ヒカリエはカルチャーをつくるか?

宇野:はい。みなさん、おはようございます。

いや、もうね、素晴らしいスピーチが続きましたね。僕ね、英語まったくわからないんですけど。それでもね、いかに今までのスピーチが洗練されていて、現代の最先端をいっていて、みなさんの蒙を啓くものがあったかね。雰囲気だけで伝わってきましたね。

そして、僕ですよ。もうね、最初に言っておきます。みなさん、諦めてください。もうこの格好が全てのメッセージですね。今から僕が話すものには一切知的なこともなければ、洗練されたこともない。そして全部日本語です。

おまけにあんちょこまで持ってます。メモ用紙もある。なので、肩の力抜いてね、聞いちゃってください。たまにはね、こんな休憩のようなスピーチがあったってね、いいと思うんですよ。世界は多様であるべきですからね。

なんかね、僕ちょっと思うんですけど。ほんとに、この渋谷ヒカリエの中で、ジャージでいるのって、多分僕だけなんですよ。「ああ、なんか人間って結構、簡単に孤独になるんだな」ってことにね、僕ほんと驚いてます。

いや、ヒカリエとかね。僕あんまり来ないんですよね。僕ね、高田馬場に住んでいるんですけど、普段は池袋より北に行かないし。新宿より南に行かないし。中野より西にも行かないし。秋葉原より東にも行かないですね。秋葉原ってちょっと東だと思うんですけど、あれは仮面ライダーのフィギュアとか、AKBのグッズを買いに行くために秋葉原行きますね。

まあね、そんな僕なんですけどね。ヒカリエ来てね、すごいちょっと感動します。あまりも格好良くて。このヒカリエって東急グループさんがね、新しい文化の発信拠点として、超気合い入れて建設したものだって、僕聞いているんすよ。

でもね、ちょっと個人的にはね、施工主さんの目論見通り、ここからね、すごい新しい文化が生まれてくるかっていうとね、そう簡単にはいかないんじゃないかなって思っているんですよ。

(会場笑いと拍手)

え? ちょ、ちょっと待ってください。あの一応、世界平和のために確認しておきますけど、ここに東急関係の方とかいらっしゃいま……? あ、ヒカリエ最高ですよ! 僕、感動しました。もうこれから毎日来ます。もうヒカリエであらずんば、建物にあらずみたいな。駅ビルにあらずですよ。僕、今日をもって転向しました。よろしくお願いします。僕の雑誌に広告とか出してください。

渋谷は文化を生んでいない

はい、ということなんですけどね。じゃあ何でヒカリエに、そんな僕が疑問を呈しているかというと。このヒカリエってやっぱりね、渋谷っていう街にすごく依存しているからなんです。渋谷っていう、まあ申し訳ないけどちょっと古いイメージのある街に、すごくブランディングを依存しているからなんですね。ほら、ちょっと知的な話になってきたでしょ? でもね、裏切りますから。

そもそもですね。僕はあの、サブカル評論家なんですね。特にオタク系のカルチャーの。僕はいろんな評論やっているんですけど、「専門は何か?」って聞かれたら、AKBと仮面ライダーって答えます。そんな人間なんですけど。あのね、ポップカルチャーの発展っていうのは結構オタクモノに限らずですね、インディーズのコミュニティが不可欠なんですね。

それはポピュラーミュージックもそうだし、ファッションもそうだし、オタクモノも全部そうなんです。半分ファンで、半分クリエイターみたいなね。いわば、しつこくマニアックな人達。どこまでが作家で、どこまでが消費者かわからないような人達のコミュニティがあったときに、そっから作品が自動発生していくっていうことが起こったときに、ポップカルチャーっていうのはすごく爆発的な力を持つことになるんですね。こういう環境があったときに新しいジャンルっていうのは生まれていくんですね。

だから例えば、戦後日本とか考えてみましょう。サブカルチャーのホットスポットって、現に若者の盛り場と一緒に移動しているんですよ。浅草とかね、銀座とか、まず最初にあると。それがこう70年代とかに新宿に移ってきて、それがこう80年代に渋谷に移ってくると。

ところがね、渋谷のあとってなんだろう?って思うんですよね。僕がね、中学や高校生の頃、つまり90年代の頃、渋谷が文化の中心だったんだと思うんですよ。じゃあ、世紀が開けてゼロ年代。21世紀になったら何かっていうと、意外とね、「渋谷って文化生んでなくね?」とか思うんですよね。いや、それどころか街から文化って生まれてないと思うんですよ。

