伊東豊雄氏は「俺の屍を越えてゆけ」タイプ

松隈洋氏:では、引き続いて、伊東豊雄さんと中沢新一さんのお話のあとに、私たち若輩者が2人で脇を固めるという話を少しさせていただこうかなと思います。では、先に森山さんのほうから、発表していただこうと思っています。

みなさんご存じのとおり、森山さんは、この問題については大変いろんな形でご発言されている、たぶん、この問題を広げる役割を果たしたお一人だと思いますけど、よろしくお願いいたします。

森山高至氏(以下、森山):はい。森山と申します。

(会場拍手)

森山:ありがとうございます。もしかしたら、動く現物を見るのは初めてで、インターネットの僕のページオンリーの方もいらっしゃるかと思うのですが、案外さわやかな人間なんです(笑)。思っていらっしゃるようなエキセントリックな人間ではありませんので、けっこうまじめに考えています。

今日は、「伊東先生の改修案の可能性を問う」ということでしたので、古い建物を直してうまく使っている事例をいくつかご紹介したいと思っています。僕も、今回伊東豊雄先生がコンペに応募しながら改修案考えてみていると聞いた時に、たしかに「すごいな!」とびっくりしました。そして逆に「伊東先生じゃなきゃ、できないな」と思いました。

そのあたりは、僕のブログをお読みの方はよくご存知で、伊東先生の「今までの自分を壊して常に前に進む」「俺の屍を越えてゆけ」という伊東先生の思想ですから(笑)。

ですから「コンペに出したんだから、なぜ改修案がなんだ」ではなくて、コンペに出したけれども、おかしいと思ったら、ちゃんと「おかしいぞ」と言える。そういう立派な大先生だということを、まず最初にお話しておきます(笑)

(会場拍手)

1947年建築、レアル・マドリードのスタジアムの改修例

森山:それで改修の可能性ということでここに書いてありますけど、世界のスタジアムは、今50年以上経過しつつありまして、それをうまく直して現代化するというのが世界的な潮流になっていますよ、というお話です。

最初のページをお願いします。これは最新の事例なんですけど、レアル・マドリードのホームスタジアムの「サンティアゴ・ベルナベウ」というスタジアムなんですが、これが1947年に完成した建物です。ですからもう六十数年経過しつつある建物です。

これが最初の建物の状況ですけれども、ちょうどスペインは市民戦争等ありましたから、すでに2回ほど改修されているんですよ。

当時の骨組だけの状態から、このような形の、脇から屋根を出した状態まで。座席の形も、フットボール専用ですから、何回かスタンドを改修したうえで、今までつかわれてきました。

これを今度改修しようということになったんですね。こういう形のデザインです。

今までのスタジアムとはまったく違う近未来的なものですが、これはドイツの建築家のゲルカン・マルク・アンド・パートナーズ(GMP)という事務所が提案しまして、これは国際コンペになりました。GMPが改修の仕組みから最終的なデザインまでを提案して、このコンペに勝ったということです。

これのすばらしいところは、このスタジアムの中にいろんな商業施設、ホテルなどそういったものを盛り込んで、全体で収益をはかろうという計画になっています。同時に、この中はフットボール専用ですから、全部蓋をして、屋根をしてしまおうということもそうですし、あとは左側に書いてありますけど、費用の話ですね。

費用の話が非常に具体性を帯びて、むしろ利益を生み出そうという構造になっているところが、すごい計画だと思います。

設計と工事期間を合わせて3年でやってしまおうということで、ちょうど今年から計画が前に進むことになっているという、そういうものですね。

1933年建築、トリノFCのスタジアムの改修例

森山:次に2番目にいきましょうか。2番目、これはセリエAのトリノFCのホームスタジアムです。これはもっと古い。1933年ですから、戦前の建物ですね。ちょうど今回の国立競技場に近い感じの建物ですけれども、真ん中に陸上トラックがあって、まわりをスタンドがぐるっと。これは高さはないですよね。

この建物も一番初めの状況から一旦改修を加えられて、つい最近まで使っていたような建物なんですけれど、これも最近こんな形に改修されました。

さっきまでの古い建物がどこにいってしまったのだろうというくらい、うまい改修を施されていますね。これは工事中の写真ですけれども、観客席はほぼ屋根で覆われています。

これがディテールなんですが、非常にうまいんですよね。古い建物の壁面の上に屋根の構造体をうまく被せています。

この建物は2006年の冬季五輪の開会式、閉会式の会場として使用されています。建設が1933年でしたから、何年前ですかね。80年以上経過しているという、そういう建物です。

