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iPS細胞の「i」が小文字の理由は「あの製品のパクリ」 ノーベル賞・山中伸弥教授がぶっちゃける

iPS細胞の「i」が小文字の理由は「あの製品のパクリ」 ノーベル賞・山中伸弥教授がぶっちゃける

「iPS細胞の『i』を小文字にした理由は、当時iPodが流行っていたから」と語った、京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥氏。2015年4月に行われた「新経連サミット2015」に登壇し、自身の半生とiPS細胞発見までの経緯について語ります。

シリーズ
新経連サミット2015
2015年のログ
スピーカー
京都大学iPS細胞研究所 所長 山中伸弥 氏
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私が整形外科医をやめた2つの理由

山中伸弥氏 京都大学iPS細胞研究所の山中です。今日はよろしくお願いします。私の人生の中で、有名な研究者の後に講演させて頂くことは何度もありましたが、まさかYOSHIKIさんの素晴らしい音楽、トークの後に講演することが起こるとは、夢にも思っていませんでした。 ちょっと動揺しておりますが、頑張っていきたいと思います。またこのような機会いただきまして、三木谷さん本当にありがとうございます。先ほどご紹介にもありましたが、昨年第1回イノベーション大賞を受賞させて頂きました。本当にありがとうございます。 私、今は研究をしておりますが、30年前は整形外科医をしておりました。2つの理由で整形外科医を辞めました。1つ目の理由は手術が下手だった。この手術が下手な外科医というのは、ピアノが下手なピアニストと同じくらい悲惨であります。仕事にならないということで、それが1個目の理由です。 2つ目の理由は、僕とは違って優秀な整形外科医がたくさんおられるのですが、どんなに優秀な整形外科医であっても治せない怪我や病気の患者さんがたくさんいる。それが2つ目の理由です。 例えば脊髄損傷。私もラグビーや柔道をやっていましたから、知り合いでこのようなたった1回の怪我でそれから先の人生は、足から下、腰から下、首から下が動かない。こういった状態になってしまうと、どんなに優秀な整形外科医でも基本的にはどうすることはできません。 こういった患者さんを今は治せないのですが、将来治せるようになったとすると、それは基礎研究、基礎理学研究のおかげです。そういった思いから臨床医から基礎医学の研究に変更しました。そしてアメリカで研究者としてのトレーニングを受けました。

研究者として成功する秘訣「VW」とは?

20年前、サンフランシスコのグラッドストーン研究所でポスドクとして研究のトレーニングを受けました。そして、グラッドストーンではいろんなことを学びました。一番大切だったのはこのVWというモットーです。当時の研究所長、今名誉所長をされているRobert Mahley 先生が、ある時私たち若い研究者を集めて、「研究者として成功する秘訣を教えてあげよう」と、「それはVWだ」とおっしゃいました。 ロブは当時も今もフォルクスワーゲンに乗ってらっしゃいます。私は当時も今もトヨタに乗っておりまして、車から駄目だなと思ったんですけれども、この場合のVWはフォルクスワーゲンではなくて、「Vision&HardWorkだ」と。 非常に単純な言葉ですが、非常に重い言葉でした。Hard Workに至っては誰にも負けないくらい一生懸命働いていました。 でも、Dr.Mahleyに「Shinya, What’s your vision?」と聞かれた時に、私は、「いい論文を書きたいから、いい職に就きたいから」と答えたのですが、「伸弥、それはビジョンではない。本当のビジョンは何だ? それは短期的な目標だ。お前はどうして医者を辞めてアメリカに来たんだ? こんな小さいお子さんと奥さんも連れて」と言われました。そこで初めて自分のビジョンは、研究者になった理由は、論文を書くためじゃなかったと思い出しました。 手術が下手だったのもありましたがそれ以上に、今治せない脊髄損傷のような患者さんをなんとか研究することによって治したい。そう思ったのが、自分が研究者になった理由、自分のビジョンだったと思い出して、それ以降20年間、このビジョンを忘れないように心掛けています。こうやってVWを紹介するのも半分以上自分のため、自分に言い聞かせているからでございます。