人によってはね、「いや、下北沢の小劇場から素晴らしい作家が生まれた」とか、なんか「中目黒や代官山にいいショップがある」とか、言う人いると思うんですけど。ジャンルを生んでないですよね、新しいジャンル。なんか昔の80年代の渋谷にあったものが結構、渋谷の周辺に拡散していったっていうイメージがね、非常に強いと思うんですね。

いま多分40歳くらいの人が感覚的にわかってくれると思うんですけどね。で、そう思ったときに、じゃあどっから21世紀のゼロ年代の新しいカルチャーが生まれてきたのか。その答えはね、非常に簡単です。ひと言でいうとインターネットです。

例えば2ちゃんねるがアスキーアートを生んで、ニコニコ動画がボーカロイドを育てる。で、魔法のiランドがケータイ小説を生む。で、pixivが二次創作キャラクターのプラットフォームになっていく。これがね、基本的にゼロ年代に起こっていたこと。21世紀の日本のポップカルチャーで起こっていたことなんです。

新しいジャンルは基本的にサイバースペースから生まれていっている。まあ、これね。何でかっていうと結構簡単なんですね。さっき僕が言ったように、インディーズのコミュニティというものがある。そのインディーズのコミュニティがサブカルチャーのジャンルを生み出すときには、2つの条件が必要なんです。

カルチャーが生まれる2つの条件

まず1つはですね。それは過剰なコミュニケーションが起こることですね。人々は濃密なコミュニティ、ただ単に閑散としては意味がないんです。ただ人がいるだけだと、そこから文化は絶対に生まれない。で、朝まで議論するとかね。ときには喧嘩するとかね。そういったことがあって初めて文化は生まれていくんですね。マッシュアップとか、そういったものが生まれていかないと、文化って生まれないんです。

そのためには、やっぱり似たような人ばっかりを集めていても駄目なんですね。同じようなキャラクター、同じような性格の同世代ばかりが集まっていてもちょっと弱い。そこにはやはり北海道にいる奴とか沖縄にいる奴とか、あるいは外国にいる人間とか。

ちょっとね、ぶつかり合いとかで、まったく触れ合わない。普段だったらまったく触れ合わないようなね。もし同じアニメが好きじゃなかったら、もし同じスニーカーが好きじゃなかったら絶対に会話が成立しないような、普段触れ合わないような人達が同じものが好きだっていうことでね。触れ合う空間が初めて文化を生んでいくんです。

まあ僕なんかもね、 よくAKBの握手会に行くんですけど。もう行くとね、なんか女子中学生とか、普通に45ぐらいのおっさんとか。なんかこうすごい堅気のね、メーカーの営業の人とかやっているような同世代の人とかと話すんですよ。こんなの多分ね、AKBファンじゃないと、僕あり得ないと思うんですよね。でも、これが力の持っているサブカルチャーのコミュニティだっていうことだと思うんですよね。で、この2つの条件がね、必要だと思うんです。

このアドバンテージを最も活かしているのがおそらくね、漫画やアニメ、ゲームなどのオタク系文化なんですね。そして、オタク系文化っていうのは非常にネットに強い。インターネットとの親和性が高い。これはもう誰の目からも明らかです。

実際問題、実はいま僕が言った2つの条件ですね。多様なコミュニティがあること。そして、そのコミュニティに過剰なコミュニケーションが行われていること。この2つの条件は現実のリアルの空間よりも、インターネットの方が力が強いんです。それがまさに今、起こっていることだと思うんですね。

アキバ文化が廃れなかった理由

結構ね、空気がピキピキしてきましたね。でもね、これが世界の残酷な真実ですからね。

例えばですね。90年代の原宿、ありましたね。あれ、やっぱり歩行者天国がほら、潰れちゃったときに文化って明らかに衰退したって言われているんですね。同じように、裏原のショップ群というものが90年代の後半にすごく盛り上がったんです。

あれもやはり地価が高騰して、若い子、お店がどんどんと撤退していくと、そこにあったコミュニティが衰退していって、文化自体も衰退していったと言われているんです。

同じような危機が実はオタク文化にもありました。それは2008年の秋葉原連続殺傷事件ですね。いわゆる、ちょっと友達のいないオタクの男の子が車で突っ込んで、手当たり次第に人を刺したという非常に痛ましい事件です。その結果ですね、秋葉原の歩行者天国っていうのは、一時的に閉鎖されてしまいました。

実際、僕も当時秋葉原に行きましたけど、非常にこう寂しい空気が漂っていましたね。ちょっと昔の秋葉原じゃないんじゃないかと。このままこの街は衰退しちゃうんじゃないかなと、僕は思ったくらいです。

しかし、そうはならなかった。秋葉原の衰退も一時的なもので収まりましたし、オタク系文化はあまりダメージを受けなかったんですね。それは何でか? それはひと言でいうと、ネットがあったからですね。

