アリババが目指すのは中国「国外」のスモールビジネス・イノベーション

チャーリー・ローズ氏(以下、チャーリー):あなたがこれから目指すものは何ですか? あなたの望みは? 

ジャック・マー氏(以下、ジャック):「アリババ」という名の通り、私たちはインターネットビジネスの会社ですから、世界各地に幅広いネットワークを設けて、その各々に対して同じ比重の力を注がなければなりません。

私が「アリババ」を設立した当初掲げていた目標は、「スモールビジネスを助けよう、彼らの仕事をもっと簡単にする手助けをしよう」というものでした。今日、数多くのスモールビジネスが私たちのプラットフォームを活用し、また3億人以上のお客様が私たちのサイトから商品を購入して下さっています。

私が考えているのは、アリババをもっとグローバルビジネスに発展させるにはどうすればいいか? ということです。アリババはグローバルに活躍する小規模ビジネス業者のためのプラットフォームでありたい、というのがアリババの基本概念です。

ですからもしアルゼンチンの市場向けの小規模ビジネスをするとすれば、アルゼンチンの消費者は例えばスイスから商品を購入することもできます。私は私たちの会社は「eWTO」で、WTOのライバルで、WTOの役割をインターネットの世界で実現させる会社だと考えています。

WTOは素晴らしかった、ひと昔前までは。今、世界では多くの大企業が国境を越えてビジネスをしています。WTOは大きな会社をいくつも抱えて、国境を越えた貿易を支援していました。

今の世の中、インターネットを活用すれば、たとえ大企業でなくても国境を越えたグローバルビジネスが可能です。私が望んでいるのは、20億人の消費者と、中国「国外」の1000万のスモールビジネスを助けることです。

チャーリー:中国「国内」ではなくて、中国「国外」の、ですか? 

ジャック:そう、中国「国外」の。最近関わった事業にアメリカのワシントン州の農家を助ける、というのがありました。ある日アメリカの大使がやって来て、こうお願いされたんです。

「ジャック、お願いがあるんだ。チェリーの販売を手伝ってくれないか?」

「え? チェリー? フルーツの? まぁいいか、手伝いますよ。やってみましょう」

そういうわけでチェリーの販売を手伝うことになったものの、見に行ってみたらチェリーはまだ収穫前で、木の上にぶらさがっていました。

結果的に、8万世帯からオンラインのプレオーダーでチェリーの予約を頂きました。その後収穫して、とれたての新鮮なチェリーを収穫から48時間以内に中国に輸送して、消費者の方々にお届けしました。

消費者の方々はとっても喜んでいましたよ。後日たくさんの手紙を頂きました。ところが一方で、消費者の方から苦情の声もたくさん届きました。「どうしてたったこれだけなんだ!? もっと増やせ!」と。

そこで私たちは、2ヶ月前にクスコに行って、ナッツを中国に輸入・販売しました。そこで私は「アラスカのシーフードを中国で販売してみたらどうだろうか?」と考えました。中国国外で生産されたチェリーもシーフードも、中国で販売出来たんです。

アメリカやヨーロッパの小規模ビジネス業者が中国にいる消費者に商品を販売する。中国側としても必要としている仕組みです。つまり、私がやりたいのはこういうことなんです。

「中国・アジア・発展途上国併せて20億人の消費者が、インターネットを通じて国境を越えて世界各地から商品を購入する仕組みを提供する」

ジャック・マーがハリウッドで学んだこと

チャーリー:中国では経済成長によって、中流階級の家庭の数が増大しましたよね。昔より裕福な家庭が増えた。これからもっとグローバルな市場への拡大を目指す一環として、ロシア市場でも良い実績を得られたそうですね。成果の程はいかがですか?

ジャック:おっしゃる通り、私たちはロシア市場でも良い実績を得ました。それからブラジルなども視野に入れています。ロシアに関して言えば、ロシアでのeコマースの販売実績が1位でも2位でも3位でも順位は特に気にしていないんです。

昨年、あるキャンペーンをやりました。ロシアの男女が数多く参加してくれたんですが、中国からオーダーすると、ロシアから商品が届くのにどれくらい時間がかかるかご存知ですか?

