大学に入った当初は、古典文学を専攻したかった

ポール・グレアム氏(以下、ポール):最初に大学に入ったときは、どんなことをやろうと思っていましたか? 大学院に進もうと思っていましたか、それともGoogleみたいな会社に就職しようと思っていましたか?

マーク・ザッカーバーグ氏(以下、マーク):実は大学に入ったときは、古典文学を専攻しようと思っていたんです。ラテン文学やギリシャ文学が大好きでしたから。私の妹は実際に古典文学の専攻で博士号を取りました。

私は最初、コンピュータサイエンスの専攻ではなく心理学の専攻でした。早々にハーバードを後にしたためそれほど多くの授業に出席できず、結果として心理学よりもコンピュータサイエンスのクラスをたくさん取ることになりましたが……。

ポール:では特になにか計画があったわけではないと。ひょっとしたらバリスタになっていたかもしれませんね(笑)。

マーク:でも多分、エンジニアになっていたのではないかなと思います。

ポール:プログラミングが嫌いだったわけではない?

マーク:プログラミングは好きです。大人になってからは、Microsoftやそのプロダクトがいかに素晴らしいかを知りました。ハーバードからMicrosoftに行った人も多かったので、ひょっとしたらそうしていたかもしれませんね。

私は妹のドナと賭けをしたことがあるんです。彼女は、自分のほうが私より早く大学を卒業するだろうと言いました。私はその賭けを受けて立ちましたが……。

ポール:なんでそんな話になったんですか?(笑)

マーク:わかりません(笑)。大学からドロップアウトしてから母親にこのことを話したら、母は「最初からドロップアウトするだろうって思ってたわ」と言われました。「ありがとう」と返しましたが(笑)。

ポール:お母さんとしては、大成功と大失敗のどちらかだと思っていたんでしょうね。

マーク:確認しない方がいいでしょうね(笑)。

ポール:両親はあなたが今のようになることを予想していたと思いますか?

マーク:親に聞いたら「いつも期待していたよ」と言うでしょう(笑)。

「会社を作ることを目的にしないほうがいい」

ポール:あなたがスタートアップをはじめると思っていましたか?

マーク:ここにいる人はおそらく、スタートアップに興味があると思います。私が学んだみなさんに伝えたい教訓は「会社を作ることを目的にしないほうがいい」ということです。

Facebookは会社を作ろうと思ってはじめたわけではありません。最初は単に自分が欲しいものを作っただけで、それが世界中に広がったらいいなとは思っていましたが、それをやるのが自分たちの役割なのかどうかは確信がありませんでした。

ただ趣味のように、自分のためにはじめたのです。それが結果として会社になったというだけです。だから「会社を作りたい」というのが一体どういう心理に基づいているのか、本当のところは理解していないのです。私の価値観は一般的ではないのかもしれませんが……。

ポール:もちろんそういった順序で会社を作る人もたくさんいると思いますよ。

マーク:これは最初の「なぜわざわざ競合のいる大学を選んで進出したのか」という問いにも関わります。私には、自分のやっていることが本当に社会にとってインパクトがあるのだろうか、という強い不安があるのだと思います。おそらく優れた起業家の能力とは、何をやるのが最も大きな影響を社会に与えられるのかを正確に見抜くことです。

例えば在学中に新しいプロジェクトを立ち上げるとき、特に人を雇って会社をはじめる場合、もちろん売却を含めていろいろなエグジットの方法はありますが、基本的にはその会社にかかりきりになってしまうでしょう。しかし大学にいる間に、自由にいろいろなことを、時には趣味としてできるような柔軟性を持っていることは大切だと思います。

こうした柔軟性を誰もが当たり前のものだと思っていますが、一度会社をはじめてしまうと、そんな風に融通を利かせることは大変難しくなります。こうした柔軟性は本当に過小評価されています。

ポール:これは「大学を辞めるな」というメッセージでしょうか(笑)。

マーク:何かに参加する前に、広い世界を知れ、ということです。自分を柔軟に動ける状態にしておくことです。

ポール:全く賛成ですね。

マーク:もちろん会社という枠組みの中でできないというわけではありませんが、難しくなることは事実です。よく「事業がうまくいかなければピボットすることが重要」と言われますが、Facebookも転換の連続でした。

最初は大学が対象だったのに、すぐに大学以外を対象に切り替えたわけですし、最初はウェブサイトだったのに、今度はプラットフォームに舵を切りました。やることはどんどん変わっていくのです。

ポール:でもあなたが言っているのは、どちらかというと事業の「転換」ではなく「拡張」なのでは?(笑)

マーク:まあ……。とにかく「柔軟性」ですよ!(笑)

Facebookを使い続けてしまう理由は、人間の根源的な部分にある

ポール:新しく人が登録するサービスと、登録した人が使い続けるサービスは、おそらく違うのではないかと思います。どうしてこれほどまでに多くの人たちが、Facebookを使い続けたのでしょう?

