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「その発想はなかった」と日本人が海外で驚かれる理由とは? ITが浮き彫りにする独自文化と”文脈”の可能性

「その発想はなかった」と日本人が海外で驚かれる理由とは? ITが浮き彫りにする独自文化と”文脈”の可能性

海外で流行ったサービスが日本では必ずしもヒットしないように、地域による文化の独自性は、その場で生まれるコンテンツやコミュニケーションのあり方に大きな影響を与える。今後、ITの発達に従ってそれらはどう変化していくのか。メディアアーティスト・落合陽一氏と、ITビジネスのプロである尾原和啓氏の対談。

シリーズ
NHK出版 > 10分対談
2014年1月28日のログ
スピーカー
メディアアーティスト 落合陽一 氏
楽天株式会社 執行役員 尾原和啓 氏

対比の中に本質を見出す、日本人の感性

尾原(以下、尾) 落合さん、こんにちは。本(『ITビジネスの原理』)はいかがでした? ここが面白かったというところがあれば。 落合(以下、落) あの本の半分以降は実は文化の話じゃないですか。アメリカと日本はどう違うのか、今は英語ドリブンだけどネット社会の言語が多様化したらそれぞれの文化が言語圏によってどう変わっていくのかという話。その辺りで自分の属する日本の文化というものをすごく深く考えさせられましたね。 たとえば、香辛料ビジネスの話が出てきますよね、インド人が価値がないと思っていた香辛料がヨーロッパでは金貨と交換される。中世に西洋人が香辛料を取引していた頃よりちょっと後ですが1700年前後には焼き物の「包装紙」に使われていた日本の浮世絵をエキゾチックだって西洋人は評価し収蔵しました。 今は何かといえばアニメだのゲームだの、もしくはジャポニズム、クールジャパン、きゃりーぱみゅぱみゅでもいいけど、サブカルだと思っていたものをカルチャーとして切り売りしようとしている。今回はその価値を自己認識しているという違いはありますが、そこのとこ20世紀、21世紀になっても本質的には、そしてコンテンツの売れている部分は何も変わっていませんよね。 今風のエキゾチックを切り売りしている、きっと将来浮世絵に対するゴッホみたいなカウンターアプローチを受けることになるんだと思います。しかしその反面、日本文化の注目すべきところとして、20世紀、21世紀、ウィーン・フィルに小澤征爾がいたり、MITメディアラボに伊藤穰一や石井裕がいたり、パリコレでも川久保玲や山本耀司が活躍して、さらに三宅一生はファッションの垣根を越えて売れた。 クラシック音楽もサイエンス/テクノロジーもファッションも、本質的に西洋文化の根幹を成すところだと思います。そこに日本人が日本文化と言わずして入っている。この状況がいちばん面白いところです。文化自体を直接売っているわけではない。売りにしているのは日本人だからこそ、西洋でも東洋でもないニュートラルなポジションと思考のフレームワークを保てるということ。そこが面白い。これって日本人の特徴だと思うんですよ。  たしかに。結局、彼らは文化と作品の間にあるメタな何かによって受け入れられていますからね。石井先生はわかりやすく「Tangible(触れられる)」という言い方であったり、いわゆるテクスチャーのような非言語な領域に入っています。  これも日本人の特徴だと思うんですけど、概念を抽象化したら、他の概念をきれいに具体例や他のメタファーと比較したり置き換えたりすることができますよね。たとえば石井先生は「Tangibleはつまり“そろばん”だ」とずばり言っていらっしゃいますけど、日本人はアナロジーシンキング(思考)がすごい得意です。 また川久保さんならば、たとえばみんなカラフルなセーターを着ているけど、逆に真っ黒で穴が空いていたらいいかもしれないと考えたんだろうと思います。カラフルで過装飾なモードに対応するものが「黒くて穴が空いている衣服」というこの感覚は、日本人には対比的に捉えられるかもしれない、でも西洋人にしてみたらぜんぜん対比ではない。ロジカルに考えたら対比にはならないのに、日本人は感性的に真逆だとすんなり捉えることができる。日本人は「逆」という言葉をよく使い対比軸や類似軸でものを考えますから。そこが面白いなと思いました。  対立の中で浮かび上がるところをちゃんと直感的に言い当てて、説明としては不完全なのだけどみんな感じ入るものがある。  それでいて人間性の本質をついていて、みんな感じ入るものがあるからこそ「その発想はなかった」と西洋文化に受け入れられる。なるほどその視点は面白いって。  なるほど。面白い。

