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なぜ外国人は武道にハマるのか? サッカーや野球にはない「残心」の美しさ

なぜ外国人は武道にハマるのか? サッカーや野球にはない「残心」の美しさ

剣道愛好家で関西大学準教授のアレキサンダー・ベネット氏が木刀を手にしながら、武道の中にある人生哲学の枠組み、普遍的な美しさなど、多くの日本人が知らない武道精神について語ったスピーチ。日本の武道がオリンピック種目として認められ、世界中で愛されている理由とは? 武道とスポーツの違いとは? その秘密は「残心」にありました。(TEDxMeieki2013 より)

スピーカー
関西大学 国際学部 準教授 Alexander Bennett(アレキサンダー・ベネット) 氏
参照動画
Zanshin -- the lingering mind in Budo | Alex Bennett | TEDxMeieki

日本の武道は世界中に広がっている

アレキサンダー・ベネット氏 皆さんこんにちは。ニュージーランドのベネットと言っていいでしょうか。日本のベネットでもあります。 人生半分、ちょうど半分ですね、日本に住んでおりますけれども。初めて日本に来たのが17歳の時だったんですね。その時は千葉にある稲毛高校というところに1年の留学できたんですけれども。 (私は)ニュージーランド人ですから、ニュージーランド人はだいたいスポーツが好きで、私はずっと子供の頃からスポーツをやっております。 主にサッカー、それにクリケットとか、いろんなスポーツをやっているんですけれども。日本に来たらですねサッカーをやろうと思ったんですね。 稲毛高校のサッカー部に入ろうと思ったんですけれども、グラウンドを見たら芝生がないです。それが日本の高校のグラウンド、普通そうなんですよね。 芝生があるところ、すごい贅沢ですけれどもニュージーランドは当たり前なんですよね。芝生がないところで「サッカーできるかー!!」と思ってね。砂利の上でそんなケガしてしまうやないか、ということをちょっと不安になって。 それでホームステイのお母さんから「せっかく日本に来ているんだったら日本の伝統的のスポーツやったらどうでしょうか」というアドバイスをいただきまして、何をしようかなと。 柔道。うちの学校には柔道あったんですけれども、柔道はそんな興味ないなぁ。剣道ってなんかね見たことがないんですね。すごい激しい、スターウォーズみたいな感じだったんで。 先生が非常に怖い人で 典型的な体育の先生でね。先生なのかヤクザなのか、よくわからないような、ほんっとうに怖い人で、まあダースベーダー役ですよね。 それで他の部員たちがもう必死にかかっていくような。それを見て「これおもしろいな」と。「それやってみよう」と。 1週間やったらですね「辞めたい」。臭いし、うるさいし、先生が怖いし、わけがわからないんですよね。当たるだけでは一本ならないんですよね。いろんな難しい条件があるんですよ、剣道は。 有効打突というんですけれども一本になるために、例えばこれは木刀ですけれども、普通は竹刀を使いますよね。竹刀のこの(切っ先)部分、「物打ち」というんですけれども、それは刃筋正しく、面、小手、胴もしくは突を正確に打たなければならない。 それだけじゃなくて「気剣体一致」というのも必要です。気持ちと竹刀と体が一つならないと一本にならない、というような、非常に難しいんですよ。 だから剣道やろうと思ったらすぐできるものではないですね。慣れるまで2、3年かかります。 竹刀を体の前に、持つというのは非常に不自然です。バランスが取りにくい。それと足の裏もマメばっかりになって、もう痛いですよね。 僕、剣道すぐ辞めたかったんですけれども、先生が怖いもんですから辞めさせてくれなかったということで……今に至るという感じですね。20なん年も経ってます。 皆さんどうですか、おそらくこの中で武道の経験者、何人かいらっしゃるかと思います。武道っていうのがもう世界中に広まっているということですよね。 日本の文化輸出品の中で最も成功しているものじゃないかなと思います。外国、ほんとにどこ行ってもどんな田舎町に行っても必ず何かの道場があります。 柔道、空手が一番ですね。柔道なんか国際柔道連盟に加盟している国は200カ国ぐらいです。だからバスケとサッカーの次なんです。 加盟国の数からいうと。空手、それが数で言えば一番普及成功していると思うんですけれども、とにかくすごい数です。ヨーロッパ行くと本当にどこ行っても、中東行ってもアメリカ行っても、私のニュージーランド行っても、どこの街に行っても空手は必ずあります。 で、武道って一体何でしょう? やったことない人がだいたい武道というのは、ジャパニーズ・スピリットを代表するものだと言うんですけれども、本当にそうなのか? 武道って一体なんなのか。