山中教授と「万能細胞」の出会い

もうひとつアメリカ留学中に出会った大切なものが細胞です。ES細胞と呼ばれ、万能細胞とも言われます。1981年にイギリスとアメリカの研究者が、ネズミの受精卵をお母さんネズミの子宮から取り出して、体外で実験室で長期にわたって培養することに成功したのがES細胞と呼ばれる万能細胞です。 この細胞をつくられたMartin Evans先生は、ノーベル賞を受賞されています。どうしてこの研究がノーベル賞に繋がったかというと、それは万能だからです。万能というとスポーツ万能、勉強万能、何でもできることを万能と言いますが、じゃあこの細胞、何が何でもできるかといいますと、何にでもなれると、どんな細胞を創り出すことができるという意味で万能細胞と呼ばれています。 2つ性質があります。1つ目はほぼ無限に増やすことができます。そして増やした後で神経であるとか、筋肉、血液、体に存在する200種類以上の細胞を大量に作り出すことができる。だから万能細胞と呼ばれます。 ネズミのES細胞を使えば、ネズミのあらゆる細胞をつくりだすことができ、研究者が使える。ネズミというのは私たち医学者にとって一番大切な実験動物ですから、その細胞が、大量にどんな細胞でもつくれると。ものすごく理学研究、生物学研究に貢献しました。だからノーベル賞に繋がったわけです。 私はアメリカ留学中にこのES細胞に出会って、それ以降20年間にわたってずっとES細胞をはじめとする万能細胞の研究にずっと携わっています。

帰国後、アメリカと大きく違う日本の研究環境に戸惑った

留学して3年経ったころ、このES細胞の研究がすごく面白くて、自分ではずっとアメリカでやりたいと思っていたのですが、一緒に行っていた家内が子供を連れて日本に勝手に帰ってしまうという暴挙に出ました。 ちょうど上の娘が日本の小学校に入る歳になって、日本で教育を受けさせたいという理由から、旦那さんは二の次だと。私がひとりになって喜んだのはトム、ボスでした。これで伸弥がいくらでも研究できると。 私も一生懸命研究して、半年ぐらい頑張ったんですが、さすがに寂しくて日本に帰ることにしました。「日本に帰ってもこのES細胞の研究で頑張るんだ」と意気揚々と帰ったんですが、なかなかすべてが変わりました。 サンフランシスコというところはすごい研究者がたくさんおられて、研究環境も世界一に近い所がありました。そういうところから日本に帰ると、やはりアメリカであんなにうまくいったことが、同じようにやっても日本ではうまくいかない。どんどん元気がなくなってきました。 また、ネズミのES細胞の研究をしていたのですが、周りの先輩に「山中先生、ネズミのなんとかって細胞はおもしろいかもしれないけれども、もっと人間の病気に関係した勉強をしたほうがいいんじゃないか」というような忠告をうけました。

研究が理解されない苦しみから鬱に

自分の研究を理解されないということは研究者にとって、ものすごくつらい出来事です。そういうことを繰り返しているうちにとうとう病気になってしまいました。PADという病気で、この中にお医者様の方もおられると思いますが、PADが何かわからないと思います。 なぜかというと、私たちが勝手につけた名前であります。PADはなんの略かと言いますと、ポストアメリカディプレッションでありまして、これは結構大変な病気で、あまりにひどくてですね。もう研究できない、また自分のビジョン、研究でいつか人間の患者さんの役に立つんだと、本当にそんなことできるのかと、毎日ネズミの世話ばっかりやっていて、どんどん自信が無くなってしまって、手術が下手でももう一度臨床に戻ろうという直前までいっていました。 しかし、たまたまこの時期に2つの出来事が起こってPADを克服することができました。1つ目はそれまでネズミしかなかったのに、人間のES細胞がアメリカでできました。1998年です。このJames.Thomson先生。これができたことによって自分のやっているES細胞で人間の患者さんを救えるんじゃないか。 なぜかと言いますと、人間のES細胞、ネズミの細胞と一緒で万能細胞ですから、ここに書いたようにいろんな人間の細胞を大量に作り出すことができるだけです。ES細胞が無かったときはこういう細胞は手に入らなかったんですが、ES細胞があるとどんどん作れる。 そうしますといろんな病気、パーキンソン病、脊髄損傷、心不全。これらはたった1種類の細胞の機能不全で起こっています。ですからその1種類の細胞さえ人間のES細胞から大量に作って、移植してあげたら患者さんは治るんじゃないか。再生医療の切り札として人間のES細胞が一気に期待されるようになりました。 だから自分のやっているネズミのES細胞も役に立つかもしれないと、非常に勇気づけられたのを覚えています。ただ人間のES細胞をつくるためには、人間の受精卵をばらばらにして破壊する必要がありますから、未だに世界中で大きな反対意見があります。 当時のブッシュ大統領とローマ法王がお二人で人間のES細胞の悪口を言っていたと噂されたほど、それくらい政治と宗教のトップが反対されていたわけで、日本では全然使えないという状況が続いていますと。

