をもらえるという1つの手段として職業訓練校に行きました。そうすると職業訓練校には、妊娠、出産が理由で職種転換を迫られざるを得なかった人達がたくさんいました。

学歴、職歴を男性と同じように積み上げながら、妊娠、出産を機に辞めざるを得ない、この人達を目の前にしたときに、これは「ものすごく大きな社会損失だ」と思ったんですね。

30人くらいいて、仮にひとり10万円ずつ失業保険をもらうとしても、300万円の税金が使われながら、意にそぐわない職種転換をはかろうとしてる、何ともったいないことか。

創業メンバーが辞めていった過去も

甲田:一方で子供が小さいうちは子供と一緒にいたいという理由から、家にいる専業主婦の人達は、納豆ごはんを朝晩の娘の定番食にしていた私とはまるで違う、月齢に応じたご飯だったり、遊びであったり、そういったことをすごく丁寧に趣味を超えてやってる人達がいる。それでも、時折社会からの疎外感に悩んだり、月にわずかでいいから自分の自由になる時間やお金があればなぁ、と思っていたりするんです。

この頼りたい人、頼られたい人達が頼り合えればと、職業訓練校に通いながら思ったのがそもそものきっかけで、これを何気なくブログで発信してみると、ものすごく大きな反響があったんです。その瞬間、根拠はなくとも確信して「これは絶対に世の中ニーズがある」と思いました。 私は前職で広報をやっていたのですが、広報というのは世の中に発信したことに、どんな反応があるかを見て、世の中の人がそれを面白いと思うか、必要と思うか、っていう反応を見、それを次なる一手にどう生かすかを社内に伝える、っていうのが仕事なんですね。

特にIRに関しては、前期の成績が良かった、悪かったっていうところで、株価が上がったり下がったりするわけではなくて、これからやろうと思っていることに「これはきっといける」と世の中の人達がわくわくした瞬間、株価があがる、ということがよくあるんですね。

なのでその反応を見ながら、世の中のニーズがものすごくあるんじゃないか、というふうに思ったのがきっかけでした。

とはいえ、起業したときにはいろんな収益モデルを考えていたんですが、確実な収益モデルが起業したときにあったわけではなくて、結果的には模索に18カ月間かかりました。

起業して先ず何をしたか言いますと、大事な子供だから知らない人に条件さえあえば預けるっていうことはないですから、近所の支援したい人と、支援してほしい人が会うという機会を作らなければいけないと思い、「支援したい人、支援してほしい人、集まりましょう」、と手作りのチラシをくばりながら、3か月で100回くらい交流会みたいなことを最初はやっていました。

参加者の人から参加料をもらうビジネスモデルで始めたんですけど、当然スケールアウトしないですし、やればやるほど金銭的に余裕のない人達はこういう場に何回も来るのは難しい、ということがわかってきます。

そのうち交流会をやればやるほど時折メディアに取り上げらことなんかもあり、そのうち企業さんが「自分達の商品を紹介させてもらえる時間をもらえれば協賛しますよ」、みたいなお話をいただくようになりました。その時、人が集まれば協賛額が大きくなるということでしたので、協賛費を多く稼ぐために人数をたくさん集めてイベントをやろうと、だんだん規模を大きくしはじめたんです。

ところが今度は規模を大きくすればするほど、頼りあい、仲間づくりというのが、この交流会の中では行われなくなる。ここまでで起業してから約1年間紆余曲折していますね。

1年経ってようやく気付いたことが、規模が小さければ事業化もしないし、規模が大きければ事業ミッションを達成させられない、ということでした。

どうしたら良いんだろうとなり、どん詰まりになりました。どん詰まりになったということと次の一手はわからないと創業メンバー13人に言うと、「ふざけるな」と言って11人が辞めてしまったということがありました。

街頭アンケートから見えてきた当事者のニーズ

甲田:11人が辞めてしまってたった2人になり、「本当に頼りたい人、頼られたい人っているんだろうか?」ということが、わからなくなってしまったときに、1000人に街頭アンケートをするという機会がありました。

1000人に街頭アンケートをしてみるとおもしろいことがわかったんですが、支援して欲しいと思ってる人達は、自分の子供でも大変なのに他の人の子供まで見たいなんていう人はいないんじゃないかと思っているんです。