2年前は4ヶ月もかかっていました。それでも人々は喜んでいたんです。私たちのキャンペーン以降は、なんと1週間以内に届くようになりました。ロシア内全体のロジスティクスシステムの見直しを推進した成果です。

チャーリー:ハリウッドでもあなたをお見かけしましたが、ハリウッドで一体何をなさっていたんですか?

(会場笑)

ジャック:ハリウッド映画のデジタル技術だったり、そういう革新的な技術を学ぶのが好きでして。特に『フォレストガンプ』。

チャーリー:『フォレストガンプ』がお好きなんですか? 

ジャック:好きなんですよ。

チャーリー:どうして? 

ジャック:理由は単純で、「決して諦めない」ことの大切さを教えてくれたからです。2002年か2003年頃、いやいやもっと前か。とにかく以前、アメリカ滞在中のある時期に、私はひどく落ち込んでいた時期があって。インターネットビジネスのことで少し行き詰まっていて、悩んでいた。

そんなときに『フォレストガンプ』を観て、感銘を受けました。主人公の彼を観たとき、他の人から何と言われようと、どう思われようと気にせずに、一途に自分の信じた道を貫き通す、その姿が素晴らしいと思いました。彼のセリフである「Life is like a box of chocolate.(人生はチョコレート箱のようなものだ。開けてみるまで分からない)」が好きです。

中国映画に描かれるヒーロー像を変えたい

ジャック:15年前の私からしてみたら、今私がここで皆さんに向けて話をすること、チャーリー・ローズとこうして話をする日が来るなんて夢にも思いませんでした。私は15年前に私の部署で働く社員たちに言いました。

「みんな。私たちは必死になって働かなきゃならない。私たち自身のために。もし私たちが成功できたとしたら、80%の中国の若者たちは成功できる可能性があるということだ。私たちは裕福な家庭に育ったわけでもないし、銀行や政府に血縁者がいるわけでもない。ひとつのチームとして、一丸となって頑張ろう」と。

最近の若い人たちは、希望を見失っています。希望を見失うと、人は不平不満を口にし始めます。私たちの世代だって、若い頃にはそういう厳しい体験をした時期があったわけですよ。

たくさんの人から否定されたり拒絶されて、気分がいい人はいませんよね。落ち込みます。私たちだって同じような経験をして同じように落ち込んだ時期もある。でもね、見方を変えれば、この世界にはたくさんのチャンスが転がっているんです。

大切なのは、「自分がどういう視点で世界を見るか?」「どうやってチャンスを掴むか?」です。私はハリウッドからたくさんのインスピレーションを得ましたよ。

チャーリー:どんなインスピレーションですか? あなたは映画をつくっているわけではないし。

ジャック:確かに私たちは映画製作はしていないからその分野には活かせないけども、私たちはeコマースの会社ですから、数多くの商品を取り扱い、ロジスティクスとの連携が必須です。

一方、映画業界やテレビ業界では、ロジスティクスシステムは必要ありません。私が思うに、おそらく映画は中国の若い人々を救うのに一番いい「商品」でしょう。私が以前中国の人々に話したのは、アメリカ映画では、ヒーローはストーリーの最初では大抵、何かが上手くいっていない人間として描かれます。それからヒーローになって、最後まで生き残る。でもこれが中国映画だと、ヒーローはみんな死んじゃうんですよね。

(会場笑)

ジャック:だって中国映画では、ダークヒーローだけがヒーローになるんだもの。だから誰もヒーローになりたがらないんですよね。

チャーリー:(笑)。それじゃ、中国の「ヒーロー」の定義変えようとしているわけですね? 