なぜヨーロッパでクラウドファンディングが人気なのか

 あと、この本を読みながら「その発想はなかった」と思いました。つまり、この本の中のハイコンテクストの使い方としては、ハイコンテクストはテクノロジーだったり概念だったりの「捉え方や風味付け」であって、多分アジアにはその概念の中で「どう遊ぶのか」という文化があるということですよね。 たとえばヨーロッパ……、そうだ、ヨーロッパのクラウドファンディングがめちゃめちゃうまくいっているのを知っていますか? 僕、クラウドファンディングの「READYFOR? (レディーフォー)」を運営してるんですが、この前米良さんと話してて世界の市場を調べてみると、日本でいうと「CAMPFIRE(キャンプファイヤー)」と「READYFOR?」を足したぐらいの規模のクラウドファンディングが、ドイツやフランスにボコボコあるんです。  もともとパトロン文化があるから?  そうなんです。もともとパトロン文化があるからうまくいっている。やはり芸術系のプロジェクトとかに投資する人が多い。Kickstarterとは違う力学です。アメリカ人は基本的にモノが欲しいだけなので。  あれは予約購買なんだよね。  ヨーロッパはパトロン文化。中国もアメリカと同じでモノが欲しい。こうやって各地域の文化に応じて、インターネットのサービスが局在化するというのがすごく面白い。これはまさしく尾原さんの本に書いてあったことですよね。しばらく時代が流れればGoogleがさらにいい翻訳サービスを出すんでしょうけど、人々はコミュニケーションがグローバル化してもリアルに属する文化や母語そのものの思考体系からは抜け出られないから、思考言語の垣根は逆にどんどん狭まっていくんでしょうね。 ITはその補助輪として働く。たとえば話せば話すほど自分のことがわかる、みたいな感じに。そして言語の意味で人類がグローバル化した先に民族の独自性をどう確保するかというところに今後30年ぐらい文化のトレンドが向かうのかなと思ったりして。尾原さんがやろうとしているプラットフォームは、そうした全部の文化に根幹としてあるものに対して、フレームを提案するという試みなんですよね。 コンテクストっていいかえれば、文化の上に乗ったコンセプトの調味料みたいな。今後ある試みをする、自分の実現したい世界のコンセプトをもっとじっくりと考えていく上で、じゃあ我々の持っている文化はなんだろうか、どういうコンテクストを付与していくんだろうかと考えていくのはとてもいいなと思いました。