一方で元保育士さんとか幼稚園の先生とか、何をしてても可愛いと思っているような人達は、この可愛い時期に他の人に預けたいなんて思う人なんていないんじゃないか? と思うっていうんです。

「預かってあげるよ」なんてことを言えば、おせっかいだと思われるんじゃないか? ひょっとして怪我でもさせたら、とんでもなく非難されるんじゃないか? というふうに思っていると。

こうやって現場の人達に向き合うことで、本当の実態を知ることができる、ということをこの時学びました。そして、この1000人の声を聞いている間に、本当に助けてほしいと思いながら助けてくれる人と出会えてないとか、本当に助けてあげたいと思いながらその機会がない人達のニーズに気付いて、この事業そのものの価値、ポテンシャルというものに使命感と無限大の可能性をに対する確信に気づいたんです。

そして、支援者を可視化しないといけないね、といってできたのが「ママサポーター」です。そして、話を聞けば聞くほど送迎や託児のニーズだけではなくて、このあたりはリクルートさんのプロフェッショナルの部分だと思うんですけど、子連れで行ける場所を求めていたり、生活や子育てに役立つ情報というのを求めているという、子育て世帯の別のニーズにも気づくことができました。

もともと自分が広報をやっていた経験から「共通の関心を持つ人達へのダイレクトアプローチができますよ」というふうに言えば、関心のない人達を1000人、2000人集めたところで協賛するよりも、企業にとっては効果的な情報訴求ができ、非常に価値があるんじゃないか、ということに気が付きはじめます。そして親子交流と企業ニーズを一致させることで、地域交流というのを収益化させることができたということです。

マネタイズできなければ事業ではない

甲田:事業なので「良いことをやってればいいよね」ではなくて、やはりマネタイズできなければ事業ではない、というところを株式会社ですので非常に意識しています。私達は子育て世帯からはお金はとらず、企業さんからお金をもらいながら、自分たちの社会課題解決と事業成長を両立させる、というところを非常に重視してやっています。

やり始めると当然壁はあります。例えば13人中11人辞めてしまったので、開発者さんが見つからない。そういうときには周りにとにかく言うんですね。開発者が見つからないと。ある人に頼めば、「2カ月でできるよ、100万円くらいで」と言われたし、大きな会社さんに聞いてみれば「2年はかかるよ、4000万円で」と言われた。

どうやれば良い開発者が見つかるのかさっぱりわからない、と周りにどんどんどんどん言うんですね。

別の例で言えば、日本で初めてつくられた子育てシェアを通じた相互共助に関する保険ですけれども、何かあったときの保険をつけたいというのを、日本にある保険会社は全部といってもいいんじゃないかというくらいまわりました。

誰も相手にしてくれないんですけど、それでも保険をつけなきゃいけない、保険をつけなきゃいけないと言って、最後はロビー活動のようにもともと旧知の保険会社の役員の人がいるというのを思い出して、その人のところに毎日、毎日、本当に毎日通って、つけてもらったということがありました。

皆さんもこれから事業化されるとき、何かうまくいかない、思い通りにいかないみたいなところっていうのは、やり始めてすぐあると思うんですけれども、何が何でも根性と執念があれば必ず道は開けるので、あきらめない、ということが大事なんじゃないかなというふうに思います。

事業計画は経営者の将来への意志

甲田:いつまでにどれくらい何をやるかっていうことを、これから皆さんも事業計画書みたいなものに起こしていくと思うんですけども、私自身、昔、経営戦略だとかIRにいたときには、事業計画書を書くのは得意だと思っていたんですね。それが仕事なので。

ところが起業するときに書いた事業計画書は、今それを見たら申し訳ないと周りの人達に頭を下げたいくらい、何ひとつ思った通りになんかなりませんでした。

その後も事業計画書に書いたものはハナから思い通りにならないので、4期目くらいにふと、「これたぶん意味ないんじゃないか」と、「もう書くのやめようかな」と思ったときに、私のとっても尊敬しているソーシャル・インベストメント・パートナーズの白石代表(白石智哉氏)という方から、「それは違うよ甲田さん、事業計画っていうのは経営者の将来に対する意志として書かなきゃいけないよね」と。

「人件費を来年少しずつでも上げていきたいとか、この事業に注力していきたいとか、経費はこれくらいかけたいんだとか、いついつにはこんな投資をしたいとか。そういう経営者の意思を表すものだから、予知能力を持った予知者の言葉でなくてもいい。ただ経営者、代表者としての意志をここに表しなさい」というふうに言われたことがありました。

