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なぜ羊飼いは巨人に勝つことができたのか? 旧約聖書のダビデとゴリアテ伝説に見る、“弱者と強者”の本質

なぜ羊飼いは巨人に勝つことができたのか? 旧約聖書のダビデとゴリアテ伝説に見る、“弱者と強者”の本質

旧約聖書の「サムエル記」に登場する屈強な巨人・ゴリアテを、羊飼いのダビデがスリング(投石器)ひとつで倒した有名な物語。この話は「弱者が強者を倒す」という比喩で用いられるようになりました。しかし、実際のところダビデは本当に弱者だったのか? 作家のマルコム・グラッドウェルが、聖書に記された真実を読み解きます。(TEDより/この動画は2013年に公開されたものです)

スピーカー
ジャーナリスト・作家 マルコム・グラッドウェル(Malcolm Gladwell) 氏
参照動画
知られざるダビデとゴリアテの物語

イスラエルでもっとも美しい場所

私が本を書いているときに取り憑かれてしまった一つの話を紹介しましょう。それは3000年前、イスラエル王国がまだ若い頃に起こりました。それはシェフェラーと呼ばれる、現在のイスラエルで起こった出来事です。 なぜ私がその話に取り憑かれてしまったかというと、私はその話を理解したと思っていたのが、もう一度読み返したときにまったく理解していなかったと気づかされたからです。 古代パレスチナには、東の国境に沿う山脈がありました。現在のイスラエルにもあります。そして、その山脈の中にはその地域のすべての古代都市、エルサレム、ベツレヘム、ヘブロンがありました。 そして、現在はテルアビブと呼ばれる、地中海沿岸の平野がありました。山脈と平野をつなげているのが、シェフェラーと呼ばれる東西に走る谷と峰の群です。 シェフェラーをたどると平野から山脈に行きつくことができます。あなたがイスラエルに行ったことがあるならおわかりでしょうが、このシェフェラーこそがイスラエルでもっとも美しいところなのです。オークの森と麦畑、ブドウ園が豪華です。 しかし、その地域の歴史においてもっと大切なことは、そこが恵まれており、戦略的役割を果たしていたということ、つまり、沿岸の平野の敵軍が道を見つけ、山を登り、山に住む人々を脅かす手段になっていたということです。 3000年前、これがまさに起こっていたのです。イスラエル王国の最大の敵のペリシテ人はその沿岸の平野に住んでいました。彼らはもともとクレタ島出身の船乗りの民族ですが、ある日、シェフェラーの谷から山脈に登りはじめたのでしょう。 なぜなら、彼らのしたいこととは、ベツレヘムの右にある高地部を占領し、イスラエル王国を2つに分断することだったからです。サウル王率いるイスラエル王国はこの兆候に気づき、サウル王は軍を下山させ、シェフェラーの谷でもっとも美しい、エラの谷にてペリステ人と対決しました。 イスラエル人は北の峰に沿って堀り、ペリステ人は南の峰に沿って掘りました。2つの軍は行き詰まり、何週間もそこに座り込み、にらみ合いました。彼らのどちらも相手に攻撃を仕掛けることができなかったのです。 というのも、相手を攻撃しようとすると、彼らは谷まで下りなくてはならず、谷を下りると相手側に丸見えになってしまうからです。

ペリステ人とイスラエル人の一騎打ち

ようやく、この状況を打破するため、ペリステ人は彼らの中で最強の兵士を谷へ下らせ、イスラエル人へ叫びました。「そちらで最も強い兵士を下りさせよ。2人だけで戦おう」これが、一騎打ちと呼ばれる古代の戦闘行為における伝統でした。これが大きな戦闘による流血なしに戦いをおさめる方法でした。 送られたペリステ人兵士は巨大でした。6フィートと9インチありました。彼は輝く銅の鎧で頭からつま先まで武装し、剣と投槍、突き槍を持っていました。ぞっとするような兵士でした。あまりにもぞっとするような容姿であったので、彼と戦おうと思ったイスラエル人はいませんでした。 死にに行くようなものです、そうでしょう? 彼を倒せるなんて到底思えません。 ついに谷を下りると言ったのは若い羊飼いでした。彼はサウル王に近づいて言いました。「私が彼と戦います」 サウル王は言いました。「お前は彼と戦えない。ばかげている。お前は子供だ。相手は強い兵士だ」 しかし、羊飼いは断固として譲りません。「いえいえ、あなたはおわかりでないのです。私はこれまで何年もの間、羊の群れをライオンや狼から守ってきたのです。私にはできます」 サウル王は他に選択肢がありませんでした。他に谷を下りようという人がいなかったのです。「わかった」子供に向かって言いました。 「しかし、お前はこの鎧を着なければならない。そのままではいけない」サウル王は羊飼いに鎧を渡そうとしましたが、羊飼いは言いました。「いいえ。こんなものつけられません」 聖書の言葉には、「それをまだ証明していないので、この鎧はつけられません」とあります。つまり、「私はまだ鎧をつけたことがありません。あなたはおかしくなってしまったようだ」ということです。 羊飼いは代わりに、しゃがんで石を5つ拾ってカバンに入れました。そして巨人に会うために谷を下り始めました。巨人はそれを確認すると叫びました。 「私のところに来なさい。そうすればお前の肉を空の鳥と平野の野獣に与えることができる」このような冷やかしを、戦いにくる羊飼いに浴びせました。羊飼いは徐々に近づき、巨人は彼が持っているものを見ました。 それだけです。武器を持ってくる代わりに、それだけ持ってきたのです。彼は侮辱されたと思って言いました。「私は、それらの棒切れだけで来るような犬なのか?」 羊飼いはポケットから一つの石を取り出し、彼のスリングにかけ、放ちました。すると石はちょうど巨人の両目の真ん中に当たりました。彼のもっとも弱い部分です。死んだか、気を失ったかで彼は倒れました。 羊飼いは駆け寄り、彼の剣をとり頭を切り落としました。ペリステ人はこれを見て走り逃げました。言うまでもなく、この巨人の名前はゴリアテで、羊飼いの名前はダビデです。

