「3本の矢」は飛んでいる?

竹中平蔵氏:さて、今申し上げたような世界の経済の中に、日本経済は置かれているわけですけれども。今、アベノミクス「3本の矢」は飛んでいるのでしょうか? 飛んでいないのでしょうか?

今年のお正月のあるインタビューで、1人の記者が安倍総理に次のような質問をしました、「今、アベノミクスに点を付けるとすると何点でしょうか? 総理自身で採点をすると何点でしょうか?」とこのようなおもしろい質問をしました。

これは普通、政治家でいう国会答弁をするならばこういう評価・採点というのは、国民の皆様にしていただくものであって、私たちはそれを謹んで耳を傾けるものです。これは国会答弁なんですけれども。

どういうわけか安倍さんは答えちゃいました。なんでも、67点と答えたんです。皆さんはこれに対し、どう思われるんでしょうか? 私は、「なるほど。総理は良くお考えになっているな」というふうに思いました。これは私の勝手な解釈ですけれども、多分次のようなことをおっしゃりたかったのではないのでしょうか。

第1の矢、金融政策は順調

第1の矢、デフレを克服するための積極的な金融緩和。これはちゃんと飛んでいる。黒田総裁は一昨年の4月の最初の金融政策決定会合で、大幅な金融緩和を行いました。2年でベースマネーを2倍にする。2年で2倍というわかりやすいメッセージを出して、そこから外国人投資家が日本株を買うという動きがありました。

したがって2013年の日本の株価は、57%上がったんです。57%の上昇というのは、アメリカの2倍ぐらいの上昇であります。まさにこの初期段階において、アベノミクス金融政策によって非常にうまく機能していたことだと思います。

黒田総裁は去年の10月31日に、意表を突いて2度目の金融緩和を行った。前は2年で2倍と言ったんですが、今度は3という数字を非常にうまく使って、国債を30兆円買いました。REITやJ-REITや、そしてETFの買い取り額を3倍に増やします。そういうメッセージを送った。

結果的に昨年は消費税の引き上げで、GDPはマイナス成長になると考えられるようになったわけですけれども、株価そのものは年初から年末までで去年は9%上がっています。

この9%の株価上昇というのは、アメリカとほぼ同じであって、金融政策によってなんとかこうつないでいる、爪の皮1枚つながってそれなりの成績を残せたというのが去年だと思います。いずれにしても、第1の矢は一応ちゃんと飛んでいるということだと思います。問題は第2の矢と第3の矢ですね。

第2の矢、財政再建は道半ば

第2の矢というのは何かというと、機動的な財政政策。これはちょっと霞が関文化っぽくてわかりにくいかもしれませんが、2つのことをやるということを意味しています。

1つは、この2、3年は少々無理をしてでも政府がお金を使って積極的な財政政策を行い、景気を引き上げる。今、東京のどこに行っても道路工事で大変だと思います。公共事業を行っているということです。

ああいうお金の使い方に関しては、賛成する方も反対する方もいらっしゃるかと思いますが、いずれにしてもたびたびの補正予算を組んで、そしてGDPを約3%ぐらい押し上げるような経済対策をこれまでに行ってきました。

したがって、当面短期の財政拡大というのは行っているということになります。しかし第2の矢、機動的な財政政策にはもう1つ後半部分があります。その後半部分というのは、短期には財政を拡大するけれども、中期的には財政再建をするということです。

皆さん、財政再建はできるんでしょうか? できないのでしょうか? 答えはまだわからないということです。昨年、安倍総理は今年10月に予定されていた消費税の引き上げを延期するということを決めました。

そして、それを国民の皆さんに認めてもらいたいということで、総選挙を行いました。3分の2の議席を与党が勝ち取って、勝利したわけですけれども、このとき同時に安倍総理は1つの約束をしています。

今のアベノミクスに安倍首相が「67点」をつけた理由

それは今年の夏までに財政再建の明確な道筋、ロードマップを示すということを約束しているわけです。財政を再建しようと思ったのならば、かなり社会保障制度に切り込まなければいけません。

今の社会保障は相当の高額所得者に対しても年金が支払われるというようなシステムになっていて、かつ平均寿命が80歳を超えている、そういう日本でも65歳から年金を出すということにしているわけですから、所詮とてもとてもサステイナブルな状況ではありません。

これに切り込まないと財政再建はできないわけでありますけれども、これは国民に理解と痛みを享受してもらわなければいけませんから、政治的な大変難しいプロセスになります。

そしてその上で消費税も切り上げていかなければいけないんでしょうけれども、いったい何%まで引き上げる必要があるんでしょうか? それとも、経済成長による自然増収によって、あまり引きあげる必要はないのでしょうか? そういうロードマップを今年の夏までに示すということを約束している。