ジャック:私はヒーローに会いたいと思っていますよ。今、世界にはたくさんのヒーローがいますから。

ビジネスにおけるインスピレーションは太極拳から受けている

チャーリー:カンフーヒーローものの小説、今でも執筆されていらっしゃるんですか? それともただ読むだけ?  

ジャック:そうですね、読んでから書き始めますね。カンフーはいいですよ。誰にでもできるものではない、けれども練習を重ねればマスターできるはずだし、極めればその道のエキスパートになれる。息抜きに使いますね。疲れたときや、何かをするのに飽きたらカンフーの本を読む、とかね。

チャーリー:出張するときには太極拳のトレーナーも同行されているとか? 

ジャック:そうです。

チャーリー:それはまたどうして? 健康維持のためですか? 

ジャック:私は太極拳が大好きです。健康維持にも役立っていますし。実は、太極拳は哲学なんですよ。競争社会を生き抜くためのバランス感覚を養うのにも役立ちます。

「eBayに対抗しているのか?」と人から質問されることがありますが、私はeBayに対して対抗はしていません。だってeBayはとても大きな会社ですから。相手が前に出たら、私は後ろに引く。相手が上に上がったら、私は下に下がる、太極拳のようにバランスを保つんです。

あなたは大きくて重い、私は軽くて小さい、ジャンプしたらバランスが狂ってしまう。太極拳の哲学はすごくいいですよ。ビジネスにおいてもとっても役立ちます。常に心身を落ち着かせるのにね。

だってビジネスは基本的に競争ですから。競争は楽しいけども、相手か私か、どちらが死ぬか生きるかの世界です。でもビジネスにおける競争では、たとえ相手が勝っても、私にも別の分野で勝ち目がある、つまり競争社会の中でもバランスを保ちながら共存する方法だってあるわけです。殺し合いをするよりも、共存したほうがもっと楽しいでしょう? そういう感じで、私は太極拳から多くのインスピレーションを得ています。

「アリババ」における先進的な女性登用

チャーリー:あなたは「アリババ」で世界を変えようとしている。また、「アリババ」は女性たちの人生を変える役割を担っているとも言われています。どのように役立っているのでしょうか? 

ジャック:数年前まで、私は世界を変えたいと思っていました。でも今は違います。もっと良い方向に変えていかなければならないのは、私たち自身だと感じています。まず私たち自身が変われば、世界は変わる。そのほうが簡単でしょう? 

私は世界をより良い方向に改善したいと思っています。私の会社の若い社員たちはきっと喜ぶだろうと。若い社員たちが喜びを感じていれば、お客様にも喜んで頂けるだろう。スモールビジネスを営む方々に喜んで頂けたら、私たちは幸せです。そして、「女性の人生を変える」。「アリババ」の成功の秘訣の1つは、女性たちにあります。

チャーリー:どんな方法で彼女たちの人生を変えたのでしょうか? 

ジャック:2〜3ヶ月程前、あるアメリカのジャーナリストが私たちの会社へやって来ました。彼女は私にこう言いました。「ジャック! あなたの会社ではこんなにもたくさんの女性が働いているのね!」と。

私はそれまで全く意識していなかったので、そう言われて逆に驚かされました。後で調べてみたら、私の会社で働くスタッフのうち、女性が占める割合は47%にも上ることが分かりました。他社では男性の割合が圧倒的に多いそうで、この点でも(先程の太極拳の話から)バランスが取れていますよね。他社は男性を多く雇う、うちは女性を多く雇う。

チャーリー:役職や重役についている女性の方もいらっしゃるんですか? 

ジャック:32%のシニアマネジメント担当者は女性です。また、重役など、会社にとって非常に重要且つ上級の役職者のうち、24%が女性です。私はこの環境に満足していますよ。女性は男性よりも、同時に複数のことに配慮したり、周りの人のことをよく考えてくれる能力が優れていますよね。私たちの仕事は同時進行で複数のことに配慮しなければならないので、そういう点で女性向きの仕事だと思います。

中国がこれから目指すべきは「質」の向上

チャーリー:中国経済が少し下降気味なことについて、心配されていますか? 

