ミュージシャンになるため、新卒1年半で会社を辞めた

加藤隆生氏:どうも、加藤といいます。最初に言っておかなくてはならないことがありまして、なんで僕がここにいるのかということが、よく自分でもわかっていないですし、分不相応な場所に来てしまったなという印象です。教育について語れたりする人間ではないんですね。なので最初に僕のことを少し話します。

まず10代から話すんですけど、もう全然モテなくて、ずっと家で本を読んでいて、何者でもなくて。夜寝るときに明日何があるのかなと思って、でも目が覚めても特に何も起こらなくて、何かあればいいなとずっと思っているけど何も起こらない10代を過ごします。

大学に入ったときに音楽に出会って、自分で音楽をやるのがすごく楽しいなと思い始めました。多分そのとき初めて、何かちゃんと夢中になれるものを見つけたんだと思うんだけど。それで大学を出るときに「母さん、おれミュージシャンになる」と言ったら「あなたのために払った大学の授業料がもったいないから就職しなさい」と言われて「それ、理由?」って言うと「まあまあ、それが理由だと何か納得がいかないから1回就職してほしい」みたいなことを言われて就職するわけです。

印刷会社の営業をするんですけど、本当に人生で一番つらいぐらい、つらい時期を過ごしまして、人生っていったい何なんだろうと、そのときにずっと思っていました。1年半くらいたったときに、部長に「僕、ミュージシャンになるので会社辞めます」と言うと、その事務所がドッと笑って「実際にあるんだ、そういう話」と言われて「おお、いいよ、いいよ、辞めろ、辞めろ」みたいな。

特にだれにも止められることなく辞めまして「母さん、おれ、会社辞めてきた、ミュージシャンになる」って言って「わかった」と言われたのが24歳のときで、そこからの6年間の主な僕の活動はワイドショーを見たりとか。

あとは京都出身なんですけど、京都出身で東京に行って売れたミュージシャンの悪口を言うとか「何かあいつら、東京に行って変わったな」みたいな発言を毎晩ライブハウスで飲みながらするという活動を主にしていまして。

でももう特に仕事もしていなかったので食うに困ると。「お母さん、ご飯まだか」というとお母さんが何も言わずご飯を出してくれるので特に餓死する恐怖とかはなかったんですが。

29歳でニート、ゾッとするほど恐かった

そんな人生を送っていまして、29歳の、あと3カ月で30になるぐらいのときに、急にゾッとするぐらい怖い時間がやってきて。このままこうやってずっとお母さんにご飯を食べさせてもらうのかなと思いまして。

そこから一念発起してバンドをつくったんですね。これはもうまずいぞと、このままでは何のために会社を辞めたんだろう、みたいになっちゃうなと思って。ちゃんとしたバンドをつくろうと思って、ロボピッチャーというバンドをつくって、そこから精力的に活動するんだけど。

精力的に活動するだけじゃだめだから、ロボピッチャーをたくさんの人に知ってもらうためのイベントをつくろうと思って、京大西部講堂というところでボロフェスタというイベントをつくって、そこに1000人のお客さんを集めようというインディーズ・ロックフェスをつくったんですね。

クラムボンとか、ゆらゆら帝国とか、この間亡くなられましたけど、シーナ&ロケッツさんとか、そういうのを呼んだイベントをやったと。それで3年くらいたって1000人ぐらい集まって、今でも続いているんですけど、12年間ぐらい続いています。

さらにですね、バンドをやってイベントをやったら宣伝しなきゃと思って、その宣伝用のフリーペーパーを作りました。そのフリーペーパーの名前がSCRAPです。今の会社の名前にもなっています。

そのフリーペーパーを一生懸命出して、自分の宣伝とそのイベントの宣伝を一生懸命するんだけど、途中ではたと気が付いて、自分のバンドにはまだ何の価値もないんですよね。

そのイベントには価値が確かにあるけれども、そのイベントの価値は何かといったら、そこに出演してくれるほかのアーティストの名前に価値があるからであって、イベントには価値がない。

フリーペーパーの企画の1つが「リアル脱出ゲーム」

じゃあフリーペーパー自体が価値を生まなくちゃいけないと思って、そこに一生懸命、企画をどんどんどんどん放り込んでいくわけです。企画を放り込んでいって、もういろんなことをやるわけです。もう何もないから、なんせ30年間、ゴロゴロしていただけだから。

でも自分がちょっとでも興味があることをいろいろやろうと思って「乙女チックポエムナイト」という、乙女チックなポエムを朗読して、投票者がみんなバラを掲げて、お客さんが「今のは乙女チックだ」とかって言って、京都で1番乙女チックなやつを決めるというイベントをやったりとか。

このイベントはすごくて、50代の男性が優勝するという大惨事が起こったんですけど。いわば乙女チックというのは世代を超えるなと思ったり。「ロマンチック理数ナイト」という、僕は理数系じゃないんですけど、理数の定理とかを、ぼんやりと文系的に理解するのがすごい好きで。何か自分の大好きな理系の定理をロマンチックにプレゼンするという。

それでどの定理が1番ロマンチックかをみんなの投票で決めるというイベントをやったりと、そういう活動を4年ぐらいしまして。もう訳のわからないフリーペーパーと、訳のわからないイベントをいっぱいつくっていて、そのうちのひとつがリアル脱出ゲームでした。

やっと本題に今、入ろうとしているんですけれども。リアル脱出ゲームを35歳ぐらいのときにつくりまして、今から6年ぐらい前ですね。それで会社を立ち上げて、ワッとうまくいって今に至るんですけれども。

