日本はグローバルスタンダードに準拠すべき

関口和一氏(以下、関口):2020年に、日本はオリンピックを迎えます。多くの人たちが日本市場にやって来るわけです。ただ日本では、外国人の目から見ると適切ではないことが多くあります。特に金融業界においてです。例えばATMカードを使って出金する場合、お金をおろせません。磁気ストライプが逆側に付いているんですね。

日本のシステムは、非常に孤立していると言われています。ですからこれから5年後ということを考えると、日本は何をしなければいけないんでしょうか? 何を変えなければいけないかをお話しいただければと思います。

三木谷浩史氏(以下、三木谷):具体的に、東京オリンピックに向けてということですか?

関口:いえ、東京オリンピックだけではありません。日本がもっとオープンになるべきだということに関して。

三木谷:そうですね。NFC(Near Field Chip)について。これまでこういった構成について考えてきたわけですが、まだ日本だけがFeliCaを使っている。Edyも含めてです。これは大きな問題です。日本以外の全ての国では、Type BとかType Cを使っています。Apple Payにとっても、これは課題になると思います。

ですから、こういったいろいろな設定・構成というのが、日本固有のものであると。私たちはグローバルスタンダードに準拠しなければいけないと考えています。

三木谷:FSAや日本政府がすべきことというのは、まずどういった技術的な設定・構成があるのかということや、どれが日本固有のガラパゴスなのか、どれがグローバルなプラットフォームに準拠しているのか、というリストを作ることだと思います。それから投資をすることで、国内標準からグローバルスタンダードに移行すべきでしょう。

世界標準になりそこねたFeliCa

関口:では、FeliCaのシステムからそういったNFCに、どのように変えるのでしょうか? 2001年、2002年の時に、私はビットワレットについて―今は楽天はEdyになったわけですが―記事を書きました。

当時の小泉政権の人が来たんですが、こういった新しい決済システムについて、彼らは知らなかったんですね。それで私の記事の中で、iモードとビットワレット、またはEdy、この2つの技術というのがグローバルテクノロジーになりますよというふうに書いたわけです。

こういった技術をグローバルベースで導入できればというふうに書きました。ところが残念ながら、日本固有のものにしてしまって、外に出すことがなかったわけなんです。今度はApple Payが、また違ったNFCとして台頭しているわけです。

三木谷:実はApple Payに対してですが、私はそこまでの確信を持っておりません。閉鎖されたシステムだなと思っているので、もうちょっと開かなければいけないと思うんですけれども。

FeliCaに関する問題は何かというと、ソニーがあまりにも高い要求をしたことだと思うんです。コンフィギュレーションを開きたがらなかった。本当は開くべきだったと思うんです。そしてグローバルにも開くべきだったんです。

そうすればFeliCaがグローバルスタンダードになったのではないかと思います。iモードやその他と、似たような状況だったわけです。

ところが国内の既得権があったので、それを手放したくなかった。もっとグローバルな市場で、もっと小さいマージンで開けばよかったのに、結局は経営戦略の問題だと思います。またそれを、日本政府のほうがこれまで支えてきたんだと思います。

イノベーターのジレンマ

関口:ではピーターさんに伺います。これからの新しいテクノロジーの分野において、どこが成功すると思いますか? AppleはApple Payを起ち上げますし、あとはGoogleもGoogle Walletを始めました。SamsungもSamsung Walletを始めた。いずれも現時点ではあまり成功していませんけれども。PayPalもそこに候補として入るかもしれませんが、いかがですか?

ピーター・ティール氏(以下、ピーター):そうですね。企業がAppleやGoogleのように大きくなってしまうと、難しいことが1つあります。始めるところが小さすぎると、もう興味を持てないんです。例えばAppleだったら、広範に渡るシステムでなければいけません。スマホを売って、年間1,500億ドルにもなるわけですから。規模の大きいことでないと、やりたくないと思うんです。

中規模、ないしは小規模の事業からこそ、チャンスがつかめるのではないかと思います。これはイノベーターのジレンマとも言えますね。大手企業は、どうしてもそういったより小さい、あるいは中間のニッチに目を向けないんです。チャンスなのに。すぐに大規模にならないから。

日本の優位性は「すり合わせ」にあり

ピーター:1つ、日本が素晴らしく上手くやっているのは、複雑なコーディネーションです。例えばいろいろなものの整合性をピタッと合わせるというのは得意ですよね? また、イノベーションもポイント型のソリューションではなくて、より連携させて複数のものを連動させるというところは、得意としていると思うんです。

今までもずっと、この領域において日本は成功してきたと思います。これも1つのイノベーションのモードだと思うんです。もっとこれを追求していくべきだと思います。

もう1つが―これはITの問題ではないんですけれども―2020年の東京でのオリンピック開催というのは、2016年オリンピックがリオでの開催なので、きっと期待値が下がりますよね?