無名の研究室にどうやって大学院生を連れてきたか

もう1つ私の人生で思いがけない出来事がありました。それがこの奈良先端科学技術大学院大学、大学院しかないのですが、ここで自分の研究室を持つことができました。そして助教授、今でいう准教授だったのですが、上に教授がいなかったので、自分の研究室をもつことができました。 この大学院しかない研究のための大学は研究環境がアメリカに近いくらい整っています。優秀な教員もたくさんいますし、毎年日本全国から優秀な学生さんが大学院生としてやってくる素晴らしい環境です。 ここに行ったことによって、ようやくPADを克服することができました。1999年の12月に緊張と喜びに包まれながら、この大学の門をくぐったことを覚えています。しかしこの奈良先端大に行くとすぐに大きなチャレンジが待っていました。 どうやって大学院生に来てもらうか、20個ぐらいの研究室があります。そこに120名の大学院生が来ます。そして学生さんが好きな研究室にいけるというシステムになっています。人気が無い研究室には学生さんが誰も行かない、そんな厳しい生存競争があると。 私はまだ全然若くて無名で、研究費もほとんどなくて、有名な業績も無くて、そういうところにいまどきの学生さんが来てくれるのだろうかと。大学院大学ですから、大学院生が0だと非常に困ったことになります。 急に有名になれないし、急に研究費ももらえないし、その時に思い出したのがVW。「そうだビジョンだったらすぐ持てる」と、一生懸命考えたのが今と同じビジョン。ビジョンは患者さんの新しい医療をつくるというものですが、そのための具体的な目標としてたてたのが今やっている研究です。 ES細胞と同じような万能細胞を、受精卵からではなくて、大人の患者さんご自身の皮膚や血液の細胞から作ろうと。これはコンピュータで言うとリセットと同じような感じです。コンピュータのハードディスクとかUSBも買った時真っ白で、いろんな情報が書き込まれますが、リセットボタンをピッと押すと、真っ白になって元に戻ります。 人間の細胞も受精卵は真っ白な状態ですが、そこにいろんな情報が書き込まれて、皮膚になったり血液になったりします。きっと同じようにリセットボタンがあるだろうと、そのリセットボタンさえ探してみて、ピッと押してあげたら受精卵と同じような状態に戻って万能細胞ができるんじゃないかという風に、本当に単純な発想ですが、それを自分の長期目標にしました。