マーク:これは何が人間を人間たらしめているのか、という問題だと思います。私が心理学を専攻していたという話に戻ってしまうのですが、ヒトの脳は、他人に関連する情報を処理することを非常に得意としています。

椅子のような物と人間を、同じようには扱いませんよね。顔の微細な表情筋の動きによって感情を表現したり読み取ったりする能力さえヒトは備えているわけです。ヒトは他人に強く関連付けてものごとを見ています。

先日、興味深い論文を読みました。夢を見ているときの脳の活動をMRIで測定すると、社会的な関係性を司る部分が活性化しているそうです。これはあらゆる動物の中でヒトだけが持っている特徴です。

確かにGoogleのようなサーチエンジンは素晴らしい発明です。ワードを入力すれば、たちどころに欲しい情報を手にいれることができます。しかし周りの人のことを知ることはできません。

なぜなら他の目的があって既に公開されている情報だけをサーチエンジンは取得しているからです。Facebook以前のインターネットには、何かの情報をシェアするというサービスはほとんどなかったと思います。

私が面白いと思うテクノロジーの定義があります。それは「人間の可能性を引き出し拡張するもの」という定義です。スティーブ・ジョブズは、コンピュータを「精神の自転車」に喩えました。自転車が走る能力を拡張しているように、コンピュータは考える能力を拡張しているわけです。

こういった観点から見れば、ソーシャルネットワークは、人間の社会的能力を拡張しています。ヒトは150人以上の他人との社会的な関係性を維持することができるという有名な研究があります。私はFacebookはこれを拡張していると思います。

ポール:Facebookでのデータもそれを裏付けているのでしょうか。

マーク:Facebookに登録した人の多くは、最初友達が150人程度にとどまることが多いです。しかし継続的にFacebookのサービスを使っていくことで、そこからさらに数が増えていきます。

ここから学ぶべきことは「基礎的なことをしろ」ということです。小さく応用的な問題を解決しようとする企業を多く見ます。もちろん起業家として会社を作ること自体に興味があるのなら悪いことではありません。しかし最も面白いことは、人間と世界がどのように関わっているのか、という基礎的なところにあります。

ポール:Facebookは基礎的なことをハーバード大学の学生という小さなマーケットからはじめて、大きく成長させていきましたね。

マーク:何より私にとって、これは基礎的な問題だったのです。最初は自分のためにはじめたものが、学生に広がり、そして今では全世界の人同士の関係性を支えているということは、非常に幸運でした。

MySpaceにもFacebookより優れている部分はある

ポール:今から振り返って、MySpaceにはどのような可能性があったと思いますか? ソーシャルという意味では、大学生は実は重要なターゲットです。MySpaceはそうしたユーザーを逃がしてしまったことで、成長できなかったようにも思えるのですが。

マーク:私はそうは思いません。勝敗の問題ではありません。大切なのは、価値あることをするかどうかです。実際にいくつものSNSが……。

ポール:いくつもの? 私は事実上ひとつしかないと思いますがね(笑)。

マーク:あらゆる分野がソーシャルを導入することでアップデートできる可能性を秘めています。FacebookよりもMySpaceのほうが優れていることのひとつに、新しい人と出会う機能があります。我々は新しい人と出会うことよりも、既存の人間関係を維持することの方を重要視しました。

もしMySpaceが成長していないとしたら、それはFacebookがやったことをコピーしようとしたからです。それでは絶対にうまくいきません。

スマートフォンにダウンロードする大量のアプリケーションについて考えてみてください。たくさんの素晴らしいアプリがリリースされていますが、iOSのアプリのトップ10のうち、8つがFacebookと連動しています。トップ400だと50%です。全てソーシャルに繋がっているのです。

これからの企業が、今ある企業のコピーをしても、絶対に勝てません。

ポール:MySpaceは他の領域に乗り出していくことで生き延びることができたと思いますか?

マーク:この世界にはいろいろな価値があります。人々は既に知り合っている人と関係を維持したいという基礎的な欲求を持っています。同じように人々は、新しい人と出会いたいという欲求も持っているはずです。これはFacebookが取り組まなかった問題です。確かにやろうと思えばできることではあります。あるいは我々のプラットフォームを使って誰かがやるかもしれません。

正直、MySpaceの音楽関係のものは評価していません。みんなMySpaceの話になると音楽のことをよく取り上げますが、本質はそこにはないと思います。

ポール:どうして音楽に注力したのでしょう?