武道の目的は「人間形成の道」

いろんな武道がありますけれども、これが日本武道協議会が平成20年に作った武道の定義ですね。武道の理念。ちょっと難しいんですけれどもちょっと読みますと、 【gazou1.jpeg 0451】 武道は、武士道の伝統に由来する我が国で体系化された武技の修練による心技一如の運動文化で、柔道、剣道、弓道、相撲、空手道、合気道、少林寺拳法、なぎなた、銃剣道を修練して心技体を一体として鍛え、人格を磨き、道徳心を高め、礼節を尊重する態度を養う、国家、社会の平和と繁栄に寄与する人間形成の道である。 というふうになっています。訳わからないですよね。すっごく難しいです。しかしその中で大きなポイントとしてどの武道においてもですね、この人間形成の道ってのが重要ですよね。 武道考えるとオリンピックだと柔道入っています。テコンドーも入っています。相撲が入ろうとしています。空手道も入ろうとしています。 だから、武道はもちろん競技というのもありますけれども、やはり一番の目標っていうのはこの「人間形成の道」だと言うことなんですね。 gazou1 そこで武道やってる人、結構、こういう(天狗のように鼻を伸ばす仕草)偉そうな人が多くて「武道は他のスポーツとは違うんだ。俺たちやってるのはただのスポーツじゃない!」っていうことを言うわけですよね。武道やってるのはちょっと特別だとそういう意識が強いと思うんですよね。それは何でかと。 同じ試合があるのに勝ち負けというのがあるのに、じゃあ、剣道もしくは柔道、もしくは空手道は野球とかサッカーとかとどう違うか? ということを、その武道家に聞くとなかなか即答がないんですよね。 なかなか返事が来ないんです。「他のスポーツとどう違う?」ということになると。

武道がスポーツと違う点は「残心」の概念

そこで私の思いついたことなんですけれども、それは「残心」という概念にあるんじゃないかなと思います。 「残心」どうですか? 聞いたことありますか? 残す心ということですよね。それは武道の中心概念一つである、どの武道でもそれは入っているわけですけれども。しかしそれはどのくらい大切にするかっていうのが武道によって違うんです。 「残心」を大切にしない武道というのは武道じゃないと私は思います。武の道から外れたことになると私は思ってるんですね。 【gazou2.3.jpeg 0731】 じゃあ武道とスポーツはどう違うか? ということになんですけれども、そこ残心ということを言いましたけども「対手をば打ちたる時も心して、構へ崩さず後を備えよ」という剣道の教えなんですけれども。 つまり、例えば剣道で試合をします。一本打ちました。「面!」決まりました。でもその後はちゃんと構えてるかどうかということですね。 「打ってからの心はどうか」「打ってからの気構え」「打ってからの身構えはどうか」ということを審判はそれ見て、トータルして「じゃあ一本許しましょう」と。 これは真剣勝負の時代からきてる考え方なんですよね。というのは侍たち斬り合いで「斬っちゃったー! よっしゃ俺が勝った!!」と(すぐに油断して背中を見せると)後ろから斬られるかもしれない。 そういう、まあ逆切れというか(笑)。要するにそれは「ちゃんと斬った後の構えを保って、気持ちをずっと集中して感情的にならない、感情を抑える、ちゃんと見てる、大丈夫かな、じゃあこれで下がりましょう」というのが残心なんです。 これは真剣勝負で生き残りる一つの鍵なんですよね。これがなければいつ斬られるかわからない。常にそれを意識して、油断を絶対しないということが残心なんですけれど。 それが今の武道の競技にどのような形で出てくるかというと、これも、(スライドの)下に書いてある部分ですね。試合と型の演武について、これも日本武道協議会が出した武道憲章の中にある部分なんですけれども。