iPS細胞の「i」が小文字なのは、iPodのパクリ

そして、4月に学生さんが120人入ってきて、彼らの前でこれとほとんど同じスライドを使って一生懸命アピールしたのを覚えています。難しいことを全く言わずに、これができたらどんなに良いかということだけをとうとうと語ったら、うまく動きまして、3名の学生さんが入ってきてくれました。 そして、その学生さんがハードワークをしてくれたおかげで楽でした(笑)。20年、30年かかるかなと思っていたのが6年でできました。これは、実は非常に競争でした。ハーバード、ボストン、ケンブリッジのグループも同じことをやっていたからです。 彼らは、スイッチは1つだと思っていたんですよ。でも僕たちは、スイッチは1つじゃないだろうと、1つだったらもう誰か見つけてるだろうと思って、最初から複数の組み合わせでやったのが良かったです。 しかも、それが10個じゃなくて結果4つだったんですね。これが10個だったら6年で見つからなかったと思うんですが、4つというちょうど良い数だったので、ラッキーにも6年で見つけることができました。 具体的に言うと遺伝子なんですが、私達の細胞は2万個ぐらいの遺伝子があります。それが1個1個スイッチの役割をしていますが、その中の4つのスイッチを見つけてきて、これを同時に押すのが大切だったのです。 同時に4つのスイッチを押してあげると、リセットされて皮膚の細胞が万能細胞、ES細胞とそっくりな万能細胞になるということを見つけ出しました。名前をどうしようと、エンブリオから創っていませんからES細胞ではありません。 日本人が初めて見つけた細胞とか、いろんな遺伝子とか、日本人が最初に名前をつけてもセンスが無いので、その後アメリカとかイギリスの人が非常にセンスのある名前をつけて、そっちが一般化してしまうということが、何度もありました。 なんとかセンスの良い名前にしようと思って、一生懸命考えました。一生懸命考えたあげく考えたのが、当時人気が出てきたiPodをパクるという素晴らしいアイデアでiPS細胞という名前をつけました(笑)。これが正解でありまして、ボストンのグループもiPS細胞という名前を使ってくれました。

iPS細胞の立役者は、研究室の3人の学生

翌年2007年には、人間でも同じ4つのスイッチでiPS細胞ができるということを見出しました。私が偉そうに紹介していますが、実際iPSを創ってくれたのは、ハードワークしたのは、この3人を中心とする私の研究室の若いメンバーであります。 笹澤さんと高橋くんは最初の学生ですし、一阪さんは最初の技術員で実際に実験をやってくれる人です。この3人がいなかったら少なくとも京都大学では、iPS細胞はできませんでしたし、iPSという名前にもならなかったと思います。本当にこの3人がiPS細胞の立役者であります。 今は血液から創れます。だから、採血さえさせて頂いて、数ミリリットルだけ血液を頂くと誰からでもiPS細胞を創ることができます。先ほどの4つのスイッチを押すと、iPS細胞ができます。 血液の細胞が全然違うiPS細胞になって、どんどん増やせますし、ここにいろんな刺激を加えますと、いろんな細胞になります。例えば、このような拍動する細胞を、もともと血液だった細胞から大量に創りだすこともできます。 未だにこれが数ヶ月前まで血液だったと思うと不思議な気持ちになります。そういう技術であります。この技術を使って今は2つのアプリケーションを、私のビジョンであり、私達研究上のビジョンであります。再生医療ですね。細胞を移植するというセルセラピー。これをES細胞と名づけます。

iPS細胞のアプリケーション、応用が最大の目標

もうひとつ、患者さんからのiPS細胞を使って薬の開発。こちらも非常に大切な、iPS細胞のアプリケーションです。この2つのアプリケーションを実現させるために、京都大学は2010年にiPS細胞研究所という新しい部局を作りました。 英語名は、「center for iPS cell research and application」です。このアプリケーションが私達にとっては一番大切なワードです。応用なんです。リサーチも大切ですが、あくまでもiPS細胞のアプリケーション、理学療養を実現するというのが私達の最大の目標であります。 まずこの再生医療ですが、日本のいろんな政府、文科省の非常に強力な後押しがあって、間違いなく世界の中で、iPS細胞を使った再生医療は日本が先頭を走っています。ここに書いてあるいくつかの表記はまもなく実際の患者さんに協力していただいて、効果と安全性を確かめる臨床研究、本当にそこまで来ている応用はこういったものがあります。 その中でも神戸の高橋政代先生がされている目の加齢黄斑変性という網膜の病気、この中にも何十人かは加齢黄斑変性を持っておられると思いますが、それぐらいどんどん増えている病気で、こちらをiPS細胞から網膜の細胞を使って治すという臨床研究を去年10月から始められました。 政代先生は本当に素晴らしい先生で、他の網膜の病気もどんどんiPSの応用をされていると思います。私達の研究所の高橋淳教授、脳外科医ですがパーキンソン病、これもどんどん日本で患者さんが増えていますが、これを頭の中のドーパミンという特殊な物質を創る神経細胞がダメになって起こる病気です。 iPS細胞からこのドーパミン細胞を創ることに成功していまして、今はサルをモデルにして安全性と効果を見ていますので、今年中には厚生労働省に臨床研究の申請をして、来年には最初の手術を行うという風に頑張っておられます。 高橋淳先生は脳外科医としても、パーキンソン病の研究者としても非常に有名でありますが、それ以上に彼が有名なのは、高橋政代さんのご主人として非常に有名でありまして、僕は高橋淳先生は日本のクリントンだと思っています(笑)。