ダビデは負け犬ではなかった

私が本を著しているときにこの話に取り憑かれた理由は、私がこの話について知っていると思っていたことがすべて間違っていたからです。 この話において、ダビデは負け犬になるはずでしたね。実際、ダビデとゴリアテというこの言葉は、弱者がはるかに強い者を倒すというありえない勝利の比喩として使われています。しかし、なぜ私たちはダビデを負け犬と呼ぶのでしょう?  なぜなら、彼は子供、小さな子供で、ゴリアテは大きく、強い巨人だからです。ゴリアテは経験豊富な兵士で、ダビデはただの羊飼いだからです。しかしもっとも重要なことには、私たちが彼を負け犬と呼ぶ理由は、ゴリアテが最新の武器と輝く鎧と剣、槍を持っていたのに対し、ダビデが持っていたのはスリングだけであったからです。 「ダビデが持っていたのは、スリングだけだった」の言葉から話を始めましょうか。というのも、これが私たちのおかしている最初の間違いだからです。古代の戦いにおいては3種類の兵士がいました。馬に乗り二輪戦車率いる騎兵隊がいます。 たくさんの歩兵隊がいます。彼らは剣と盾、鎧で武装しています。そして砲兵隊がいます。砲兵隊というのは射手のことですが、重要なことは、彼らがスリングを扱うということです。 彼らは2本の長いひものついた皮のポーチをさげ、石か赤玉など、投射するものを入れます。ポーチの中ではこれを回転させ、1つのひもを離します。そうすると投射物は的へと飛ばされるというわけです。ダビデはこれを持っており、大事なことはこれがパチンコではないということです。違いますよね?  これは子供のおもちゃではありません。これは実際信じられないくらい破壊的な武器なんです。ダビデがこれを回転させたとき、彼はこれをおそらく1秒間に6、7回転ほどさせていました。つまり、石が解放されたとき、それは非常に速く、おそらく秒速35メートルで前に飛んだはずです。 それは、もっとも優秀な野球投手の球速よりも速いでしょう。しかも、エラの谷の石は通常のものと違います。通常の2倍の密度をもつ硫酸バリウムです。弾道学で考えると、ダビデのスリングから放たれた石の阻止能は、だいたい弾径45のハンドガンの阻止能と同じくらいになります。 これは信じられないくらい破壊的な武器なんです。正確さの話をすると、歴史的記録では、経験のある射手は200ヤードの距離で放ち、ターゲットを傷つけ、または殺すことができます。 中世のタペストリーによると、射手は空の鳥を射落とすことができたと言います。彼らは信じられないくらい正確なのです。ダビデが近づいた時、彼はゴリアテから200ヤードも離れておらず、非常に近づいていました。 彼がゴリアテを撃ったとき、彼はゴリアテの両目の間というもっとも脆弱な部分に当てるという意志と期待を持っていたのです。古代の戦いの歴史を見れば、何度もこの射手が歩兵隊に対する決定要因になった事実を知ることになるでしょう。