ブラジルの複雑なコーディネーションが、いろいろなところで上手くいかないと思うんです。そこで日本に来るので、期待値が下がったところで、それを大きく上回るということができるんじゃないでしょうか。

サービスのガラパゴス化を繰り返してはならない

三木谷:ぜひとも避けたいのは、またガラパゴスサービスを作り出すということですね。これだけは避けたいと思うんです。「このオリンピックをショーケースとして利用して、グローバルサービスにしよう」なんていうことにならないことを願っています。

グローバルサービスは、グローバルなものをただ単に採用するべきだと思うんです。NFCは決済だけじゃなくて、例えばチケットのシステムとかそういったものにも使えるんですけれども。日本だけのタッチレスサービス、ヒースレスショップサービスを作ることなく、グローバルスタンダードで行くべきだと、私は思います。

関口:また日本ではガラパゴスの技術、あるいはシステムが、他にもありますよね。CAFISという認証のシステムです。NTTグループ主導で使っているものですね。批判しているというわけではないんですけれども(笑)。

三木谷:そんなことないじゃないですか。批判しているんじゃないですか?(笑)

関口:いや、新しいITベースの技術が出てきて、スマートフォンも使われるようになったので、取引を違う形でできるようになってきていると思うんです。ですので、そういうスキームを使っていくということ。

三木谷:楽天もそうですね。

関口:スマートペイですね。そういったものも出てくる中で、どういうふうにそれを活用していくのか、どうやって従来のものを変えていくのか。

三木谷:そこなんですよ。好もうと、好まざると、政府が、あるいは業界が、守りに入らざるとも、このグローバルスタンダードを採用せざるを得なくなっていくんです。ですので、PINコードに基づいたデバイスを今、基本的には無償で提供するようになっています。

CAFISの装置を買うんだと、どうでしょうか? 500ドルから700ドルぐらいしますでしょうか? 考えてみてください。それこそ10分の1ぐらいのコストでできるんです。それ未満かもしれません。ですから、この方向に進んで行きますよ。楽天がやるか、あるいは他がやるかわかりませんけれども、こういった時代がもたらされます。

小さい市場だからこそ出来ることがある

関口:ではどうでしょうか。決済に関してアメリカには新しい動きはありますか?

ピーター:そうですね。数多くの新たな決済会社があります。Squareとか、あとはStripeもそうです。これは新しいオンラインの決済処理をやっているところで、とても効果的にWeb開発者をターゲットにしてきました。今では新しい流通モデルとなっています。ソリューションも、配布していく方法が新しいということです。

また私どももイギリスで、トランスファーワイズというところに投資をしました。ここはハイエンドの口座を持っていなければいけないんですが、例えばポーランドとかエストニアとか、そういったところへの送金を可能にするものです。これもずいぶんと勢いが増してきています。

ポイントは、とても具体的な固有の問題を解決しようとしているものだと思うんです。ソリューションがないところに着目するべきだと私は思っています。多くの成功した企業というのは、それこそマーケットのごくごく小さいところから始めて、そこを独占してそれを足掛かりに広げてきました。

例えば、ハーバードで1万2,000人のユーザーで始めて、そもそも規模が小さくて駄目だと言われたものが、マーケットシェアをゼロから60%まで10日間で上げたわけなんです。そのように成長させることができたわけです。とにかく市場が大きくて深いということは、課題でもあります。

大きすぎるマーケットの課題点

ピーター:例えばエネルギーの分野でも、できることがあると思っています。数多くのイノベーションがあり、もっと改善できることがあるんじゃないかと思うんです。ただ、クリーンテクノロジーの企業の難しさがります。2005年から2008年ぐらいにかけて、米国ではクリーンテクノロジーバブルがありましたけれども、とにかく市場が大きすぎるという課題がありました。

プレゼン資料を見てみますと、まず1番最初のページに、それこそ何千億ドル、何兆ドルというスマートエネルギーの市場ですなんていうところから始まったわけなんです。これではあまりにも海が広すぎてしまって、小さい魚を見つけられない。どうやって始めたらいいのかもわからなくなるぐらいです。

ですので、ソーラーパネル会社の10社あるうちの1社だったら、残りの9社にも任せなければいけない。そこからさらに、風力発電の会社も倒していかなければいけない。そこにフラッキングが現れて、中国のメーカーまで現れてといったような具合です。

とにかく海が広すぎるというのは、市場としては好ましくないかもしれません。小さい会社を起ち上げるなら、なおさらです。大手企業なら最初から大きな市場を狙うのもわかりますけれども、新規企業の場合はマーケットは小さいところから始めるべきです。