まったく初期の状況から比べると、見違えてますよね。さきほどから建築家の役割とか、デザインの話がありましたが、これも本当にデザインが価値を生んでいるケースじゃないかなと思います。

1936年、ベルリンオリンピックのスタジアムの改修例

森山:次の事例ですね。これはちょうど国立競技場と状況が似ているのでしょうが、1936年のベルリンオリンピックで使われたスタジアムです。当時、これは都市計画全体の中でスタジアムが計画されていて、当時のドイツのゲルマニアという全体を覆う都市構想があってそれの中核になっている施設です。これはけっこうおもしろい改修をくり返しています。

これは2回目の改修。40年くらい経過したあとに、建物の躯体は活かして屋根の設置を行っています。この状態で半分くらい屋根をつけた観客席が確保されて、この時は、ほとんど建物としての機能というのは、屋根をつけて観客席をさわったくらいなんですけど。これをこのたびサッカーのワールドカップで、拡張工事と改修工事が行なわれています。

この拡張工事と改修工事のすばらしいところは、ほぼ骨組みまで1回戻しまして、あとで素材も出てきますけれども、ドイツのこの建物は石がふんだんに使われている建物なんですが、それをいったんはがしながら、構造躯体の補強と再構築を行って、屋根を追加でつけています。

日本の国立競技場に似ていると思うのですが、すりばち状のところに柱があって、中をいったん開けていったりしています。上には屋根をつけようとしていうる。そんな工事中の写真なんですけど、これがこんな感じに完成しています。

非常にきれいな建物であると思います。改修といいますと、どうしてもリフォームみたいなイメージがあって、汚れたところをきれいに塗るとか、ヒビが入っているところを埋めるとか、そんなものが「改修」というイメージがあると思うのですが、この事例をごらんになってわかるように、まったく生まれ変わっていますよね。

ところが、建物のメインの構造部分というのは、かつての建物のプロポーションを維持しながら、そして新しい屋根のデザイン。屋根そのものが半透明ですから、夜はこれが光るんですけど、すごくハイテクな印象の屋根をつけて。

ここも注目すべきところだと思うのですが、以前から観客席があったのですが、中に完全にやり変えています。

観客席の裏側がVIP空間になっているのですが、この中にバーとかレストランとか、そういったものをインストールしてある。でも、外から見ても昔の、戦前のスタジアムのイメージは残している。そういうものですね。

建物には人々の思い出が宿る

森山:ちょうど僕がこういったことを調べてましたら、金田真聡さんというベルリン在住の日本人建築家の方から連絡いただきまして、資料いただいたんです。ずいぶんドイツに住まわれてるので、こういった建物の研究、調査もされていらして。

やっぱりですね、ここにも書いてありますけれども、ドイツの地元の方が非常に建物を大切にしていらっしゃって、なんとかこの建物を残せないかっていう地元の声もあって。

特にこの建物ができた時が、この右側に書いてありますけれども、ちょうどナチス政権の時代にアルベルト・シュペーアという建築家が造ったものなんですが、当時の最先端の技術が使われているものです。

政治的、歴史的ないろんな流れのなかで、建物が背負っていた負のイメージを、ワールドカップを通じて、逆に新しく生まれ変わらせようということで大成功した建物と言えるのではないでしょうか。

ここまで見てお分かりのように、なぜスタジアムが改修の方向に向かうかと言いますと、どうしてもこういうスタジアムというのは建設された時期というのが、ちょうどその国がある程度力をつけてきたとか、イベントを開けるくらいの時代になってきたということで、どうしてもスタジアムそのものが、ひとつのメモリアル性を帯びてしまってると思うんですよね。

だから、先ほどのレアルの建物もそうでしょうし、このベルリンの建物もそうですけど、昔いい時代があって、その思い出が建物にかなり宿ってしまっていると。

建物に思い出が宿るというのはすごく素晴らしいことで、先ほどからお話があった「建築家の役割はどうなの?」という時に、やっぱり建築家の先生方みなさん、自分が死んだ後もその建物が残って大切に使われていくことを望んでいらっしゃる方が多いわけで。

建築というのは、造って2年後になくなっちゃうんだったら、そんなに何も考えなくてもいいでしょうし、そういう意味では、やっぱり思い出が乗っかってくる建物というのは、次の世代にどういうふうに伝えていくのかなっていうことが、どうしてもこのスタジアムは、生まれた時から先天的に背負っているんじゃないかなと思いますね。