マーク:わかりません、彼らに聞かないと(笑)。

ポール:バンドからそのファンに広がっていく強力な力に期待したのかもしれませんね。

テスト勉強をクラウドソーシング

ポール:最後に聞きたいのですが、どうしてあのパロアルトの家を買おうと思ったんですか?

マーク:正直あまりよく覚えていないんです。もちろん断片的な部分は覚えていますが、全体はあまり。

私は最初のFacebookを2004年1月に作り、2月にリリースしました。1月にやった理由は、ハーバードが学期間の休暇に入るからです。

ポール:読書期間はもうないんですか?

マーク:そうですね。コースを変えたみたいです。

ポール:どうりで新しいスタートアップがでてこないわけですね(笑)。

マーク:それは多分何か新しいことをはじめようとした人を追い出してしまうからでしょう(笑)。

(会場笑)

ハーバードもそうした傾向を変えようとしているのだとは思いますが。まあともかく、1月には最終試験に向けて勉強できる空白期間があったわけです。

ポール:本来は忙しすぎない時期に読書をしようという期間だったはずなのですが……。

マーク:私は自分では勉強しておくべきだったと思っています(笑)。少し脱線しますが、大学でローマのアウグストゥスについての授業を取っていたときのことです。その授業の最終試験は、これまで学んできた美術作品が目の前に出されて、それについて歴史上の重要な特徴について記述するというものでした。

この読書期間を本来は勉強に充てるべきだったのでしょうが、ほとんどの時間をFacebookを作るためのプログラミングに使ってしまっていました。そこで私は学校のサーバーをハックして、最終試験に出題されるであろう200程度の美術作品の画像を手に入れて、それぞれについて歴史上何が特徴だと思うかというコメントを公開でつけられるようなシンプルなウェブサイトを作りました。

そしてクラス全員に「勉強するためのツールを作ったよ! ぜひ使ってみてくれ!」とメールを送りました。

(会場笑)

私が調べずとも、みんなが全てにコメントをつけてくれて、最高でしたね。後で教授が「なぜかかつてないほどみんな高得点だった」と首をひねっていました(笑)。

(会場拍手)

ポール:勉強をクラウドソーシングしたわけですね。

マーク:どんなことにもソーシャルを組み合わせることでダイナミズムが生まれるという好例です(笑)。

「学校に戻る」と公言しながら、ピーター・ティールから投資を受けた

マーク:そんな思い出もありますが、とにかく、最初のバージョンは1月に作っていたわけです。そのときに、スタンフォード大学とカリフォルニア工科大学の友人に会いに行って、カリフォルニアに初めて足を踏み入れたんです。

ポール:そのときはどう思いました? 1月のカリフォルニアは良かったでしょう?

マーク:そのときは「すごい、ここでいろいろなテクノロジーが生まれているんだ!」と思っていました。もちろん天気も素晴らしかったですし。

それで2年生になったとき「カリフォルニアに住もう」ということになったんです。そこで出てきたのがパロアルトというわけです。そのときはカリフォルニアに住もうという気もなく、ただ新しい会社がどんどん生まれているところにいるのは面白いだろうと思っていました。いつかは会社を作るようになるかもしれないな、くらいの感覚でした。

そんなある日、ダスティンが私にこう言ったのを覚えています。「ユーザーは増えているし、サーバーも増やしているから、維持が大変すぎる。これをやりながら卒業するのは無理だ」と。ハーバードは、望む限りいくらでも学校から離れて過ごしていいという方針です。

それで1学期休学して、管理を自動化するツールを作って体制を整え、春学期に復帰するという計画を立てたのです。それでピーター・ティールに話をして、投資を受けました。

ポール:彼に「学校に戻る」という話もしたんですよね。

マーク:多分信じていなかったと思います。たくさんの人が長期にわたって私がドロップアウトすることを予想していたということになりますが……(笑)。それで春学期に戻ろうとしたのですが間に合わず、そして次の学期も逃し、そうこうしているうちにこんな感じになってしまいました。そのときには何百万人ものユーザーがいました。

ポール:何百万人ものユーザーを獲得するまで、学校に戻ろうと思っていたんですね?

マーク:そうですね。今でも戻ろうと思えば戻れるんですよ。ハーバードは好きなだけ学校から離れていいと言っていますからね(笑)。

ポール:どんな方針を出していようと、あなたのケースは例外にするでしょうけどね(笑)。さて、そろそろ時間になったようです。続けたいのは山々ですが、彼は結婚式があるんです。

マーク:話に出てきた一緒にピザを食べていた男が結婚するんです。だからそろそろ行かなくてはなりません。みなさん、どうもありがとうございました。