普段、オタク達はやっぱり2ちゃんねるや、ニコニコ動画やpixivでコミュニケーションを取っているんです。そして、たまに秋葉原に買い物に行く。イベントに行く。つまり、コミュニティの本体はサイバースペースにあって、リアルの空間っていうのはあくまでも非日常の祝祭の場でしかなかった。

このことが、歩行者天国が衰退し、秋葉原という街に活気がなくなっても、オタク系の文化が強かった、ていうことに非常に大きく寄与していると僕は考えています。だからね、おそらくもし90年代にインターネットがもっとちゃんとあったら、こんなことにはならなかったんじゃないかと僕は思っています。原宿カルチャーは滅ばなかったじゃないかと思ってますね。

じゃあ、ここで現実の空間はどうなるか。今の僕の話だと「ネットさえあればいいじゃん」っていう結構絶望的なね、そういう結論になりますよね。もう東急は二度と僕をこういう場に招かないだろうというね、そういう結論に至りますよね。

ところが違うんです。ちゃんと僕は話をね、オチを用意しています。リアルの空間も必要なんです。じゃあ、リアルの空間にはどんな役割があるか。それはずばり、先ほどちょっとヒントが出ましたね。祝祭の場です。

「リアルな空間」が果たす役割

例えばコミックマーケットのことを考えてください。年に2回、3日間で50万人を動員する、あのコミックマーケットがあることによって、漫画・アニメ業界、オタク業界が決定的に盛り上がってます。

つまり、サイバースペースでのコミュニティが活性化すればするほど、その吐き出し口として我々というのは求めるんですね。実際の祝祭の場というものを。そうなんです。そうした祝祭の場があることによって、我々のコミュニティというのは決定的に盛り上がることが出来るんです。

同じことがね、おそらくAKBの握手会とか、総選挙にも言えますね。あるいは、今CDが超売れないって問題になっているじゃないですか。でも、フェスは順調なんですね。つまり、今サブカルチャー、ポップカルチャーのコミュニティ機能というのはどんどんインターネット、サイバースペースに移っていて、我々が実際の空間に求めているのは非日常なんですね。フェスティバルなんです。

これはね、非常に重大な問題です。ではそのときに、現実の空間が文化にとって出来ることはなにか。現実の空間が文化にとって貢献出来ることは何か。それはひと言でいうと、フェスティバルの会場になり得る大きな箱を提供することです。いや、これほんと身も蓋もないけど、そうなんです。

例えばですね、僕AKBの握手会によく行くんです。月に2、3回行きます。あれって、まあいろんなケースがあるんですけど。中には全国握手会っていうね、わりかしメジャーな方の握手会では2、3週間前まで箱がね、説明されないんですよ。どこでやるか。

で、ポッとサイトで出るんですけど、だいだい幕張メッセか東京ビックサイトのどっちかなんですね。どっちかです。どっちでもいいんですよ。5万人ぐらい収容することが出来れば。だから、もう街の文脈とか関係ないんですね。

ここにはこんな伝統があって、こんなコミュニティがあって、こんな文化がある街だからこんな催しものがあるっていう文脈はゼロなんです。我々が必要としているのはフェスティバルに堪えうる大きな箱だけなんです。建物のサイズだけが問題なんですね。

いや、実際問題そうなんです。これがもう身も蓋もないもので。でもね、これは非常に重要なことだと思います。我々のどんなに優れたコミュニティサイトであっても、その盛り上がりがあればあるほど、いわば吐き出し口を求めるんです。盛り上がれば盛り上がるほど、その吐き出し口は大きくなければならない。

1年に1回、半年に1回のお祭りだからこそ、そのエネルギーを収容する箱というのは大きくなきゃいけないんです。つまり、都市ではなくて建築だけがいま問題なんです。大きな建築だけが文化をいま支えるんですね。

よって、今日の結論です。長くなりましたが、結論です。今ポップカルチャーにとって必要なのは、2つのアーキテクチャです。1つは、インターネット上の優れたコミュニティサイトです。そこは多様なユーザー層と過剰なコミュニケーションを保証するものでなければなりません。

もう1つがサイズの大きな箱です。この2つのアーキテクチャの関係が上手くいったときに初めて、ポップカルチャーというのは力を持つことになるし、ポップカルチャーをアーキテクチャが育てることが出来るでしょう。

よって、東急さん。僕を嫌いにならないでください。以上です、ありがとうございました。

【関連情報】 本動画で触れられている内容については、宇野常寛氏著『PLANETS vol.8 僕たちは「夜の世界」を生きている』所収の『いま東京と東京論を問い直す – 首都機能から考える21世紀日本』にてさらに詳しく語られています。