ITの本質は、攻殻機動隊からハリーポッターへ

 ただそれは多分二極化するとも思っています。先日、ブランド戦略のコンサルをしている山口さんとお話した時に、結局親子の愛はグローバルで非言語だけど共通しているという話をしていました。  孫はどうして可愛いんだとか。  そう。この根源的なものに対してどうしていくのかという話と、一方で、たとえば僕みたいに“うなじ”が大好きな人は各国に0.5%ずついる訳ですよ。  うなじ好きが集団になり、同じ権力を持てると。  そういう話。二極化していくので、それぞれのプラットフォームに作り方があるんだろうなと思いました。今、川久保さんの例を聞いていて思ったのは、衣服は着るということによる、言葉によらないコミュニケーションだから世界に伝わるんですよ。  非言語コミュニケーションを体表によって作るのが衣服ですよね。  パソコンが主流の今までのネットは常時接続とはいっても、スイッチを入れて何かをするには大変だったと思います。でも、これがスマホになって、気軽にずっとダラダラとアクセスできる。  さらにウェアラブルになると、ずっと体にくっついていられる。  そうなると先ほどの衣服と同じ話で、いろいろなものが表象しやすくなるはずです。文化的であり、かつ非言語的なものをどう表象させるかという部分でもプラットフォームが作れるんじゃないかなと思っています。  先日、批評家の宇野常寛さんと対談していていくつか出てきたコンセプトの中に「魔法の時代」というキーワードがあります。もし自分の中に閉じこもろうとしたら「攻殻機動隊の時代」で、これって僕らより10才ぐらい上の世代です。僕らの時代はそういった閉じ込め系/自己と機械の対比系のSFではなくハリー・ポッターを読んだり、また読んでなくてもそこで培われた空気で育っているから「魔法の時代」だと思うんです。 ハリー・ポッターのいいところは現実世界とシームレスにつながった魔法の世界で、みんな普通にジーパンを履いているし、魔法学校から帰った「普通の世界」でも魔法を使えるし、魔法の道具が使える。この世界にいながらにして、自分の認識を騙すことなく自分の身体を改造しないで魔法を使うというのは、ウェアラブル化した世界の一つのキーワードなんじゃないかと最近思っています。  たしかに攻殻機動隊はリアルとバーチャルの対比の中にある。魔法はリアルに染み込んでいって、リアルを強化したり、リアルを補完していくためにあるということですね。  対比構造ではなく、2つで1つだよねということです。それが多分MITメディアラボでも転換を急いでいることだと思っていて、彼らは数年前までの20年間アトムとビットという分別でものを考えてきているから、その尺の中では今の世界にビッグインパクトのあるものは何も見えてこないんですよ。 だからJoiはメディアラボの所長就任メッセージの中で「我々はデジタルカルチャーを牽引してきたが、今やデジタルカルチャーそのものである」と述べたのではないでしょうか。テクノロジーの上のアトムとビットの対比ではなく。  対立構造とその変換だけで世界を取れてしまっていますからね。

ハイコンテクストが形づくる、グローバル化の先

 だから僕は最近、テクノロジーの側面でも、実際の物体自体が特に何も変わることなく動いている存在、みたいな研究をずっとしていました。アトムとビットではなく「フィールド」だと言うようにしてます。デジタルもアナログも不可分なくコンピュータ制御された物理的なポテンシャルの場を想定することで扱う。それで博士論文を書いているので、面白いですから読んでみてください。
 
尾:ぜひ読みたいですね。今の話もすごく面白いし、その話をさっき言っていた日本的なものを単なるワットではなく、日本的な考えの在り方という形で出した方が、結局受け入れられるし、広くつながってくるような気がします。
 そうなんですよ。最近公開した空中浮遊の動画も数学やITばっかりやっていて、ぜんぜん日本臭さなんてないはずなのに、僕すっごい日本人だなって言われるんですよね。多分、アトムとビットの対立構造の中に、違うだろ、フィールドだろって言ってしまうところが日本的なんだろうと思います。 日本人って「場」が大好きですよね。それって雰囲気のようなある種の何かなんでしょうけど。尾原さんがこの本で書いていた「ハイコンテクスト」も雰囲気のことですよね。雰囲気難しいんだよなぁ…。海外の人に「以心伝心」って説明するのって超難しくないですか?  そもそもそれが伝わらないから、Googleにいた時に苦労していたわけで。結局、その時に考えたのがハイコンテクストという話で、日本人というのは共通の文化や生活体験、自然観があるから1のことを言うだけで100が伝わるんだと、そういう言い方しかできないんだよね。  そうですね。この以心伝心を形成するものはきっと文化的な背面にあり、そこの文化的な背面がどう広がっていくか、根の部分が大事なのであって、この上に乗っかっている部分は何でもいいんですよね。たとえば、中国の麻婆豆腐は「辛い」という文脈なのか大皿を円卓で「大人数で食う」という文脈なのか、パリでオペラを観るというのは「パトロン文化の文脈」なのか「劇場型の文脈」なのか。文化に乗っているコンテンツを全部排除した構造同士のコンテクストのマッチングのようなことが図られていくと、IT社会の中で新たな部分が見えてくる気がしますね。  すごいヒントが得られました。今日はありがとうございました。

  

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おばら・かずひろ
楽天株式会社執行役員・チェックアウト事業長。1970年生まれ。京大院で応用人口知能論講座修了。マッキンゼーを皮切りに、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、KLab取締役、リクルート2回、Googleなどの事業企画、投資、新規事業など歴任。現職は11職目になる。「TED」の日本オーディションに従事するなど、IT以外にも西海岸文化事情にも詳しい。
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