これは経済財政諮問会議が行うべき、大変重要な役割になりますけれども。これは大変難しい作業になるというふうに思われます。残念ですけれども、今経済財政諮問会議は非常に力強く活動しているようには見えない。この経済財政諮問会議の役割というのは今後極めて重要になってくると思われます。

いずれにしても、1本目ではちゃんと飛んでいる。2本目の矢は前半は飛んでいるけれども、後半はあんまり。そして第3の矢ということになりますが、もう皆さん答えはおわかりだと思います。第3の矢、成長戦略は道半ばだと。したがって3本のうち、1+0.5+0.2、3分の2飛んでいるから67点というのは実はなかなかよくお考えになっているなというふうに思うわけであります。

アベノミクスの成績表「ABE」

さあ、この成長戦略が今日これから議論いただく、金融やデジタルな革命の話とも繋がってくるわけでありますが、正直言いまして、この成長戦略に対する評判は、もともと必ずしもよくありませんでした。

楽天の三木谷さんも私も、成長戦略を議論する産業競争力会議のメンバーでありますので、その責任の一端を私も感じますけれども。

1年半前に、ちょうど初めての成長戦略が出たときに、イェール大学の浜田宏一教授が次のようなことをおっしゃいました。浜田先生は我々にとっても大先生でありますけれども、安倍総理のメンターでもいらっしゃいます。

浜田先生は3本の矢に成績をつけたんですね。どんな成績をつけたかというと、「第1の矢はよく飛んでいるから成績をつければAだ」と。「第2の矢は半分飛んでいるから、ちょっと甘いけどBだ」と。「しかし第3の矢は全然、全く出来が悪いから、成績をつければEだ。ABEで安倍だ」とおっしゃったわけであります。

浜田先生にそんなことをおっしゃっている場合じゃないでしょうというふうに申し上げたんでありますけれども。

様々な点で異なる、金融政策と成長戦略

しかし第1の矢と第2の矢というのは経済の需要側、お金を使う側の話、需要サイドの話です。それに対し成長戦略というのは、企業の体質を変えて産業の体質を強化する、経済をサプライサイドに影響を与えるものですから、この1、2の矢と3の矢を同じディメンションで比べるのは必ずしもフェアではないと思います。

もう1つ言うと、政策を決めるプロセスも違います。金融政策というのは、日銀金融政策決定会合という会合を2日間開くと変えることができる。現時点、黒田さんは2日間の会合で金融政策を大転換しました。

しかし成長戦略で、例えば国家戦略特区をつくる。あとでご説明しますけれども、日本でも国家戦略特区をつくることにしたわけですね。この特区をつくるための法律を1つ通そうと思ったら、どんなにがんばっても1年はかかります。かたや2日で変えられる政策、かたや最低1年はかかる政策。

その意味でも同じに比べないほうがよいのではないでしょうかというふうに、浜田先生に申し上げましたら、浜田先生はそれ以降、ABEという言葉は使われなくなりました。この間イギリスから帰ってこられて、BBCとおっしゃっていたので、「どういう意味ですか? よくわかりません」というふうに申し上げたんですけれども。

いずれにしても成長戦略は大変難しく、時間を要する政策であるというのは間違いないと思います。

アベノミクスは明治維新に匹敵する!?

ところが、この当初必ずしも評判のよくなかった成長戦略に関して、去年半ばからおもしろい動きがでてきました。去年の6月に安倍内閣の成長戦略の特集を組んで、そしてその中でこの成長戦略を非常に高く評価するという記事がありました。

ご興味のある方は6月28日号のロンドンエコノミストを是非、見ていただきたいと思うんですが、安倍総理が合成写真でサムライのような格好をして出てきて、そして弓を射るポーズをしているんですね。

その中の記事には、「3本の矢というよりは、1,000本の太い針を日本社会に打ち込むような幅広い改革が、今始まった」というふうに書いておられます。最後のほうに、これは明治維新に匹敵するかもしれないと書いてありましたので、さすがに私もそこまで読んだときは、これはちょっと書きすぎだろうというふうに思いました。

しかしいずれにしても、海外のメディアが日本の政策をこれだけ高く評価するというのは、かなり珍しいことであるというふうに思います。ところが、そのしばらく後にフィナンシャル・タイムズは今度は全く逆の記事を書きました。

「成長戦略で考えられていることは決して間違ってはいない。しかし、これを達成、実現することは政治的に難しいだろう。この公約は空手形に終わるだろう」と、厳しい見方をしました。皆さんはどのように思われるでしょうか? これ、実は両方とも重要なポイントを突いていると思います。

今までになかったような新しい政策をやろうとしているというのも事実だけれども、それに対して反対する勢力もものすごく強くて、この進捗からそんなに楽観はできない。相当厳しい、これから政治のリーダーシップが必要になってくる。そういうことを表しているのではないかと思います。