結局何が言いたいかというと、よく最近、講演とかこういう場に呼んでもらって、話してくださいと言われて、話した後に質問が出てきます。若い人たちに、私は加藤さんみたいに企画をする仕事がしたいんだけど、どうすればいいですか。

今は学生時代、もしくは今は就職して2年目ですけれども、私はどうしたら、何をすればいいですかと言われたときに、もうわかんないですね。なにも人様に誇れるようなことはしてこなかったし、ずっと家に閉じこもって本を読んで、ああ、モテたらいいなとか、空から女の子が降ってこないかなとか、引き出しから猫型ロボット出てこないかなとか、そんなことをずっと考えていて、ずっとお母さんにご飯を作ってもらって。

「教育について考える」というお題を今回もらったときも、ずっと考えていたんだけど、僕が教育に対してできることって、自分の人生を振り返ったときに、何もなくて空っぽなんです。

でも、じゃあせっかく呼んでもらったし、自分がつくったものというのが教育に対して何ができるんだろうと。そして実際に僕らが今、ささやかだけど教育に対してやろうとしていることというのを、ちょっと皆さんにお伝えして。

そしてそれと、今の僕の人生の長い話は、僕のことを少しって書いてあるけど、結構長くなっちゃったけど、そのうちゆっくりリンクしてくるので。

アメリカにパクリ店舗が60件できるほどの世界的人気に

じゃあ、いよいよ始めます。SCRAPの加藤です。よろしくお願いいたします。リアル脱出ゲームとは説明するのもなかなか面倒くさいことで、実際の空間で謎を解くことによって熱狂を生み出すイベントであるというふうに、簡単に言っちゃうと、そうかなと思います。

さあ今、皆さんはここに閉じ込められてしまいました。あと1時間で酸素がなくなってしまいます。しかし、この月面基地の中に仕掛けられたさまざまな謎や暗号を解き明かしていけば、皆さんはここから脱出することができるかもしれません。

しかし、残された時間は60分だけです。60分以内に仲間たちと協力して何とかこのピンチを乗り切ってください。今、皆さんの手元にある謎をすべて解き明かすことができれば、きっとここから脱出することができるはずです。

そんな前口上で始まります。制限時間は1時間、それではスタートですというと、皆さんはワッと立ち上がって、この会場の中に隠されているさまざまな謎や暗号を解き明かさなくてはいけません。

だいたい脱出成功率は10%ぐらいです。ほとんどの人が失敗します。今のところですね、120万人ぐらいの方が世界中で遊んでくれました。上海や北京やシンガポール、アメリカでも。

アメリカには今、会社がありまして、サンフランシスコ、ニューヨーク、サンノゼ、ロス、あとトロントに、カナダにもあります。ヨーロッパにも今年、上陸することになりそうです。

そしてさらにですね、リアル脱出ゲームって、僕がフワッと思いついてフワッとやった、さっき言ったフリーペーパーでフラッとやったんですけど。これ喜んでいいか悲しんでいいかわかんないですけど、もう世界中にフォロワーがいて、みんな勝手に金もうけしていまして、アメリカにももう60店舗ぐらいあるんですね、リアル脱出ゲームのお店が。

この間、ラスベガスにフラッと行ったんですけれども、そうしたらそこにもリアル脱出ゲームという、リアルエスケープゲームと書かれたやつがあったんで、入ったら、もうクソみたいにおもしろくなくってですね、ああ、まだ大丈夫だというふうに思いましたけど。そんな、ちょっとしたいい感じで世界中に広まっています。

謎を解くことで熱狂を生み出したい

ちなみに例題、これはリアル脱出ゲームの謎とはちょっと違うんですけど、こういう人前で話してくださいというときに、謎とかも入れてもらえると、みたいなことを言われるんで、一応、例題を持ってきました。

日本中の消防士に、好きな惑星は何か、アンケートを取りました。そのとき必ず1位になる惑星があります。それはどの惑星でしょうか、という問題です。

これは別に「わかった人、手を挙げてください」みたいな時間は特に訪れません。どうぞモヤモヤと考えていってください。そのうちわかる日が来るかもしれません。消防士に、というところがキーワードですね。

こんな問題とかがですね、いろいろ出ます。パズルも出ますし、なぞなぞも出ます。そして実際に物理的にこじ開けなくちゃいけない場所も出てきますし、さまざまなバージョンがあります。

10人でちょっとしたマンションの部屋に閉じ込められるようなときもありますし、これぐらいの会場に100人だけ閉じ込められるときもあります。そして東京ドームを借り切ったりですね、遊園地を借り切ったりして、夜の遊園地からの脱出といって、もう1000人とか2000人とかでいっぺんにやる大規模なリアル脱出ゲームをつくっています。僕らは10人から3000人ぐらいまでは、どのキャパでもリアル脱出ゲームをつくることができます。

こんなような謎はいろいろあるんですけれども、先ほど言いましたリアル脱出ゲームとは謎を解くことによって熱狂をつくり出すゲームであると。それで謎とは一体何かと考えると、内容・正体がはっきりとわからない事柄。辞書を引いたら、こんなふうに出てきました。

内容・正体がはっきりとわからない事柄というのは学習すべきことなんじゃないかと。「事」と「柄」の間で採用されているところとかが、学習すべきことなんじゃないのと思います。

じゃあ、謎というのが学習すべきことであるならばですね、リアル脱出ゲームの先ほどの説明、実際の空間で謎を解くことによって熱狂を生み出すイベントの謎の部分にそれを代入するとですね。

実際の空間で学ぶべきことを解くことによって熱狂を生み出すイベントだとするならば、リアル脱出ゲームというのはなかなか教育に最適なんじゃないかとも思います。単純な構造だけの話ですけれども、そういう考え方もできるんじゃないかなと思いました。