スリング(投石器)ひとつでゴリアテを倒したダビデ

では、ゴリアテとは何でしょう? 彼は非常に重い歩兵であり、イスラエル人との決闘に挑んだ時の彼の期待とは、もう一人の歩兵と戦うことでした。彼が「私のところに来なさい。そうすればお前の肉を空の鳥と平野の野獣に与えることができる」と叫んだとき、注目すべき言葉は「私のところに来なさい」です。 私のところに来なさい。これから手と手で決闘するのだから。サウル王も同じ期待を抱いていました。ダビデが「私がゴリアテと戦います」と言ったとき、サウル王は彼に鎧を与えようとしました。なぜなら彼は、「『ゴリアテと戦う』と言うとき、『彼と白兵戦をする』『歩兵対歩兵』を意味する」と思ったからです。 しかし、ダビデはそうは考えていませんでした。彼はその方法で戦うつもりはありませんでした。なぜでしょうか? 彼は羊飼いです。彼はその人生の中で、ライオンと狼から羊の群れを守るためにスリングを使い続けてきたのです。 そこに彼の強みがあったのです。羊飼いは、破壊的な武器を使うことにおいて経験豊富でした。接近戦でのみ役に立つ、100ポンドもある鎧と非常に重い武器をまとった、のしのし歩く巨人にとって、この武器は破壊的でした。 ゴリアテは座っているアヒルだったのです。彼は戦う機会を与えられませんでした。それでは、なぜ私たちはダビデを負け犬と呼び、彼の勝利をありえないものと言い続けているのでしょうか? もう一つ重要な要素があるのです。私たちはダビデの武器選択を誤解しているだけではないのです。私たちはゴリアテを完全に誤解しているのです。ゴリアテは、彼の容姿とは異なります。聖書の文章の中には、たくさんのヒントが隠れています。 ふり返ってみると、そこには矛盾があり、彼の強い兵士というイメージと合わない部分があります。 はじめに、聖書にはゴリアテは付き添いに率いられて谷に下ったと書かれています。これは奇妙ですよね? イスラエル人と1対1の決闘を挑む強い兵士がいます。どうして彼が決闘の地まで、若い男に率いられているのでしょうか? 2つ目に、聖書はゴリアテがどれだけ遅く動くかについて特別な記述をしています。これは、当時最強と言われた兵士を表現するのにはおかしな部分です。そして、ゴリアテがダビデを見てから反応するまでの時間の長さについても奇妙なことがあります。ダビデが山を下り、明らかに接近戦に備えていないのがわかります。 彼が「私はスリングでお前と戦う」などというまでもありません。彼は剣すらも持ち合わせていないのです。なぜゴリアテはそれに反応しなかったのでしょうか? ゴリアテはまるで何が起こっているのか気づいていないかのようです。彼がダビデに言った奇妙な言葉です。「私は、それらの棒切れだけで来るような犬なのか?」それらの? ダビデが持っていたのはたった1本の棒切れです。

巨人・ゴリアテに対する誤解

ゴリアテについて基本的な誤解があるかどうかについて、これらの奇妙なことを正そうと、医学の分野において何年にもわたって大きな憶測があったことがわかりました。たくさんの記事があります。最初のものは1960年に『Indiana Medical Journal』において書かれました。これにはゴリアテの身長の記述からはじまる一連の憶測が書かれています。 ゴリアテの頭と肩は当時の兵士たちすべてより高い位置にありました。通常誰かがそれだけ突出していれば、それについての説明がなされるはずです。もっともよくある巨大化は、先端巨大症と呼ばれる症状で、それは成長ホルモンの過剰生産を引き起こす脳下垂体における良性腫瘍が原因です。歴史全体にわたって、有名な巨人の多くは先端巨大症を患っています。 これまででもっとも背の高い人間はロバート・ワドローという男です。彼は24歳で亡くなるまで成長し続け、当時8フィートと11インチでした。彼は先端巨大症でした。アンドレ・ザ・ジャイアントを覚えていますか? 有名ですが、彼も先端巨大症です。 アブラハム・リンカンも先端巨大症を患っていたという憶測もあります。異常に身長の高い人は、この説明がまず思い起こされます。 そして先端巨大症は非常にはっきりした副作用を引き起こします。それは原理的には視覚と関係があります。脳下垂体は、成長するにつれて脳内で視覚神経を圧迫します。その結果、先端巨大症の人は複視や近視です。 人々がゴリアテの誤解について憶測をはじめた時、彼らは言いました。「待てよ、彼の容姿や描写は先端巨大症の人のように聞こえてくる」そしてその日の彼の行動の奇妙さは、それによって説明されるのです。 彼はなぜそんなにゆっくりと動いて、谷の下まで付き添いが必要だったのか? なぜなら彼は自分の道が見えなかったからです。なぜ彼はダビデが彼と接近戦を行うつもりではないということに最後の瞬間まで気づかなかったのでしょうか? それは彼にはダビデが見えなかったからです。彼が、「私のところに来なさい。そうすればお前の肉を空の鳥と平野の野獣に与えることができる」と言った時、「私のところに来なさい」という言葉は彼の弱点のヒントだったのです。 お前が見えないから私のところに来なさい。そして「私は、それらの棒切れだけで来るような犬なのか?」という言葉。ダビデが持っていたのは1本の棒ですが、彼には2本の棒が見えたのです。 山の峰の上から彼を見下ろしているイスラエル人には、彼は異常に強力な敵に見えたのでしょう。彼らが理解していなかったのは、ゴリアテの強い容姿の原因は彼の大きな弱点の原因でもあったということです。 私たちにとって、とても大切な教訓があります。巨人は見た目ほど強力ではないということです。そして時々、羊飼いの男の子がポケットの中にスリングを忍ばせているということです。ありがとうございました。

  
※ログミーでは、TED Talksおよび各TEDxの定めるCCライセンスを遵守し、自社で作成したオリジナルの書き起こし・翻訳テキストを非営利目的のページにて掲載しています。
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