剣道は勝った後の態度を見られる

大事なポイントは「勝っておごらず負けて悔やまず、常に節度ある態度を堅持する」というのが武道らしい態度です。勝ってもそうじゃないといけないんです。 つまり、勝ったら他のスポーツと違って絶対ガッツポーズとかそういうことはしてはいけないということになってるんですね。 【gazou4.jpeg 0947】 剣道の場合ですと、このように残心は説明されるんですけれども「打突した後に油断せず、相手のどんな反撃にもただちに対応できるような身構えと気構え。剣道試合・審判規則および細則では、残心のあることが有効打突の条件になっている」ということなんですよね。 有効打突というのは一本のことなんですけれども、つまりさっきも言いましたように、相手を打つ時に竹刀の正しい部分「物打ち」もしくは「打突部」というんですけれども。 打突部が打突部位、面、小手、胴、突を正確に打たなければならない。それで充実した気勢、正しい姿勢、気剣体一致。 gazou2 「面っ!!」(剣を軽く振りおろしながら気合)それが50%なんです。「当ったりましたー!」(剣を振り下ろす動作)というのが普通サッカーでね、ボールが線を越えてしまえばそれはゴールですよね。 あと何をしてもゴールはゴールなんです。剣道の場合ですと「面打ちました!」で、そのあとは態度はどうか(そういうところを)審判が見てるわけです。 「面っ!! 来るか、来るか? また来るか?」というそこまでの残心がなければ一本にならないということなんですよね。 それだとですね「面! やったー、俺が勝ったぞ!!」ということをやってしまうと残心がない。侍同士の斬り合いだったらそれでもう斬られてしまうだろうということと同時に、相手に対して非常に失礼な態度だというふうに言われるわけですね。 それをやったらせっかく一本(入って)旗が上がりましたのに取り消しということになるんですよね。取り消し。残心がない。相手に対して失礼。

一本=人の命を奪うということ

よく考えたら剣道とか武道っていうのは侍の真剣勝負、生きるか死ぬかっていう世界からきてるもんですから「一本打った」ということはイコール「人を殺してる」わけですよね。 その人の命を奪ったということです。喜ぶべき場面じゃないですよね。逆に反省するところなんです。 「本当に殺し合いになる必要があったのかな?」そういうところがやっぱり人間としてはどうかって反省しないといけないっていうのが元々、武道の一本なんですよね。残念ながら、最近そういうことを忘れている武道家が多いです。 【gazou.5.jpeg 1215】 じゃあ残心がないということは、たとえばサッカーですとゴールが入りました、野球ならホームラン打ちました。それで「イエー!!」ってみんなうれしいわけです。普通選手としてもまあそれで生活してるわけですよね。 またその観客も観にいって、そういうエキサイティングな場面を期待するわけですから、それはうれしいわけですけれども。 武道ではやはり過剰に自分の喜び「勝った!!」もしくは悔しい気持ち「負けた!!」ということを絶対見せてはいけないはずなんです。 そこで自分の気持ちをコントロールする。うれしいけれど絶対それを顔に出さない。「くっそー、そこで打たれるかー。」と思って絶対顔に見せたらアカン。 逆に剣道にこういう教えがあるんですけれども「打って反省、打たれて感謝」とういうことは競技的な考え方からいきますとちょっと矛盾してるんですよね。 試合するんだから勝ちたいに決まってるんですよね。打って勝ったということはうれしいはずやけれども、そこで反省しないといけない。 打たれて「くそ~」と思うかもしれないけれども感謝。感謝する。なんで感謝するんだよと。それはやっぱり打って反省というのは「綺麗に決まりましたけれども、もっと違う打ち方にするべきだったんじゃないでしょうか、その入り方、間違ってたんじゃないか」。 もしくは「たまたま当たったでしょう」というようなことを常に自分で自問自答をして、さらに自分の技術を上げようとすることなんですよね。 もしくはさっきも言いましたように、これ(一本)は人の命を奪ったということだから、そのへんはやっぱり「武道家としてこれでいいのか?」ということも常に考える。 打たれて感謝ということは今、小手打たれました面打たれました。それは試合に負けましたけれども、そのお蔭で私はこれからどういう修行をすればいいのか、私の弱点を教えてくれた、ということは試合に負けたかもしれないけれども、修行においては非常に重要なことなんですよね。 それを教えてくれると。だから武道というのはこれがパラドックスなんですけれども、武道の考え方としては相手がいます。