iPS細胞を使えば、患者に効く薬をあらかじめ特定することも

薬の開発、こちらもiPS細胞を使って、新しい医療を創ろうとしています。これが今の医療です。例えば認知症の患者さん。ある薬があれば、みんな同じ薬を使います。ある患者さんにはとてもよく効きます。 ところが、他の患者さんには効かない、さらに他の患者さんには副作用が起こってしまう。今のところ予測することができません。これを同僚の井上教授がiPS細胞を使って予測しようと、アルツハイマー病の患者さんからiPS細胞を作りました。 そして、そのiPS細胞から脳の神経細胞を作りました。そうすると、正常な方からのiPS細胞由来の神経細胞に比べて、アルツハイマー病の方からのiPS細胞由来の神経細胞は細胞としても状態が悪い、病気になるということがわかってきました。 よく見ると、同じような症状、みなさん認知症なんですが細胞レベルで見ると最初の2人の神経細胞には、異常な物質が沈着しているということがわかりました。ところが、残りの2人にはそういう沈着が無い。ということは、同じようなアルツハイマー病であっても、実は原因が違うんじゃないかと、そしてある薬を投与すると最初の2人には細胞レベルで効く、他の2人には細胞レベルで効かないと。 おそらく、これはこの薬は最初の2人の患者さんにはきっと効いて、あとの2人には効かないという風に予想されていました。ですから、これをもっと進めていって、今後近い将来こんな風にiPS細胞を使って、あらかじめ患者さんによって効く薬を探して、決めて、その薬を投与する効率化理論、ファーストライスメディスン、これを応用したいという風に考えています。

日本は研究環境が米国に比べて不安定

今この2つ、投薬、そして再生医療の実現に向けて一生懸命頑張っています。まだまだこれから時間は十分にかかります。私達の、研究者以外のたくさんの人材が必要です。大学には、教員と事務職員というポストしかありません。 こういう研究者以外の人材のほとんどは非常に不安定な有期雇用で雇用するしかありません。国から非常に大きなご支援を頂いております。しかし、国からのご支援の大部分は競争資金というプロジェクトに対する資金であって、人の安定的な雇用ができないという仕組みになっています。 実際、私達の研究所でも300名以上いるスタッフのうちで9割以上287名が非常に不安定な有期雇用です。国からのお金に頼っているのが原因であります。アメリカではどうか、グラッドストーンは半分ぐらい国からのお金に頼っていますが、残りの半分はプライベートファンディングであったり、企業からの寄付であったり、または州からのお金に頼っています。 一方で日本は、大部分が国からに頼っています。この違いが、研究環境の違い、そして研究を支援する人たちの安定的な雇用の違いになっています。良いところはどんどん見習おうと思って、私達もiPS細胞研究基金というファンドレイジングでなんとか足りない部分を補おうと頑張っています。 一環として、マラソンを走ったりしています。1回走ると、数百万円から一千万円くらいのファンドレイジングができます。しかし、最低でも年間5億円くらい研究所の安定的な運営に必要ですので、そうしますと年間50回走らないとダメで体が持たないと……。 今回の前にオフィシャルな会がありましたが、三木谷氏、そしてマーク・ベニオフ氏から非常に大きなご支援を、このiPS細胞基金にして頂きました。おかげで私のマラソンの回数も半分ぐらいで良いんじゃないかということで、さらにこれから研究所のたくさんの人間とともに、私達のビジョンであるiPS細胞で患者さんを、今治らない患者さんを、近い将来治すというこのビジョンの達成に向けて、これからも全力で頑張って行きたいと思います。 ご清聴本当にありがとうございました。

  
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iPS細胞の「i」が小文字の理由は「あの製品のパクリ」 ノーベル賞・山中伸弥教授がぶっちゃける

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