新国立競技場改修案は以前にもあった

森山:そういった世界の事例もあるわけですから、今日お集まりの方もそうでしょうし、「本当にできるの?」という話ですよね。今もう新築、新築ってことで、報道も含めて、「オリンピック以降、新築」でいくんだとなってますけど、改修は可能なのと。

ここにも書いてますけど、実際に2011年までは今のスタジアムを直そうってことで進めてたことが分かりました。

これはですね、オリンピックそのものに疑問を投げかけていらっしゃる市民団体の方が、情報公開請求で資料をお取りになって、それが森まゆみさんたちの『手わたす会』(『神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会』)のほうに提供されて、それで僕はそこから見せてもらったんですけど、あるじゃないかと。

前々から「ある、ある」とは言われてたんですね。久米設計という会社が、今の国立競技場を既存のものを耐震改修してどこまで直せるだろうかってことを調査して、なおかつ計画書を作ってました。

それを今日ご紹介したいと思って。これを元にいろんな方が改修するってことをもっと具体的に考えられるんじゃないかと思って、ご紹介したいと思い持ってきました。

これ全体はもっともっと膨大な資料があるはずなんですけど、一応、現時点では抜粋版と言われる80ページの資料になってました。

最初にこの計画の方向性の説明があります。これは今インターネットで入手できるPDFファイルがあるはずですので、細かいところはそちらをご覧になってください。(国立霞ヶ丘競技場陸上競技場耐震改修基本計画(抜粋版)

久米設計の調査報告書

森山:この中で既存躯体の調査というのもやっておりまして、現時点でコンクリートの劣化がどれだけ進んでるかとか、ある箇所の配管経路がどうなってるかとか、綿密な調査に基づいて耐震補強等を検討してます。

ここで行われているのは、もともと建物そのものが丸いんですけど、細長いところがついたり、増設されたりして、偏心という片側に重心が寄ってる建物なんですけど、その中で悪いところを直しながらどこに壁の補強をすればよいかといったことを、この久米設計の計画の中に盛り込んであるんですね。

その中に今回も要望になってます商業施設の部屋を、ここにセットしていこうとか、ここはこう悪いよといったことが詳細に書かれておりまして。で、それを基に補強の方法というのも検討されてます。

今のスタンドの裏側をどういうふうに補強してどういうふうに使っていこうとかも検討されてますし、フレームの部分の補強方法というのも検討されています。

それによって、必要とされる付加する機能を地下に増やしていったり、あとは周りのリング状のところにも部屋を作ったりといったような、補強しながら中に機能を盛り込むという設計検討をしてあるんですね。

先ほどからお話になっている屋根の問題も検討してあります。こっちは大きなスタンド側に屋根をかけようという検討案のようですけども。

一階で周りに諸施設を増やしていって、上の階にも必要な商業ゾーンとかを増やしましょうと、裏側にもトイレとか控室とか作りましょうということになってます。

この検討案って、地下にサブトラックを併設しようという提案になってまして、地下にサブトラックがあって、地下駐車場を併設しようという案です。で、上の階も商業ゾーンを作ってみようというふうになってました。

改修ならばザハ案の3分の1程度の予算で収まった?

森山:久米設計さんはこの改修を3パターン考えていらして、一番簡易的な屋根を作る場合と、もっと全体を屋根で覆っちゃおうという、何種類かに分けて検討されて、まあ、松竹梅ですね。松コース竹コース梅コースっていうふうになってます。

一番最高の松コースの計画案は、サブトラックを地下に作ろうよっていう、結構大規模な計画になってるんですけど、それに外周に商業ゾーンを作って屋根もかけると。

で、先ほどのGMPの改修に非常によく似た最終形態で、今ある国立競技場の躯体を活かしながら使ってみたらどうでしょうといった調査と計画書が出てます。

ここには工期も出ておりまして設計に約1年、工事に2年。途中の許認可の時間もありますけれども、4年以内に完成させることができると。施工の仕組みもここに示されてます。今の敷地の中でこういったところにタワークレーンをセットして組み立てていこうよという施工計画も発表されています。

それで結局、工事費はこの時の試算で770億円です。これは僕が中を調べて見てたんですけど、そのうち、先ほどの地下サブトラック関係が110億円以上かかってましたので、だいたい600億円くらいなんじゃないかなあと。