皆さんも、すごく難しく、さも予知者の如く書く必要はなくて、意志を書けば良いんじゃないかなというふうに思います。一方で、どんな事業になっていたいかについては、目の前の課題を解決することに取り組みながらも、やはり5年後、10年後、30年後、100年後までイメージできることが大事です。

この事業が成功すれば、どんな人達がどんなふうに幸せになっていくのか、それは一日にしてかなえられるものではなかったとしても、いつまでにどういうプロセスを経れば成長させていくことができるはず、という経営者として強い意志を書くのが事業です。

やっていれば自分が楽しい、やりたいことをわくわくしながらマネタイズを何も考えなくてやっててもいいじゃないかっていうのは、おそらくライフワークなんじゃないかと思います。

どっちが良い悪いではないんですけど、事業化を目指すなら事業計画とその事業計画をかなえるためのアウトプットというのが必要ですということですね。

今こんな偉そうに前で話をさせていただいておりますが、AsMamaとしては是非このiction!プロジェクトで、皆さんが課題を解決しようと考える中で生み出されるプロジェクトがAsMamaとジョイントできるものであったら非常に光栄だと思う、まだまだドベンチャーです。ありがとうございました。

司会:ありがとうございます。

事業への執念の根底にあるもの

司会:せっかくなので、ご質問があればひとつふたつよろしいですか?

甲田:もちろんです。

司会:お話を聞いてみたいと思いますが、どうでしょう? せっかくの機会なので、何か気になったことがあれば。

質問者:先ほど途中で「必ず壁はある」。「執念と根性があれば報われる」というお話を伺ったんですが、その執念と根性というのは、どこから来てるんですか?

甲田:そうですね。やっぱり1000人アンケートをしたときに、本当に手を握りながら「助けてくれる人がいないから、明日にでもクビになるかもしれない」というお話を聞いたりですとか。

「ずっと公園に1日いながら、自分の子供だけを子育てしていると息がつまりそうになる瞬間があるんだけれども、こうやって地域の子育て支援をちょっとでも手伝ってると思うと、自己肯定感を持てる」という人もいたし。

その時のリアルな声というのが肌に染みついてしまっているんですね。これを、私が今日辞める、あきらめるって言った瞬間、あの人達を見捨る、見過ごすことになるんだな、というような思いがあるんですね。もういやだな、もう無理だなと思ったら、必ず現場に行ってそういう声に触れるようにしてます。

質問者:ありがとうございます。

NPOではなく株式会社を選んだ理由

司会:よろしいでしょうか?

質問者:ありがとうございます。子育て世帯からお金をもらわないって素晴らしいことだと思うんですが、実際のサービス提供でお金をもらわない企業協賛というのが嫌であれば、例えばNPOみたいなものでも、それって実現できるかなと思ったんですが、あえてそれを事業会社としてされている理由をお聞きしたいです。

甲田:はい、ありがとうございます。起業のときに当然NPO法人、一般社団法人とか考えなかったわけじゃないんですけど、NPO法人の場合は10人以上の理事を集めて、定款を書いて、そこに書かれていることをやらなきゃいけないんですね。

ところが大企業も行政も解決できていない課題を解決する、事業で解決するということをコアコンピタンスとしたときに、1回やってうまくいくなんてことまずありえません。

そうすると100回やって失敗する、101回目をスピード感を持ってやらなければいけないのに、うまくいかなかったら定款を書き替えるために、10人の理事を集めてまた理事会で定款を書き直す。そのスピード感ではおそらく社会課題の変化に対応しながら、課題解決するっていうことに追いつかないと思ったんですね。スピードを重視するために株式会社にしたのが、一番大きな理由です。

それから助成金融補助金をあてにしながら運営するとなると、それがなくなった途端運営できませんということになりかねない。世の中にとって必ず必要なものであれば、自立可能な経済システムを自分達で運営できることによって、自分達自身の豊かさや継続できる事業っていうのが必要だなというふうに考えたので、あえて株式会社にしました。ありがとうございます。

司会:以上でよろしいでしょうか? はい、甲田さんに改めて拍手をお願いします。ありがとうございました。

制作協力:VoXT