ジャック:いいえ、それについては心配していません。確かに少し減速してはきましたが、現在、中国経済は全世界第2位を誇っています。通常、9%の経済成長率をキープし続けるのは不可能です。

でも中国はまだ9%の経済成長率を維持しています。これ、何かおかしなことが起こっているに違いありません。もしこのまま9%の経済成長率で発展を続けたら、大気汚染で真っ青な空なんて見えなくなります。品質も粗悪なものが多い。

これからの中国はもっと「質(クオリティー)」に重点を置いていかなければいけないと思いますね。例えばハリウッド映画だったり、スポーツだったり、そういう影響をたくさん受けたらGDPはもっと改善されると思います。

人間の成長と同じですよ。赤ちゃんからある一定の年齢までは身体が先に成長しますよね。でもある程度身体が育つと、身体的な成長は落ち着いて、今度は内面的な成長が始まる。これと同じように、これからの中国は内面的な成長が必要だと思います。

チャーリー:インドに家を購入されるご予定なんですか?

ジャック:実のところ、それはまだ検討中ですね。

チャーリー:「アリババ」で稼いだ財産、何に使いたいですか?

ジャック:私はここ3ヶ月、人から「ジャックは裕福だ、セレブだ」と言われてすごく不愉快な思いをしました。

チャーリー:十分セレブじゃないですか。

ジャック:私が起業して間もない頃……。

チャーリー:セレブですよ、十分。

ジャック:自分では自分がセレブだなんて思ったことは一度もないけど、そうですね、世間的に見ればそうかも知れないね。

人々の「信用」で稼いだお金を、今度は社会のために使いたい

ジャック:15年前、私はアパートで妻と暮らしていて、ある日妻にこう尋ねました。

「君はどんな夫の妻になりたいと思う? 裕福な夫の妻か? 中国で裕福な人は当時見たことがなかったから、杭州で1番裕福な夫ね。それとも、尊敬される夫の妻か?」妻は答えました。「もちろん、私は尊敬される夫の妻になりたいわ!」私たち夫婦はどちらも富裕層になりたいわけじゃなかったし、ただ生活していければいいと思っていたからです。

もし収益が100万ドルだったら、それはあなたが使っていいお金です。もし2000万ドルあったら、ちょっとしたパニックに陥り始めます。インフレの心配をしたり、そのお金をどこに保管しようか考えたり。

そして100億ドルという大金が手元にあったなら、それはあなたのものではありません。それは、世の中の人々や社会からあなたに与えられた「信用」です。人々があなたのビジネスに対して、政府なんかよりも頼りになる、あなたなら世の中を良くすることができると信じ、期待して投資してくれたものだから。

人々からの「信用」で得たお金は、社会のために使うべきものです。ですから「アリババ」で稼いだお金は、教育の場に戻って次世代の人々とふれ合い、彼らを育てるための資金源にしたい。

いつか私は学校に戻って、若い人々に教える立場になりたいと思っています。個人的な私利私欲を満たすために使うのではなく、いつか社会貢献につながる仕事をするための資金として使いたいのです。そんな良い仕事をしたいですね。

チャーリー:あなた自身の体験談を、若い人たちに話して聞かせるということですか?

ジャック:30回以上も人から拒否された経験を持つ人間なんて、そうそういないでしょう? 

絶対に諦めない、これに尽きます。『フォレスト・ガンプ』のように自分の信じたものを一途に、一生懸命やる。絶対に、諦めない。文句を言わない。仕事で何かミスをしたとき、上手く行かなかった原因を人のせいにしたり、不平不満を言い始めたら、その人に将来性はありません。

反対に、上手く行かなかった原因について自分の落ち度だと考え、自分がもっとこうすべきだったんだ、次はこうしよう、と考えられる人は、まだまだ成長出来る可能性のある人だと思います。

チャーリー:お忙しい中、今日はお時間を頂きありがとうございました。