オリンピックでガッツポーズは武道家として恥ずかしい

他のスポーツだと勝利至上主義という考え方があるんですけれども「とにかく勝てばいい。勝たなくちゃいけない!」ということは相手が敵なんですよね。自分が優勝するためのひとつの障害物であるあいつを倒さないと自分が先、行けないと。 でも武道的な考え方はそうじゃなくて、相手は確かに戦ってるわけですよね。真剣勝負のつもりで戦ってる。けれども修行、人間形成の道においての協力者なんです。 教えてくれる人です。教えてくれる人だからけなしてはいけないです、とういうことは武道的なんですね。それはやはり、真剣勝負から生まれる考え方であると考えています。 要するに武道における勝負の大事なところは、勝負が決まってからの勝負、勝負が決まってからの態度はどうかということですね。 gazou3 「何があっても興奮しない」「何があっても油断しない」残心ですね。「感情を抑える(平常心)」「ゆとり」を持って、「常に節度あるた態度を堅持する」「相手の気持ちを考える」相手に対する思いやりの気持ちなんですよね。 「勝っておごらず負けて悔やまず」「人のせいにしない」。「今負けたのは審判のせいじゃ!」「今のは誤審だから負けたんだ!」ということは絶対、武道家としてとんでもなく恥ずかしいことなんです。 残念ながら最近オリンピックとかね、とにかく金メダルを取ればそれでもう最高なわけですよね。武道の修行者としてじゃなく、とにかく試合に勝てばいい。勝ったらこのようなガッツポーズをすることは当然のことです。 柔ちゃん見たって「やったやったやった!」って(飛び跳ねて)踊ってるじゃないですか。こんな演劇みたくないです。武道家として恥ずかしい。 スポーツではそれはいいかもしれないけど、武道はどこからきたかということを忘れてはいけないんです。人の命、生きるか死ぬかっていう文化がこの武道の中に潜んでるわけですよね。 それがひとつ、大切な大切な考え方であってそういうことを絶対に忘れてはいけないんだけれども、残念ながら最近の日本では忘れられがちじゃないかなという気がします。

武道は普遍的な美しさを持った世界遺産

剣道ではまだ、ガッツポーズだとかそういう感情的になってしまうと、せっかく取った一本が取り消しになるという。これはすばらしいことだと思います。厳しいんですけれどもね。 考えてみてくださいよ。サッカーのワールドカップで決勝戦でゴール入れた。みんな「わあ!」ってなって自分のチームメイトにキスしたりチューしたりすることがあるじゃないですか。 それで審判が「おい! お前ら残心がないぞ。今のゴール取り消し!」ということになったら考えられないんですよね。でも剣道にはこういう「残心」というのがあるわけなんで、これが非常に大切なことで。 【gazou7.jpeg 1800】 やっぱりそういうことがあるお蔭で人間の生き方というのがどういうものなのかとか、そういうことをですね、武道というのは人間形成の道っていうか人生哲学の枠組みを与えてくれるすばらしい文化だと思ってます。 ただそれは日本の伝統文化だからすばらしいというわけじゃなくて、これはさっきも言いましたが、世界どこ行っても武道の愛好者がいっぱいいるわけなんで。 普遍的な美しさ、日本の伝統文化というよりも世界文化、世界遺産だと私は考えております。そういうことがあるから私はなかなかニュージーランドに帰らない。ずーっと日本で修行をしてるわけです。 時間になりましたので、皆さんご清聴ありがとうございました。

  
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