現時点で先ほどからお話になってたザハさんの案で1700〜1800億円いってしまうのに比べると、1/3くらいの費用換算をこのときにはされてたようですね。

結局この久米設計の設計案や改修案といった資料があるにもかかわらず、そのことがほとんど議論にのぼらないまま、いつのまにか新築のコンペになったのかなあとそんな気がしてるんですけど。

これは僕が昔検討していたものですけど、サブトラック分を地下に振るのやめて脇に持ってくればもっとコストも下げられるんじゃないかなあと、ちょっと思いました。これはネットの方でみなさん見ていただいているので、これ以上解説しないで次いきましょう。

改修建築に資産価値がない状況は見直さなくてはいけない

森山:ここにちょっと書きましたけれども、先ほどから中沢先生や伊東先生からご提案があるように、建物を直すことにどんな意味があるのかと言いますと、もちろん日本の「もったいない」の精神を生かそうよとか、残していく仕組みにしようよとか、これからの時代、人口が減っていく中で新しい投資はやめようよというお話もあるんですけど。

もうひとつはですね、今、日本の建築とか不動産というのは、新築にしか投資というかお金が出ない仕組みになってまして、新築じゃないと銀行がお金貸さないんですよ。だから仮に住宅でもそうですけど直したいなと思っても、その時の資金調達が非常に難しいんですね。

なぜかと言いますと、古い建物っていうのは価値がゼロとみなされてるので、金融機関からすると担保価値がないから。担保価値がないということは、何かあった時にお金返さなかったといって取り上げても、その家の価値はゼロなので、金を貸してもしょうがない、という仕組みになってるんです。

それを、今回の改修工事を通じて、こういう技術的調査で、こういう耐震強化、こういう修復方法、このやり方にのっとっているならば、建物の寿命が何年延びますから、それに対して金融機関がお金を出しましょう、という仕組みを作るのにいい機会なんじゃないかなと思ってます。

オリンピックをきっかけに、改修建築の資産価値評価制度を

森山:このあともご紹介しますけど青木茂さんという建築家の方がいらっしゃって、その先生はリファイン建築というのを提案されてるんですが、「直したい」と言う方は非常に大勢いらっしゃると。ただ、お金の調達ができないというのがほとんどの場合ネックなんです。

それがもし古い建物の価値を改修によって高めることができれば、もともと価値がゼロになってるものを、もう一回100に戻せるわけです。まあ、100じゃなく80かもしれません、もちろん、建物の状況によっては。

そうすると、そのこと自体は新しい経済的な市場を生み出します。あともう一点、この技術評価と許認可の新たな仕組みを作れば、国土交通省含めて、今、新築が減っていく中で、また新しい次の制度を政策的に提案する価値があるんじゃないかなと思います。

それは建築だけじゃなくて、特に橋とか港湾施設とかもそうですけど、絶対直さなきゃいけないインフラも日本中増えてきているんですね。

北海道から沖縄まで「もったいない」からじゃなくてすぐにでも直さなきゃいけない公共施設がかなりありまして、そういったものの改修を妨げているのも、その技術的評価とそこへの投資の仕組みなんですよ。

であれば、オリンピックという国家的なイベントの国立の建物の中で既存の建物の構造の評価、対策がちゃんと制度となるようにするいい機会じゃないかなと、そんなふうに思って、今僕は改修の方向性をお勧めしております。

築81年、北九州戸畑区役所の改修事例

森山:これは一番最新の事例です。ちょうど先々月ですかね、青木先生からご案内いただいて、僕は現物は見れなかったんですけど、これすごいケースなんですよ。

築81年の旧庁舎を構造改修、用途変更によって再活用した例なんです。築81年であって、地域から親しまれてたちょっと古いクラシックな建物ですよね。

まあ、「残してほしい」と言う人もいるとは思うんですけど、ただ残しても今度は管理が大変なただの美術品になってしまうというか。そういう状況になってる建物多いんですね。保存保存、残せ残せって言われて活用できないまま維持費だけはかかっちゃうっていうケースの建物が多いんですけど。

そうじゃなくて、中を徹底的に調査して、既存躯体、これは昔のRC建築ですけど、それの現状状況を調査して、それに合わせて補強して、なおかつ用途変更して活用していると。

外から見ると庁舎のままで、中は大規模に直されてる例で、非常に今、日本で一番面白い事例なんじゃないかなと思ってます。

だから築81年ですからよく、話題になる新耐震/旧耐震といった話ではなくて、その頃の古い建物の技術的評価をして今の基準に合わせる新しい試みだと思います。以上です。

(拍手)